はじめての調香 · 15
開けた瓶はもう同じ原料ではない — 酸化、保管、そして冷蔵と小分けは本当に効くのか
· 11 分
純粋なリナロールは局所リンパ節試験で感作性を示さず、空気に曝したリナロールは示しました。酸化で生じるヒドロペルオキシドが最も強い抗原です。連続受診患者5,511名のうち8.8%がリナロールのヒドロペルオキシドに陽性でした。当社データで窒素封入が推奨される原料はすべてアルデヒドかテルペンであり、シトラスとフルーティの推奨保存期間は他系統の半分です。
2年前に開栓したレモン油は、ラベルが同じでも中身の組成が変わっています。香りは鈍くなり、見覚えのない輪郭が出ることもあります。酸化生成物の一部は、新鮮な原料より皮膚感作性が高くなります。
純粋なリナロールは感作しない。酸化したリナロールは感作する。
2004年、Sköld、Börje、Harambasic、Karlberg は Chemical Research in Toxicology 誌で、因果の鎖を最後までつないだ研究を発表しました。
リナロールは不飽和であり、空気に触れると自動酸化します。著者らは酸化生成物(2つのヒドロペルオキシドと複数の二次生成物)を単離・同定し、GCとHPLCで経時的に定量しました。あるヒドロペルオキシドは酸化した試料中で15%に達しています。
そのうえで局所リンパ節試験(LLNA)により感作能を測定しました。
純粋なリナロールは感作能を示さなかった。 空気に曝したリナロールの試料は明確な陽性反応を示し、試験した酸化生成物の中ではヒドロペルオキシドが最も強い抗原であった。
結びの一文こそ記憶すべきものです。
感作能は酸化混合物の組成によって異なり、したがって空気への曝露時間によって異なる。
リナロールが抗原なのではなく、あなたの古い瓶が抗原なのです。 どれだけ強い抗原かは、開けてからの時間で決まります。
これは実験室の中だけの話ではない
2023年、Schubert らはIVDKを代表して、連続受診患者のパッチテスト結果を Contact Dermatitis 誌に発表しました。2018年7月から2020年12月までに、5,511名の連続受診患者がリモネンのヒドロペルオキシド(ワセリン中0.3%)とリナロールのヒドロペルオキシド(ワセリン中1%)でパッチテストを受けています。
| 陽性反応 | |
|---|---|
| リモネンのヒドロペルオキシド | 170例(3.1%) |
| リナロールのヒドロペルオキシド | 483例(8.8%) |
対象集団を明示します。 これはパッチテストを受ける皮膚科の連続受診患者であって一般人口ではありません。パッチテストに紹介されること自体が選択です。IFRAの回で引用したDiepgenらは、一般人口でフレグランスミックスIとIIにそれぞれ約1.8%・1.9%という値を得ています。2組の数字を並べて比較することはできません。
その偏りを考慮しても8.8%は高い。そして肝心なのは、彼らが反応しているのがリナロールではなく、酸化したリナロールだという点です。皮膚に届いたのは、時間の経った製品でした。
IFRAの回で、感作は蓄積し不可逆だと述べました。ここで思い出してほしいのは、これらの原料に最も多く触れているのがあなた自身だということです。3年使っているリナロールの瓶は、新しい瓶より危険です。
当社データで最も傷みやすいのは何か
データベースには関連する欄が2つあります。storage(保管の推奨)と shelf_life(保存期間)です。前者は取りうる値が4種類しかなく、最も厳しいのが「窒素下で保管」です。
窒素を要求される40件とは何か。並べてみると、自動酸化の教科書がそのまま出てきます。
| 分類 | 例 |
|---|---|
| 脂肪族アルデヒド | オクタナール(C-8)、ノナナール(C-9)、デカナール(C-10)、ドデカナール(C-12)、2-メチルウンデカナール、9-デセナール |
| 不飽和アルデヒド | (E,Z)-2,6-ノナジエナール、(Z)-6-ノネナール、シンナムアルデヒド、α-アミル/α-ヘキシルシンナムアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド |
| シトラス精油 | レモン油(4種)、スイートオレンジ油(2種)、マンダリン油(3種)、グレープフルーツ単離物 |
| モノテルペン | d-リモネン、ジペンテン、δ-3-カレン |
| その他 | リナロールとl-リナロール、ベンジルアルコール、シンナミルアルコール、芳樟葉油、ジヒドロ-β-イオノン |
アルデヒドとテルペンです。アルデヒドはカルボニルの隣に引き抜かれやすい水素を持ち、テルペンは二重結合を持つ。どちらも自動酸化の典型的な出発点です。そして一覧にはリナロールそのものが載っています。上記2つの研究の主役です。
この保管推奨欄だけを見ても、同じ分子群にたどり着くわけです。
保存期間の数字
供給情報のある21,494件のうち、shelf_life に値があるのは 1,251件(5.8%)だけです。系統別では次のとおり。
| 香調系統 | n | 推奨保存期間の中央値 | 12か月以下の割合 |
|---|---|---|---|
| シトラス citrus | 96 | 12か月 | 52% |
| フルーティ fruity | 77 | 12か月 | 51% |
| スパイシー spicy | 63 | 24か月 | 43% |
| フローラル floral | 183 | 24か月 | 32% |
| ウッディ woody | 73 | 24か月 | 29% |
| ハーバル herbal | 77 | 24か月 | 27% |
| グリーン green | 57 | 24か月 | 26% |
