はじめての調香 · 54
ローズオキサイド 70 に国際送料を払う価値があるか——5 ポイントが実際どれだけの差になるか計算する
· 13 分
r/DIYfragrance に非常に精密な質問が立った。処方が Rose Oxide 70(cis:trans = 70:30)を指定しているが、一般に流通しているのは 75:25 で、CAS はどちらも 16409-43-1。その 5 ポイントのために国際送料を払うべきか、という問いだ。10 件の返信はいずれも「1% 以下なら関係ない」で、その 5 ポイントがどれだけの量になるかを計算した人はいなかった。計算すると cis が 6.7% 減る。しかも使用量が 0.5% でも 2% でも 6.7% で変わらない。ついでに訊かれていた「同じ CAS がなぜ二つの物質を指すのか」の答えは、データベースの純度欄にそのまま書かれている。99〜100、sum of isomers。そして同じ一連のレコードには、もっと見るべき問題があった。同じ分子の残香欄が、一方は 8 時間、もう一方は 388 時間になっている。
所要 7 分。
質問の立て方がきれいだった。
「ラセミの Rose Oxide は cis 異性体がおよそ 75%、つまり 75 対 25 になる。それに対して 'Rose Oxide 70' は 70 対 30 を謳っている。
私の処方は Rose Oxide 70 を指定しているが、そちらは見つけにくい。PCW にはあるが米国への送料が高く、輸入税もかかる。割に合うか分からないし、そもそもこの差が知覚できるのかも疑問だ。処方では 1% も使わないのに。
初心者なので意見を聞かせてほしい。
追記:二つの違う材料が同じ番号を持てるなら、CAS の意味は何なのか。」
10 件の返信は方向が揃っていた。
「1% 未満なら完全に交換可能」(frioke)
「処方を壊さない。普通の方を買えばいい。処方が 1〜2% 以下なら 5% の異性体比の差は無視できる」(Superb_Walk4874)
「処方のローズオキサイドが 1% 未満なら、その程度の差は完全に埋もれる」(JessieAndEcho)
結論には同意する。ただ、その 5 ポイントが実際にどれだけの量になるかを換算した人はいなかった。掛け算一行で済むし、本人が訊かなかったもっと有用な数字が出てくる。
5 ポイントはどれだけか
質問者が買っているのは cis 異性体になる。差が出るのは手に入る cis の量だ。
| 処方使用量 | 75:25 の cis | 70:30 の cis | 差 |
|---|---|---|---|
| 0.5% | 0.3750% | 0.3500% | 250 ppm |
| 1.0% | 0.7500% | 0.7000% | 500 ppm |
| 2.0% | 1.5000% | 1.4000% | 1000 ppm |
絶対値は使用量で動くが、相対値は動かない。cis が 6.7% 減る。
0.5% で使っても 2% で使っても、70:30 に替えれば cis は 6.7% 少なくなる。
この数字の隣に置くべきものは秤量誤差になる。処方に 0.5% のローズオキサイドを入れるとき、多くの人はまず 10% 希釈液を作ってから取る。その分注の誤差、希釈液自体の濃度のずれ、秤の分解能を合わせると、6.7% はあっさり超える。
つまり彼が送料を払って買おうとしているのは、自分の秤量精度より小さい差ということになる。
逆の場合
データベースの溶解性の欄には供給元の製品名テキストが混ざっていて、その中にこういう規格が出てくる。
- Rose Oxide d,l 70:30
- Rose Oxide d,l 90:10
質問者の言う 75:25 を加えると、同じ CAS の下で少なくとも三種類の比率が売られている。
90:10 対 70:30 は話が変わる。cis の差は 22.2% で、75:25 対 70:30 の三倍以上になる。
もし彼が見ているのが 90:10 なら、線を引き直す価値がある。
「CAS の意味は何なのか」
これには正しく答えた人がいた。
「CAS 番号は、置換度や異性体分布に幅がある混合物にも付けられる。75/25 と 70/30 が同じものとして扱われていても驚かない」(Odd_nonposter)
そしてその証拠はデータベースの純度欄にそのまま書かれている。(Z)-rose oxide(#35233)の欄はこうなっている。
99.00 to 100.00 sum of isomers
