はじめての調香 · 114
はじめての調香 #114:処方に「ylang ylang oil」とある。データベースには22件ある。どれを買うのか
· 10 分
名称の問題は82%まで掘って止まった。残っているのが綴りの問題ではないからだ。コーパスにはylangの表記が16通り、152件の処方があり、そのうち113件は限定のない ylang ylang oil で、等級を明示しているのは2件しかない。一方データベースには22件のylang記録がある。主要な4候補の差は本物だ。等級Iは残香319時間、香調欄に10語。等級IIとIIIはそれぞれ2語(floral; ylang)だけで、強度ランクの値すらない。限定のない1件は140時間で5語、しかもCASが3つの等級と違う。これは名称の不一致ではなく、コーパスの粒度がデータベースより粗いということだ。この問題の規模は、コーパスに15回以上現れる天然物名が39あり、それぞれ平均21件のデータベース記録に対応し、lemon oilは98件に対応する。
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要点だけ
- コーパスにはylangの表記が 16通り、152件の処方がある。うち 113件は限定のない
ylang ylang oil - 等級を明示しているのは2件だけ
- データベースには 22件のylang記録があり、そのうち4件が主要候補
- 等級I:残香 319時間、香調欄に 10語
- 等級II、III:香調欄はそれぞれ 2語(
floral; ylang)で、強度ランクは空 - これは名称の不一致ではなく、コーパスの粒度がデータベースより粗いということだ
- 規模:コーパスに15回以上現れる天然物名は 39、候補数の中央値は 21、
lemon oilは 98件
名称の問題はここで掘れなくなった
名称に4回かけた。別名欄が壊れている、 メーカー括弧を剥ぐ、 アルデヒドC番号は対照表を引く、 手書き別名12行で82%へ。
残った3,150件の未一致レコードのうち 795件が天然物だった。 前回それを「名称の問題ではない」と書いた。今回はそれを開いてみる。
22件のylang
コーパスで ylang ylang oil は113回現れる。この文字列でデータベースを探すと22件に当たる。
サプライヤーのいる主要4候補を並べる。
| データベースの記録 | サプライヤー | CAS | 残香 | 強度ランク | 香調欄 |
|---|---|---|---|---|---|
| ylang ylang flower oil | 93 | 8006-81-3 | 140 h | 2 | floral; petal; neroli; lily; spicy(5語) |
| ylang ylang flower oil I | 42 | 68606-83-7 | 319 h | 2 | floral; petal; jasmin; neroli; lily of the valley; spicy; balsamic; earthy; woody; winey(10語) |
| ylang ylang flower oil II | 30 | 68606-83-7 | (空) | (空) | floral; ylang(2語) |
| ylang ylang flower oil III | 45 | 68606-83-7 | (空) | (空) | floral; ylang(2語) |
3つ、立ち止まって見る価値がある。
**1つめ。等級Iの残香は限定なしの2.3倍だ。**319対140時間。 処方どおりのつもりでIIIを買えば、思っていた時間はもたない。
**2つめ。香調欄の語数が5倍違う。**等級Iは10語、IIとIIIは2語ずつ。 これは編者の手抜きではない。ylangは分留で作られ、等級Iは最初の留分で、 軽いエステル類はそこに集まる。後の留分ほど組成は単純になる。欄の乏しさが材料の乏しさを映している。
(IIIの評価欄にはこう書かれている。「extra等級より甘く軽く、スパイシーなカーネーション感が強い。 水っぽい海洋効果があり、明らかにグアヤックに近いウッディさ。」extra等級に言及しているが、 データベースにその記録はない。)
3つめ。CASが違う。限定なしは 8006-81-3、3つの等級はすべて 68606-83-7。
つまりCASで突き合わせても揃わない。
等級を書いた処方は2件だけ
コーパスの152件がylangを使い、表記は16通りある。
| コーパスの表記 | 件数 |
|---|---|
ylang ylang oil |
113 |
ylang synth |
18 |
ylang ylang oil replacer |
