はじめての調香 · 71
データベースに残る本物の動物性香料は11件だけで、その代替品のほうがサプライヤーが多い
· 8 分
関税番号 0510 は「龍涎香、カストリウム、シベット、麝香」の章だ。全庫 42,225 件のうち、この関税番号が付くのは11件しかない。サプライヤー数を足すと61社で、対応する代替品を足すと80社になる。個別に見るともっとはっきりする——シベット・アブソリュート17社に対し代替品31社、アンバーグリス・チンキ8社に対し「アンバーグリス specialty」26社、カストリウム・アブソリュート23社に対し代替品19社。そして本物の麝鹿香——musk tonquin と musk tonquin absolute——はどちらもサプライヤー0社だ。2014年の《Neuron》の論文は、代替を中立な操作と考えない理由もくれる。大環状ケトン、ニトロ、多環、エステル系のムスクは、それぞれ別の糸球体を活性化する。
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「データベースに動物性香料がいくつ残っているか」を数えるとき、いちばん難しいのは定義だ。natural_synthetic 欄は曖昧だし、odor_type が animal のものは大半が合成である。
ただ、曖昧でない欄が1つある。export_tariff(関税番号)だ。
関税番号 0510 がその章だ
HS 番号 0510 の項目名はこうなっている。**龍涎香、カストリウム、シベット及び麝香;カンタリス;胆汁。**これは動物産品の分類であって化学品の分類ではない。
全庫 42,225 件のうち、この番号が付くのは何件か。
11件。
| 記録 | CAS | サプライヤー |
|---|---|---|
| カストリウム・アブソリュート | 8023-83-4 | 23 |
| シベット・アブソリュート | 68916-26-7 | 17 |
| アンバーグリス・チンキ | 8038-65-1 | 8 |
| カストリウム液 | 8023-83-4 | 4 |
| シベット(天然) | 68916-26-7 | 3 |
| シベット・チンキ | 68916-26-7 | 2 |
| シベット・レジノイド | 68916-26-7 | 2 |
| カストリウム・チンキ | — | 2 |
| musk tonquin absolute | 8001-04-5 | 0 |
| musk tonquin | 8001-04-5 | 0 |
| カストリウム抽出物 | 8023-83-4 | 0 |
**合計61社。**動物は3種——ビーバー、ジャコウネコ、マッコウクジラ(龍涎香)。
**そして麝鹿の2件は0だ。**同じ CAS(8001-04-5)の2つの記録に、サプライヤーが1社もいない。このデータベースは収録しているが、誰も売っていない。
代替品のほう
同じ4種について、代替品の記録はこうなる。
| 代替品 | サプライヤー | 対応する本家 |
|---|---|---|
| シベット・アブソリュート代替品 | 31 | 17 |
| アンバーグリス specialty | 26 | 8 |
| カストリウム・アブソリュート代替品 | 19 | 23 |
| アンバーグリス・チンキ代替品 | 3 | 8 |
| カストリウム・レジノイド代替品 | 1 | — |
合計80社で、本家の61社より多い。
個別に見ると、シベットとアンバーグリスは代替品が本家をはっきり上回り(31対17、26対8)、カストリウムは本家がやや多い(23対19)。
シベットの組はとくに覚えておく価値がある。前回87組の「本家 対 代替品」を突き合わせたとき、代替品のほうが多いのは3組だけで、シベットはその中で比率が最も高かった(1.82)。詳しくは〈データベースには178本の代替品がある〉。
この11件の記録はどう見えるか
共通する特徴がいくつかある。
- **物性の数字がほとんど無い。**融点も蒸気圧も logP も無く、外観欄はたいてい(推定)付き。天然抽出物では一般的だ。
- CAS は「動物由来抽出物」の番号で、分子式に対応する番号ではない。シベット、シベット・チンキ、シベット・レジノイドの3件が 68916-26-7 を共有している——1つの CAS の下に別の商品が並ぶ状況は〈イランイラン油〉で測った。