「sum of isomers」が規格の中に直接書かれている。**この CAS が管理しているのは総和であって比率ではない。**規格が比率を管理していないのだから、両方の製品が適合する。
同じスレッドの別の返信がもう半分を説明している。
「CAS の要点は、異性体のラセミ混合物それぞれに番号を与え、さらに個々の異性体に番号を与えることにある。ローズオキサイド(ラセミ)は実際の混合比がどうであれ一つの番号になる。Rose Oxide Laevo は別の番号を持つ。ほぼ左旋の対掌体だけでできているからだ」(CapnLazerz)
データベースでこの説明を検証できる。ローズオキサイドはこの庫に五つのレコードを持つ。
| レコード | CAS | 供給元 |
|---|---|---|
| (Z)-rose oxide(シス、ラセミ) | 16409-43-1 | 77 社 |
| laevo-rose oxide(2S,4R) | 3033-23-6 | 8 社 |
| (−)-(E)-rose oxide(2R,4R) | 5258-11-7 | 1 社 |
| (E)-rose oxide(2R,4S) | 4610-11-1 | 0 社 |
| ジヒドロローズオキサイド | 13477-62-8 | 2 社 |
立体配置を指定したものはそれぞれ番号を持ち、指定していないものが一つを共有している。彼の説明は正しい。
規制番号がまた分岐した
前回 Cetalox を書いたときに見つけたのは、CAS は二つに分け、FEMA と欧州評議会は一つにまとめる、という形だった。ここでもう一度見る。
| FEMA | CoE | JECFA | FLAVIS | |
|---|---|---|---|---|
| (Z)-rose oxide | 3236 | 2269 | 1237 | 13.037 |
| laevo-rose oxide | 3236 | 2269 | なし | 13.170 |
FEMA と欧州評議会は同じ番号、FLAVIS は二つに分けている。
まったく違う二つの材料で、二度とも FEMA と CoE が統合する側に立った。偶然というより規則性に見えてきている。
それで嗅ぎ分けられるのか
Laska と Teubner は 1999 年に Chemical Senses で、10 対の鏡像異性体についてヒトの識別能力を測った。被験者 20 名、三点強制選択法。
ローズオキサイドは、識別できなかった七対の中に入っている。
この論文は前回も使ったが、あのときは一般論として引いた。ここではこの材料そのものを測っている。
注意すべきなのは、測っている対照が同じではないことだ。Laska が測ったのは (+) 対 (−) で、質問者が直面しているのはラセミ混合物の中の cis 比率の差になる。この二つは別のことだ。ただし方向は推せる。単一の対掌体どうしでも識別できないなら、ラセミ混合物の比率を 5 ポイント動かした差はもっと識別しにくい。
比率が無意味というわけではない
結論を行き過ぎて読まれないように、はっきりさせておく。効いているのは cis の方だ。
Wang らは 2026 年に Food Chemistry で、ブドウの「ライチ様」の香りをメタボロミクスと分子感覚科学で調べた。鍵となる揮発性成分として同定されたのは cis-ローズオキサイドとシトロネロールである。論文は cis-rose oxide と書いていて、総称の rose oxide ではない。
供給元が比率を表示するのは意味のないことではない。cis 比率はこの材料の活性の指標として実在していて、ただ 5 ポイントの変動が使用者の操作誤差の中に収まる、というだけになる。
ついでに拾った項目の問題
五つのレコードを調べていて、元の質問より書き留める価値のあることが出てきた。
残香欄である。
| レコード | 残香欄の原文 | substantivity_hr |
|---|---|---|
| (Z)-rose oxide | > 8 時間(100% 原液) | 8.0 |
| laevo-rose oxide | 388 時間(ジプロピレングリコール 10%) | 388.0 |
同じ分子で、8 対 388、48.5 倍の開きになる。
差は分子にない。測定条件にある。片方は原液での測定で、しかも「より大きい」という下限値。もう片方はジプロピレングリコール 10% 希釈での点の値。まったく別の測り方で、無理に比べても意味がない。
