はじめての調香 · 59
「-olide で終わるものは何なのか」——調べたら、この接尾辞は両方向とも当たらなかった
· 14 分
r/DIYfragrance に、galaxolide、ambrettolide、helvetolide、exaltolide のような -ide で終わる原料はひとつの分類なのか、まとめて見られる場所はないか、という質問が立った。12 件の返信は三つの互いに矛盾する答えを出し、そのうちの一つが核心を突いていた。-olide はふつう環状エステルを指すが、galaxolide と helvetolide は環状エステルではない、理由は聞かないでくれ、と。その指摘は正しく、証明は算術一行で足りる。galaxolide の分子式は C18H26O で酸素が一つしかなく、エステルには二つ要る。この接尾辞が分類に使えるかは、データベースで両方向を測った。名称に olide を含む 143 件のうち香調タイプが入っているものでムスクは 44%。逆に、ムスク型の 88 件のうち名称に olide を含むのは 8% しかない。
所要 7 分。
こういう質問だった。
「-ide で終わる原料がいくつもあって、しかも用途が似ている。galaxolide、ambrettolide、helvetolide、exaltolide、まだ続く。**これらは何か特定の分類として扱われているのか。**一本ずつの解説を、できれば互いに比較する形で見られる場所はないか。用語には強くないが、これらは保留剤系のムスクだと思っている」
12 件の返信、三つの答え。
「ただムスクと呼ばれる。galaxolide はワークホースのムスクとよく呼ばれる」(frioke)
「私の知る限り、olide で終わるものはたいていムスクになる。」(Salty-Flounder3840)
「**-olide という接尾辞はふつう環状エステルを指す。**ambrettolide、macrolide、exaltolide には当てはまるが、galaxolide と helvetolide にもなぜこの接尾辞を使ったのかは聞かないでほしい。あれらは環状エステルではない。」(Bruno_Inc)
質問者の最後の結論はこうなっている。
「aldehyde C-18 みたいな、理屈のない話の一つなんでしょうね」
この問いには確定した答えがあり、しかも両方向から調べられる。
Bruno_Inc は正しく、証明は一行で足りる
エステルという官能基は R-CO-O-R で、少なくとも酸素原子が二つ必要になる。
Galaxolide の分子式は C18H26O。
酸素が一つ。
だからエステルではありえない。環状でも鎖状でもない。構造式を見る必要はなく、酸素を数えれば足りる。
質問者が挙げた四本に、よく使われるものを足して並べる。
| 商品名 | 分子式 | 酸素 | 環状エステルでありうるか |
|---|---|---|---|
| Galaxolide | C18H26O | 1 | エステルではありえない |
| Exaltolide | C15H28O2 | 2 | ラクトンと矛盾しない |
| Ambrettolide | C16H28O2 | 2 | ラクトンと矛盾しない |
| isoambrettolide | C16H28O2 | 2 | ラクトンと矛盾しない |
| Habanolide/Globalide | C15H26O2 | 2 | ラクトンと矛盾しない |
| Nirvanolide | C15H26O2 | 2 | ラクトンと矛盾しない |
| Helvetolide | C17H32O3 | 3 | 単一のラクトンではない |
| Romandolide | C15H26O4 | 4 | 単一のラクトンではない |
| エチレンブラシレート | C15H26O4 | 4 | 大環状ジエステル |
Helvetolide と Romandolide の酸素数は 3 と 4 になる。エステルではあるが、単一の環状エステルではない。データベースが付けている名前がそのまま言っている。**musk propanoate(ムスクプロパン酸エステル)と musk methyl propionate(ムスクメチルプロピオン酸エステル)。**鎖状のエステルになる。
つまり Bruno_Inc の困惑には二つの別々の原因がある。Galaxolide はそもそもエステルではなく、Helvetolide はエステルだが環状ではない。
(この判定には限界がある。酸素数は否定にしか使えない。酸素が一つならエステルではないと言い切れるが、二つの場合は「ラクトンと矛盾しない」までで、鎖状エステルに二重結合が一つ付いても同じ分子式になる。環になっているかの確認には構造が要る。)
この接尾辞は分類に使えるか
両方向を測る。
方向その一:olide で終わるものはムスクか。
