原料図鑑 · 9
原料図鑑:フェネチルアルコール(PEA) — ローズウォーターがバラの香りである理由
· 8 分
新鮮なバラの花の上ではフェネチルアルコールが主要成分の一つです。水に溶けやすいため、蒸留では精油よりローズウォーターへ移ります。ローズ三点セットの最後の一支、110社。
バラを蒸留すると、フェネチルアルコールの大半は水相へ移ります。精油にとっては損失ですが、その性質がローズウォーターに十分なバラの香りが残る理由です。ゲラニオールとシトロネロールが骨格を作り、フェネチルアルコールが花弁、蜂蜜、水の感触をひとつにまとめます。
先に要点
- フェネチルアルコールは新鮮なバラの花の香りの主要成分のひとつ(ヘッドスペース実測 8.4〜33.9%)。ただし水に溶けるため、蒸留では通常失われてローズウォーターに集まり、油には少ししか残りません。ローズウォーターのバラらしさは、これと直接つながっています。
- どれほど「標準フローラル」か。fMRI研究がフローラルの対照条件に選んだ分子です。香りは乾いた花弁と蜂蜜、それにかすかなパン感。穏やかで、刺しません。
- 110社あって安く、安定。三点セット(+ゲラニオール+シトロネロール)はここで完成です。
基本記録
| CAS | 60-12-8 |
| 分子式 | C₈H₁₀O |
| 分子量 | 122.17 |
| 香調 | フローラル、ローズ、ドライローズ、甘い、フレッシュ、パン感、蜂蜜 |
| 強さ | 中 |
| 持続性 | 32時間(原液、ムエット上) |
| 比重 | 1.015–1.023(25 °C)— 水より重い |
| 推奨保存 | 24か月以上(冷暗所、密封) |
| 収載名簿 | GRAS、JECFA、CoE、FEMA GRAS、IFRA |
三点セットで最小の分子(C₈ 対 C₁₀)で、唯一水より重い1本でもあります。出自も別で、ゲラニオールとシトロネロールが「自然界の部品」のモノテルペンアルコールなのに対し、PEAの骨格はベンゼン環(芳香族)。だから直近3篇のテルペン酸化の道は歩みません。持続32時間は三点セットで最も早い退場です(ゲラニオール60時間、シトロネロール56時間)。
ローズウォーターの謎
2025年、Antonova-Nedeltcheva らは Molecules 誌で、白バラ R. alba の新鮮な花をヘッドスペース固相マイクロ抽出(平たく言えば:蒸留を経ず、花のまわりの空気を直接「嗅ぐ」分析法)で調べました。
**2-フェニルエタノールが最も豊富な成分(8.4–33.9%)**で、ゲラニオール(12.8–32.5%)、シトロネロール+ネロール(17.7–26.5%)が続いた。
そして同じ論文が、話の向きを変えます。
2-フェニルエタノールは水への溶解度が高く、蒸留工程で通常失われる(あるいはローズウォーターに集まる)。伝統的な水蒸留で得られるローズ油中の濃度は低い。
生きた花で最も豊富な香気成分のひとつが、蒸留のとき水の中へ逃げてしまう。 その先は製品ごとに結末が分かれます。
- ローズ油(蒸留):シトロネロールとゲラニオールが主体で、PEAは少ない。シトロネロールの回で引いた Kumar の実測はこちらの世界です。
- ローズウォーター(蒸留の水相):論文の措辞は、PEAが「ローズウォーターに集められる」。それを「ローズウォーターのバラらしさ」につなぐのは、私たちの解釈の一歩です。
- ローズアブソリュート(溶剤抽出、水を経ない):PEAを保持します。
ロット差の回の「同じ花、違う抽出、違う答え」のもうひとつの実例で、今回は「なぜ」に分子の説明が付きます。溶解度です。
花香対照に選ばれる理由
Hedioneの脳画像研究はフェネチルアルコールを一般的な花香対照に置きました。基準線に適しているという意味で、唯一の標準でも作用がない証明でもありません。実験材料の役割は「嗅覚研究が同じ香気分子を使う理由」へ。
嗅ぐときは
当社の記録の香気語は7つ:フローラル、ローズ、ドライローズ、甘い、フレッシュ、パン感、蜂蜜。
- 10%で評価。原液はこもり、薄めてはじめて「乾いた花弁」の性格が出ます。私はムエットに時刻を書き込む癖があるのですが、退場の早いPEAではこの記録がよく効きます。
- 「パン感」は誤記ではありません。かすかで温かい、酵母のような背景です。「切りたてのバラ」と距離を取る部分であり、グルマンや蜂蜜のアコードでも使える理由。
- 三点セットの分業はこれで決まりです:ゲラニオールが甘さと明るさ、シトロネロールがワックスと厚み、PEAが乾いた花弁と蜂蜜の下塗り。5:3:2 から始めて、花弁感が欲しければPEAを増やす。
- 持ちは良いほうです。直近3篇の酸化の荷物とは無縁。それでもいつもの保管習慣は損になりません。
カタログ上の一族
| 品目 | 何であるか |
|---|---|
| phenethyl alcohol(110社) | 本体。カタログでは phenyl ethyl alcohol/2-phenylethanol とも書かれる。同じもの |
| phenethyl acetate(68社) | 酢酸エステル — より軽く果実的。ローズアコードの定番の明るさ担当 |
| phenethyl isobutyrate/isovalerate(46/39社) | 果実調の変奏 |
| phenethyl salicylate(33社) | サリチル酸エステル — より厚く、バルサム調 |
法規
GRAS、JECFA、CoE、FEMA GRAS、IFRAに収載。これらの名簿は使用上限を示しません。PEAは法規的に単純です。肌用処方は現行IFRAスタンダードと供給業者規格書を。
買うときは
- 書き方は3通り、中身はひとつ:phenethyl alcohol/phenyl ethyl alcohol/2-phenylethanol。CAS 60-12-8 を信じること(ヘディオンの回の授業)。
- 三点セットと同じ注文で。1回の送料でローズの骨格が揃います。
- 大きめの瓶でも安全です。安く、フローラルの下塗りとして%単位で使い、酸化に敏感な部類でもありません。
→ データベースのフェネチルアルコール:全物性、供給業者一覧、推奨の組み合わせ。 → ゲラニオール|シトロネロール|酢酸フェネチル|香調で検索:「ローズ 蜂蜜」で隣人を探せます。
参考文献
D. Antonova-Nedeltcheva, A. Dobreva, K. Gechovska & L. Antonov, Volatile compounds profiling of fresh R. alba L. blossom by headspace – solid phase microextraction and gas chromatography, Molecules, 30(15), 3102 (2025). PMID 40807275
I. Wallrabenstein ほか, The smelling of Hedione results in sex-differentiated human brain activity, NeuroImage, 113, 365–373 (2015). PMID 25797832