そして substantivity_hr という欄が、8.0 と 388.0 を同じ位置に入れている。
残香欄でソートして長持ちする材料を探すと、この材料は最上位にも最下位にも現れる。
残香について書いた回で「より大きい」は下限であって値ではないと記した。ここでは同じ問題が、同じ分子の二つのレコードの上に出ている。前の例よりきれいな形になっている。
別のスレッドの誤伝
同じ板で一年前、laevo ローズオキサイドを希釈して使うべきかという質問があり、その中にこのやり取りがある。
「完全に溶けている? ローズオキサイドは 5% くらいで飽和することで知られている」(grittyshrimps)
「聞いたことがない。うちのローズオキサイドもエタノール 10% で問題ない。ラセミだが。むしろローズクリスタルの方が、5% でも手強い」(fibonaccighost)
「ああ、間違えました、すみません」(grittyshrimps)
本人が訂正していて、データベースも訂正の側に立つ。ローズオキサイドの沸点は 182 °C で、データベースは融点を与えていない。外観の欄は「淡黄色から黄色の澄明な液体」。液体であって、室温で結晶するということがない。水溶解度は 764 mg/L @ 20 °C で、これは推定値ではなく実測値になっている。
目を引くのは、この種の訂正がフォーラムでは多くないことの方かもしれない。訂正されて撤回していて、粘っていない。
コーパス
公開処方 954 件のうち、76 件がローズオキサイドを使っていて 8.0% になる。
使用量の中央値は 0.500%、90 パーセンタイルが 1.857%、最大 8.60%、最小 0.006%。
用例の 74% が 1% 以下。
「1% 以下でみんな使っている」というフォーラムの前提は、コーパスの側でも立つ。
表記は rose oxide 系が合計 70 回、laevo-rose oxide が 4 回、cis-rose oxide が 1 回、ジヒドロローズオキサイドが 1 回。立体配置を指定しているのは 6% に満たない。
実際にどうするか
- **普通の 75:25 を買う。**cis が 6.7% 減るだけで、自分の秤量誤差の中に収まる。
- **90:10 を見かけたら考え直す。**70:30 との差は 22.2% になる。
- **同じ CAS の下では純度欄に「sum of isomers」があるか見る。**あれば規格は総和を管理していて比率は管理していない。両方の製品が適合する。
- **laevo 版は別に買う必要がある。**独自の CAS(3033-23-6)を持ち、供給元は 8 社、コーパスでは 4 回しか現れない。
- **残香欄でレコードをまたいでソートしない。**同じ分子がこの庫の中で 8 時間にも 388 時間にもなる。差は測定条件にある。
- **0.5% から始める。**コーパスの中央値であり、用例の 74% が 1% 以下になっている。
この記事が立証していないこと
- **どの比率も嗅いでいない。**全編がデータベースの項目、コーパス、論文二本による。
- **「6.7% は秤量誤差の中」について、家庭用の秤と分注の実際の誤差を測ってはいない。**10% 希釈を一度挟むことを根拠にした私の判断になる。
- **75:25 という数字は質問者のもの。**データベースの供給元テキストで確認できたのは 70:30 と 90:10 だけで、75:25 は見ていない。
- **Laska 1999 が測ったのは (+) 対 (−) で、ラセミ混合物の比率差ではない。**推せるのは方向であって強度ではない。
- Laska の被験者は 20 名で、論文自身が個人差の大きさを書いている(10 対中 6 対を識別できる人から、9 対で識別できない人まで)。「識別できない」は集団としての結論になる。
- **Wang 2026 が扱ったのはブドウであって香水ではない。**cis がライチ様の香りの鍵となる揮発性成分であることを示しているが、cis:trans 比率を変えたときの感覚的効果は測っていない。
- **cis と trans の匂い閾値がどれだけ違うか、引用できる数字は見つけられなかった。**大きく違えば比率の意味は私が書いたより大きくなる。この記事の最大の穴になる。
- **残香欄の 8 対 388 は、二つのレコードの測定条件が違うところまでしか確認していない。**どちらが実用に近いかは判断できない。
- コーパスの使用量統計は香料濃縮液のもので、仕上がりのスプレーではない。