はじめての調香 · 109
はじめての調香 #109:残香欄は長い側で水増しされていると推測し、外した
· 9 分
2本続けて残香の値が同族の蒸気圧から予測される値の数倍になっていたので、この欄は長い側で系統的に高く出ると推測した。今回それを検証した。400時間の137本をすべて除くと、蒸気圧と残香の相関係数は−0.659から−0.644へ動いただけで、ほとんど変わらない。仮説は成り立たなかった。ただし過程でより有用なことが2つ出てきた。400時間は全残香値の16.5%、100時間以上の35.9%を占めており、測定値ではなくバケットのラベルである。そして各残香値に対応する蒸気圧は4桁から7桁にわたって広がっており、長い側が特に悪いわけではない。きれいなのはバケットの中央値のほうだ。12個のバケットの中央値をlog-logで当てはめるとR² = 0.927、傾きを換算すると蒸気圧が1桁下がるごとに残香は約5.85倍になる。#103で発表した「約3倍」は個別材料のレベルで算出したもので、ノイズに平らにされていた。
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要点だけ
- 前回、残香欄は長い側で系統的に高く出ると推測した。この推測は成り立たなかった。
- 400時間の137本をすべて除いても、蒸気圧と残香のρは −0.659 から −0.644 に動いただけ
- ただし 400時間は全残香値の16.5%、100時間以上の 35.91% を占める。測定値ではなくバケットのラベルだ
- 各残香値に対応する蒸気圧は 4桁から7桁にわたって広がっており、長い側が特に悪いわけではない
- 12個のバケットの中央値をlog-logで当てはめると R² = 0.927、蒸気圧が1桁下がるごとに残香は約 5.85倍
- これは#103で発表した「約3倍」を訂正するものだ
何を推測したか
cis-3-ヘキセニルサリチレートを書いたとき、 その216時間は同家系の蒸気圧の傾向より約10倍高いと算出した。 ペリラアルコールを書いたときは、269時間が同族より約4倍高かった。 どちらの記事にも「この数字は採用しない」と書いた。
2本続いたところで、ノートにこう書いた。残香欄は長い側で系統的に高く出る。
2例では足りない。今回それを検証した。
検証と結果
全庫で 1,347本の材料が残香と25 °Cの蒸気圧を両方登録している。相関を2回計算した。
| n | ρ | |
|---|---|---|
| 全部 | 1,347 | −0.659 |
| 400時間の群を除く | 1,210 | −0.644 |
400時間の群が水増しされているなら、除いたときに相関は強くなるはずだ。実際には0.015弱くなった。 この標本数では動いていないのと同じである。
仮説は成り立たない。2例から欄全体へ一般化したのが間違いだった。
それでも400時間は測定値ではない
検証の過程で別のものが出てきた。残香欄の相異値を数えた。
- 2,027本が残香値を持ち、相異値は 210個しかない
- 400.0時間が334回現れ、全体の 16.48% を占める
- 100時間以上の930本のうち、400が 35.91%
- 全庫の最大値は901時間で、400を超えるのは 17本だけ
1つの値が長い側の記録の3分の1を占め、しかもその上にはほとんど何もない。 400は「とても長い」の意味であって、「400」ではない。
内訳を見る。蒸気圧を持つ400時間の材料137本の蒸気圧は 0.000001から5.45 mmHg まで、 6.7桁にわたる。
| 400時間の中で蒸気圧が高いもの | 蒸気圧 |
|---|---|
| musk gx 50% in IPM | 5.45 |
| costus valerolactone | 3.89 |
| isovaleric acid | 0.554 |
| phenyl acetaldehyde | 0.368 |
| 2-acetyl pyrazine | 0.188 |
対照:d-リモネンの蒸気圧は0.198で、登録は4時間である。
2-アセチルピラジンとリモネンの揮発度はほぼ同じで、一方は400時間、一方は4時間と書かれている。
しかしどのバケットもこれくらい広い
ここが私なら結論を誤りかねなかったところだ。「6.7桁」を見れば欄が壊れていると言いたくなる。 そこで他のバケットも計算した。
| 残香 | n | 蒸気圧の中央値 | 全域(桁) | 四分位範囲(桁) |
|---|---|---|---|---|