6 |
ylang oil extra |
2 |
ylang ylang flower essence |
2 |
ylang ylang flower oil i |
1 |
ylang ylang flower oil iii |
1 |
| 残り9通り各1件 | 9 |
**113対2。**処方を書く人はまず等級を書かない。
もう1つ。ylang synth(18)、ylang ylang oil replacer(6)、
それに散らばる ylang (synthetic)、ylang ylang oil imitation などを足すと、
**およそ24件が天然を使わない選択をしている。**152件の16%にあたる。
(全表記を統合した使用量は中央値 2.50%、四分位1.46–4.90%、最高24.8%。)
この問題はどれだけ普遍的か
コーパスに15回以上現れ、名前に oil/absolute/extract を含む天然物を抜き出し、
それぞれデータベースに同じ語頭の候補が何件あるか数えた。
| コーパス件数 | データベース候補 | サプライヤーあり | 名称 |
|---|---|---|---|
| 66 | 98 | 88 | lemon oil |
| 52 | 79 | 76 | orange oil |
| 23 | 58 | 43 | jasmin absolute |
| 48 | 45 | 30 | geranium oil bourbon |
| 33 | 23 | 19 | mandarin oil |
| 132 | 21 | 19 | patchouli oil |
| 113 | 16 | 12 | ylang ylang oil |
| 60 | 12 | 9 | sandalwood oil |
| 40 | 9 | 8 | clove bud oil |
合計39の名称、候補数の中央値は21。
lemon oil と書かれた処方は、98件のデータベース記録を指している。それは引ける相手ではない。
統合は修正ではなく選択だ
前の4回でやった統合はすべて修正だった。dipg と dipropylene glycol は同じもので、
統合すれば数字は真実に近づく。
ここは違う。ylangの4等級を1件にまとめることは、「等級」という情報を捨てることであり、 その情報は319対140時間の差に相当する。
修正は2つの名前を同じものに戻すこと。等級の統合は4つの違うものを1つとして扱うことだ。
2020年に Lebanov らが J Chromatogr A でこれの定量版をやっている。 蒸留時間、産地、化学組成に基づき、多変量的手法でylang精油を系統的に分類した(PMID 31959459)。 等級の差は測れるものであって、宣伝文句ではない。
で、どう買うか
処方が等級を書かずに ylang ylang oil としているとき。
- **使用量を見る。**3%以上入っているなら、書き手はフローラルの体積を支えるために使っている。 その場合は限定なしの完全油(サプライヤー93社、最も多く売られている記録)が安全な既定値だ。
- 1%未満なら、たいていトップのスパイシーさと果実エステルのためで、等級Iに近い。
- IIIは最も安く、最も平板だ(香調欄が2語しかない)。機能性製品には向くが、 主題を支えてほしい場面には向かない。
- **買う前にサプライヤーにGCチャートを、せめて等級を訊く。**この材料は価格差も品質差も大きい。
練習用に買うだけなら、完全油を1本でよい。最初から4等級を揃える必要はない。
この記事が示していないこと
- 「等級Iは最初の留分」は一般論であって、このデータベースが書いていることではない。 データベースが与えたのは4件の記録と欄の差だけだ。蒸留時間と組成の対応はLebanovらの論文から引いている。
- 香調欄の語数が少ないことは、必ずしも材料が単純であることを意味しない。 単にその2件を誰も埋めていないだけかもしれない。「等級IIとIIIは強度ランクも空」を傍証にしたが、 それも結局はデータの充足度の問題である。
- 「約24件が合成の代替品」は、16通りの表記のうち合成に見えるものを合算した。 そのうちいくつかは1件ずつ確認していない。
- 候補数は語頭一致で数えている。
lemon oilの98件にはlemon oil italy、lemon oil terpenesなどが含まれ、 どれも候補ではあるが、明らかに書き手の意図ではないものもある。これは上限であって実際の曖昧さの数ではない。 - **どの2等級の実際の匂いも比較していない。**全体は欄と1本の論文に基づいている。
- **購入の助言は欄と使用量から推したものであり、取引の経験からではない。**この4等級を買ったことはない。