はじめての調香 · 53
ノズルが詰まる、DPG か IPM か——30 件の返信の大半が別の問題を解いていた
· 13 分
r/DIYfragrance で、自作の Molecule 02(ambroxan だけのエタノール溶液)がノズルに結晶を作って詰まるという質問が立った。30 件の返信のほとんどが「もっと薄めろ」だった。質問者は二度、ボトルの中では結晶していない、ノズルが乾いて詰まるだけだと書いている。その区別を訊いたのは一人だけで、その人は「みんなあなたの問題ではない方を解いている」と書いた。二つの問題は解き方が逆になる。ボトル内の析出は濃度を下げれば直るが、ノズルの詰まりは濃度を下げても直らない。エタノールが飛べばノズルの残留物は 100% の ambroxan で、ボトルを何 % にしたかとは無関係だからだ。選ぶべきは残る共溶媒で、判断材料は蒸気圧になる。データベースの数字を並べると、DPG の蒸気圧は ambroxan 自身より 3.5 倍高い。
所要 8 分。
こういう質問だった。
「ここ数年、自分でアルコールを使って Molecule 02(ambroxan だけ)の溶液を作っている。よくできている。**ただ最後にはいつも結晶がたくさん出てきてスプレーを詰まらせる。**この結晶をなくしたい。ChatGPT にはジプロピレングリコールを足せと言われた。これでいいのだろうか。初心者です」
30 件の返信がついた。大半は同じ内容になっている。
「もっと薄める。それだけ。単に薄め足りていない」(beraelen)
「初心者向けに説明すると、ambroxan を入れすぎている。温度が下がると結晶化する。直し方は、アルコールに対する ambroxan を減らすこと」(kali-kid)
「Ambroxan は 10% より濃くは希釈できない」(Big-Highlight-4415)
質問者は二度、同じことを書いている。
「**ボトルの中では結晶化していない。**スプレーしたときにノズルが乾いて結晶ができて、それで詰まるだけ」
正しい質問をした人が一人いた。
「結晶化というのは、ノズルの上の液体が乾いて詰まるという意味ですか、それともボトルの中の溶液全体が結晶化しているという意味ですか」(Odd_nonposter)
答えを得たあと、この人がスレッドで最も有用な一文を書いた。
「なるほど、それで分かりました。みんな別の問題を解こうとしていて、それはあなたの問題ではない」
二つの問題、逆の解き方
ボトル内の析出:保管温度で溶液が飽和を超えている。濃度を下げれば飽和線の下に戻るので効く。
ノズルの詰まり:エタノールがノズルの上で蒸発する。溶媒が去り、溶質が残る。
後者では、ボトルの中の濃度は残留物の組成を変えない。30% に作っても 3% に作っても、エタノールが飛んだあとにノズルに残るのは ambroxan になる。ambroxan の融点は 74〜75 °C で、室温では固体だ。
だから「もっと薄める」はノズルには効かない。一回に出る量が減るぶん詰まるまでが遅くなるだけで、結局は詰まる。
Reid、Jones、Brown が 2009 年に Int J Pharm でこの機構をそのまま書いている。**揮発性溶媒が塗布後に蒸発することで、その場に過飽和を作り出せる。**彼らが扱ったのはエアゾール中のベクロメタゾンで、エタノールを 10% から 20% に上げると、過飽和が起きるタイミングが塗布 30 分後から噴射の瞬間に前倒しになった。
揮発性溶媒が蒸発したあとに残るものは、必然的に過飽和になる。スプレーという剤形が持っている性質だ。
では何を足すか
残留物が必ずできるなら、変えられるのはその中身の方になる。
ノズルに残って、なおかつ ambroxan を溶かしていられるものが要る。残るかどうかを判断する項目は蒸気圧だ。
データベースの数字を並べる(エタノール以外は 25 °C)。
| 材料 | 蒸気圧(mmHg) | ambroxan 比 |
|---|---|---|
| エタノール | 44.6(@ 20 °C) | 4,956 倍速い |
| DPG | 0.0319 | 3.54 倍速い |
| ambroxan | 0.009(推定) | 1 |
| IPM(ミリスチン酸イソプロピル) | 0.000329(推定) | 27 倍遅い |
| 安息香酸ベンジル | 0.000250 | 36 倍遅い |
| TEC(クエン酸トリエチル) | 0.000175(推定) | 51 倍遅い |
