原料図鑑 · 86
原料図鑑:ヘキサナール(アルデヒドC-6)——天然の出典107件、それでも処方にはほとんど書かれない
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CAS 66-25-1。供給元70社。天然での存在欄には107件の出典があり、りんご、バナナ、ブルーベリー、バター、キャベツ、パンまで入っている。掲示板の「ほぼすべての果物に入っている」は方向として正しい。ところが資料の果実系処方122件のうち、これを含むのは1.6%。全体の基準は1.4%で、富化はほぼない。理由は別の二つの欄にある。強度ランク3で1%以下での評価が推奨され、残香はわずか4時間。このシリーズが扱った86本のなかで最短だ。引火点32 °Cも見ておきたい。処方で無視されているのではなく、仕事を終えて帰るのが早い。
**短く言うと:**自然界には遍在し、処方にはほとんど見えない。理由は役に立たないからではない。残香4時間、強度ランク3。開幕の最初の30分だけを担当する材料だ。
欄
| 欄 | 内容 |
|---|---|
| CAS | 66-25-1 |
| 別名 | ヘキサナール、n-ヘキサナール、カプロアルデヒド、アルデヒドC-6 |
| 分子式 | C6H12O、分子量100.16 |
| 沸点 | 130–131 °C @ 760 mmHg |
| 融点 | −56 °C |
| 引火点 | 32.22 °C |
| 比重 | 0.812–0.822 @ 25 °C |
| logP | 1.80(推定) |
| 水溶解度 | 5640 mg/L @ 30 °C(実測) |
| 香調型 | グリーン |
| 香調 | フレッシュ、グリーン、ファッティ、アルデヒディック、グラッシー、リーフィー、フルーティ、スウェッティ、ベジタブル、クリーン、ウッディ |
| 強度 | 強い。1%以下の溶液での評価を推奨(ランク3) |
| 残香 | 4時間(100%で) |
| 天然での存在 | 107件の出典 |
| 供給元 | 70社 |
| 規制 | JECFA 92、FEMA GRAS 2557、CoE 96、FLAVIS 05.008 |
| 蒸気圧 | 10.888 mmHg @ 25 °C(推定) |
二つの数字を並べて見る
残香4時間、強度ランク3。
この組み合わせは、このシリーズが扱った86本のなかで唯一だ。強度ランク3はこれまでインドール、硫化ジメチル、グアイアコール、イソブチルキノリンを書いてきたが、残香はそれぞれ数十時間から168時間だった。ヘキサナールは「非常に大きな声で、しかも4時間で帰る」唯一の一本になる。
蒸気圧の欄が理由を出している。**10.888 mmHg @ 25 °C。**このシリーズが扱った材料の多くは0.001から0.5 mmHgの範囲にあり、ヘキサナールはそれより1桁から4桁高い。速く飛ぶ。
だから処方での居場所は明確だ。**トップノート、しかもトップの前半。**吹いた最初の一分にはいて、30分後にはもう退いている。
なぜ処方にほとんど入らないのか
同じ回のはじめての調香がこれを測っている。掲示板で「C6は効きどころの大きいアルデヒドで、ほぼすべての果物に入っている」と書かれたのに対し、資料はこう答える。
| ヘキサナールを含む割合 | |
|---|---|
| 果実系処方(122件) | 1.6% |
| 全資料(954件) | 1.4% |
| 1.20倍 |
果物のための処方でも、他のどの処方とも同じくらい珍しい。
一方で天然での存在欄には107件の出典がある。一部を引くと、「ほぼすべての果物」がどこから来たかが見える。
りんご果実、りんご果汁、バナナ果実、バジルの新芽、ローリエの葉、ベルガモット油(トルコ)@ 0.02%、ブルーベリー果汁、白パン、そば、バター、キャベツの葉、カンファー油……
りんご、バナナ、ブルーベリー、桃(今回のはじめての調香が引いた「桃果実」160本にも入っている)。確かに遍在している。
**だが遍在は処方に書かれる理由にならない。**残香4時間にランク3の強度が付くと、意味はこうなる。開幕では目立ち、それから消え、消えたあとの処方に欠けるものがない。肌の上に8時間残るべき香水にとって、この投資対効果は高くない。
そして食品香料ではまったく話が違う。備考欄には「果物のフレーバーと調香に用いられる」とあり、味の記述欄はこう書く。「極めて汎用性の高い材料。希釈して多くの果物・野菜のフレーバー、およびバターやラムのフレーバーに用いられる。」
**食べ物は数秒で食べ終わるので、4時間の残香は有り余る。**この材料の主戦場は食品であって香水ではない。FEMA、JECFA、CoE、FLAVISと食品側の規制番号が四つ並ぶのに対し、化粧品用途はfragrance一項だけというのも、同じことの証拠になる。
どこから来るのか
備考欄の一文が立ち止まる価値を持つ。
「多くの食品の成分。植物成分が好気的な酵素変換を受けた産物。」
