原料図鑑 · 3
原料図鑑:バニリン — 地球上で最も多くの人が嗅いだ香料分子
· 7 分
バニラアイスにも、香水のベースにも、コーラにも。バニラの莢の中では単一の酵素 VpVAN がフェルラ酸から作っています(確認されたのは2014年)。そしてバニラ価格は1971〜2020年に5回のバブルを経験しました。世界のバニリンの大半は合成品です — 本稿はこの2つの事実を並べて読みます。供給業者193社、入門パレットの必須品。
バニラアイス、コーラ、多くの甘い香水は同じ香りの骨格を共有しています。バニリンの香りは早いうちから覚えていても、バニラ豆から得た品に出会う機会はほとんどありません。市場のバニリンは、ほぼすべて別の原料から製造されています。
先に要点
- バニリンはバニラの香りの主役。アイスにもコーラにも香水のベースにも。世界のバニリンの大半は合成品で、分子は莢の中のものと完全に同一です。
- 固体(白い粉末)なので、使う前にエタノールかDPGで10%溶液にします。強さは中〜強めで、少量でしっかり甘くなります。
- 安くて安定、193社が扱っています。入門パレットで飛ばす理由がいちばん見つからない1本です。
基本記録
| CAS | 121-33-5 |
| 分子式 | C₈H₈O₃ |
| 分子量 | 152.15 |
| 外観 | 白色結晶粉末(融点 81–84 °C) |
| 香調 | 甘い、バニラ、クリーミー、チョコレート、フェノール様 |
| 強さ | 中(10%以下での評価を推奨) |
| 持続性 | 記録上400時間(DPG中20%) |
| 推奨保存 | 24か月以上(冷暗所、密封) |
粉末なので比重の欄はありません。「400時間」はこのデータベースの持続性尺度の上端の慣例値です(保管の回で説明済み)。「非常に長持ちするベースノート」くらいに読んでおけば十分で、ストップウォッチで測った値だと思わないでください。
これは何か
バニリンはバニラ莢の香りの鍵となる成分です。宣伝文句みたいに聞こえますが、化学的な裏付けのある話で、熟成した莢の主香を担う単一分子がこれです。
莢がどうやって作っているのかが確認されたのは、ようやく2014年。Gallage らが Nature Communications 誌で示しました。
ヒドラターゼ/リアーゼ型の単一の酵素 — **バニリン合成酵素(VpVAN)**と命名 — が、フェルラ酸とその配糖体を、それぞれバニリンとその配糖体へ直接変換することを触媒する。
平たく言えば:バニラ蘭の莢には専任の酵素が1つあり、ありふれた植物の酸(フェルラ酸)を一段でバニリンに変えています。研究チームはこの酵素をタバコと大麦でも発現させ、植物がバニリン関連化合物を蓄積し始めることを確認しました。
なぜ世界は合成品で回っているのか
ロット差の回で、バニリンは莢に存在する一方、世界の供給の大半は合成品(分子は同一)と述べました。ここに経済学の半分を足します。
Khan らは2022年、1971〜2020年の四半期バニラ価格を分析し、5回の価格バブルを見つけました。産地を壊すサイクロン、輸出の独占、最大82%の輸出税、需要増と投機が要因です(詳細は原価の回)。
2つの論文を並べて読むと:天然バニラの供給はマダガスカルの天候と政治に縛られ、価格は乱高下する。一方バニリンは単純な分子で、別の原料から作れる。ここまで来れば、世界が合成品で回っている理由は自然と見えてきます。これは2篇を並べたうえでの私たちの推論で、どちらの論文も単独ではそう結論していません。香水に使うバニリンは莢の中の分子と同一です。違いは財布にあって、鼻にはありません。
(「天然」表示が欲しい製品はバイオ合成や天然由来のバニリンを使い、価格は一段高くなります。カタログで natural と明記され、無印は通常の合成品です。)
嗅ぐときは
当社の記録の香気語は5つ:甘い、バニラ、クリーミー、チョコレート、フェノール様。
最後の「フェノール様」は説明が要ります。バニリンの骨格はクローブや燻製系のフェノール族の親戚で、高濃度では薬品っぽい、煙っぽい縁が顔を出します。バニリンを入れすぎた処方が「デザート」から「咳止めシロップ」に変わるのは、この縁のせいです。
実務の要点:
- 粉末です。まず10%溶液を作ってから処方へ入れます(エタノールが最速、DPGでも可)。秤量の回の連続希釈は、こういう原料のためにあります。
- スーパーベース。400時間級の持続性で、処方のいちばん底に甘さとして敷かれます。フローラルを丸く、ウッディを温かくしたいなら、ふつう1%以下で足ります。
- 着色します。溶液は時間とともに黄褐色になります。私の棚の希釈液も、気づいたらはっきり琥珀色でした。淡色の製品では注意。変色は分子の性質であって、劣化ではありません。
- エチルバニリンとの違い:エチルバニリン(76社)は約3倍甘く、よりキャンディ的。ただしバニリンの繊細さは減ります。よく併用されます。
家族
vanillin を名前に含む供給品目は18件。よく使うもの:
| 品目 | 何であるか |
|---|---|
| vanillin(193社) | 本体 |
| ethyl vanillin(76社) | より甘く強いいとこ。キャンディ |
| vanillin PG acetal(15社) | アセタール形 — 石鹸やアルカリ基剤で安定 |
| isovanillin / ortho-vanillin | 構造異性体。匂いが違い、主に化学用途 |
| glucovanillin(5社) | 莢の中の貯蔵形(VpVAN の話に出た配糖体) |
法規
GRAS、JECFA、CoE、FEMA GRAS、IFRAに収載。これらの名簿は使用上限を示しません。バニリンは比較的穏やかな原料ですが、粉末の秤量と希釈は手順どおりに。肌につける処方は現行IFRAスタンダードと供給業者の規格書を確認してください。
買うときは
193件の供給業者記録。当社データベース全体でも最も広く供給されている原料のひとつです。安く、安定で、長持ち。初心者にとって最もリスクの低い部類の1本です。買う前の確認は2つ:
- 合成か天然由来か:価格は桁違いになりえますが、分子は同一。自分で嗅ぐ用途なら合成で十分です。
- 固結:粉末は湿気で固まります。開封後は密封して乾燥保管を。
→ データベースのバニリン:全物性、供給業者一覧、推奨の組み合わせ。 → エチルバニリン|香調で検索:「甘い バニラ」で家族を探せます。
参考文献
N. J. Gallage ほか, Vanillin formation from ferulic acid in Vanilla planifolia is catalysed by a single enzyme, Nature Communications, 5, 4037 (2014). PMID 24941968
K. Khan, C.-W. Su, A. Khurshid & M. Umar, Are there bubbles in the vanilla price?, Agricultural and Food Economics, 10(1), 6 (2022). PMID 35399815