原料図鑑 · 84
原料図鑑:クエン酸トリエチル(TEC)——香料ではないが、一番多く使う一本
· 10 分
CAS 77-93-0。供給元54社。データベースはこれを香料ではなく「香料・フレーバーのキャリア溶剤/希釈剤」に分類し、強度欄には「なし」と書いている。ただし完全に無臭ではない。香りの記述欄は「無臭から穏やかなフルーティ、ワイン様」だ。融点−46 °Cなので、どの室温でも液体であり、粘いのは決してこれではない。同時に食品添加物E1505であり、卵白の泡立ち安定剤であり、プラスチックの可塑剤でもある。DPGとの違いは極性にある。logP 0.10、水溶解度は100mLあたり6.5g。そして資料では大差で負けている。DPGが445回、TECは5回。
**短く言うと:**このシリーズ84本目にして、初めて香料ではないものを書く。希釈液の9割はこれかその同類なのに、誰も書かない。
欄
| 欄 | 内容 |
|---|---|
| CAS | 77-93-0 |
| 分子式 | C12H20O7、分子量276.29 |
| データベース上の分類 | 香料・フレーバーのキャリア溶剤/希釈剤 |
| 外観 | 無色澄明な油状液体(推定) |
| 融点 | −46 °C |
| 沸点 | 127 °C @ 1 mmHg |
| 引火点 | 118 °C |
| 比重 | 1.135–1.139 @ 25 °C |
| logP | 0.10(推定) |
| 水溶解度 | 水100mLあたり6.5g |
| 香りの強度 | なし |
| 香りの記述 | 100%で:無臭から穏やかなフルーティ、ワイン様 |
| 残香 | 216時間 |
| 保存期間 | 24か月 |
| 供給元 | 54社 |
| 規制 | JECFA 629、FEMA GRAS 3083、CoE 11762、FLAVIS 09.512、食品添加物E1505 |
| 化粧品用途 | 酸化防止剤、消臭剤、香料、可塑剤、溶剤 |
| GHS | H332 吸入すると有害 |
| 天然での存在 | キャベツ、白ワイン |
今回これを書く理由
掲示板に「TECに10%」のオリスバターの写真が投稿され、粘度が高すぎるように見えると書かれていた。そしてこの一文があった。
「ただTECも、TECで希釈された他の材料も持っていないので、TEC自体が粘いのかもしれないと思いました」
もっともな推測で、そしてきれいに外れている。**TECの融点は−46 °C。**人が過ごせるどの室温でも液体で、粘度も一般的な油状液体の範囲にある。
粘いのはオリスバターのほうだ。同じデータベースで、Iris pallida アヤメ根茎コンクリートバターの融点は40–46 °C、外観は「淡黄色から黄色のペースト」。2018年のGC-MS分析が理由を出している。その根茎精油はミリスチン酸56%、ラウリン酸15.42%、カプリン酸14.50%——86%が固体の飽和脂肪酸だ。名前の「butter」は文字どおりの意味である。
**10%の固体が90%の液体に溶けていれば、やはり粘く見える。**溶剤の問題ではない。
「強度:なし」は無臭という意味ではない
この欄は慎重に読む価値がある。自分の希釈剤に騙されるかどうかが決まるからだ。
強度欄は none と書いている。しかし香りの記述欄(Luebke, tgsc, 1981)はこうだ。
100%で:無臭から穏やかなフルーティ、ワイン様
味の記述欄はもっとはっきりしている。フルーティ、メディシナル、フローラル、苦い。
「無臭から穏やかな」は「無臭」ではない。これは範囲であり、範囲のもう一方の端には匂いがある。二つのことに効く。
- **10%の希釈液で嗅いでいるものの90%は溶剤だ。**溶剤がわずかにフルーティでワイン様なら、すべての材料をその上で評価していることになる。
- 残香欄は216時間と書いてある。「溶剤」に分類されたものに、データベースは9日の残香値を与えている。この数字がどう測られたのかは分からない(強度が「なし」のものの残香をどう測るのか)。ただ少なくとも一つ言える。**TECはムエットから数時間で消えるものではない。**後段を嗅いでいるとき、紙の上にはまだそれがある。
多くの人が評価時に溶剤だけのブランクのムエットを一枚用意するのはこのためだ。このシリーズは以前「測り方が書かれていない欄」について書いたが、この欄も同じ種類になる。数字はあるが、方法がない。
DPGとの違いは極性
調香で最もよく使われる希釈剤はDPG(ジプロピレングリコール)とTECの二つで、互換ではない。
| TEC | DPG | |
|---|---|---|
| 分子量 | 276.29 | 134.17 |
| logP | 0.10 | −0.60 |
| 比重 | 1.135–1.139 | 1.019–1.021 |
| 融点 | −46 °C | 沸点 230–231 °C |
| 資料での登場 | 5回 | 445回 |
logP 0.10は油と水のあいだでほぼ偏らないことを意味し、DPGのほうがより親水的だ。実務上の違いはこうなる。
