はじめての調香 · 51
なぜマルトールは溶けないのか——返信39件が1%から10%まで割れていて、誰も融点に触れていない
· 16 分
r/DIYfragranceで、マルトールが200 proofのエタノールに溶けないという質問があった。返信39件が挙げた実用濃度は1%から10%までばらばらで、互いに矛盾している。矛盾には二つの原因があり、データベースはどちらも解ける。第一に、返信の半分はエチルマルトールの話をしている。データベースはエチルマルトールの溶解度をアルコール12%、ベンジルアルコール10%、プロピレングリコール5.5%と書いており、マルトールはプロピレングリコール2.8%、グリセリン1.2%で、アルコールの欄には数字がない。第二に、誰も融点に触れていない。マルトールは159から162 °C、エチルマルトールは89から93 °Cで、70度違う。この二本をYalkowskyの一般溶解度式に入れると、予測される溶解度の比は2.19倍、データベース自身の数字は2.22倍になる。
r/DIYfragranceに、とても具体的な問いが三つ投稿された。
「マルトールが200 proofのエタノールに溶けない。」
「天然由来のマルトールと合成のものでは違いがあるのか」
「熱はどれだけあれば足りるのか。どれだけだと多すぎるのか」
「3〜5%のマルトールのエタノール溶液を売っている業者を見かける。どうやって溶かしているのか。」
返信が39件つき、そして互いに矛盾している。
「自分で10%、5%、2.5%、1%を試したが、うまくいったのは1%だけだった。」(frioke)
「最近まさにこれを経験した。10%(だめ)、5%(だめ)と試して、エタノールで1%に落ち着いた。」(erodingnotion)
「5〜10%を保持できる溶媒はベンジルアルコールだけだ。」(Salty-Flounder3840)
「**10%が私の標準で、うまくいっている。**エタノールにTECを少し混ぜる」(5dimensional01)
「マルトールは数パーセントを超えると本当に溶けにくい。私は諦めた。」(Hoshi_Gato、ある店の経営者)
「**マルトールなのかエチルマルトールなのか。**マルトールの溶解度は温浴を使っても10%は非常に厳しい」(AdministrativePool2)
1%から10%まで、しかもどれも実際にやった人の言葉になる。
矛盾には二つの原因があり、データベースはどちらも解ける。
結論から
- **第一の原因:返信の半分はエチルマルトールの話をしている。**AdministrativePool2だけがそれを問い出している。これは二つの別の分子だ。
- データベースが直接数字を出している。エチルマルトール:アルコール12%、ベンジルアルコール10%、フェネチルアルコール5%、プロピレングリコール5.5%。マルトール:プロピレングリコール2.8%、グリセリン1.2%、水1.09%——そしてアルコールの欄には「alcohol」とあるだけで数字がない。
- 第二の原因:39件のなかで誰も融点に触れていない。マルトールは159–162 °C、エチルマルトールは89–93 °C、70度違う。 そして融点の欄からはどの材料が固体なのかを引けない。
- この二本をYalkowskyの一般溶解度式に入れる。
log S = 0.5 − 0.01(融点 − 25) − logP。予測される溶解度の比は2.19倍、データベース自身の数字は2.22倍になる。 - 分解すると、70度の融点差が4.95倍(エチルマルトールに有利)、logPの差が0.40倍(逆方向)、分子量の差が1.11倍で、正味2.19倍。融点が支配項になる。
- 2009年のChuとYalkowskyの論文はまさにこれを言っている。「log P だけでは解答の半分にすぎず、結晶性の溶質を扱うときには融点を含める必要がある。」
- そして投稿者の第一の問い、天然と合成で違うのか——**39件のなかで誰も答えていない。**答えは「違わない」になる。同じCAS、同じ融点、同じ溶解度だ。
二つの別の分子
これが混乱の第一の原因になる。
| マルトール | エチルマルトール | |
|---|---|---|