| 1 h | 60 | 3.482 | 6.3 | |
| 4 h | 142 | 0.894 | 5.5 | 1.1 |
| 8 h | 73 | 0.210 | 7.0 | |
| 12 h | 58 | 0.097 | 4.8 | |
| 24 h | 68 | 0.035 | 4.7 | 1.0 |
| 48 h | 50 | 0.0075 | 4.1 | |
| 168 h | 32 | 0.007 | 4.8 | |
| 400 h | 137 | 0.002 | 6.7 | 1.8 |
**8時間のバケットは7.0桁にわたり、400時間より広い。**長い側が特別に悪いわけではない。
そして4列目と5列目の差を見てほしい。4時間のバケットは全域5.5桁だが、四分位範囲は1.1しかない。 真ん中の半分は1桁の中に収まっており、全域を広げているのは裾のほうだ。
最初は全域に驚かされた。この欄の本当の姿は四分位範囲のほうにある。
中央値は驚くほどきれいだ
上の表の1列目と3列目をlog-logで描き、n≥20の12個のバケットで回帰する。
R² = 0.927、傾き −0.767。
換算すると、蒸気圧が1桁下がるごとに残香は約5.85倍になる。
〈蒸気圧は残香の長さを予測する〉で発表したのは 約3倍だった。あの数字は個別材料のレベルで算出したものだ。
2つは倍近く違うが、原因はどちらかの計算違いではない。測定誤差が傾きを平らにしていたのだ。
x軸(ここでは蒸気圧)自体にノイズが乗っていると、回帰の傾きは系統的にゼロへ引っぱられる。 統計学では回帰希釈と呼ばれ、Hutcheon らが2010年に BMJ でわかりやすく説明している(PMID 20573762)。 バケットの中央値を取ることはx軸のノイズを先に平均することにあたるので、 バケットレベルの傾きのほうが真の関係に近い。
どちらも私が算出した数字だが、信用できるのは5.85のほうだ。
ではこの欄はどう使うか
| やりたいこと | できるか |
|---|---|
| 2つの材料のどちらが長く残るか比べる | できる。バケットの順序は信頼できる |
| 400時間から「16日もつ」と読む | できない。あれは「とても長い」というラベルだ |
| 個別の数字から蒸気圧や分子量を逆算する | できない。同じバケット内で4桁から7桁違う |
| 「蒸気圧が1桁下がると残香はどれくらい変わるか」を見積もる | できる。3倍ではなく5.85倍を使う |
これは評価濃度の欄を調べたときと同じ結論だ。 **順位として使い、数値として使わないこと。**違うのは、評価濃度は値が5つしかなく階段だと一目でわかるのに対し、 残香欄は相異値が210個あって測定値のように見えるので、測定値として読まれやすいという点だ。
2本の個別事例はまだ有効か
有効だ。ただし意味が変わる。
cis-3-ヘキセニルサリチレートの216時間とペリラアルコールの269時間は、 確かに同族の他の材料が入っているバケットより高い。あれは個別事例のレベルの観察であり、 あの2本でやった比較は有効なままだ。
間違っていたのは、2つの事例から「欄全体が長い側で水増しされている」へ進んだところだ。 個別事例の逸脱と欄の系統的な偏りは別のもので、私はそれを混ぜてしまった。
この記事が示していないこと
- **1,347本は両欄に値がある材料しか覆っていない。**残香値を持つのは2,027本で、 そのうち680本は25 °Cの蒸気圧がなく、この分析には一切入っていない。
- **蒸気圧の96%に
(est)が付いている。**推定値で別の欄を審査しており、両者の誤差は同じ源かもしれない。 - **バケット中央値の当てはめは12点しかない。**R² = 0.927 は見栄えがよいが、12点のR²は良く出やすい。
- **5.85倍は傾きの換算であって予測区間ではない。**単一の材料が何時間もつかを計算するのには使えない。
- **400が打ち切り値だと証明したわけではない。**証明したのは、比率が異常に高いこと、その上にほとんど何もないこと、 群内が6.7桁にわたることの3つだ。どれも同じ説明を指すが、この欄を生成したプログラムは見ていない。
- **嗅覚の実験もしていない。**Wachowiak らは2025年に J Neurosci で、 嗅覚研究の濃度スケールが自然界と噛み合っていないことを指摘している(PMID 40044450)。 ここで扱ったのは終始データベースの欄どうしの関係であって、鼻との関係ではない。