全庫で名称に olide を含むのは 143 件。うち香調タイプが入っているのは 16 件だけで、分布はこうなる。
| 香調タイプ | 件数 |
|---|---|
| ムスク | 7 |
| ハーバル | 2 |
| ソーピー、スパイシー、ファッティ、フルーティ、トロピカル、ウッディ | 各 1 |
44%。
供給元が 3 社以上の 20 件に絞ると、香調タイプがある 11 件のうちムスクは 3 件で 27%。ムスクでないものはこうなる。
- sclareolide → ウッディ
- sedanolide → ハーバル
- tuberolide → フローラル
- bovolide → スパイシー
- dihydroactinidolide → フルーティ
- ambrettolide → ソーピー
最後の一本は質問者自身が挙げた四本のうちの一つになる。
方向その二:ムスクは olide と呼ばれるか。
データベースで香調タイプが musk の材料は 88 件、うち名称に olide を含むのは 7 件、8%。
供給元が 10 社以上の 36 本のムスクに絞ると、名称に olide を含むのは 2 本だけになる。
**両方向とも当たらない。**frioke の「この接尾辞が何か特定のことを意味しているとは思わない」は正しかった。
データベースは何と呼んでいるか
面白いことに、この庫は商品名をほとんど使わない。付けているのは構造由来の名前で、その名前には化学が書き込まれている。
| 商品名 | データベースの名称 | 名前の中の化学 |
|---|---|---|
| Galaxolide | musk gx 100% |
(コード) |
| Exaltolide | omega-pentadecalactone |
ラクトン |
| Helvetolide | musk propanoate |
プロパン酸エステル |
| Romandolide | musk methyl propionate |
メチルプロピオン酸エステル |
| Habanolide | (E)-12-musk decenone |
エノン |
| Nirvanolide | 13-methyl-10-oxacyclopentadecan-… |
オキサ環 |
| — | musk indanone |
インダノン |
| — | musk tetralin |
テトラリン |
**質問者が求めていた対照表は、この欄になる。**商品名が運んでいるのは接尾辞で、データベースの名前が運んでいるのは骨格だ。
使える分類は、酸素を数えること
供給元が 8 社以上のムスクを、酸素数と環の型で分ける。
| 族 | 酸素 | 代表 | 供給元 |
|---|---|---|---|
| 大環状ラクトン | 2 | オメガペンタデカラクトン(Exaltolide) | 52 |
| isoambrettolide | 43 | ||
| ジュニパーラクトン | 23 | ||
| 大環状ジエステル | 4 | エチレンブラシレート | 52 |
| エチレンドデカン酸エステル | 28 | ||
| 大環状ケトン | 1 | ムスコン | 27 |
| シクロヘキサデカノン | 20 | ||
| Exaltone | 19 | ||
| 多環 | 1 | musk gx(Galaxolide) | 34 |
| musk tetralin | 32 | ||
| musk indanone | 38 | ||
| ニトロ | 5–6(窒素あり) | ムスクケトン | 43 |
| musk xylol | 20 |
**酸素数の欄だけで、大環状ラクトン(2)、大環状ジエステル(4)、大環状ケトンと多環(1)が分かれる。**窒素を含むものがニトロの族になる。
(大環状ケトンと多環はどちらも酸素一つなので、環の型で分ける必要がある。ついでに言うと musk gx 100% と musk tetralin は分子式が完全に同じ C18H26O で、CAS だけが違う。異性体になる。)
そしてこの分け方は生物が使っている分け方でもある
ここまでは化学の話にすぎない。ところがこの分群は、人がそれらをどう嗅ぐかと対応している。
Shirasu らは 2014 年に Neuron で、マウスの嗅球におけるムスクの経路を追った。ムスコンが活性化する糸球体は大環状ケトンに高度に特異的であり、ニトロ基、多環構造、あるいはエステル結合を持つ合成ムスクは、近接するが別の糸球体を活性化することを示した。ヒトのムスコン受容体 OR5AN1 も同定している。
Emter らは 2024 年に Chemical Senses でさらに細かく調べた。冒頭にこう書かれている。ムスク香気成分は六つの異なる化学クラスにまたがる。彼らは OR5AN1、OR1N2、OR5A2 の三つの受容体を扱い、440 の商用香料化合物のうち、この三つの受容体がムスク様の匂いを持つ化合物にしか反応しないことを確かめた。