| CAS | 118-71-8 | 4940-11-8 |
| 分子式 | C6H6O3 | C7H8O3 |
| 分子量 | 126.11 | 140.14 |
| 融点 | 159–162 °C | 89–93 °C |
| logP | 0.40 | 0.80 |
| 供給元 | 107社 | 75社 |
| 天然での存在 | カカオ、コーヒー、焙煎モルト、そば蜂蜜、ラズベリー、野イチゴ、モミ、カラマツ樹皮…… | 自然界では見つかっていない |
| 香調 | 甘い、カラメル、綿菓子、ジャム、フルーティ、焼いたパン、焦げ | 甘い、カラメル、ジャム、ストロベリー、綿菓子、ベリー、砂糖 |
| 推奨評価濃度 | 5%以下 | 5%以下 |
**同じものの二つの名前ではなく、二つの分子になる。**エチルマルトールの備考欄には、甘味増強の効力がマルトールの「4〜6倍」と書かれている。
そしてkdoughboy12がスレッドで書いたことは、いま読むと完全に筋が通る。
「マルトールはまだ使っていないが、エチルマルトールは溶かすとき少し頑固だ。99.5%のアルコールに10%の希釈液を持っていて、何か月も結晶化せず安定している。」
**彼が話しているのはエチルマルトールで、データベースはそのアルコール中の溶解度を12%としている。**10%はその上限の下にあるので、何か月も安定する。
データベースの数字
エチルマルトールの溶解度欄は百分率をそのまま挙げている。
alcohol, 12%; benzyl alcohol, 10%; phenethyl alcohol 5%; propylene glycol, 5.5%; water, 2.423e+004 mg/L @ 25 °C (est)
マルトールの溶解度欄は様子が違う。
alcohol; benzyl alcohol; chloroform; glycerin, 1.2% in glycerin; NaOH solutions yielding CO2; phenoxyethanol; propylene glycol, 2.8% in propylene glycol; water, hot water; water, 1.09E+04 mg/L @ 15 °C (exp); paraffin oil; isopropyl myristate
表にすると。
| 溶媒 | マルトール | エチルマルトール |
|---|---|---|
| アルコール | 挙げてあるが数字なし | 12% |
| ベンジルアルコール | 挙げてあるが数字なし | 10% |
| フェネチルアルコール | — | 5% |
| プロピレングリコール | 2.8% | 5.5% |
| グリセリン | 1.2% | — |
| 水 | 1.09%(実測 @15 °C) | 2.42%(推定 @25 °C) |
二つのことが同時に成り立つ。共通する溶媒のどれでもエチルマルトールはマルトールのおよそ二倍溶け、そしてマルトールのアルコールでの数字は存在しない。
その空欄が、掲示板が自分で試すしかなかった理由を説明する。friokeが10%、5%、2.5%、1%を試して1%だけが成立したのは、調べ方が悪かったからではなく、その数字が書かれていないからになる。
(明確にしておく。マルトールはプロピレングリコールで2.8%、グリセリンで1.2%であり、エタノールの極性はその両者と水のあいだにあるので「エタノールでは一桁の低いほう」は妥当な外挿になる。ただしそれは私の外挿であってデータではない。掲示板が実測した1%から3%は同じ桁に入っている。)
誰も触れなかったこと:融点
マルトール159–162 °C。エチルマルトール89–93 °C。
39件の返信は、溶媒(エタノール、ベンジルアルコール、安息香酸ベンジル、TEC、トリアセチン、酢酸エチル、DPG、キャリアオイル)を論じ、加熱を論じ、マグネチックスターラーを論じている。融点に触れたものは一件もない。
そして融点がこの問いの支配変数になる。
**結晶固体を溶かすには、まず結晶格子を壊さなければならない。**融点は格子の強さの直接的な指標であり、融点が高いほど格子は安定で、壊しにくい。これは溶媒の極性とは独立した話で、掲示板の議論はすべて後者に集中している。
計算する