ヘキサナールは植物が「製造する」香気分子ではなく、**植物組織が傷ついたあとに生成する。**細胞が壊れるとリポキシゲナーゼ(LOX)がリノール酸とリノレン酸に作用し、ヒドロペルオキシドリアーゼ(HPL)を経て炭素6個の断片が切り出される。この一群の産物をグリーンリーフボラタイル(GLV)と呼び、ヘキサナールはその一つだ。
刈った草に匂いがある理由も、葉を揉まないと匂わない理由も、これで説明がつく。
2021年、Fitzkyらが『Frontiers in Plant Science』に発表した研究が側面からの証拠をくれる。四種の広葉樹(ヨーロッパナラ、ヨーロッパブナ、シラカンバ、セイヨウシデ)の幼苗が無ストレス状態で放出する構成的揮発物を測定し、計22種の揮発物を同定した。主成分分析は複数の化合物が同時に放出されていることを示している。論文が特に挙げた関連の一つはこうだ。
「メタノール、セスキテルペン(メバロン酸経路)、およびグリーンリーフボラタイル(ヘキサナール、酢酸ヘキセニル、ヘキセナール;リポキシゲナーゼ経路)の放出速度が相関した。」
ヘキサナール、酢酸ヘキセニル、ヘキセナールが一括りにされ、同じ経路の産物として記されている。
調香への実際的な含意が一つある。**「グリーン」が欲しいとき、自然界が出しているのは一本の分子ではなく一組だ。**cis-3-ヘキセノール(リーフアルコール)、酢酸cis-3-ヘキセニル、ヘキサナール、(E)-2-ヘキセナール。これらは植物の中では一緒に現れる。同じ一回の酵素切断から来るからだ。処方に一本だけ入れると、その一組の断面を一つ手に入れることになる。
そして2022年のLiuらの論文がC6と果物を結ぶ。冷蔵下の桃に対する気調貯蔵の影響を調べ、消費者の受容性と正の相関を示す揮発物14種を測定し、主に3つのC6化合物、3つのエステル、4つのラクトンで、すべて脂肪酸のLOX経路に由来するとした。
**つまり桃の中の「グリーン」と桃の中の「果実ラクトン」は、同じ経路の両端にある。**今回のはじめての調香が、これが処方にとって何を意味するかを書いている。
あの引火点
32.22 °C。
このシリーズが扱った材料で最も低い。比較すると、グアイアコール82 °C、TEC 118 °C、イソブチルキノリン > 100 °C、ラベンダー油71 °C。
引火点32 °Cの意味は、**摂氏32度の環境で、その蒸気が着火しうるということだ。**夏の部屋はこの温度に届く。
実務上の注意はこうなる。
- **火気や熱源の近くで開栓しない。**一般的な香料材料より慎重さが要る。
- **航空輸送に制限がかかりうる。**低い引火点は危険物分類の判断基準の一つで、海外から注文すると引火性液体に分類される場合がある。
- **密栓して保管する。**揮発が速い(蒸気圧10.888 mmHg)ので、栓が緩いと二つのことが同時に起きる。材料が減り、部屋中が匂う。
経口毒性は低く(ラットLD50 4890 mg/kg)、経皮は未測定、吸入のTCLoは2000 ppm/4時間。リスクは物理的なもの(引火性、揮発性)であって毒性ではない。
使うかどうか
- 「切った果物」「刈ったばかりの草」「揉んだ葉」の効果が欲しいなら、その方向の中心分子の一つで、供給元70社と入手も難しくない。
- **ただし4時間で帰ると見込んでおく。**グリーン感をミドル以降まで残したいなら、cis-3-ヘキセノール(残香が長い)かヘキセニルエステル類に替える。
- **0.1%以下から試す。**ランク3、1%以下での評価推奨で、インドールと同じ階級だ。
- **汗の面がある。**香調欄に「スウェッティ」とあり、低濃度ではリアルさの源になり、高濃度では問題になる。
- **しまう場所は熱源から離す。**引火点32 °C。
- **食品香料を作るなら、この一本の地位はまったく違う。**食品側の規制番号が四つあるのは偶然ではない。
この記事が示していないこと
- **「ほぼすべての果物」は完全には検証できていない。**ヘキサナールの天然の出典は107件で、私が果物類と判定したのは22件(21%)。判定はキーワードで行っており、キーワードを変えれば数字は変わる。
- **天然での存在欄は定量的ではない。**107件のうち濃度が併記されているのは少数だ。
- 資料での果実系1.6%対基準1.4%は非常に少ない件数の上にある(122件中2件)。この比は「富化がない」として読んでおり、測定値としては読んでいない。
- **二本の論文はどちらも調香についてのものではない。**Fitzky 2021は四種の広葉樹幼苗の揮発物放出、Liu 2022は桃の貯蔵と消費者受容性を測っている。引用しているのは、そこで立てられた代謝経路の関係であって、香水についての結論ではない。
- **Fitzky 2021が測ったのは樹の幼苗で、果物ではない。**グリーンリーフボラタイルが同時放出されることはその系で成立しており、それをLOX経路の一般的な記述として扱ったのは私の外挿だ。
- **残香4時間も強度ランク3もデータベースの値だ。**このシリーズはすでに、データベースがこの二つの欄の測り方を説明していないことを測っている。