はじめての調香 · 16
15回分を一本の道につなぐ — 新しい原料から、人に渡せる処方まで
· 11 分
連載の締めくくりです。これまでの15回はそれぞれ1つの問題を解いてきました。本稿はそれらを実行可能な手順につなぎ、現実的な出発点の大きさをデータで示します。42,225件の原料を、供給・香気記述・少量購入の可否・香水用か食品香料かで絞ると1,244件、2.95%が残ります。最後に、この道筋で得られるものと得られないもの、そして文献がまだ確定していない部分を率直に述べます。
これまでの15回は、それぞれ1つの問題を解いてきました。本稿はそれらをつなぎ、この道がどこまで連れて行ってくれるのか、そしてどこから先は連れて行ってくれないのかを述べます。
新しい原料が届いたら
手順は6段階。各項の末尾に出典の回を示します。
一、受け取り(5分、その日のうちに)
- 小分けする。満量になる小瓶2〜3本へ。ヘッドスペースの空気量が酸化速度を直接決めます。(保管の回)
- 控えを取る。1〜2 mLを密封して冷蔵。将来ただ一つの比較基準になります。(ロット差の回)
- ラベル:原料名、供給業者、ロット番号、入荷日、そして忘れやすい開栓日。ロット番号は末尾まで写してください。原料の同一性の一部だからです。(ロット差・保管の回)
- 購買を記録:単価と単位、最低発注量、送料込みの実支払額、見積もりの日付。(原価と調達の回)
5分もかかりませんが、その瓶が信頼できるデータになるか疑問符になるかを決めます。
二、知る(最初の1週間)
- 推奨濃度を調べてから希釈する。既定は10%ですが、3分の1近い原料はもっと薄める必要があります。0.1%であるべき原料を10%で嗅いでも「きつくて細部が分からない」しか得られません。(溶剤の回)
- DPGで希釈液を作る。両方を秤量し、実測グラムを記録し、実際に到達した濃度をラベルに書く。(秤量・溶剤の回)
- ラベルを隠してから嗅ぐ。何を嗅いでいるか知っているとき、嗅いでいるものの一部は「そうであるはず」という予想です。私も初めて隠して嗅いだとき、長く使っていた原料の系統を取り違えました。以来この手順は飛ばしていません。(評価記録の回)
- 5つの時点:0分/15分/1時間/4時間/24時間。各時点で3〜5語、自分の固定リストからのみ。(評価記録の回)
- 用途を一行だけ書く。「いい香り」では半年後の自分に何も伝わりません。「清潔なウッディの土台。シトラスの終わりを支えられる」なら読み返せます。(評価記録の回)
三、文脈に置く(最初の1か月)
- 既知の原料と並べて比べる。系統を交互にし、1回8〜12本、最後に1本目をもう一度嗅いで自分を較正する。(嗅覚疲労の回)
- 位置を決める:揮発曲線のどこに乗るか、強さはどの桁か。曲線は連続したものとして読みます。トップ・ミドル・ベースの3段階は、話を簡単にするための切り方にすぎません。(嗅覚閾値・揮発曲線の回)
四、処方を作る
- 3本から始める。3〜4成分が嗅覚による同定の実際的な上限で、熟練者でも同じです。(最初の調和の回)
- 重量百分率、合計100。滴数は使わない。1滴の体積は薬用点眼瓶ですら9倍の幅があります。(秤量の回)
- 微量は連続希釈で。天秤を得意な範囲で働かせ、溶剤は総量に数え入れる。(秤量の回)
- 低揮発性の原料は早く入れる。曲線の途中に空いた穴は、後から尾に重りを足しても埋まりません。(揮発曲線・保留の回)
- 最後に何を残したいかを決める。8時間後に嗅いでいるのは、結局いちばん持続する成分だけです。(保留の回)
五、検証
- もう一度作る。記録だけを見て再構成し、同じものができなければ、直すべきは記録のほうです。
- 完成品の溶剤で評価する。DPG中で均衡した処方はエタノールで並び替わります。(溶剤の回)
- 5〜8人でブラインドテスト。順序をランダム化し、聞くのは記述。好みは「もう一度嗅ぎたいか」の一問だけにします。(個人差の回)
- 24時間後の点を記録する。その3〜5語こそ、この処方が実際に残したものです。(保留・保管の回)
六、渡す
- 処方票:重量百分率、実際に量った質量、各原料の供給業者とロット、溶剤と濃度。
- 法規の確認:肌につける、あるいは人に渡すなら、現行のIFRAスタンダードを確認する。名簿に載っていることは制限されていることを意味しません。(IFRAの回)
- 原価票:使用量×単価で並べ替える。2〜3品目が総額を決めているはずです。(原価と調達の回)
この23欄をすべて埋められれば、処方は人に渡せます。閃きの出番はそのあとです。
現実的な出発点はどれくらいの大きさか
第1回では「まず10本」と書きました。その10本は、どれだけの母集団から選ぶのでしょうか。
データベースを上から絞ってみます。
| 条件 | 残り | 残存率 |
|---|---|---|
| データベース全原料 | 42,225 | — |
| 供給業者の記録あり | 21,494 | 50.9% |
| +香気記述あり | 5,824 | 27.1% |
| +香気語が3語以上 | 4,438 | 76.2% |
| +少量小売業者が扱う | 1,349 | 30.7% |
| +IFRA名簿に収載(食品香料のみでない) | 1,244 | 92.2% |
42,225件から1,244件へ。残るのは2.95%です。
読み方。「少量小売業者」は供給業者一覧の中で確実に特定できた8社のみを数えているので、この段は下限であり、実際の数字はより高くなります。また「IFRA名簿に収載」はその名簿に載っていることを意味するだけで、制限されていることを意味しません。IFRAの回で踏んだ罠です。ここでは「食品香料ではなく香水の市場に属する」ことの代理指標として使っており、安全性の判断ではありません。
それでも方向ははっきりしています。実際に手を動かせるパレットは千数百件の桁です。4万件というのはデータベース全体の大きさで、一人で向き合う母集団は別にあります。千数百件なら一人で把握できます。これは朗報です。第1回の10本は、その中から選ばれます。
