はじめての調香 · 123
DPG と IPM は何が違うのか:カタログ上は同じ欄に見える無臭溶剤2本、数字は4つとも両極にある
· 8 分
データベースの中で DPG と IPM は同じ材料のように見える。どちらも無臭、残香はどちらも400時間、安価で、希釈に使う。ところが欄を並べると、4つの数字がすべて両極に分かれて立っている。logP は −0.60 と +7.20 で約8桁の差。蒸気圧は97倍違う。比重は片方が水より重く、片方は2割軽い。片方は水と自由に混ざり、片方はほぼ溶けない。そして全ライブラリで香調を持つ原料1,465本の logP 中央値は +3.0。つまり2本の溶剤はどちらも香料の住む場所には住んでおらず、反対側の外縁に立っているだけだ。皮膚科学の文献は IPM にもう一つの正式な身分を与えている。浸透促進剤。2017年には中性子回折で、角質層脂質の配列をどう緩めるかが観察された。溶剤を選ぶことは背景を選ぶことではない。原料がどちらへ、どれだけ速く動くかを選ぶことだ。
読了まで約4分。
長い話を短く
- カタログ上は同じに見える:どちらも無臭(強度欄 none)、残香はどちらも400時間、希釈の定番
- 分けるのは4つの数字:logP −0.60 vs +7.20、蒸気圧 0.0319 vs 0.000329 mmHg(97倍)、 比重 1.02 vs 0.84、水に自由に混ざる vs ほぼ溶けない
- 香調を持つ原料1,465本の logP 中央値は +3.0。DPG は親水すぎ、IPM は親油すぎで、分布の両外側
- IPM の皮膚科学での正式な身分は浸透促進剤(Eichner 2017、中性子回折+NMR)
- アルコール香水・水系製品なら DPG、オイル系・マッサージオイル・キャンドルなら IPM
- ついでに:TEC は親水性が DPG 側、蒸気圧が IPM 側のハイブリッド
カタログは2本を同じ欄に置く
この記事を書く前、私は DPG と IPM の違いを説明できるつもりでいた。カタログを引いて、
できないことがわかった。強度欄はどちらも none、残香欄はどちらも400時間、
サプライヤーはどちらも30〜50社、用途欄はどちらも「希釈・キャリア」。
同じ材料にラベルを2枚貼ったようにしか見えない。
データベースの欄を並べて、ようやく2本が物性空間の両端に住んでいるとわかった。
| DPG(#13450) | IPM(#33746) | TEC(#40008) | |
|---|---|---|---|
| logP | −0.60 | +7.20 | 0.10 |
| 蒸気圧 mmHg @25 °C | 0.0319 | 0.000329 | 0.000175 |
| 水溶性 | 自由に混和 | ほぼ不溶 | 6.5 g/100 mL |
| 比重 | 1.019–1.021 | 0.840–0.860 | 1.135–1.139 |
| 残香記録 | 400時間 | 400時間 | 216時間 |
| GHS | H302 | H302 | H332 |
(蒸気圧のうち実測は DPG だけで、IPM と TEC には (est) が付く。
est が意味することは書いた。)
logP の差は7.8:どちらも香料に似ていない、向きが逆なだけ
logP は親油性の対数指標で、1違えば10倍。DPG の −0.60 から IPM の +7.20 まで、 7.8 対数単位、分配傾向にして約6千万倍の開きがある。
この開きは香料自身の分布と重ねてはじめて意味を持つ。香調分類と logP の両方を持つ原料は 1,465本、中央値 +3.0、94.3% が +1 以上。 香料は中程度に親油的な分子の群れだ。DPG は分布の親水側の外、IPM は親油側の外。 香料の住む場所には、どちらも住んでいない。
実務ではこれが「誰と誰が混ざるか」を決める。DPG は水と自由に混ざるから、 シャワージェルやルームスプレーのような水を含む処方には DPG 希釈がそのまま溶け込む。 IPM は水に触れれば分離する。逆に、ホホバやココナッツを基材にするマッサージオイルや キャンドルでは IPM が油相の身内で、DPG は濁って分かれる。データベースの DPG の 溶解度欄には isopropyl myristate そのものが載っている。溶剤同士は溶け合うが、 処方に対して同じ仕事をするという意味ではない。
蒸気圧の97倍:現場に残るのはどちらか
DPG の蒸気圧は 0.0319 mmHg、IPM はその100分の1。この差は スプレーヘッド詰まりの記事で主役を張った。 アルコールが蒸発した後、ノズルに残って潤滑になるのは IPM で、DPG は自分も飛んでいく。
同じ数字を別の場面でもう一度。試香紙を翌日まで置くと、DPG はおおむね退場し、 IPM はベースノートと一緒にまだ紙の上にいる。**「残香」として嗅いでいるものの一部は、 材料の幕引きではなく溶剤が用意した舞台だ。**2本とも残香欄は400時間だが、 無臭のものにとって「長持ち」と「香る」は別の話である。
IPM のもう一つの身分:浸透促進剤
化粧品科学の文献で isopropyl myristate を引くと、出てくる語は penetration enhancer だ。 2017年、Eichner らは中性子回折と重水素 NMR で、角質層脂質のモデル膜に IPM が 何をするかを観察した(PMID 28132900)。IPM は単一の短周期相の形成を促し、 測定したすべての温度で IPM 分子は等方的に動き続けた。かみ砕けば、 皮膚脂質の配列に割り込んで構造を緩め、ものを通りやすくする。
調香への意味はこうだ。溶剤は瓶の中の分布だけでなく、肌に乗った後の動きにも関わる。 Politano らは2006年、同じ香料エステル群のヒト皮膚刺激閾値を担体を変えて測った (PMID 16717034)。純 DEP では無作用濃度 0.33%、DEP をエタノールで3倍に割ると 0.12%。 **同じ材料でも、溶剤が変われば安全の境界線が2.75倍動く。**測られた担体に DPG と IPM は含まれないので、これは方向を示す証拠だ。担体は背景ではなく安全のパラメータである。
TEC はハイブリッド
DPG と IPM のほかに、3本目の無臭溶剤 TEC(クエン酸トリエチル)を手にする人もいる。 上の表で見れば位置はすぐわかる。**logP 0.10、親水性は DPG 側。 蒸気圧 0.000175、現場に残る力は IPM 側。**比重 1.14 は3本で最も重い。
36行のキャラメルプリン処方では、 溶剤496部のうち405部が TEC だった。食品フレーバーの世界では主流のキャリアで、 香水側で最初に出会うのはたいてい前の2本だ。
どう選ぶか
処方が水かアルコールを含むものに入るなら DPG。ほとんどの人が作る香水はここに入る。
基材が油のもの、マッサージオイル、ロールオン、キャンドルなら IPM。
両方やる人は、同じ原料の10%希釈が2瓶できる。見た目は完全に同じで、 片方はアルコールに注ぐと濁る。瓶に溶剤名を書いておくこと。ラベルは記憶より安い。
この記事が確立していないこと
- 「無臭」はカタログの記載(強度欄 none)。工業グレードのロットには微かな匂いの 不純物がありうる。ロットごとの検証はしていない。
- Eichner 2017 は角質層脂質のモデル膜であり、生体皮膚ではない。機構の証拠であって 臨床の数字ではない。
- Politano 2006 の担体は DEP とエタノールで、DPG も IPM も含まれない。 「担体が安全境界を動かす」という結論は方向として外挿できるが、倍率は外挿できない。
- **IPM と TEC の蒸気圧は推定値。**97倍・182倍という差には推定誤差が乗っている。