はじめての調香 · 27
自分の対照実験に1年だまされた話:犯人を取り違えた事例
· 15 分
サリチル酸エステルを疑って1年かけて処方を組み替えた人がいた。単離テストをやって疑いが裏づけられたからだ。見知らぬ3人が「veramossに聞こえる」と書いた。再テストすると前回の実験は汚染されていて、サリチル酸エステルは苦みなしで16時間持った。汚染が一方向にしか流れない理由はデータベースにある。veramossは強さhighで10%希釈でも400時間、サリチル酸ベンジルは強さlowで100%でも384時間。954件の処方で強さhighの素材の使用量中央値は0.80%、lowは5.78%。ついでに、公開処方でカローンが2.50%を超えた例は1件もなく、その人は25%入れていた。
r/DIYfragranceに投稿された相談の1行目はこうだった。
「追記は末尾を参照。」
この行はあとから足されたものだ。そのあいだに起きたことのほうが、元の質問より書く価値がある。
彼は「90年代ノスタルジアのプールパーティー」というアクアティックを1年かけて作っていた。トップは気に入っている。ただ6〜8時間後、ドライダウンが彼の言葉で「苦く、乾いて、紙のよう」に変わる。犯人は処方中のサリチル酸エステルだと彼は見た。
しかも当てずっぽうではない。 容疑者を取り出し、肌に単独で塗ってテストした。結果は疑いを裏づけた。単離しても苦い。
そこから1年、彼はその結論のまわりで処方を組み替えた。サリチル酸ベンジルは全部捨て、サリチル酸エステルを含むSolafleurを4割減らした。
そこへ、互いに知り合いでもない3人がコメント欄で同じことを書いた。veramossに聞こえる。
彼は再テストした。末尾の追記はこうなっている。
「前回のは間違いなく汚染されていた。 何が起きたのかは分からないが、前にSolafleurとサリチル酸ベンジルを単独で肌に試したとき、同時にveramossもいじっていて交差汚染したのだと思う。新しいテストでは両方とも見事な出方で、肌の上で16時間以上、苦いドライダウンは一切なしだった」
1年の組み替えが、別の素材に向けられていた。そして狙いを外させたのは、対照実験をやったことそのものだった。
先に結論
- 汚染は効果の上で一方向にしか流れない。 データベースはveramossを強さhigh、残香400時間 @ DPG中10%希釈とする。サリチル酸ベンジルは強さlow、原液で384時間。同じだけ残留したとき、強いほうが弱いほうを埋める。逆は起きない。
- この傾向は処方群のなかで連続している。954件で、lowとラベルされた素材の使用量中央値は5.78%、mediumは2.00%、highは0.80%。ラベルが強いほど、入る量は少ない。
- もともとの考えを裏づけた結果は、いちばん危険な種類の証拠になる。 汚染は直前に触っていたものに偏り、直前に触っていたものはたいてい、疑っている当のものだからだ。
- 彼は**カローンを25%**使っていた。954件のうち22件が使っていて、中央値0.955%、最大2.50%。公開されている最大値の10倍にいる。
- 彼は自分がカローンに鼻が慣れたのではと疑った。嗅覚順応は測定されている(Chenら2020、n=4,120)。
- 「自分はサリチル酸エステルが嫌いなだけでは」も本物の問いだ。快・不快の評価と個人の検知閾値の関係は匂いごとに違う(Bontempiら2022)。
読了9分ほど。
なぜ汚染は片方向にしか行かないのか
2つの素材のデータから始める。
| veramoss | サリチル酸ベンジル | |
|---|---|---|
| 強さ | high、10%以下に希釈して嗅ぐことを推奨 | low |
| 残香 | 400時間 @ DPG中10% | 384時間 @ 100% |
| サプライヤー | 40社 | 58社 |
| 処方群での使用量中央値 | 0.80% | 9.47% |
残香の2つの数字は近く見えるが、その裏の濃度は10倍違う。
veramossは10倍希釈で400時間持つ。サリチル酸ベンジルは原液で384時間。同じくらいの持続に達するのに、前者は後者より1桁少ない量で足りる。
交差汚染がその向きに流れた理由がここにある。 肌に同じだけごく微量が残ったとして、veramossの残留はまだ閾値の上にいて、サリチル酸ベンジルの残留はとうに感じ取れなくなっている。
汚染は2つの素材が互いに干渉することではない。強いほうが弱いほうを埋めることになる。
そしてこれはこの2素材に限らない。処方群をデータベースの強さラベルと突き合わせ、5件以上に登場する素材に絞ると:
| 強さのラベル | 素材数 | 使用量の中央値 | 四分位範囲 |
|---|---|---|---|
| low | 6 | 5.78% | 3.50〜9.47% |
| medium | 178 | 2.00% | 1.00〜4.60% |
| high | 54 | 0.80% | 0.56〜1.00% |
