原料図鑑 · 167
原料図鑑:バジル油 —— 香調型欄の anisic という一語が、ケモタイプの署名になっている
· 11 分
CAS 8015-73-4、サプライヤー110社。バジル油についてまず知っておくべきなのは、「バジル油」を買っても確定した何かは手に入らない、ということだ。同じ CAS がデータベースで12件の記録に結びついていて、香調型は三つに分かれる。anisic が6件、licorice が4件、herbal が1件。そして出典データ自身の匂いサンプル注記が答えを漏らしている。そこには「Lemon basil CT Citral」「Sweet Basil CT Linalool Oil」と書かれていて、CT はケモタイプの略だ。2008年にミシシッピ州立大学が38のスイートバジル系統を同じ圃場で育て、七つのケモタイプに分けた。高リナロール型は19〜73%、メチルチャビコール型は20〜72%、メチルオイゲノール型には91%に達する系統もあり、精油含有率は0.07%から1.92%まで27倍の開きがあった。同じ種、同じ圃場、同じ年で、違いはすべて遺伝である。そしてメチルチャビコールとはエストラゴールのことで、遺伝毒性を持つ1'-スルホキシ代謝物に変換される。2013年のワーヘニンゲン大学の論文がより記憶に値する。バジル粉末にはその活性化経路を阻害するネバデンシンという成分が含まれるが、精油にはその種の阻害物質がほとんどない。植物は自前のブレーキを持ち、蒸留された精油は持っていない。
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長い話を短く
- 名称:ocimum basilicum herb oil(スイートバジル油)、CAS 8015-73-4、FEMA 2119
- サプライヤー110社。法規欄は FEMA GRAS のみ、FCC は未収載
- 香調型 anisic(アニス)。香気:バジル、アニス、ハーブ、タラゴン、グリーン、スパイシー
- 同じ CAS の下に 12件の記録があり、香調型は anisic 6、licorice 4、herbal 1 に分かれる
- GHS:H227 可燃性、H302 飲込み有害、H315 皮膚刺激、H319 眼刺激、H335 気道刺激。遺伝毒性への言及はない
- 保存期間24か月、比重 0.890〜0.930、旋光度 −5〜−15
香調型の一語が答えになっている
まずデータベースがこの油に与えている香調型を見る。anisic。 香気欄の一語目はバジル、二語目はアニス、三語目はハーブ、四語目はタラゴン。
生のスイートバジルの葉を嗅いだことがあれば、あの香りは澄んでいて、 ミントとクローブの甘さが少し混ざったものだと分かるはずだ。 アニスとタラゴンは別の話で、それはメチルチャビコール (methyl chavicol、すなわちエストラゴール)の匂いになる。
つまりこの記録が記述しているのは「バジルの匂い」ではなく、 メチルチャビコール型バジル油の匂いである。 香調型の一語は分類ラベルであるだけでなく、ケモタイプの署名になっている。
データベースには estragole 自体も一件ある。サプライヤー47社、香調型はやはり anisic、残香8時間。
一つの CAS、12件の記録、三つの香調型
CAS 8015-73-4 はデータベースで12件と結びついている。香調型が入っている11件は三つに分かれる。
| 香調型 | 件数 | 意味 |
|---|---|---|
| anisic | 6 | メチルチャビコール主導 |
| licorice | 4 | 同上。甘草感は同じ方向 |
| herbal | 1 | リナロール側 |
サプライヤーの多い順に並べると、
| 記録 | サプライヤー | 香調型 | 香気の先頭 |
|---|---|---|---|
| ocimum basilicum herb oil | 110 | anisic | バジル、アニス、ハーブ、タラゴン |
| ocimum basilicum herb oil egypt | 31 | anisic | 甘い、ハーブ、タラゴン、グリーン、リーフ |
| sweet basil absolute | 20 | herbal | ハーブ、グリーン、リーフ、甘い、スパイシー |
| ocimum basilicum herb oil vietnam | 17 | licorice | アニス、ハーブ、タラゴン、グリーン |
| ocimum basilicum leaf oil india | 13 | anisic | 甘い、ハーブ、タラゴン、グリーン |
エジプト、ベトナム、インドがそれぞれ一件、同じ CAS で並ぶ。 天然油は単一の分子ではないで扱った形であり、 バジルはその最も極端な例の一つになる。
面白いのは、出典データ自身がこれを知っていることだ。この油の溶解度欄には 供給元の匂いサンプル注記が混ざり込んでいて、そこに 「Lemon basil CT Citral」「Sweet Basil CT Linalool Oil」と書かれている。 CT は chemotype の略だ。**カタログの書き手はケモタイプの存在を知っていて、 その情報は検索できるどの欄にも入っていない。**溶解度欄の文字列の末尾に落ちている。
ミシシッピの同じ圃場、38系統、七つのケモタイプ
2008年、ミシシッピ州立大学の Zheljazkov らが変数を固定した実験をしている (PMID 18072735)。38のスイートバジル系統を、同じ圃場で育てる。
同じ種、同じ場所、同じ季節なので、残る違いは遺伝だけになる。結果はこうだ。
- 精油含有率は0.07%から1.92%(乾燥ハーブ当たり)、27倍の開き
- 組成に基づいて 七つのケモタイプ群に分けられた