この道筋の限界
連載として率直であるべき箇所です。
2013年、Royet、Plailly、Saive、Veyrac、Delon-Martin は Frontiers in Psychology 誌で嗅覚の熟達に関する研究を総説しました。3つの知見を原文どおり引きます。
訓練は未訓練者に対して確かに効く。
21世紀までに報告されていたのは、未訓練の対照個体に対する嗅覚訓練の行動的効果のみであり、感受性、弁別、記憶、同定の面で嗅覚成績の改善が示されていた。
しかし専門家自身の行動研究は決着していない。
匂いの専門家を対象とした行動研究は乏しく、結果は一貫しないか結論に至っていない。
専門家に固有なのは匂いの心的イメージである。
研究者が特に注目してきたのは匂いの心的イメージであり、これは匂いの専門家に特徴的である。平均的な人にはこの能力がない一方、調香師の職業的実践の一部だからである。
同じ総説は、脳画像が経験に応じた機能的・構造的変化を示すことにも触れています。調香師は心的イメージ課題において梨状皮質と海馬の活性化が低い。同じ作業を、新人より少ない労力でこなしているわけです。
3点を合わせた率直なまとめはこうなります。
- 訓練できるもの:弁別、記憶、同定、命名、最後には匂いの心的イメージ。
- 未決着なもの:「専門家の鼻は基本的な感覚検査で優れている」という主張。文献上、一貫した支持があるわけではありません。
- したがって、この連載が教えるのは方法です。方法は判断を反復可能にし、処方を再現可能にし、記録を半年後にも読めるものにします。方法は全体の一部にすぎませんが、読んで得られるのはこの部分だけです。
さらに2つの限界を。
当社のデータは目録です。原料が何であるか、誰が売っているか、どれだけ持つかまでは分かります。何と何を組むかは、データの外の話です。この連載が自社データを引いた箇所はすべて「この分野はどんな形をしているか」に答えたものでした。何を作るかを決める仕事は、最初からあなたの手元に残っています。
16本の記事は1回の実際の評価に代わりません。決まり文句に聞こえますが具体的な意味があります。上の23手順のうち、机の前で完結するのは21〜23番だけです。
それでも、確実に学べることが1つある
この連載で最も繰り返した助言は、固定語彙を作ることでした。この助言には強い根拠があります。出どころは少し意外です。
2014年、Majid と Burenhult は Cognition 誌で、プラトンからピンカーまで繰り返されてきた主張を検証しました。匂いは言葉にできない、という主張です。
彼らは、数十年の研究が確かにこの観察を裏づけてきたと指摘します。ただし、それらの研究の被験者は都市化された西洋社会の人々ばかりでした。マレー半島のジャハイ人は事情が違います。匂いが文化の中でより大きな役割を果たしているのです。
自由命名課題を用い、3つの異なる指標において、ジャハイ語話者は匂いを色と同じくらい容易に命名する一方、英語話者は匂いの命名に苦労することを示した。本研究の知見は、人は匂いの命名が苦手だという長年の想定が普遍的に真ではないことを示している。
論文の題そのものが結論です。匂いは言語で表現できる。ただし正しい言語を話す限りにおいて。
初心者にとっての含意は直接的です。その匂いを言い表せないのは鼻が不十分だからではなく、語彙が欠けているからです。 そして語彙は作れます。評価記録の回で引いたDravnieksは、146語の固定リストで約150名から高い再現性の側面像を得ました。
固定語彙は、あなたの言語に欠けている部分を埋める道具です。
次の一歩
読む段階はここで終わりです。さらに16本を読み足すより、記録を貯め始めてください。
具体的には、これからの3か月。
- 第1回の10本を買う。原価の回の基準で選びます。半年後にも買える10本かどうか、そこは譲らないでください。
- 各本に上の第一・二段を実行する:小分け、控え、日付、10%(または推奨濃度)への希釈、5つの時点、固定語彙。10本で10件の完全な記録になります。
- 自分の30〜50語のリストを作り、その中の語だけを使う。当てはまる語がないときは、その「見つからない」ことも記録する。
- 3本組の処方を3つ作る。重量百分率で、実測質量を記録し、1週間後に記録だけを見て作り直す。
- 3か月後、1本目を控えと比べてもう一度嗅ぐ。そのとき2つのことが同時に分かります。その瓶がどれだけ変わったか、そしてあなたがどれだけ変わったか。
第5段がこの連載の本当の終点です。最初の記録はまだ役に立ちません。比較できる2組目ができたとき、はじめて価値が生まれます。だから記録は今日から始めます。「もっと分かってから」では遅いのです。
この連載が教えたことは、一文に縮められます。やったことを、未来の自分が再現できる精度で記録すること。希釈も、秤量も、語彙も、控えも、ロット番号も、ブラインドテストも、すべて同じことの別の面です。残りは、嗅ぐことです。
参考文献
A. Majid & N. Burenhult, Odors are expressible in language, as long as you speak the right language, Cognition, 130(2), 266–270 (2014). PMID 24355816
J.-P. Royet, J. Plailly, A.-L. Saive, A. Veyrac & C. Delon-Martin, The impact of expertise in olfaction, Frontiers in Psychology, 4, 928 (2013). PMID 24379793
これが「はじめての調香」連載の最終回です。16本の順序が推奨する読み順であり、本稿はチェックリストとして何度でも戻ってきてください。