きれいな階段になっている。 ラベルが強いほど処方に入る割合は小さく、端から端でおよそ7倍の開きがある。
この階段がそのまま汚染リスクの表になる。 0.8%で使っている素材こそ、次のテストに招かれずに現れる素材だ。
(強さと拡散は別物だと書いた。ここで使っているのは強さのほうになる。強さのラベルが予測するのは、どれだけ大きく香るかではなく、どれだけ入れられるかだ。)
なぜその実験は彼を裏づけたのか
彼のやったことは、手順としては正しく見える。ある素材を疑い、取り出し、単独で試す。
問題は方法ではなく順番にある。
3人が別々にveramossを指した。いちばん直接的だったのはこれだ。
「『苦く、乾いて、紙のよう』は、veramossの過量がやることに聞こえる」
そして彼自身の返信が仕掛けを明かしている。veramossは処方の0.5%で、その乾いた苦みを心配してすでに減らしていた。つまりあの単離テストの前後、彼はveramossの瓶を触り続けていた。
試していたのはサリチル酸エステルで、その日いちばん触っていたのはveramossだった。
自分の仮説を裏づけた結果は、否定した結果より厳しく点検する必要がある。 汚染源はたいてい、調査している対象そのものだからだ。作業台に出ている瓶、さっき開けた瓶、いま使ったピペットが、それにあたる。
これは前回、自分でも踏んだ。 処方群の統計を計算するとき、最初に使った重複除去が既存の記事と違っていて、フェネチルアルコールが「2番目に多い」と出た。正しい答えより響きのいい結果で、危うくタイトルに入れるところだった。古いスクリプトを確認して条件の違いに気づき、正解は3番目だった。同じ形の間違いになる。先に期待があり、それを出す方法をあとから選んでいる。こちらの代償は再計算1回で、彼の代償は1年だった。
あの25%のカローン
このスレッドには別筋がもう1本あって、こちらは数字で当たれる。
彼は**カローンを「25%以上」**使っていると書いた。コメントにはこうある。
「処方の25%というカローンは極端な過量だ。あれは静かに強い。処方の0.5%を大きく超えたら災難を招いている。25%はもう正気じゃない」
処方群はこの人に同意する。 954件の公開処方のうち、カローンまたはウォーターメロンケトンを使うのは22件。
- 使用量の中央値 0.955%
- 最大の1件 2.50%
2.5%を超える公開処方は1件もない。彼は最大値の10倍にいる。
(前回カローンを書いた。残香は10%希釈で600時間超、全データベースの上位0.84%に入る。veramossと同じ「high、10%以下に希釈して嗅ぐことを推奨」の側にいる。)
そして彼は返信のなかで、自分について正しい疑いを立てている。
「妙なのは、ほかのカローン主体の香水はシャワーを浴びて寝たあとでもずっと嗅げるのに、これだけはほとんど嗅げないことだ。服に吹いて別の部屋に置き、数時間おきに戻って嗅いでみたほうがいいのかもしれない。自分でカローンに鼻を鈍らせているのかどうか」
この勘は正しい方を向いている。
Chenらは2020年に Rhinology で、4,120名の嗅覚閾値検査データを解析した。Sniffin' Sticksの階段法を使い、反転点の軌跡を見ている。
結論はこうだ。嗅覚の悪い人ほど、嗅覚刺激に速く順応するように見える。 そして閾値検査における反転点の軌跡は、嗅覚順応と受容体機能の指標になりうる。
あの論文の対象集団には注意がいる。 4,120名のうち1,684名が嗅覚低下、1,742名が嗅覚脱失で、正常対照は694名しかいない。耳鼻咽喉科の臨床研究であって、調香師の研究ではない。 嗅覚順応が測定でき追跡できるという一般的な事実のために引いているのであって、患者の順応速度をあなたに当てはめるためではない。
ただし彼の実務的な対処は理にかなっている。別の部屋、数時間あける、戻って嗅ぐ。 自分の鼻にウォッシュアウト期間を置いていることになる。
「自分はサリチル酸エステルが嫌いなだけでは」
彼の質問リストの2番目がこれだった。再テストで答えは「そうではない」に変わったが、この問い自体は答える価値がある。多くの人が同じことを聞くからだ。
Bontempiらは2022年に Scientific Reports で、快・不快の評価と個人の検知閾値の関係を測った。快い匂い2つ(リンゴ、ジャスミン)と不快な匂い2つ(ドリアン、トリメチルアミン)について、まず各参加者の閾値を出し、そこから上の濃度をランダムな順で提示して快・不快を評価させている。
結果は、トリメチルアミンを除き、低濃度と中濃度では濃度とともに快さ・不快さの評価が上がり、高濃度で頭打ちになる。個人閾値を考慮に入れると、トリメチルアミンでは相関係数が有意に高くなった。
まとめはこうだ。快・不快の評価と個人の検知閾値の関係は匂い特異的である。 そしてこれは、特定の濃度における快・不快の強さが一般集団でこれほどばらつく理由の説明に寄与する。
処方に落とすと2つになる。