Yalkowskyの系列にはとても簡単なモデルがある。**一般溶解度式(General Solubility Equation, GSE)**だ。
log S = 0.5 − 0.01 × (融点 − 25) − logP
Sは水中のモル溶解度、融点は摂氏。この式に必要な数字は融点とlogPの二つだけになる。
代入すると。
| マルトール | エチルマルトール | |
|---|---|---|
| 融点 | 160.5 °C | 91.0 °C |
| logP | 0.40 | 0.80 |
| GSEの予測水溶解度 | 7.0 g/L(0.70%) | 15.4 g/L(1.54%) |
| データベースの水溶解度 | 10.9 g/L(1.09%) | 24.2 g/L(2.42%) |
| データベース/予測 | 1.55 | 1.58 |
二本とも予測がおよそ1.6倍低く出ていて、しかも低く出る幅がほぼ同じになる。(GSEの典型的な誤差は1対数単位で、1.6倍はその内側に十分収まる。)
もっと面白いのは比のほうだ。
| エチルマルトール ÷ マルトール | |
|---|---|
| GSEの予測 | 2.19× |
| データベースの数字 | 2.22× |
差は1.5%になる。
その2.19倍が何でできているかを分解すると。
| 寄与 | 倍率 | 向き |
|---|---|---|
| 融点差69.5 °C | 4.95× | エチルマルトールに有利 |
| logP差0.40 | 0.40× | マルトールに有利 |
| 分子量差 | 1.11× | エチルマルトールに有利 |
| 正味 | 2.19× |
融点だけで4.95倍、そしてlogPが逆方向に0.4倍引いている。極性だけを見れば(つまり掲示板がしていることだが)、エチルマルトールのほうがlogPが高いので溶けにくいと予測することになる。実際には溶けやすく、その理由はすべて融点から来ている。
論文がまさにこれを言っている
2009年、ChuとYalkowskyが『Current Drug Metabolism』に「水溶解度の予測:結晶性の役割」という論文を発表した。要旨の最後の一文はこうなっている。
「二つの溶解度予測法のこの単純な比較において、log P だけでは解答の半分にすぎず、結晶性の溶質を扱うときには融点を含める必要があることを示す。」
その背景はこうだ。BoxとComerが2008年に、log Pだけに基づく式で86種の薬物の溶解度データを当てはめた。ChuとYalkowskyはJainとYalkowskyの一般溶解度式(結晶格子エネルギーを考慮に入れている)を同じデータセットに適用し、より正確な予測を得た。
「log Pだけでは解答の半分」——それがあの39件の置かれている状況になる。
そしてこのモデルは今も使われ、修正されている。2020年、AvdeefとKansyは『Molecular Pharmaceutics』でGSEの非線形の変種を提案した。分子量800を超える大分子の予測のためで、GSEで固定されていた三つの係数(切片0.5、log Pの−1.0、融点の−0.01)を、分子の柔軟性と水素結合受容能を含む指数関数に置き換え、6541個の小分子の訓練集合を用いて部分最小二乗法で決定している。
**注目したい結果が一つある。修正後も融点の係数(−0.007)はほぼ変わらず、伝統的な−0.01に近いままだった。**著者の解釈は、小分子から大分子への連続的な変化は主に溶媒和に反映され、格子の寄与の変化は小さい、というものになる。
言い換えれば、融点の項はこのモデルで最も安定した部分になる。
投稿者の三つの問いに答える
一、天然由来と合成で違いはあるのか。
違いはない。そして39件のなかで誰も答えていない。
マルトールのCASは118-71-8で、それが焙煎モルト由来でもカラマツ樹皮由来でも合成でも変わらない。同じCASは同じ分子、同じ融点、同じ格子、同じ溶解度を意味する。
(純度には差がありうる。天然抽出物には他の成分が含まれ、理論的にはそれが結晶挙動に影響しうる。ただしそれは純度の問題であって「天然か合成か」の問題ではなく、データベースは両者とも natural/synthetic に分類している。)