| バルサム balsamic | 40 | 24か月 | 8% |
シトラスとフルーティの保存期間は他系統の半分で、バルサムには短期のものがほとんどありません。上の化学と話が合います。シトラス油はモノテルペンが主体で、バルサムは樹脂と大きな分子が主体だからです。
この欄の読み方には3点あります。
1. 下限であって期限ではない。 原文はすべて「X か月**、適切に保管すればそれ以上**」です。「少なくともこれだけ持つ」であって「これを過ぎたら使えない」ではありません。
2. 値は慣行であって測定ではない。 1,251件の96%が6・12・24・36という4つの整数に乗っています。等級づけされた推奨であり、原料ごとの実測値ではありません。揮発曲線の回で見た持続性欄の丸めと同じ現象です。
3. 記録率は5.8%にすぎない。 上表の各行に分母を示しました。最小のバルサムは40件です。方向性の証拠として読んでください。
なお主香調分類のない群(n=277、中央値12か月)は除外しました。大半が香料用途ではない化学品で、混ぜると比較が歪みます。
冷蔵と小分けは本当に効くのか
効きます。理屈も機構からそのまま出てきます。
自動酸化に必要なのは4つ。酸素、時間、熱、光(それに金属イオンの触媒作用)です。対策はどれも、このうちのどれかを取り除くことに尽きます。
| 方法 | 取り除くもの | 効果 |
|---|---|---|
| 満量になる小瓶へ小分け | 酸素 | 最も有効で、しかも無料。 5分の1残った30 mL瓶には24 mLの空気が入っています |
| 固く閉め、開ける回数を減らす | 酸素 | 開けるたびにヘッドスペースの空気が入れ替わります |
| 冷蔵 | 熱 | 有効。ただし冷凍は不可。開栓前に室温へ戻さないと結露が入ります |
| 遮光ガラス、暗所 | 光 | 光はラジカルを開始させます。プラスチックには溶出の問題があるのでガラスを |
| 窒素封入 | 酸素 | 専門的な方法。データベースが最も脆弱な40件に推奨しているのがこれです |
小分けが最も費用対効果の高い習慣です。ヘッドスペースの空気量と液面の露出面積が酸化速度を直接決めており、小分けはその両方を同時に小さくします。開けた瓶を3本に分ければ、そのうち2本は未開封に近い状態へ戻ります。私は届いた日に小分けすることにしています。後回しにした瓶から先に傷んだからです。
冷蔵については、反応を遅くしますが止めはしません。冷蔵された3年前の瓶も、やはり3年前の瓶です。
開けた瓶はいつまで使えるのか
この問いは月数では答えられません。頼れるのは、瓶を控えと並べて比べることだけです。
ロット差の回で、各ロットを1〜2 mL密封して冷蔵しておくよう述べました。その控えがここで生きてきます。作業用の瓶と控えを並べて嗅いでください。「劣化したかどうか」に答えられる方法はこれしかありません。酸化は漸進的で、毎日わずかな変化を嗅いでいる限り、決して気づけません。
酸化の典型的な兆候は次のとおりです。
いちばん見分けやすいのはシトラスです。対比が強いからで、明るいトップが先に消え、テレピン様・ワックス様のこもった調子が現れます。
アルデヒドは酸敗した脂の匂いへ寄っていきます。C-8からC-12は新鮮なうちは明るいのに、傷むと古いナッツや古い油に似てきます。
厄介なのはリナロールのようなテルペンアルコールです。清々しいフローラルのトップが抜け、ウッディで樟脳っぽい縁が出てくる。匂いが不快になることはありません。ただ平凡になっていく。そこがいちばん厄介なところです。
見た目にも出ます。色が濃くなる、濁る、粘度が上がる。シトラス油で最もはっきりします。
個人差の回の罠がここにも顔を出します。判断しているのは「変わったかどうか」であり、これは一人で確実に測れる問いです(同一人物、並置比較、自分自身が対照群)。「まだ使えるか」は別の問いで、答えは何に使いたいかで変わります。
記録に加える2欄
評価記録、購買記録に続き、さらに2欄を加えます。
| 欄 | 理由 |
|---|---|
| 開栓日 | 保存期間は納品日ではなく開栓日から始まります。瓶に書いていなければ、半年後には推測になります |
| 控えと比較した日と結果 | これがなければ、前回いつ確認したのか分からなくなります |
実務としては、届いた日に小分けし、日付を書き、控えを取る。 3つ合わせて5分もかかりませんが、その瓶が信頼できるデータになるか、半年後に使うのが怖い疑問符になるかを決めます。
原料は買ったあとも変わり続けます。ロット差の回は「同じ名前は同じ原料ではない」と述べました。ロットが動くからです。本稿は「同じ瓶も同じ原料ではない」と述べます。時間が動くからです。対処法はどちらも同じで、控えを取り、日付を書き、並べて比べる。それだけです。
参考文献
M. Sköld, A. Börje, E. Harambasic & A.-T. Karlberg, Contact allergens formed on air exposure of linalool, Chemical Research in Toxicology, 17(12), 1697–1705 (2004). PMID 15606147
S. Schubert ほか(IVDK), Patch testing hydroperoxides of limonene and linalool in consecutive patients, Contact Dermatitis, 89(2), 85–94 (2023). PMID 37177844
次回はこの連載の締めくくりです。15回分の方法を一本の作業手順につなぎます。新しい原料を受け取ってから、再現でき、修正でき、他人に渡せる処方に至るまで。