DPG の蒸気圧は ambroxan 自身より高い。
それが ChatGPT の答えであり、スレッドでも何人かが挙げた選択肢だった。ボトルの中では有用な希釈剤だが、ノズルの上では溶かすべき相手より先に去ってしまう。残らない。
IPM は DPG より 97 倍遅く、TEC は 182 倍遅い。
この順序と符合する実測報告が一件ある。
「IPM の方が高い割合で保持できる。うちでは 25% で結晶化しないが、DPG は 10% を超えると出る」(shackener)
この人が測ったのはボトル内の飽和度で、蒸気圧とは別のことになる。それでも二つの独立した角度が同じ側を指している。
二つ目の項目、logP
残ることは第一関門にすぎない。残ったものが ambroxan を溶かせなければ意味がない。
ambroxan の logP は 4.70。
| 材料 | logP | ambroxan との差 |
|---|---|---|
| IPM | 7.20 | +2.50 |
| 安息香酸ベンジル | 4.00 | −0.70 |
| TEC | 0.10 | −4.60 |
| DPG | −0.60 | −5.30 |
安息香酸ベンジルが最も近く、DPG が最も遠い。
スレッドでそれを挙げた人がいる。1 票で、質問者は略語すら分からなかった。
「BB が固体を液化するのにいちばん強いのでは。アルコールの半分をそれに替える」(c7b2)
「BB って?」(質問者)
「Benzyl Benzoate」(c7b2)
この二項目で見るかぎり、スレッドで最も筋の通った推論になっている。
三つ目の項目が答えを裏返す
安息香酸ベンジルの融点は 18〜21 °C。
洗面所の棚、冬の寝室、暖房のない部屋は、その範囲かそれ以下に入る。結晶化を防ぐために選んだ共溶媒が、室温付近で自分が固まることになる。
| 材料 | 融点 |
|---|---|
| ambroxan | 74〜75 °C |
| 安息香酸ベンジル | 18〜21 °C |
| IPM | 2〜3 °C |
| TEC | −46 °C |
| DPG | データベースにこの欄がない |
三つの項目をまとめて見る。
- TEC:最も揮発しにくく融点も最も低いが、logP が 4.60 離れている。
- 安息香酸ベンジル:logP は最も近いが、融点が室温の範囲にある。
- IPM:蒸気圧は TEC よりわずかに高いだけ(27 倍遅い対 51 倍遅い)、logP の差 2.50 は TEC の半分、融点 2〜3 °C は十分低い。
- DPG:三項目すべてで最下位。
**三つの条件の折り合いで IPM が勝つ。**そしてそれは、スレッドで問題を正しく切り分けた二人が出した答えでもある。
「ここで ambroxan は IPM 中 25% で落ちないと言っている人がいる。IPM 対 ambroxan が 3 対 1 なら、エタノールが蒸発してもノズルを詰まらせる形で析出することはまずない」(Odd_nonposter)
3 対 1 は 25% で、shackener の数字と一致している。
一つ立てておく限界
ここまでの筋は「揮発しない層を残して、その中に ambroxan を溶かしておく」というものだ。この発想は薬学で真面目に試されていて、結果は芳しくない。
Leichtnam らは 2007 年に J Pharm Sci でテストステロンのスプレーを扱った。抗核形成ポリマーを何種類か絞り込み、うち二つは示差走査熱量測定で有望に見え、飽和溶液の長期安定性も実際に改善した。スプレーとして皮膚に噴霧したあとは、抗核形成剤なしの対照群と比べて送達量に改善が見られなかった。
結論の書き方が率直だ。薬物のその場での結晶化過程は想定より複雑で、熱量測定からは予測できない。スプレーが霧化するときの蒸発過程には、より良い特徴づけが必要である。
ノズルの上で何が起きるかは、薬学の側でも解けきっていない。フォーラムの 30 件が解けなかったのは、真面目にやっていないからではない。
「Ambroxan は 10% を超えられない」について
スレッドで最も断定的に書かれた一文なので、確かめた。
データベースの ambroxan の溶解度欄には「alcohol;dipropylene glycol」と並んでいて、百分率は一つも入っていない。あの 10% にデータベース上の出所はない。
公開処方コーパス 954 件のうちアンバー系エーテルを含むものは 95 件で、最大の使用量は 17% だった。
