はじめての調香 · 115
はじめての調香 #115:処方に lemon oil とある。98件の候補で最もサプライヤーが多いのはレモングラスだ
· 10 分
前回、コーパスが lemon oil と書くとデータベースの98件に対応することを算出した。今回はその98件を開く。サプライヤーが最も多い1件は lemongrass oil の88社で、それはイネ科のレモングラスであり、レモンの木とは関係がない。文字列の頭が同じだけだ。本当の候補のなかで差が最も大きいのはこの組である。lemon oil は残香4時間、lemon oil folded は264時間で、両者のCASは完全に同じ 8008-56-8 だ。フォールデッドオイルは90%以上のテルペンを抜いたあとに残るもので、この説明はデータベースの notes 欄自身が書いている。そして検証できる痕跡を残す。旋光度だ。原油は+57から+65.5、脱テルペン後は−8から−10で、符号が反転する。比重でも区別でき、0.849から0.855と0.885から0.897は重ならない。
読了目安 5 分。
要点だけ
lemonで始まるデータベース記録は 98件、うち88件にサプライヤーがいる- **最もサプライヤーが多いのは
lemongrass oil(88社)**で、これはイネ科の植物、レモンとは無関係 - 本当の候補では
lemon oilが残香 4時間、lemon oil foldedが 264時間 - 両者のCASは完全に同じ(8008-56-8)、FEMA番号も同じ(2625)
- フォールド(folded)=90%以上のテルペンを抜くこと。これはデータベースの
notes欄自身が書いている - 検証の痕跡:**旋光度が+57~+65.5から−8~−10へ符号が反転する。**比重も0.849–0.855対0.885–0.897で重ならない
- コーパスの127件がレモンを使い、そのうち 52%が限定なし
98件の1位は別の植物
前回、コーパスの lemon oil がデータベースの98件に対応し、
天然物のなかで最も候補が多いことを算出した。今回はそれを開く。
最初にわかることが気まずい。サプライヤー数で並べると1位は lemongrass oil の88社だ。
レモングラスはイネ科の Cymbopogon、レモンはミカン科の Citrus limon。 **両者の唯一の関係は、英語名の先頭4文字が同じことだけである。**98件のうち15件がレモングラスだ。
同じく文字列一致で拾われた合成材もある。lemonile(処方8件)、
precyclemone b(8)、isocyclemone e(4)。どれもレモンとは関係がない。
文字列でデータベースを検索すると、1ページ目が全部いらないものということがありうる。
本当の候補は4本
| データベースの記録 | サプライヤー | CAS | FEMA | 残香 | 旋光度 | 比重 @25 °C |
|---|---|---|---|---|---|---|
lemon oil |
74 | 8008-56-8 | 2625 | 4 h @100% | +57.00 – +65.50 | 0.849 – 0.855 |
lemon oil folded |
57 | 8008-56-8 | 2625 | 264 h @100% | (空) | 0.840 – 0.879 |
lemon oil terpenes |
53 | 68917-33-9 | 4848 | 28 h @100% | (空) | 0.840 – 0.855 |
lemon oil terpeneless |
22 | 68648-39-5 | 2626 | 98 h @0.10% | −8.00 – −10.00 | 0.885 – 0.897 |
同じCAS、同じFEMA番号で、残香は4時間対264時間、66倍の差がある。
foldedとは何か。データベースが自分で説明している
lemon oil folded の notes 欄には、珍しく工程が一段落ぶん書かれている。
圧搾レモン油は90%を超えるテルペンからなり、それらは風味上の価値がほとんどなく、 アルコールに不溶であるため香料調合上やっかいである。 慎重な減圧蒸留により、レモン油のテルペン留分の大部分を除去できる。この濃縮法は……
情報は3つある。
- 原油の90%以上がテルペン(主にd-リモネン)
- それらには香りの価値がほとんどなく、アルコールに溶けない
- 減圧蒸留で抜く
つまり「5倍フォールド」とは体積を5分の1に濃縮したという意味だ。 買っているのは何かを足したものではなく、何かを抜いたものである。
残香が4時間から264時間になる理由もこれで説明がつく。抜かれたのは最も揮発しやすい90%だからだ。
2024年にも He らが Food Chem で新しい脱テルペン法を研究している (深共晶溶媒を使う抽出型の脱テルペン、PMID 37603995)。 これは今日も改良が続いている工程であって、過去の技術ではない。
旋光度の符号が反転する
ここがいちばん美しいところだ。
d-リモネンが「d」と呼ばれるのは偏光を右に回すからだ。原油の90%がそれなので、 瓶ごとの旋光度は +57から+65.5、強い右旋になる。
テルペンを抜くと、残った含酸素化合物は全体として左旋になる。−8から−10。
符号が反転している。
実務上、**旋光計で脱テルペン品かどうかを検証できる。**売り手がterpenelessと言うのに 測って+50なら、それは違う。
比重でも区別できる(0.849–0.855対0.885–0.897で範囲が重ならない)が、 屈折率では無理だ(1.472–1.474対1.478–1.485で差が小さい)。
あの98時間は直接比べられない
lemon oil terpeneless の残香欄にはこう書かれている。
98 hour(s) at 0.10 %
0.10%で測られているのに対し、lemon oil の4時間と lemon oil folded の264時間はどちらも100%だ。
これは以前測った。残香欄のうしろにある濃度の印が、 2つの数字を並べてよいかどうかを決める。 0.1%で98時間もつことと、100%で264時間もつことは、別種の主張である。
(lemon oil terpeneless の notes は1文だけだ。Furo Coumarin Free.
