はじめての調香 · 6
IFRAが制限しているのは原料ではなく最終製品の濃度 — 初心者はいつ気にすべきか
· 9 分
IFRAの制限値は皮膚感作の定量的リスク評価に基づいており、製品カテゴリーごとに設定されています。同じ原料でもキャンドルとフェイスクリームでは上限がまったく違います。何を制限しているのか、なぜ処方の構造を変えざるを得なくなるのか、そしてムエットだけで練習している段階では気にしなくてよい理由を説明します。
初心者のIFRAへの反応は、だいたい二通りです。まったく気にしないか、怖くて何も使えなくなるか。どちらも根っこは同じで、IFRAが原料を禁止していると思い込んでいるのです。
実際にIFRAが制限しているのは最終製品中の濃度で、しかも製品カテゴリーごとに上限が決められています。
制限値はどう導かれているか
2008年、Api と Vey が Regulatory Toxicology and Pharmacology 誌でその方法論を示しています。RIFM と IFRA は消費者製品における感作の一次予防の中核戦略として皮膚感作の定量的リスク評価(dermal sensitization Quantitative Risk Assessment, QRA)を採用し、IFRA行動規範の第40次改訂(2006年5月)で正式に導入しました。
この手法は、11の製品カテゴリーにわたって暴露限度を設定します。論文ではシトラール(citral)を実例に、許容暴露量の導き方を順を追って示しています。
つまり「この原料のIFRA上限は何%か」という問いは、それだけでは不完全です。どのカテゴリーでの上限か、まずそこを決める必要があります。洗い流さない顔用製品、ボディローション、キャンドル、洗剤。皮膚に触れる面積も時間も、洗い流すかどうかも全部違います。
ネットで「この原料は0.02%まで」と書かれているのを見かけたら、その文は半分足りていません。
なぜ必要なのか
数字で見るとはっきりします。2016年の EDEN Fragrance 研究で Diepgen らは、スウェーデン・オランダ・ドイツ・イタリア・ポルトガルの5か国で一般市民12,377名に聞き取りを行い、無作為抽出した3,119名にパッチテストを実施しました。
| 有病率 | |
|---|---|
| ヨーロッパ基本シリーズのいずれかのアレルゲンに陽性 | 27.0%(95% CI 25.5–28.5) |
| フレグランスミックス I | 1.8%(95% CI 1.4–2.3) |
| フレグランスミックス II | 1.9%(95% CI 1.5–2.5) |
女性のほうが男性より有意に高い結果でした。
1.8%・1.9%は煽るような数字ではありません。ただし、この数字の母集団は一般市民です。皮膚科の外来に来る人たちを測ったわけではありません。ヨーロッパの人口規模に換算すれば、香料への接触アレルギーを持つ人は数百万人になります。IFRAが存在する理由はここにあります。感作は蓄積し、不可逆です。いったん感作されれば、どれほど低い濃度でも一生反応し続けます。「香料が有毒だから」ではありません。
QRAが抑えにいくのは「感作の誘導」という段階です。すでに感作された人がどう反応するかは、また別の問題です。だから基準は暴露量になります。
なぜ処方の構造を変えることになるのか
理由は3つあります。
-
制限は最終製品中の濃度にかかるもので、濃縮液の濃度ではありません。上限が最終製品で0.1%、香料濃縮液が製品の10%を占めるなら、濃縮液中では1%まで使えます。初心者はここを混同しがちで、超過するか、逆に必要以上に抑えてしまいます。
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制限がかかるのは往々にして衝撃力の強い原料です。厄介なのはここです。感作性の高い分子は、たいてい香りがいちばん強く、いちばん個性のある分子でもあります。上限に当たったら、減量だけでは済みません。減らせばその位置が空きます。置き換えるか、構造ごと組み直すか、どちらかです。
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カテゴリーが変われば計算はやり直しです。ボディミスト用に整えたものが、フェイスクリームでは超過することがあります。容器を替えて済む話なら誰も苦労しません。
当社データにあるもの、ないもの
まず、データに入っていないものからはっきりさせておきます。
当社が整理したデータは、その原料に名簿番号(FEMA・JECFA・CoE・FLAVIS)が付いているかどうかを記録するもので、実際の制限値は一切含みません。また IFRA は対象外です。IFRA の構造化データを保有していないためです。