- 高リナロール型:(−)-リナロール 19〜73%
- メチルチャビコール型:6系統、メチルチャビコール 20〜72%
- メチルオイゲノール—リナロール型:2系統、メチルオイゲノール 37% と 91%
- ほかにリナロール—オイゲノール型、メチルシンナメート型、ベルガモテン型がそれぞれ群を作る
著者の結論は前向きだ。多様なケモタイプが存在することで、 市場が求める特定のバジル油や、単一成分(リナロール、オイゲノール、メチルチャビコール、 メチルシンナメート、メチルオイゲノール)を狙った生産が可能になる、と。
買う側から見ると別の一文になる。**「バジル油」という四文字は、 どれが届くかを指定していない。**メチルチャビコール20%と72%は同じ植物名、同じ CAS で、 その二本は安全上の考慮が三倍以上違う。
全草にはブレーキがあり、精油にはない
メチルチャビコールはエストラゴールであり、遺伝毒性と発がん性を持つ 1'-スルホキシ代謝物に変換される。データベースにはその代謝物二つ (1'-hydroxyestragole、estragole-2',3'-oxide)にもそれぞれ記録があるが、 サプライヤーはどちらも0社で、純粋な研究項目になっている。
2013年、ワーヘニンゲン大学の van den Berg らが面白いことをしている(PMID 23959103)。 バジルを含む植物性食品サプリメントを対象に、 バジルの基質の中にエストラゴールの活性化を阻害するものはあるかを問うた。
答えはある、だった。バジル粉末から作られたサプリメントには、 相当なスルホトランスフェラーゼ(SULT)阻害活性を持つ成分が含まれるのに対し、 バジル精油から作られたサプリメントではその種の成分が限られていた。 阻害物質は ネバデンシン(nevadensin) と同定されている。
続いて生理学的速度論(PBK)モデルで生体内に外挿し、 曝露マージン(MOE)法でリスク評価を行っている。結論の言い回しは 見出しよりずっと保守的なので、そのまま写す。サプリメント中で実測された比率で エストラゴールとネバデンシンを齧歯類試験に一緒に与えた場合、 この基質由来の併合効果は有意になり、MOE 値を上げるだろう。 ただし低用量域では基質効果は限定的でありうるため、個々の成分のリスク評価は 用量依存性を考慮して個別に判断すべきである、と。
調香する側が持ち帰れるのは一文になる。手元にあるのは精油であって、全草ではない。 植物は進化の過程で、活性化経路の阻害物質と前駆体を同じ一枚の葉に入れた。 蒸留はその二つを分ける。 天然のほうが穏やかかの具体版でもある。
データベースの GHS はこれに触れていない
この油の GHS 分類は H227 可燃性液体、H302 飲込み有害、H315 皮膚刺激、 H319 強い眼刺激、H335 気道刺激。経口 LD50 はラット1,400 mg/kg。
**変異原性も発がん性も生殖毒性も分類されていない。**これ自体は不思議ではない。 混合物の分類には独自の規則があり、ケモタイプによって含量が跳ねる成分を 「バジル油」という総称項目に掛けるのは難しい。 ただし実務上の帰結はこうなる。GHS 欄だけを見ていては、 メチルチャビコールを調べに行こうとは思わない。
法規欄も同じく静かで、FEMA GRAS としか書かれていない。食品香料としての身分だ。 エストラゴールを含む材料について IFRA には別途規定があり、数値は改訂されるので、 肌に乗せる処方では現行の基準を直接見てほしい。 EU が表示を求める26種のアレルゲンと同じ教訓になる。 欄が空であることは安全ではなく、その欄に何も書かれていないというだけだ。
買い方と保管
サプライヤー110社、入手は容易。買う前にもう一つ訊くことがある。
- **品名だけでなくケモタイプを訊く。**CT Linalool、CT Methyl chavicol、CT Citral、 CT Eugenol は四つの別物だ。供給元が「Sweet Basil Oil」としか書かないなら、 GC レポートか、最低でもメチルチャビコールの含量レンジを求めること。
- **産地は弱いシグナルにしかならない。**データベースではエジプトとインドが anisic、 ベトナムが licorice で方向は揃うが、どれも保証ではない。そのロットの答えは COA にある。
- **嗅げば分かる。**アニス、タラゴン、甘草の方向が強いほどメチルチャビコールが多い。 定量法ではないが、ロットが変わったときの一次判別としては役に立つ。
- 保存期間24か月、冷暗所で密封。引火点75 °C は多くの精油より低く、輸送分類に注意がいる。
- 比重0.890〜0.930と旋光度−5〜−15は、受け取ってから自分で再確認できる二つの欄になる。
→ データベースのスイートバジル油:物性一式、110社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「香調型 anisic はメチルチャビコール主導を意味する」は匂いの記述からの推論であって、 その記録の GC データからではない。データベースに成分パーセントの欄はない。
- 12件の香調型の違いをケモタイプに帰しているが、産地・部位(herb と leaf)・抽出法も 同時に動いており、カタログデータではこれらの変数を分離できない。
- ミシシッピの論文は農業試験であって、市販油の悉皆調査ではない。 38系統の分布は、買える油の分布とは違う。
- van den Berg らが扱ったのは経口の食品サプリメントであり、 皮膚接触でも吸入でもない。「用量依存、個別判断」という一文は著者自身の限定であって、 こちらで足したものではない。
- **IFRA や各地の規制の具体的な上限値は挙げていない。**改訂されるためで、現行基準を見てほしい。