- **
cosmetic_usesはたいてい「perfuming agents」**で、引退表示は無い。この欄の上では使用可能だ。 - FEMA GRAS があるものと無いものがある。シベット・アブソリュートは FEMA 2319、アンバーグリス・チンキは 2049、カストリウム液は 2262。そしてmusk tonquin は FEMA 2759 を持ちながらサプライヤー0社だ。カストリウム・アブソリュート(23社、この組で最多)にはむしろ FEMA 番号が無く、
regulatory欄は空である。(2026-08-29 訂正:本稿は当初「カストリウム・アブソリュートも名簿にある」と書いていたが誤りで、FEMA があるのはカストリウム「液」のほうだ。)
**ここに規制上の禁止は無い。**それらが消えた理由はこのデータベースの欄には書かれていない。それは供給網と倫理の問題で、データベースが記録しているのは何社が売っているかだけだ。
「代替品に替える」は中立な操作ではない
代替品が同じ匂いなら、これは仕入先を替えるだけの話になる。だが受容体レベルの証拠はそう単純ではないと言っている。
Shirasu らは2014年に《Neuron》で、とてもはっきりしたことをした。マウスの嗅球でムスクの匂いがどの経路を通るかを追い、こう分かった。
- ムスコンが活性化するのは嗅球前内側の少数の糸球体で、その糸球体群は大環状ケトンに高度に特異的だった。
- ニトロ基、多環構造、エステル結合を持つ合成ムスクは、「別の、しかし近接した」糸球体を活性化した。
- 続いてマウスの特異的受容体 MOR215-1 と、ヒトのムスク受容体 OR5AN1 を同定した。
**つまり「ムスク」は鼻の中で1つの枠ではなく、いくつもの枠だ。**天然の動物性ムスクは大環状ケトンの枠に属し、多くの合成代替品は別の枠に属する。
(合成ムスクの4つの家族の構造・規制・環境上の違いは〈合成ムスクは同じ種類ではない〉に書いた。あちらは分子と環境の話で、ここで足したのは受容体の側でも分かれるということだ。)
**代替品が使えないという話ではない。**代替品が「代替品」であるのは価格と由来だけの問題ではない、という話だ。通る経路が違う。
実際にどうするか
- **動物性材料を数えるなら
natural_syntheticではなくexport_tariffを使う。**関税番号は税関の分類で、曖昧さが無い。 - **「シベット」「アンバーグリス」の商品を見たら、本家か specialty/replacer かを先に確かめる。**カタログ上では1語しか違わないことが多い。
- **麝鹿香はこのデータベースでサプライヤー0社だ。**市場で「麝香」と書かれているものは、ほぼ確実にそれではない。
- **代替品の記録は必ず本家よりデータが少ない。**CAS も毒性データも純度も無い。
- **代替品が同じ匂いだと仮定しない。**受容体レベルの証拠は、大環状ケトンと他のムスクが別の経路を通ると言っている。
この記事が立証していないこと
- **これは関税欄の監査であって、市場調査でも倫理の調査でもない。**数えたのはこのデータベースに何社の収録があるかで、取引量ではないし、動物福祉や CITES の問題はまったく扱っていない。
- 関税番号 0510 は取りこぼしうる。動物由来でも別の番号が付いているもの、この欄が空のものがあるかもしれない。「11件だけ」はこの1欄の話だ。
- **サプライヤー0社は買えないことを意味しない。**このデータベースが収録しているサプライヤーの中に、それを載せている社が無い、という意味だ。
- 代替品の5件は名称のキーワード(replacer/specialty)で引いたもので、別の命名は拾えていないかもしれない。
- Shirasu らの論文はマウスの嗅球イメージングと受容体同定で、ヒトについては「OR5AN1 という受容体を同定した」までであり、ヒトの知覚実験ではない。
- **「別の糸球体」は「似ていない匂い」を意味しない。**あの論文が立てたのは神経経路が分かれることであって、代替品が本家に似ているかではない。後者は私はまったく測っていない。