原料図鑑 · 169
原料図鑑:酢酸エチル —— 1,977件の材料の溶解度欄に登場し、それ自身も一本の香料である
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CAS 141-78-6、サプライヤー105社。この材料のカテゴリー欄には「香料」と「キャリア溶剤」が並記され、化粧品用途欄には「賦香剤;溶剤」と書かれている。他人の欄に現れる数少ない材料でもある。溶解度欄を持つ23,941件のうち1,977件がその欄で酢酸エチルに言及しており、水・アルコール・プロピレングリコールに次ぐ第4位になる。物性も極端だ。蒸気圧111.7 mmHg は、蒸気圧の記録がある9,020件のうち上に立つのが146件しかない水準。残香は4時間。引火点は−4.44 °C で、冷蔵室より冷たい。サプライヤー20社以上で引火点の記録がある1,171件のうち、室温を下回るのは83件しかない。文献は二つ。2023年の総説は酵母がアルコールアセチルトランスフェラーゼでアセチルCoAとエタノールをつなぐ機構を扱い、2003年の論文は蒸留直後のカルヴァドス8点を分析して、エステル類の上限が純アルコール100 L あたり約500 g、しかもその値が主要エステルである酢酸エチルの閾値と一致することを示した。良質さの鍵はエステル総量と酢酸エチルの比である。同じ論文は GC-O で71の匂いを嗅ぎ分け、欠陥を示すものが18、良質さを示すものは6だった。
読了まで約5分。
長い話を短く
- 名称:ethyl acetate(酢酸エチル)、CAS 141-78-6、FEMA 2414、サプライヤー105社
- カテゴリー欄に香料とキャリア溶剤が並記され、化粧品用途欄は「賦香剤;溶剤」
- 1,977件の材料の溶解度欄に登場し、溶剤の出現頻度では第4位
- 香調型 ethereal。香気:エーテル様、フルーティ、甘い、雑草、グリーン、グレープ、ラム様
- 蒸気圧 111.7 mmHg、残香 4時間。どちらも極端な側にある
- 引火点 −4.44 °C。H225 高引火性、H319 強い眼刺激、H336 眠気・めまいのおそれ
- 法規は四項目すべて収載:JECFA 27、FEMA GRAS 2414、CoE 191、FLAVIS 09.001、FCC 収載
データベース上で二つの身分を持っている
多くの材料はカテゴリー欄に身分を一つしか持たない。この材料はこう書かれている。
flavor and fragrance agents, carrier solvents
化粧品用途欄も同じで、perfuming agents; solvents。
香料と溶剤はふつう別のものとして扱われる。片方は嗅ぐもの、片方は薄めるものだ。 酢酸エチルは両方を占めていて、しかも同一の記録の中で同時に登録されている。
この二重の身分は実務で噛みついてくる。ピペットやガラス器具を洗うのに使ったあと、 残っているのは「何もない」ではなく、香調型 ethereal で残香4時間の材料である。
1,977件の溶解度欄に登場する
データベースで溶解度欄を持つ材料は 23,941件。その欄がどの溶剤に言及しているかを数える。
| 溶剤 | 言及している材料数 |
|---|---|
| 水 | 23,860 |
| アルコール | 11,424 |
| プロピレングリコール(PG) | 2,480 |
| 酢酸エチル | 1,977 |
| 安息香酸ベンジル | 490 |
| パラフィン油 | 409 |
| 固定油 | 297 |
| ジプロピレングリコール(DPG) | 222 |
| ミリスチン酸イソプロピル(IPM) | 62 |
見るべきことが二つある。
一つ目。酢酸エチルが第4位で、調香で典型的に使う希釈剤のどれよりも頻繁に現れる。 このデータにおける役割は、処方内の希釈剤というより実験室と工場の作業溶剤に近い。
**二つ目。DPG が222件しかない。**調香に慣れた人には直感に反する。DPG は業界の標準希釈剤だ。 理由は出典データの体質にある。このカタログは食品香料寄りで、溶解度欄が記録しているのは 「これは何に溶けるか」という化学的事実であって、「調香師が何で薄めるか」という 作業習慣ではない。DPG と IPM が比べているのは後者で、 二つのリストは同じ問いを立てていない。
蒸気圧111.7、残香4時間
この二つの数字は一緒に読む。
蒸気圧が入っている材料は 9,020件あり、酢酸エチルの 111.716 mmHg より上は 146件しかない。 いちばんよく走る1.6%の中にいる。
残香欄は 4時間 @100%。この数字には仲間がいて、いずれもよく使われる短命なエステルとアルデヒドだ。
| 材料 | 残香(時間) | サプライヤー |
|---|---|---|
| (Z)-3-ヘキセン-1-オール | 4 | 120 |
| ベンズアルデヒド | 4 | 108 |
| 酢酸エチル | 4 | 105 |
| 2-メチル酪酸エチル | 4 | 104 |
| 酢酸シス-3-ヘキセニル | 4 | 103 |
| 酪酸エチル | 4 | 102 |
| 酢酸ベンジル | 4 | 100 |
| アセトアルデヒド | 1 | 94 |
強度欄は high、10%以下での評価を推奨。強度が高くて4時間ということは、 処方の中では非常に大きな声で、しかも言い終えたら帰る声になる。
引火点 −4.44 °C