- 「この濃度がいい香りだ」は素材の性質ではなく、あなたとその素材の関係になる。 誰かの推奨使用量は、その人の閾値から見た推奨使用量だ。
- そしてこれは素材によって違う。 個人差の大きさは素材ごとに一様ではない。あの研究でも、閾値を考慮して差が出たのは4つのうち1つだけだった。
だから「サリチル酸エステルが嫌いなのか」は妥当な問いになる。ただし嗅いだものが本当にサリチル酸エステルだったかを先に確かめる必要があり、彼の例はその一歩が見た目より難しいことを示している。
嘘をつかない対照の手順
ここまでを実行できる形にまとめる。どの行も、汚染の経路を1つずつ塞ぐためにある。
1. 強さの弱い順にテストする。 lowから、次にmedium、最後にhigh。強い素材が手に乗った時点で、その日に試す残りは全部きれいではなくなる。 上の階段の表で順番を組む。
2. その日は強い瓶をそもそも開けない。 「テスト中は開けない」ではなく、そのラウンド全体で触らない。ピペット、手袋、作業台、キャップも数に入る。
3. ブランクの対照を1本走らせる。 何もつけていないムエットを、ほかと同じ手、同じ台、同じ時間だけ通す。ブランクから何か嗅げたら、そのラウンドは無効にする。 30秒で済み、汚染を直接検出できる唯一の手順になる。
4. 肌のテストは最後に、腕を替えて。 肌は残る。石鹸では強い素材の残留は落ちない。前回そちらの腕で試した残留が、次の汚染源になる。
5. もともと考えていたことを裏づけた結果は、必ず再テストする。 このリストでいちばん重要で、いちばん飛ばされやすい行になる。否定してくる結果は自動的に確認するが、同意してくる結果は確認しない。
6. できるならラベル貼りは他人にやってもらう。 どれがどれか分からなければ、汚染は残っていても期待は消える。
7. そして彼が最後にやって正しかったこと。結果を知らない人の目に触れる場所に出す。 3人が同じ答えを返し、その答えは彼の1年ぶんの結論と逆だった。彼は再テストしに行った。このスレッドでいちばん学ぶに値する動作になる。
この記事が示していないこと
彼の処方も、彼が試した2本のムエットも嗅いでいない。 すべては彼が投稿した文章に対して書いている。veramossが犯人だという点は、彼自身の再テストの結論であって、こちらが検証したものではない。
強さのラベルはデータベースの分類であって測定値ではない。 あの文字列(「high、10.00%以下の溶液で嗅ぐことを推奨」)は編集上の判断であり、閾値データではない。あの階段が示すのはラベルと実際の使用量が一致することであって、ラベルが閾値に等しいことではない。
残香の比較には落とし穴がある。 veramossの400時間は10%希釈での測定で、サリチル酸ベンジルの384時間は100%での測定になる。条件が違うところで出た2つの数字なので、引き算はできない。 濃度が1桁違うことを示すために使っているのであって、持続が16時間違うという話ではない。
「汚染は一方向」は効果についての言い方で、物理の話ではない。 分子は両方向に動く。言っているのは、等しい残留量が生む知覚強度の非対称になる。
カローンの2.50%という上限は公開処方群の上限で、安全上限でも推奨上限でもない。 処方群の74%は特許と公開された出どころから来ているので、業界が公表してきたやり方を表すのであって、超えてはいけない線ではない。25%入れるのは彼の自由で、こちらは既知のやり方からどれだけ離れているかを述べているだけになる。
Chenの研究の対象は大半が嗅覚障害の患者で、嗅覚順応が測定できるという一般的な事実のためだけに引いている。あの論文は調香師もカローンも扱っていない。
Bontempiの研究は4つの匂いを扱い、サリチル酸エステルは含まれない。快・不快と閾値の関係が匂い特異的だという結論を引いているのであって、サリチル酸エステルに当てはめてはいない。
あの7段階の手順を対照試験にかけてはいない。 汚染の機構から導いた運用上の提案で、検証された方法ではない。
参考文献
B. Chen, A. Haehner, M. K. Mahmut, T. Hummel, Faster olfactory adaptation in patients with olfactory deficits: an analysis of results from odor threshold testing, Rhinology, 58(5), 489-494 (2020). PMID 32478337. doi:10.4193/Rhin19.465
C. Bontempi, L. Jacquot, G. Brand, A study on the relationship between odor hedonic ratings and individual odor detection threshold, Scientific Reports, 12(1), 18482 (2022). PMID 36323760. doi:10.1038/s41598-022-23068-1