原料図鑑 · 168
原料図鑑:ジンジャールート油 —— 生姜の辛さは精油に入っていない。蒸留が釜の底に置いてきた
· 11 分
CAS 8007-08-7、サプライヤー104社。ジンジャー油の香気欄はスパイシー、ウッディ、テルペン、ウォーム、ジンジャー、シトラス。辛さを指す語は一つもない。記入漏れではない。生姜の辛さはジンゲロールとショウガオールに由来し、それらもデータベースに記録がある。(6)-ジンゲロールはサプライヤー8社、6-ショウガオールは6社。ところがこれらの記録は香調型欄も香気欄も**すべて空**である。揮発しないので蒸留では捕まらず、蒸留油に辛さは残らない。辛さを運ぶのはオレオレジンで、それはデータベースでは別の CAS(8002-60-6)になり、CO2抽出はさらに三つ目の番号を持つ。2024年の総説はジンゲロールが TRPV1、つまりカプサイシンの受容体を活性化して辛味を生むと述べている。組成にももう一つの意外がある。2006年にオーストラリアのサザンクロス大学が17系統の生姜を蒸留したところ、うち16系統でシトラール含量が51〜71%に達し、ネラールとゲラニアールの比は0.61±0.01で一定だった。シトラールは EU が表示を求める26種のアレルゲンの一つで、酸化すると感作性を持つ。ジンジャー油の保存期間が12か月しかない理由もおそらくここにある。
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長い話を短く
- 名称:ginger root oil(ジンジャールート油)、CAS 8007-08-7、FEMA 2522、サプライヤー104社
- 香調型 spicy。香気:スパイシー、ウッディ、テルペン、ウォーム、ジンジャー、シトラス。「辛い」はない
- ジンゲロールとショウガオールもデータベースにあるが、香気欄はすべて空
- 辛さを運ぶのはオレオレジンで、別の CAS(8002-60-6)。CO2抽出は三つ目(84696-15-1)
- 保存期間は 12か月のみ。多くの精油の半分
- 法規欄は FEMA GRAS のみ、FCC は未収載。経口 LD50 はラット > 5,000 mg/kg
香気欄に「辛い」という語はない
ジンジャー油の香気欄は、スパイシー、ウッディ、テルペン、ウォーム、ジンジャー、シトラス。
spicy は日本語で「辛い」と訳されがちだが、香調の体系では匂いの分類であって
触覚ではない。データベースで香調型が spicy の材料は461件あり、そこには
クローブバッド油や
スイートバジル油も入っている。どちらも舌は熱くならない。
ジンジャー油も熱くならない。**試香紙に垂らして嗅いでも、生姜を齧ったときの あの灼ける感じは出てこない。**初めて嗅ぐ人は自分のサンプルがおかしいと思うことが多い。
辛い側の分子は、データベースにはあるが欄が空
生姜の辛さはジンゲロールとショウガオールの一族から来る。記録は当データベースにもある。
| 材料 | CAS | サプライヤー | 分子量 | 香調型 | 香気 |
|---|---|---|---|---|---|
| (6)-gingerol | 23513-14-6 | 8 | 294.39 | (空) | (空) |
| (8)-gingerol | 23513-08-8 | 6 | 322.44 | (空) | (空) |
| (10)-gingerol | 23513-15-7 | 6 | 350.50 | (空) | (空) |
| 6-shogaol | 555-66-8 | 6 | 276.38 | (空) | (空) |
| [10]-shogaol | 36752-54-2 | 4 | 332.48 | (空) | (空) |
五件とも、香調型欄も香気欄も空である。
この空白は「まだ入力していない」とは違う。これらの分子量は276から350の間で、 典型的な香料分子よりずっと重く、蒸気圧は嗅ぎ取れないほど低い。 **味覚と痛覚の分子であって、嗅覚の分子ではない。**だから嗅覚の欄には はじめから入れるものがない。
対照になるのが α-ジンジベレンだ。ジンジャー油の主力セスキテルペンの一つで、 分子量204.36、香調型 spicy、香気は「スパイシー、フレッシュ、シャープ」。 サプライヤーは 2社しかない。単体で売られることはほとんどなく、 この分子はジンジャー油の中に住んでいる。
三つの CAS、三つの商品
生姜はデータベース上で一本の材料ではない。サプライヤー30社以上は次の四件になる。
| 商品 | CAS | サプライヤー | 香気欄 |
|---|---|---|---|
| ginger root oil(蒸留油) | 8007-08-7 | 104 | スパイシー、ウッディ、テルペン、ウォーム、ジンジャー、シトラス |
| ginger root oil CO2 extract | 84696-15-1 | 45 | スパイシー、ジンジャー |
| ginger root oil china | 8007-08-7 | 35 | ジンジャー、スパイシー、シトラス、テルペン、ウッディ |
| ginger oleoresin(オレオレジン) | 8002-60-6 | 30 | ジンジャー、土、カビ、シトラス |
蒸留油とオレオレジンは CAS を共有していない。天然物では珍しいことで、 クローブの記事では蕾・葉・茎の三本が 同じ番号を共有していた。生姜のこの分離は、むしろデータベースには珍しい率直さになる。 もともと同じものではないのだから。
