原料図鑑 · 170
原料図鑑:バニラエキストラクト —— サプライヤー109社、香気欄はたった一語
· 11 分
CAS 8047-24-3。この材料の香気欄には「vanilla」とだけ書かれている。一語で終わりだ。データベースで香気欄が埋まっている6,913件のうち、語が一つしかないものは801件あり、そのうちサプライヤーが50社を超えるのは五件だけになる。バニラエキストラクト109社、ペパーミント油88、ローズスペシャリティ71、カンファー66、ガーリック油53。この五件には共通点がある。名前そのものがその匂いの語になっていることだ。名前が言い終えてしまうと、香気欄には仕事が残らない。同じ記録の味覚欄には七語が入っている。バニラ、フェノール、バルサミック、ウッディ、スパイシー、フローラル、クリーミー。食品香料として記述されたということになる。さらに見るべきは屈折率で、1.340から1.390。データベースのエタノールは1.310から1.360、クローブバッド油は1.527から1.535である。この一欄が、瓶の中身の大半がアルコールだと告げている。備考欄も直接そう書いている。バニラの莢を漬けたアルコール溶液だと。保存期間は6か月で、よくある区分では最も短い。文献二つはいずれも同じことを扱う。炭素と水素の安定同位体は、バニラ・プラニフォリアとタヒチバニラを分け、莢とC3植物と石油も分ける。
読了まで約4分。
長い話を短く
- 名称:vanilla extract(バニラエキストラクト)、CAS 8047-24-3、サプライヤー109社
- 香調型 vanilla。香気欄は一語だけ:vanilla
- 味覚欄には七語:バニラ、フェノール、バルサミック、ウッディ、スパイシー、フローラル、クリーミー
- 法規欄なし、強度欄なし、残香欄なし、沸点なし、引火点なし、蒸気圧なし
- 屈折率 1.340〜1.390。データベースのエタノールは1.310〜1.360
- 保存期間 6か月。天然/合成欄は純粋に natural
- 備考欄は一行:バニラ(Vanilla planifolia)の莢を漬けたアルコール溶液
6,913件のうち801件は香気欄が一語しかない
香気欄が埋まっている材料は6,913件。そのうち語が一つ(欄内に区切りの記号がない)のものは 801件、11.6%になる。
大半は誰も気にしない品目だ。ただしサプライヤーが50社を超えるものが五件ある。
| 材料 | サプライヤー | 香気欄の全文 |
|---|---|---|
| vanilla extract | 109 | vanilla |
| peppermint oil | 88 | peppermint |
| rose specialty | 71 | rose |
| (±)-camphor | 66 | camphoreous |
| garlic oil | 53 | garlic |
この五件には共通点がある。名前そのものがその匂いの語になっている。 ペパーミント油はペパーミントの匂いがし、ガーリック油はニンニクの匂いがし、 バニラエキストラクトはバニラの匂いがする。
名前がすでに言い終えているので、欄を埋める人は香気欄に名前をもう一度写して終える。 香気欄は誰が書いたかでこの欄の出自を扱ったが、 これはその最も極端な機能不全になる。データの欠落ではなく、データが名前を繰り返している。
同じ記録の味覚欄には七語ある
面白いのは同じ記録の一つ下の欄だ。
- 香気欄(odor):
vanilla - 味覚欄(flavor):
vanilla; phenolic; balsamic; woody; spicy; floral; creamy
**一語に対して七語。**同じ一本、同じ一件の記録である。
違いは誰が埋めたかにある。バニラエキストラクトは食品産業の製品で、 この記録を書いた人はそれを風味料として記述している。だから力は味覚欄に注がれ、 香気欄はラベルを一つ受け取っただけになった。
調香する側から見ると、欲しい情報は隣の欄にあるということになる。 フェノール、バルサミック、ウッディ、スパイシーの四語こそが、 処方の中でこれが実際にすることだ。
バニラ三本の欄の対照
データベースには「バニラ」が三本ある。並べると差は大きい。
| バニラエキストラクト | バニリン | エチルバニリン | |
|---|---|---|---|
| サプライヤー | 109 | 193 | 76 |
| 香気欄 | vanilla | 甘い、バニラ、クリーミー、チョコレート、フェノール | 甘い、クリーミー、バニラ、キャラメル、ルートビア |
| 強度 | (空) | medium、10%以下 | medium、10%以下 |
| 残香 | (空) | 400時間 | 400時間 |
| 法規 | (空) | JECFA、FEMA GRAS、CoE、FLAVIS | 同左 |
| 保存期間 | 6か月 | 24か月 | 24か月 |
| 天然/合成 | natural | natural/synthetic | natural/synthetic |