それは香料濃縮液であって仕上がりのスプレーではなく、溶媒系が違う。それでも 10% は物理的な線ではない。
コーパスでこの四つを使っているのは
| 溶媒 | 件数 | 割合 | 使用量の中央値 |
|---|---|---|---|
| 安息香酸ベンジル | 43 | 4.5% | 10.5% |
| DPG | 34 | 3.6% | 15.0% |
| TEC | 5 | 0.5% | 9.3% |
| IPM | 4 | 0.4% | 13.5% |
プロの処方で多いのは安息香酸ベンジルと DPG で、IPM はほとんど現れない。
読み方には注意が要る。この 954 件は香料濃縮液の処方で、扱っているのは溶解と希釈であってノズルの残留ではない。濃縮液段階の最適解とノズル問題の最適解は、別々の最適化になる。
ついでの照合
前回はマルトールに Yalkowsky の一般溶解度式を使った。ここでは ambroxan で同じ計算をしてみる。融点 74.5 °C、logP 4.70。
log S = 0.5 − 0.01 ×(74.5 − 25)− 4.70 = −4.695
換算すると 4.77 mg/L、データベースの値は 2.436 mg/L。1.96 倍の差になる。
どちらも推定値なので、これは二つの推定器の突き合わせであって検証ではない。
実際にどうするか
- **まずどちらの問題か切り分ける。**置いておくと析出するか。噴いた液滴が乾くと結晶になるか。解き方が逆になる。
- ボトル内の析出なら:濃度を下げるか、より高い濃度を保持できる溶媒系に替える。
- ノズルの詰まりなら:濃度を下げても効かない。エタノールが飛んだあとの残留物は 100% の溶質で、ボトル内の濃度とは無関係になる。
- **共溶媒を選ぶならまず蒸気圧を見る。**DPG は 25 °C で 0.0319 mmHg、ambroxan の 0.009 より高い。ノズルの上に留まらない。
- **次に logP の距離を見る。**ambroxan は 4.70、DPG は −0.60。
- **そのあと共溶媒自身の融点を見る。**安息香酸ベンジルは 18〜21 °C で、冬に固まる。
- **IPM は 3 対 1 から試す。**スレッドで二つの独立した書き込みが出した同じ数字になる。IPM は香りの立ちを弱める。これは払う代償になる。
- 加熱は一時的な処置にすぎない。「急に加熱するな、冷めた途端に結晶化する」という書き込みがあったが、それは過飽和の記述であって熱不足の記述ではない。ここ数篇で同じ現象に当たるのは四回目になる。
この記事が立証していないこと
- **ノズルの実験はしていない。**全編がデータベースの項目、論文二本、フォーラムの報告からの推論で、私は一度も噴いていない。
- 蒸気圧のうち三つは推定値(ambroxan、IPM、TEC)で、DPG と安息香酸ベンジルは実測値。混ぜて比べるのはリスクがあり、DPG と ambroxan の 3.5 倍差はちょうど実測対推定になっている。
- **蒸気圧は蒸発速度ではない。**ノズル上は薄膜で、気流も表面積比も分からない。順位づけには使うが速度の予測はしない。
- logP は分配係数であって溶解度ではない。「似たものは似たものを溶かす」は経験則で、どの共溶媒についても ambroxan の実際の溶解度の数字は持っていない。
- 三項目の重みづけは私が決めた。「揮発しない」を「logP が近い」より優先したのは、残らないものは何をしても効かないという理由による。この順序に実験の裏づけはない。
- Leichtnam 2007 が扱ったのはテストステロンで ambroxan ではなく、試したのは抗核形成ポリマーであって共溶媒の交換ではない。この問題が解決していないことを示すために引いたのであって、IPM も失敗すると言っているのではない。
- Reid 2009 は HFA 134a を含む定量エアゾールで、噴射剤の蒸発は手押しのスプレーとは異なる。
- 「25%」はフォーラムの二件の返信から来ていて、片方がもう片方を引用している可能性がある。二つの独立した測定かどうかは分からない。
- コーパスの四溶媒の統計は濃縮液段階のもので、仕上がりのスプレーにそのまま移せない。
- **ambroxan の IPM、TEC、安息香酸ベンジル中の実際の溶解度は調べていない。**データベースの溶解度欄はアルコールと DPG しか挙げておらず、数字もない。