オレオレジンは溶剤抽出で、揮発しない重い成分を一緒に連れてくる。 だから香気欄に「土、カビ」が増え、辛さもそちら側にある。 CO2抽出は第三の道で、両者の中間に落ちる。
辛さが要るならオレオレジン、香りが要るなら蒸留油。 間違えたときそれは品質の問題ではなく、別の商品を買っただけになる。
ジンゲロールはカプサイシンと同じ受容体を通る
2024年、重慶とハルビンの研究チームが《Critical Reviews in Food Science and Nutrition》に ジンゲロールの総説を出している(Gao ら、PMID 36135317)。
分類を先に。ジンゲロール類はいずれも 3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル構造を持ち、 gingerols、shogaols、paradols、zingerone、gingerdiones、gingerdiols の六つに分かれる。
機構の一文が要点になる。ジンゲロールは一過性受容器電位バニロイド1型(TRPV1)を 活性化してシグナル伝達を誘導し、それによって辛味と生物活性を示す。
TRPV1 はカプサイシンの受容体である。つまり生姜の辛さと唐辛子の辛さは同じ回路を通り、 違うのはリガンドだけになる。メントールが押す TRPM8(冷)、 シンナムアルデヒドが押す TRPA1(刺激)と合わせて、同じ話の三つ目の駒になる。
違いはこうだ。メントールもシンナムアルデヒドも揮発性の香料分子で、嗅げるし感じられる。 ジンゲロールは感じる側の半分しか残っていない。鼻には入らず、口にしか入らない。
オーストラリアのジンジャー油は半分以上がシトラール
もう一つの意外は組成にある。2006年、オーストラリアのサザンクロス大学の Wohlmuth らが 《J Agric Food Chem》で GC-MS 分析を行っている(PMID 16478268)。
背景をそのまま写す。ジンジャー油は根茎の水蒸気蒸留で得られ、組成の多様性は大きいが、 典型的にはセスキテルペン炭化水素の含量が高いことで特徴づけられる。 ジンジベレン、ar-クルクメン、β-ビサボレン、β-セスキフェランドレンなどだ。 一方オーストラリア産のジンジャー油は独特の「レモン様」の香りで知られ、 それはネラールとゲラニアールという二つの異性体、合わせてシトラールに由来する。
17系統のオーストラリア産生姜(商業品種と実験的な四倍体クローンを含む)を 収穫7週後に水蒸気蒸留し、GC-MS にかけた。結果はこうなる。
- 17系統のうち16系統は組成がほぼ同じで、四倍体とその親品種も含まれる
- これらの油の**シトラール含量は51〜71%**に達し、典型的なジンジャー油の セスキテルペン炭化水素はむしろ低かった
- このシトラール値はそれまで報告されていたジンジャー油の値を超えていた
- ネラール対ゲラニアール比は0.61 ± 0.01で、17系統すべてで一定だった
- 例外は
Jamaican品種のみで、シトラールが低くセスキテルペン炭化水素が高い
この0.61で一度止まる価値がある。系統が変わり倍数性が変わっても比がほとんど動かない。 生合成経路が固定している比率であって、農芸上の変数ではない。
そして51〜71%という数字には直接の実務的帰結がある。 シトラールは EU が具名表示を求める 26種のアレルゲンの一つで、酸化すると感作性を持つ。 半分以上がシトラールのジンジャー油は、処方内での振る舞いがセスキテルペンの ウッディ材料よりもシトラール材料に近くなる。
保存期間の欄もこれで説明がつく。ジンジャー油は 12か月、クローブ油は24か月。 違いはおそらくここにある。
買い方と保管
サプライヤー104社、入手は容易。実務的な点をいくつか。
- **まず油かオレオレジンかを確定する。**三つの CAS は三つの商品で、価格も外観も用途も違う。 辛味が要るなら(食品や経口製品)オレオレジン、香りが要るなら蒸留油。
- **シトラール含量を訊く。**産地差が大きく、オーストラリア系は格段に高い。 この一欄が処方内の役割を決め、アレルゲン表示の要否も決める。
- **保存期間12か月、開栓後はさらに短い。**小分けし、日付を書き、遮光冷蔵する。 酸化の話はこの材料では理論ではなく実質的なリスクになる。
- 引火点 > 93 °C、沸点欄は254 °C(混合物の単一沸点なので、例によって参考値)。
- 残香欄は空。中国産と Cochin 産の二件は292時間と入っており、桁の参考にはなる。
→ データベースのジンジャールート油:物性一式、104社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「蒸留油に辛さがない」は欄の空白と分子量からの推論であって、感覚試験によるものではない。 データベースに辛味強度の欄はなく、こちらでブラインドテストもしていない。
- ジンゲロールの欄が空である理由を不揮発性に帰しているが、カタログはその理由を説明していない。
- **オーストラリアの17系統は世界のジンジャー油の悉皆調査ではない。**51〜71%はその標本の数字で、 著者自身も従来報告を超えていると書いている。手元の油はもっと低いかもしれない。
- 0.61という比は同じオーストラリアの標本から得たもので、産地をまたぐ定数ではない。
- TRPV1 の一文は総説の要約であって、こちらが引いた原著の電気生理実験ではない。