原料図鑑 · 47
原料図鑑:ジヒドロミルセノール(dihydromyrcenol)—— 一滴で、瓶ごと 1988 年になる
· 12 分
CAS 18479-58-8。みずみずしいライム感の清潔な分子で、1980 年代のメンズフレグランスと洗剤売り場の共通記憶でもある。供給元 53 社、強度は中、ムエット上で 16 時間。2009 年のラット発生毒性試験は NOEL 500 mg/kg/日を示し、推定される 1 日あたりのヒト曝露 0.02 mg/kg/日との差は 25,000 倍。2014 年のチャンバー試験は、室内のオゾンがこれをどう変えるかを測っている。
フォーラムでときどき同じ嘆きを見かける。少しだけ爽やかなものを足したはずが、瓶ごと 80 年代のメンズフレグランスになった、というものだ。名指しされる材料はたいてい同じ 1 本になる。
まず要点
- 香りはみずみずしいライムに、清潔な花の縁が付いたもの。清潔すぎて、初めて嗅いだ人の多くが「洗剤」と言う。その連想には根拠があり、石鹸と洗濯用製品はこの材料を大量に使っている。
- 強度は中で、ムエット上で 16 時間。すぐ飛ぶトップではなく、ミドルに居座る。入れすぎた場合の立て直しが難しい。
- 2009 年のラット発生毒性試験は NOEL 500 mg/kg/日を示し、推定される 1 日あたりのヒト曝露 0.02 mg/kg/日との差は 25,000 倍。この材料の扱いにくさは毒性の側にはない。誰にでも分かってしまう点にある。
基本データ
| CAS | 18479-58-8 |
| 化学名 | 2,6-dimethyloct-7-en-2-ol |
| 分子式 | C₁₀H₂₀O |
| 分子量 | 156.27 |
| 種別 | 合成単品(天然テルペンからも製造される) |
| 香調 | フレッシュ、シトラス、ライム、フローラル、クリーン、コロン |
| 香調分類 | citrus |
| 強度 | 中(10% 以下での評価を推奨) |
| 持続 | 16 時間(ムエット、原液 100%) |
| 外観 | 無色澄明の液体 |
| 沸点 | 194–197 °C @ 760 mmHg |
| 引火点 | 76.11 °C |
| 比重 | 0.824–0.830 @ 25 °C |
| 屈折率 | 1.434–1.440 @ 20 °C |
| 水溶解度 | 252.2 mg/L @ 25 °C(推定) |
| その他の溶解性 | アルコール、パラフィン油に可溶。石鹸・洗剤・制汗剤の系で良好 |
| 保管 | 24 か月以上。冷暗所、乾燥、密閉、熱と光を避ける |
| 法規収載 | FLAVIS 02.144 |
| 供給元 | 53 社 |
表の平易な読み方。CAS はこの分子の固有番号で、世界で一組しかなく、商品名よりも当てになる。比重 0.824 は水より軽いという意味になる。屈折率は品質管理が測る値で、届いた品が名乗り通りかを確かめたいときに COA で見る行がここになる。引火点 76 °C は多くのシトラス材料より高く、輸送区分の面では扱いやすいが、火気から遠ざける必要は変わらない。
なぜ処方を持っていってしまうのか
本サイトのデータベースの「用途候補」欄には、香型の名前が並んでいる。大半は一般的な分類だが、そのうち三つは説明がいらず、四つ目は洗剤ブランドになる。
cologne/fern/fresh and clean/ocean sea/pine/cool water/drakkar noir/azzaro/tide
ここで一つ断っておく。あの欄は香型の分類であって、「この材料はこの種の香りを組むのによく使われる」という意味になる。処方の開示ではないし、名前の挙がった瓶に必ず入っていると主張するものでもない。それでも、あの一覧そのものが事情を語っている。この分子は、ある時代の「清潔」という観念に固く結びついている。
理由は登場した時期にある。1980 年代半ばから、メンズフレグランスは重厚なシプレからアクアティックとフゼアへ移った。この材料は、その転回が必要としたものをちょうど供給した。テルペン臭のないシトラスの明るさと、石鹸や洗剤のアルカリ環境に耐える強さである。天然のレモンやライム油は洗剤ベースの中で数時間で崩れる。こちらは崩れない。
だから初心者が最初にこれを使ったときの結末は、たいてい同じになる。目標は「もう少し爽やかに」で、出来上がるのは「誰かがすでに作った爽やかさ」だ。材料の欠陥ではない。識別されやすすぎるだけである。
ラット試験は何を示したか
Politano らが 2009 年に International Journal of Toxicology に発表した試験は、妊娠 Sprague-Dawley ラットを 1 群 25 匹とし、妊娠 7 日から 17 日にコーン油に溶かして 0、250、500、1000 mg/kg/日を経口投与した。
1000 mg/kg/日の群では、母動物の体重増加が対照より 5% 少なく、摂餌量も有意に低下した。胎児体重は約 3% 低下し、後肢中足骨の骨化遅延と過剰胸肋の増加が見られたが、いずれも可逆的なものだった。250 と 500 の群にこれらは出ていない。
そこで著者は、母動物と発生の NOEL をいずれも 500 mg/kg/日、NOAEL をいずれも 1000 mg/kg/日と設定した。本試験条件下でジヒドロミルセノールは選択的な発生毒性物質ではなく、ラットで見られた可逆的な遅延と推定される 1 日あたりのヒト曝露 0.02 mg/kg/日との間には 25,000 倍の安全域があると結論している。
用語を二つ開いておく。NOEL は「そこまで投与しても測れる変化が出なかった量」。NOAEL には「有害」の一語が入り、「変化は出たが、それは害とは判定されなかった量」を指す。二つの数字が離れているとき、その間の帯が「変化は出るが元に戻る」領域になる。
室内のオゾンがこれを食べる