この一欄は単独で取り出す価値がある。−4.44 °C は冷蔵室より冷たい。 つまりどんな室温環境でも、瓶の上には常に着火しうる蒸気がある。
サプライヤー20社以上で引火点の記録がある材料は1,171件。 そのうち室温(25 °C)を下回るのは 83件しかない。最も冷たい側はこうなる。
| 材料 | 引火点 | サプライヤー |
|---|---|---|
| アセトアルデヒド | −40.0 °C | 94 |
| ジメチルスルフィド | −36.7 °C | 81 |
| プロピオンアルデヒド | −26.7 °C | 27 |
| アセタール | −20.6 °C | 44 |
| ギ酸エチル | −19.4 °C | 49 |
| アセトン | −17.2 °C | 33 |
| 酢酸メチル | −9.4 °C | 30 |
| 酢酸エチル | −4.4 °C | 105 |
GHS は三行。H225 引火性の高い液体および蒸気、H319 強い眼刺激、H336 眠気またはめまいのおそれ。 データベースの調製メモにはもう一つ記載がある。除光液はふつう酢酸エチルを40 wt% 含む。
自宅で作業する人はこの節を真面目に読んでほしい。「気をつける」の水準ではなく、 換気し、火源から離し、同じ机の上でろうそくを灯さない水準になる。
酵母はどうやってこれを作るか
2023年、キリンホールディングスの Yoshimoto と Bogaki が 《Journal of Bioscience and Bioengineering》に酢酸エステル類の総説を出している (PMID 37607842)。
機構をそのまま写す。酢酸エステル類、たとえば酢酸イソアミルや酢酸エチルは、 アルコール飲料の主要な香気成分である。これらはアセチルCoA と対応するアルコールから、 アルコールアセチルトランスフェラーゼ(AATase)によって合成され、 不飽和脂肪酸、前駆体、窒素の割合、酸素といった反応因子の特定の制御を受ける。
続く一文が正直でいい。これらの特定の反応因子が酢酸エステル生成にどう影響するかの機構は、 大部分が未解明のままである。
ビールや清酒や果実酒で感じるあのフルーティな層は、酵母がエタノールにアセチル基を つないで作ったものだ。酢酸エチルはその経路で最も単純な生成物になる。 エタノールが原料そのものだからだ。
カルヴァドスでは、それは品質の分母になる
2003年、フランスの Guichard らが蒸留直後のカルヴァドス8点 (ノルマンディーのりんごのブランデー)を、官能評価と直接注入 GC で分析している (PMID 12517106)。
結論の一文が美しい。エステル類のありうる上限は純アルコール100 L あたり約500 g で、 この値は主要なエステル成分である酢酸エチルの閾値にも対応する。 そして肝心の一文。エステル総量と酢酸エチルの比が高いことが、 良質さにとって最も重要であるように見える。
言い換えると、酢酸エチルは加点要素ではなく分母である。エステル総量が同じなら、 酢酸エチルの取り分が小さいほどよい。それが自分の閾値を超えた瞬間、 香りはフルーティから除光液に変わる。
彼らは続いてペンタンで抽出し、GC に嗅ぎ取りポート(GC-O)を付けて分析し、 71の匂いを検出した。19は全サンプルに共通で香りの「骨格」を成し、 28は特定の品質クラスに固有だった。内訳は 良質6、中性4、欠陥18。 残る24は影響が小さすぎるか、明確な特異性がなかった。
この6対18は覚えておく価値がある。このロットにおいて、 **欠陥を示す匂いは良質さを示す匂いの三倍あった。**品質の判別式は加点ではなく減点に傾いている。
買い方と保管
サプライヤー105社。工業的な大量品でもあるので、価格も入手も問題にならない。 注意すべきは別のところにある。
- **買う前にグレードを決める。**データベースの調製欄には工業級85〜88%、95〜98%、99%、 NF(薬局方)級99%、FCC 食品級が並ぶ。器具洗浄なら工業級でよく、 処方に入れるなら食品級以上を選ぶ。
- **保管で見るのは保存期間ではなく引火点。**冷暗所、火源と静電気から遠ざけ、容器を接地する。 アルコールの記事と同種のリスクだが、こちらはさらに低い。
- **洗浄に使ったら器具を完全に乾かす。**残香4時間ということは残留がすぐには消えず、 次に組むものの前半が底上げされる。
- 沸点76.5〜77.5 °C は水より低い。加熱を伴う操作の前に一度考えておくこと。
- 水溶解度80,000 mg/L は実測値であって推定値ではない。 天然物の推定値だらけのこのデータベースでは珍しい。
→ データベースの酢酸エチル:物性一式、105社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- **1,977という数字は文字列照合で出したもの。**溶解度欄は自由記述で、 数えたのは「その欄に ethyl acetate という文字列があるか」であって、 誰かが溶解度実験をしたかどうかではない。
- DPG が222件しかない理由を出典データの体質に帰しているが、 カタログ作成者の取捨基準についての証拠はない。
- カルヴァドスの500 g/hl はその8点から導かれた値で、業界標準ではなく、標本も8点しかない。
- 6対18はそのロットの分布であって、「欠陥の匂いは本来多い」という一般則ではない。
- 引火点と蒸気圧の順位はその欄が埋まっている材料の中だけの話(1,171件と9,020件)で、 全体42,225件の順位ではない。