**唯一の純天然が、記録は最も空で、寿命は最も短い。**合成の二本は欄が埋まっている。
これは偶然ではない。単一分子には CAS があり、純度があり、沸点があり、法規番号があり、 何もかも測れる。一方の浸出液は数百種の混合物で、ロットごとに違うので、 埋められる欄がもともと少ない。 データのない材料で扱ったのと同じ構造的な問題になる。
屈折率が瓶の中身を漏らしている
この材料の屈折率は 1.340〜1.390。データベースのいくつかを並べる。
| 材料 | 屈折率 @20 °C |
|---|---|
| エタノール | 1.310〜1.360 |
| バニラエキストラクト | 1.340〜1.390 |
| 酢酸エチル | 1.370〜1.375 |
| スイートバジル油 | 1.480〜1.490 |
| クローブバッド油 | 1.527〜1.535 |
| 安息香酸ベンジル | 1.566〜1.571 |
バニラエキストラクトの範囲はほぼエタノールに重なっていて、どの精油からも遠い。 比重0.950〜1.010も同じで、水とアルコールの桁であって芳香油の桁ではない。
備考欄は実のところ直接書いている。「バニラの莢を漬けたアルコール溶液」。 屈折率は同じことを数字で言い直しているにすぎない。 買っているのは主に溶剤で、香気物質はその中に溶けている少数派である。
保存期間6か月もここから来る。保存期間が入っている材料のうち、24か月は561件、 12か月は397件、6か月は186件。最も短い区分に落ちるのは、 水とアルコールを含む浸出液が純化合物よりずっと脆いからだ。
炭素と水素の同位体は、それがどのバニラかを分ける
2014年、デンマーク工科大学国立食品研究所の Hansen らがガスクロマトグラフィー- 同位体比質量分析(GC-IRMS)を使っている(PMID 25266169)。分析したのは 化学合成(n = 2)、発酵(n = 1)、そして**二種のバニラ属植物からの抽出(n = 79)**の バニラ風味料だ。
結果を原文どおりに並べる。バニラ・プラニフォリア(Vanilla planifolia)と タヒチバニラ(V. tahitensis)から抽出されたバニリンの δ¹³C には有意差があり(t 検定)、 さらにこの二群の天然バニリンは、他の方法で作られたバニリンと区別することができた。
続いて水素同位体 δ²H も測っている。δ¹³C を δ²H に対してプロットすると、 地理的に隣接した産地で育った莢から抽出されたバニリンは一つの群にまとまった。
つまり同位体は二つを同時に与える。真正性と、産地の追跡である。 「天然バニラエキストラクト」と書かれた瓶について鼻では分からないことを、質量分析は分ける。
石油、C3植物、莢
2025年、カイロ大学の Amr らが《Food Chemistry》にバニリンの総説を出している (PMID 39612858)。品質管理の手法を、従来法・ハイフネーテッド法・官能分析まで含めて 一通り整理したものだ。
一文はそのまま覚えておける。炭素同位体比の範囲は、バニリンの由来が 生合成(C3植物)か、合成(石油)か、バニラの莢かを識別する可能性を持つ。
三つの経路、三つの同位体指紋。バニラが食品偽装で最も検査される品目の一つである理由でもある。 天然版と合成版の価格差が十分に大きく、しかも分子そのものは完全に同一で、 違いは炭素原子がどこから来たかだけだからだ。
買い方と保管
サプライヤー109社。ただし買う前に、自分が欲しいものを決めておく必要がある。
- **これは溶液であって原料ではない。**濃度に標準はなく、各社の「一倍」が 同じものを指すとは限らない。見積では抽出比(莢何 kg に対して溶剤何 L か)と アルコール濃度を訊く。
- **処方にバニラ感を入れるなら、多くの場合はバニリンを使う。**残香400時間があり、 強度の推奨があり、法規番号があり、しかも大量のアルコールを処方に持ち込まない。 莢の複雑さが欲しいときにエキストラクトを使う。
- **保存期間6か月、開栓後はさらに短い。**冷蔵、遮光、密封。
- **真偽の確認は検査に出すしかない。**屈折率と比重は溶剤の割合を教えてくれるが、 中のバニリンが莢由来か石油由来かは分けられない。それは GC-IRMS の仕事になる。
- この記録に法規番号は入っていない。食品や化粧品に使うなら、 各地の規則と表示方法を自分で確認すること。
→ データベースのバニラエキストラクト:物性一式、109社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「香気欄が一語なのは名前が匂いの語だから」はその五件の共通点からの推論であって、 カタログ作成者の説明ではない。801件の単語項目の大半は目を通していない。
- 屈折率がエタノールに近いことから「主成分は溶剤」と推している。 備考欄はこの読みを支持するが、いずれかのロットの実際の組成分析は入手していない。
- 保存期間6か月の理由を水とアルコールに帰しているが、データベースは理由を書いていない。
- Hansen らの標本は風味料82点で、うち合成は2点、発酵は1点しかない。 「区別できる」という結論は、合成側の標本が小さい。
- 同位体法そのものにも回避されうる余地があり、本稿はその層を扱っていない。