本記事の以前の版には「IFRA収載率」の列がありました。あれは誤りで、削除しました。あの欄は各ページの全文から「IFRA」という文字列を探す方式で作られており、供給業者の紹介文やナビゲーションにも一致するため、原料について何も測っていませんでした。実際の制限値は、IFRAが公表している最新版のスタンダードでご確認ください。行動規範は定期的に改訂されます。
入っているのは、食品香料の名簿がこのパレットのどちら側を覆っているか、という情報です。そしてそれ自体が十分に役立ちます。香気の記述と供給業者の両方がある 4,620 種類について:
| 香調ファミリー | FEMA番号 | いずれかの食品名簿 | 件数 |
|---|---|---|---|
| ムスク musk | 17% | 21% | 42 |
| ウッディ woody | 21% | 30% | 271 |
| バルサミック balsamic | 49% | 57% | 176 |
| フローラル floral | 50% | 57% | 626 |
| シトラス citrus | 56% | 61% | 259 |
| フルーティ fruity | 68% | 78% | 499 |
| ナッツ nutty | 74% | 81% | 81 |
| キャラメル caramellic | 76% | 76% | 67 |
| 硫黄系 sulfurous | 84% | 93% | 170 |
境界は明確で、ムスクから硫黄系へ一直線に走っています。ムスクが登録された食品香料である確率は五分の一、硫黄系なら六分の五です。パレット全体の三分の二がこの種の番号を持つので、面白いのは例外がどこに集まるかです。
データベースの硫黄・ナッツ・キャラメルの側は、大半が食品香料です。そのあたりを探すと、供給業者が少量では売ってくれないものが多く出てきます。これはデータの穴というより、もともと香水用ではないというだけの話です。
私も始めたばかりのころ、この表の下側にある原料を面白半分に取り寄せて持て余したことがあります。香水を作るなら、食品名簿の収載率が低い側から探すのが早道です。
で、気にするべきなのか
場合によります。3つに分けましょう。
ムエットだけ、自分で嗅ぐだけなら:不要です。IFRAが規制するのは消費者製品で、紙の上で嗅ぐぶんには皮膚に触れません。この段階は法規より嗅覚の訓練に時間を使ってください。
肌につけるなら(自分の肌も含めて):必要です。感作は蓄積し、不可逆で、最初に被害を受けるのはあなた自身です。初心者の典型的な失敗もここで起きます。調合した濃縮液をそのまま手首につけて嗅いでしまう、あれです。
人に贈る、または販売するなら:必ず必要です。しかも販売地の規定に従うこと。EUはIFRAの枠組みの一部を法制化しており、地域ごとに規定が違います。ここまで来たら頼るべきは供給業者の正式な規格書、安全データシート(SDS)、最新版のIFRAスタンダードで、この記事の役目はもう終わっています。
実務上のひとつの助言
早めに調べてください。処方が完成してからでは遅すぎます。
前回、遅い原料は早い段階で入れるべきだと書きました。法規も同じです。3週間かけて気に入った構造を作り上げ、最後に主役の原料が上限の3倍だと分かれば、その3週間の大半はやり直しです。最初から上限を知っていれば、その原料だけに寄りかからない設計にできます。
制限値は設計条件のひとつで、原料の強度や揮発速度と同じく、着手する前に知っておくものです。
参考文献
A. M. Api & M. Vey, Implementation of the dermal sensitization Quantitative Risk Assessment (QRA) for fragrance ingredients, Regulatory Toxicology and Pharmacology, 52(1), 53–61 (2008). PMID 18635300
T. L. Diepgen ほか, Prevalence of contact allergy in the general population in different European regions, British Journal of Dermatology, 174(2), 319–329 (2016). doi:10.1111/bjd.14167
次回は嗅覚疲労の話です。なぜ嗅いでいるうちに感じなくなるのか、回復にどれくらいかかるのか、そしてそれが「一度に何種類まで評価できるか」をどう決めるのか。