- **TECは親油的な樹脂、コンクリート、大きな分子をDPGよりよく溶かす。**オリスバター、安息香、オリバナムレジノイドの類は通常、DPGではなくTECか安息香酸ベンジルで希釈される。掲示板の人が受け取ったのが「10% in DPG」ではなく「10% in TEC」だったのはそのためだ。
- **比重1.135は水より重い。**混ぜたとき下に沈むので、撹拌が足りないと層に見える。
- 水溶解度が水100mLあたり6.5gで、希釈剤としては高い部類だ。仕上がりを含水系に持ち込むなら、この欄が効いてくる。
ただし資料の数字は率直だ。**954件の処方でDPGは独立項目として445回、TECは5回。**TECの使用が少ないという意味ではなく、公開処方の書き手はDPGを既定にしているという意味になる。TECが出てくるのは、その材料がTECでなければならないときだ。
ついでに、資料の17481の材料項目のうち2179項(12.5%)は名前に百分率が入っている——8項目に1項目が希釈液として処方に書き込まれている。希釈剤は処方の上では見えないが、瓶の中では一度も見えなくならない。
希釈剤だけのものではない
データベースの化粧品用途欄は五つ挙げている。酸化防止剤、消臭剤、香料、可塑剤、溶剤。
備考欄がもっと明快だ。
「食品では香味剤、溶剤、界面活性剤として使用される。クエン酸トリエチルはクエン酸のエステルである。無色無臭の液体で、食品添加物(E番号E1505)として泡を安定させるのに使われ、特に卵白の泡立ち補助剤として用いられる。医薬品のコーティングとプラスチックにも使われる」
**卵白の泡立ち補助剤。**香料を希釈するのに使う液体と、ケーキ屋がメレンゲを安定させるのに使うものは同じものだ。錠剤コーティングの可塑剤でもあり、データベースが引用する文献の一つは、可塑剤の量が徐放錠の破壊力に与える影響を測っている。
調香への実務的な含意が一つある。**グレードに違いがある。**記録には「グレード:工業用、精製、FCC」と書かれている。工業用と食品グレードでは不純物が違い、あなたが作っているのは肌に載せて、しかも嗅ぐものだ。希釈剤を買うときにグレードを見ることは、香料を買うときと同じくらい重要だが、ほとんど誰も言わない。
あのGHS
TECのGHS分類は一行だけだ。H332 吸入すると有害(急性毒性・吸入、区分4)。
この一行は正しい文脈で読む必要がある。吸入毒性の欄にはラットLC50 1300 ppm/6時間とあり、症状は呼吸困難、急性肺水腫、胸水。高濃度の蒸気に6時間連続曝露した動物実験だ。
経口と経皮の毒性はどちらも低い。経口ラットLD50 5900–7000 mg/kg、経皮ウサギLD50 > 5000 mg/kg。食品添加物であること自体が経口曝露の安全域を語っている。
**実務で注意すべきは換気であって接触ではない。**GHSの注意書きはP261「蒸気・ミスト・スプレーの吸入を避ける」とP271「屋外または換気の良い場所でのみ使用する」。狭い部屋で大量の希釈をして、しかもスプレーで試すなら、あの分類はその状況に向けて書かれている。肌に触れることに向けてではない。
使うかどうか
- **樹脂、コンクリート、アブソリュートのような親油的で大きい分子を溶かすなら、TECはDPGより役に立つ。**オリスバター、安息香、オリバナムレジノイドが典型だ。
- ただし資料の既定はDPG(445対5)。公開処方と接続したいなら、DPGが共通語になる。
- **完全に無臭ではない。**評価のときは溶剤だけのブランクを一枚残す。
- **買うときはグレードを見る。**工業用/精製/FCCは別物だ。
- **換気。**GHSの唯一の一行は吸入だ。
- **水より重く、沈む。**混ぜたらしっかり振る。
この記事が示していないこと
- **残香216時間という数字がどこから来たのか分からない。**強度が「なし」の材料の残香をどう測るのか、記録に説明がない。挙げているのは欄にあるからで、説明できるからではない。
- DPGの数値はデータベースのdipropylene glycol(#13450)の記録から(2026年8月28日に更新、当初は推定値を使っていた)。この記事の主題はTECで、DPGの列は尺度感のためにある。
- 資料でTEC 5回対DPG 445回が数えているのは「独立項目として書かれた」回数であって、実際の使用量ではない。希釈液の大半は「材料名+10%」の形で書かれ、溶剤が何かは記録されていない。
- **引用した二本の論文はどちらもTECについてのものではない。**Mykhailenko 2018はアヤメの成分分析で、なぜ粘いのがTECではなくオリスバターなのかを説明するために使った。Dalton 2000は嗅覚順応の総説で、同じ回のはじめての調香と共有している。TEC自体のPubMed文献はほぼ製剤学(錠剤コーティングの可塑剤)と食品科学にあり、調香とは関係がないので引用していない。
- **グレードの違いを実測していない。**工業用とFCCグレードの不純物の差は記録の一行であって、それ以上は追っていない。