これは別の売り文句で、脱テルペンの過程でクマリン類も残渣に残るということだ。
1985年に Naganuma らがレモン油の光毒性を研究している、PMID 4096528。)
CASの分け方が少し妙だ
表のCAS欄を見る。
lemon oilとlemon oil folded:同じCAS(8008-56-8)、同じFEMA(2625)lemon oil terpeneless:独自のCAS(68648-39-5)とFEMA(2626)lemon oil terpenes:独自のCAS(68917-33-9)とFEMA(4848)
フォールドも脱テルペンもテルペンを除く工程で、程度が違うだけだ。 しかし一方は原油の番号を引き継ぎ、もう一方は別番号をもらっている。
前回のcanangaで「2本が同じかどうかを1つの欄だけで判断するな」と書いた。 ここは同じ文のもう1つの例だ。CASが同じ2本で、残香が66倍違う。
コーパスはどう書くか
127件の処方がレモンを使い(レモングラスと前述の合成材3種を除く)、使用量の中央値は 4.44%、四分位2.00–8.00%。
| コーパスの表記 | 件数 |
|---|---|
lemon oil(限定なし) |
66(52%) |
lemon oil italy |
29 |
lemon oil c.p. california |
11 |
| 脱テルペン/テルペン留分 | 7 |
**半分以上がどれなのかを言わない。**そして folded と書いた処方は1件もない。
ただしフォールドと脱テルペンはコーパス全体では実際に使われている。**39件(4.1%)**が
何らかの脱テルペン品やテルペン留分を使っており、ただし別の柑橘に集中している。
orange 17件、petitgrain 8件、lemon 6件、それに geranium、bergamot、bay leaf、nutmeg、
juniper berry が1、2件ずつ。orange peel oil 5 fold、7 fold、10 fold も含まれる。
で、どうするか
処方が lemon oil としか書いていないとき。
- 圧搾の原油を買う(サプライヤー74社の記録)。それが既定値だ。
- **4時間しかもたないことを知っておく。**レモンは処方の冒頭であって本体ではない。 長く残したいなら別のもので支える必要がある。
- 肌につける製品なら、
furocoumarin reducedかterpenelessを探す。 原油のnotes欄にはDo not use on skin.と書かれている。 - **foldedや5 foldとあればそれは濃縮油だ。**使用量は倍数ぶん下げること。原油の比率をそのまま写してはいけない。
- **terpenelessを買うなら旋光度を測る。**負であるはずだ。
この記事が示していないこと
- **どれの旋光度も比重も実測していない。**欄の値の比較である。
- 「5倍フォールド=5分の1に濃縮」は業界の一般則で、データベースの
lemon oil foldedには倍数が書かれていない。 コーパスには5 fold、7 fold、10 foldの表記があるが、データベースに対応する等級の記録はない。 - 264時間は検証していない。残香欄は順位として使うべきだと測った。 ここで欲しいのは「フォールド油は原油よりずっと長い」という方向であって、あの数字ではない。
- 98件の分類はキーワードで行った。「その他」の55件は数件しか抜き見していない。
- **
Furo Coumarin Freeは欄が書いていることで、検証していない。**脱テルペンと脱クマリンは別の操作で、 1つの工程がついでにもう1つを果たすのは筋が通るが、出典はない。 - **フォールド油と原油の匂いの差を嗅いだことはない。**全体は欄と1段落の
notesに基づいている。