二、熱はどれだけ足りて、どれだけ多すぎるのか。
**この問いは向きが違っていて、投稿者自身の記述が答えになっている。**彼は後にこう補足した。
「もう3時間、温浴に入れている。**十分に熱くなれば完全に溶けるが、湯から出して1分後には再結晶し始める。**だいたい7〜10%の希釈だ」
熱いときは溶け、冷めると出てくる。これは熱が足りないのではなく、過飽和になる。
加熱が上げるのは溶解度の上限だ。60 °Cで8%溶かし込んでも、室温に戻れば上限は1%に落ちる。**余った7%には行き場がなく、だから結晶化する。**熱が越えさせてくれるのは「溶けるのが遅い」問題であって、「溶けきらない」問題ではない。このシリーズは第37篇でこの二つを区別し、第49篇で「加熱して溶かしたものは冷えると析出する」を足した。
**ここがその一文の最もきれいな実例になる。**そして同じ板で1年前に、まったく同じことに遭った人がいる。
「高温では確かに溶かせたが、冷えるときに即座に再結晶した。」(resident_rodent13、IPM中のエチルバニリンとエチルマルトールについて)
だから答えは、「どれだけの熱で足りる」は存在しない、になる。室温での上限がいくつかで、希釈液の濃度は決まる。
三、業者はどうやって3〜5%を作っているのか。
上限を超えていないだけだ。
投稿者が試したのは7〜10%。業者が売っているのは3%。掲示板が実測したエタノールでの実用値は1%から3%。3%は上限の付近にあり、7〜10%は上限の上にある。
技術はなく、その線の位置があるだけになる。
実際にどうするか
- **まず自分が買ったのがどちらか確認する。**マルトール(CAS 118-71-8)とエチルマルトール(4940-11-8)は二つの分子で、溶解度は二倍以上違う。
- エチルマルトールはアルコールで12%、マルトールには公表された数字がなく、実測は1〜3%。
- **マルトールで高い濃度が要るなら溶媒を替える。**データベースはプロピレングリコール2.8%、グリセリン1.2%で、どちらも高くない。スレッドではベンジルアルコールで5〜10%という報告があり、データベースもベンジルアルコールをマルトールの溶媒として挙げてはいる(数字はない)。
- **結晶固体を見たら、まず融点を見る。**融点159 °Cと融点89 °Cは別の難度で、これは溶媒の選択とは関係がない。
- **加熱したら必ず室温に戻してから判断する。**熱いうちに溶けているのは数に入らない。
- **天然と合成に違いはない。**同じCASだ。
この記事が示していないこと
- **GSEが予測するのは水溶解度であって、エタノール溶解度ではない。**二本の材料の相対的な難度を説明するために使っており、その比はエタノールでも同じ向きになるはず(融点の項は溶媒に依存しない)だが、倍率は同じにならないし、エタノールでの絶対値は計算できない。
- **データベースの水溶解度は一方が実測(マルトール @15 °C)、他方が推定(エチルマルトール @25 °C)で、温度も違う。**2.22倍という比は厳密な同条件の比較ではない。
- **「マルトールはエタノールでおそらく一桁の低いほう」は私の外挿になる。**根拠はプロピレングリコール2.8%とグリセリン1.2%で、データベースはエタノールの数字を出していない。
- **GSEの典型的な誤差は1対数単位ある。**ここでは二本とも1.6倍以内に収まっているが、二点ではこのモデルが香料材料に特に正確だとは言えない。
- **二本の論文が測っているのは薬物であって香料ではない。**Chu & Yalkowskyは86種の薬物のデータセット、Avdeef & Kansyは6541個の小分子と32個の大分子だ。引用しているのはモデルとその係数であって、香料についての結論ではない。
- **掲示板の実測値は追試できない。**1%、5%、10%といった数字は別々の人、別々のロット、別々の室温から来ていて、室温は上限に直接影響する。
- **純度が結晶挙動に与える影響は調べていない。**それは「天然か合成か」の問いの実在する隅であり、存在することだけ記しておく。