分担はこうなる。
- OR5A2 は多環ムスク、直鎖ムスク、そして大半の大環状ラクトンの鍵となる受容体
- OR5AN1 は大環状ケトン(ムスコンなど)と一部のニトロムスクの主導的な受容体
Galaxolide(多環)と Exaltolide(大環状ラクトン)は同じ受容体を通り、ムスコン(大環状ケトン)は別の受容体を通る。
前の二つはたまたまどちらも -olide を持ち、後の一つは持たない。だからこの接尾辞は、この組み合わせでは偶然当たり、全体としては当たらない。
しかもこれは遺伝子と関係する
Emter の論文の後半が、この記事でいちばん実用的な部分になる。
OR5A2 には P172L というアミノ酸置換があり、受容体の感度をおよそ 50 分の 1 にする。そしてこの変異のホモ接合体である被験者は、OR5A2 の選択的リガンドに対する官能的な検知閾値が 40 から 60 倍高い。
逆に、変異型 OR5A2 を持つ被験者でも、ムスコンのような大環状ケトンに対する感度は変わらない。そちらは OR5AN1 を通るからだ。
つまり**「あるムスクが嗅げない」は漠然とした話ではなく、方向を持つ。**多環と大環状ラクトンのひとまとまりに鈍く、同時に大環状ケトンには正常でありうる。
(ムスク嗅盲の全体像と三世代のムスクの環境動態は〈合成ムスクはひとつの分類ではない〉に書いた。ここで足しているのは受容体と化学クラスの対応の層になる。)
ついでに、ambrettolide は二本ある
質問者が挙げた四本のうち、ambrettolide はデータベースでは二件になる。
| CAS | 分子式 | 香調タイプ | 供給元 | |
|---|---|---|---|---|
| ambrettolide | 7779-50-2 | C16H28O2 | ソーピー | 13 社 |
| isoambrettolide | 28645-51-4 | C16H28O2 | ムスク | 43 社 |
同じ分子式、別の CAS、別の香調タイプ。そして供給元が三倍多いのは「iso」の方になる。
フォーラムで誰かが ambrettolide と書いているとき、それがどちらなのかはたいてい書かれていない。
実際にどうするか
- **商品名の接尾辞で分類しない。**両方向の的中率は 44% と 8% になる。
- **材料を手にしたら、まず分子式の酸素を数える。**酸素 1=ケトンか多環、2=ラクトン(または鎖状エステル)、4=ジエステル、窒素あり=ニトロ。
- 商品名だけでなくデータベースの構造名を見る。
omega-pentadecalactoneとmusk propanoateはすでに名前に答えを書いている。 - **自分の原料ノートを作るなら、項目は分子式と CAS にして商品名にしない。**質問者は興味のある原料ごとにノートを作っていると書いていたので、この一点でかなり手間が減る。
- **「ムスクが嗅げない」はどの類かを問う。**多環と大環状ラクトンは OR5A2、大環状ケトンは OR5AN1 で、片方だけ効かないことがありうる。
- **ambrettolide を見たら iso かどうか確かめる。**二件の香調タイプは一方がソーピー、もう一方がムスクになる。
この記事が立証していないこと
- **どれも嗅いでいない。**全編がデータベースの項目と論文二本による。
- **酸素を数える方法は否定にしか使えない。**酸素一つならエステルではないと言えるが、二つは「ラクトンと矛盾しない」までで、鎖状エステルに二重結合が一つ付けば同じ分子式になる。環の確認には構造式が要り、私は見ていない。
- 44% と 27% は分母が小さい(16 件と 11 件)。143 件のうち香調タイプが入っているのは 16 件だけなので、それは「入っているもの」の中での比になる。
- 8% の方向は分母が 88 件でより確かだが、「香調タイプ = musk」はデータベースの分類であって私が嗅いだものではない。
- **名称の文字列照合は取りこぼす。**名前に
olideがなくても実際にはラクトンである材料は拾えないので、143 という数字は過小評価になる。 - **Shirasu 2014 の糸球体の実験はマウス。**ヒトの受容体 OR5AN1 は別に同定されたもので、同じ実験ではない。
- Emter 2024 の 440 化合物は彼らが選んだ商用香料の集合。「三つの受容体がムスクにしか反応しない」はその集合の中で成り立つ。
- P172L の 40〜60 倍の閾値差は「OR5A2 の選択的リガンド」に対するもので、すべてのムスクに対してではない。
- **集団ごとの遺伝子頻度は調べていない。**論文は主要な遺伝的変異に触れているが、集団別の比率までは読んでいない。
- **商品名の対応づけは CAS で引いた。**商品名と CAS の対応そのものがメーカーの改訂で変わりうる。