二つ目の試験は場面が変わる。Nørgaard らの 2014 年 Environment International の報告では、台所用クリーンクリームとプラグイン式芳香剤を 20 立方メートルのウォークイン気候チャンバーに置き、換気回数 0.6 で、**低オゾン(約 5 ppb)と高オゾン(約 50 ppb)**の二条件で測定した。
両製品が放出したテルペン類にジヒドロミルセノールが含まれ、リモネン、ゲラニオール、リナロールも同席していた。高オゾン条件ではこれらのテルペンがオゾンを消費しながら減衰し、含酸素の反応生成物が現れる。ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトン、4-アセチル-1-メチルシクロヘキセン、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、3-イソプロペニル-6-オキソヘプタナール、4-オキソペンタナールである。
著者の判断では、高オゾン条件のプラグイン芳香剤が生じたホルムアルデヒドと 4-オキソペンタナールの濃度は、それぞれ感覚刺激と気流制限の観点から留意すべき水準に達していた。粒子質量のピークはクリーンクリームで 81 μg/m³、芳香剤で 24 μg/m³ だったが、有機組成と濃度から見て粒子自体が急性の気道影響を起こすとは考えていない。
この論文は慎重に読みたい。測っているのは洗浄剤とプラグイン芳香剤であって香水ではない。オゾン 50 ppb は意図的に高く設定された値だ。著者自身、実際の使用行動を模した条件での試験が必要だと結びで書いている。それでも確実に言えることが一つある。この種のテルペンアルコールは、部屋の中でそのままの姿では留まらない。 空気中のオゾンと反応し、その生成物は元の分子より穏やかとは限らない。
並べて嗅ぐ
| 材料 | 方向 | ムエット時間 |
|---|---|---|
| リナロール | シトラスとフローラルの継ぎ目、柔らかい | 12 |
| シトラール | レモンの皮の明るさと鋭さ | 12 |
| ジヒドロミルセノール | ライム、清潔、石鹸感 | 16 |
| 酢酸ゲラニル | 洋梨とラベンダーの花 | 24 |
この 4 本を並べると、「爽やか」が一つの方向ではなくなる。シトラールの明るさは尖っていて少し刺す。こちらの明るさは平らで、洗われたもののそれに近い。この差は文章よりも紙の上のほうがはるかにはっきり出る。
嗅ぐときに
- 10% から始める。 原液では洗浄剤に読める。花の側面が出てくるのは希釈してからになる。
- 時間を与える。 ムエット 16 時間は、第一印象のずっと後まで残るという意味だ。最初の 10 分で判定すると読み違える。
- 一度ライム油と並べる。 天然油は立ち上がりが立体的で、崩れるのも早い。こちらは平らで清潔で長い。洗剤の処方者がこれを選ぶ理由がそこで分かる。
- 思ったより少なく入れる。 「瓶が他人の香水になった」という嘆きは、ほぼ入れすぎが原因になる。0.5% から試し、足りなければ上げる。
買い方と保管
名前が多い。Dihydromyrcenol、Dihydro Myrcenol、DHM、Lymolene(IFF の商品名)、そして系統名の 2,6-dimethyl-7-octen-2-ol。商品名で何も出てこないときも、CAS 18479-58-8 なら必ず見つかる。原料の名前は人を欺くで扱ったのと同じ問題になる。
純度規格は 95% から 99% 超が一般的で、DRT と Sigma-Aldrich は ≥99%、Lluch は 98% と表示している。この材料では純度差が嗅ぎ取れる。純度の低いロットは縁にテルペン様の粗さを残す。供給元によっては DHM tops と DHM bottoms、つまり蒸留の前留分と後留分も売っており、香りも価格も異なる。発注前にどちらかを確かめておきたい。
引火点 76 °C は多くのシトラス材料より扱いやすいが、冷暗所で乾燥・密閉の保管は変わらない。表示上の保存期間は 24 か月以上。
法規と安全
データベースの記録は FLAVIS 02.144。欧州食品安全機関はこの構造クラスを複数の香料群評価(FGE.18 および FGE.90 の系列)で扱っている。急性毒性はラット経口 LD50 が 3,600 mg/kg、ウサギ経皮 LD50 が 5,000 mg/kg 超。GHS 分類は可燃性液体(H227)と重篤な眼刺激(H319)で、取り扱い時は保護眼鏡を着ける。
香料としての収載、動物毒性データ、皮膚に触れる処方の安全性は、それぞれ別の問いになる。皮膚と消費者向け製品に使うなら、現行の IFRA Standards、供給元の SDS、完成品の用途規定を確認する。三つのうちどれも、残る二つの代わりにはならない。
→ データベースのジヒドロミルセノール:物性の全項目、供給元 53 社、推奨ブレンド。 → 香調で検索:「ライム フレッシュ フローラル」と入力。
参考文献
V. T. Politano ほか, Evaluation of the developmental toxicity of dihydromyrcenol in rats, International Journal of Toxicology, 28(2), 80–87 (2009). PMID 19482832. doi:10.1177/1091581809333892
A. W. Nørgaard ほか, Ozone-initiated VOC and particle emissions from a cleaning agent and an air freshener: risk assessment of acute airway effects, Environment International, 68, 209–218 (2014). PMID 24769411. doi:10.1016/j.envint.2014.03.029