原料図鑑 · 48
原料図鑑:ヒドロキシシトロネラール(hydroxycitronellal)—— 自然界にはほぼ無い。それでもスズランはこれに頼る
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CAS 107-75-5。ミュゲ調の骨格であり、EU が表示を義務づける 26 種の香料アレルゲンの一つでもある。供給元 53 社、ムエット上で 218 時間。2016 年のタイの研究では、連続受診した 312 名のパッチテストで 3 番目に多い個別アレルゲン(3.8%)であり、陽性者の 17.8% は標準のスクリーニング混合物で陰性だった。当サイトの 954 件の処方コーパスでは 9 位、出現率 16.9%。
前稿で原料を出現頻度で並べたとき、その順位表を当サイト自身の入門リストに当ててみた。最初にこぼれ落ちた穴がこれだった。9 位、公開処方の 16.9% に、配合量の中央値 8% で出てくるのに、まだ一本も書いていない。
埋めておく。
まず要点
- これはミュゲ調の骨格になる。スズランは蒸留できないので、市場のスズランはすべて組み上げたものであり、この分子はその組み立てで最もよく使われる部品になる。
- データベースの記録は「自然界には見出されない」。ギリシャ産クラリセージ油に微量あるだけだ。花を模した分子が、花にはほとんど生えていない。
- ムエット上で 218 時間。 長い数字になる。フローラルのトップではなく、最後まで残る側の材料だ。
- EU が化粧品表示を義務づける 26 種の香料成分の一つでもある。2016 年のタイの研究では、312 名中で 3 番目に多い個別アレルゲン(3.8%)だった。
基本データ
| CAS | 107-75-5 |
| 化学名 | 3,7-dimethyl-7-hydroxyoctanal |
| 分子式 | C₁₀H₂₀O₂ |
| 分子量 | 172.27 |
| 種別 | 合成単品(シトロネラールからの半合成) |
| 香調 | フローラル、リリー、甘い、グリーン、ワキシー、トロピカル、メロン、シトラス |
| 香調分類 | floral |
| 強度 | 中(10% 以下での評価を推奨) |
| 持続 | 218 時間(ムエット、原液 100%) |
| 外観 | 無色から淡黄色の澄明な油状液体 |
| 沸点 | 241 °C @ 760 mmHg |
| 引火点 | 123.89 °C |
| 比重 | 0.917–0.921 @ 25 °C |
| 屈折率 | 1.447–1.450 @ 20 °C |
| 水溶解度 | わずかに可溶。3,042 mg/L @ 25 °C(推定) |
| その他の溶解性 | エタノール(50% 酒精で足りる)、精油、脂肪油、ベンジルアルコール、グリセリン |
| 製品での推奨量 | 香水、石鹸、シャンプー、洗剤、キャンドルいずれも 0.5–5%(データベース記録) |
| 保管 | 24 か月以上。冷暗所、乾燥、密閉、熱と光を避ける |
| 法規収載 | FEMA 2583、JECFA、CoE、FLAVIS 05.012 |
| 供給元 | 53 社 |
| コーパス順位 | 9 位(954 件中 161 件、16.9%、配合量の中央値 8%) |
表の平易な読み方。ヒドロキシは分子に余分に付いた −OH のことで、この一つの部品があるおかげで、元のシトロネラールより粘り、長持ちし、水を含む製品にも溶けやすくなる。引火点 124 °C は高く、輸送も保管もシトラス材料より楽になる。水に 3,042 mg/L は香料としては溶けるほうで、石鹸やシャンプーの処方が手を伸ばす理由がそこにある。
花に生えないフローラル分子
スズランはいわゆる「もの言わぬ花」になる。香りははっきりしているのに、蒸留でも溶剤抽出でも使える油が取れない。ミュゲが欲しければ、別の分子で組み立てるしかない。
ヒドロキシシトロネラールは、その組み立てで最も長く現役の部品だった。1905 年前後に香料工業へ入っており、よく使われる合成香料の多くより早い。作り方は、シトロネラール——シトロネロールのアルデヒドで、シトロネラやレモンユーカリに天然に存在する——の二重結合に水を付加し、末端にヒドロキシ基を持つアルデヒドを得る。
そのため立ち位置が少し変わっている。原料は天然由来、製品は自然界にほぼ存在せず、模倣する相手はよりによって油を最も渡してくれない花になる。
単体では、グリーンとワキシーの縁を持つ甘いフローラルに、メロンとシトラスが後ろに控える。単体でミュゲには聞こえない。リナロールやシトロネロールと並べて初めて、その形が立ち上がる。
218 時間の意味
データベースのムエット持続は 218 時間、9 日を超える。
| 材料 | ムエット時間 |
|---|---|
| リナロール | 12 |
| ジヒドロミルセノール | 16 |
| ベンジルアルコール | 35 |
| カシュメラン | 48 |
| ヒドロキシシトロネラール | 218 |
| バニリン | 400 |
この数字は慎重に読みたい。このフィールドが測るのは紙の上の原液であって、希釈して肌に乗せたものではない。両者は換算できない。分かるのは、この材料が冒頭だけで引き下がらないということだ。ミドルでもドライダウンでもまた出会う。入れすぎれば、フローラルの甘さが着香の最後まで押し続けることになる。
スクリーニング混合物では取りこぼす
Vejanurug らが 2016 年に Contact Dermatitis で報告した研究は、連続受診した 312 名に、ベースラインシリーズと、EU が表示を義務づける 26 種の個別香料成分の両方でパッチテストを行った。
84 名(26.9%)が 26 種のいずれか、または標準のスクリーニングマーカーに陽性を示した。そのうち 15 名(17.8%)はスクリーニングマーカーで陰性であり、個別成分を試験しなければ見落とされていた。
最も多い個別アレルゲンの上位三つは、ケイ皮アルコール(11.2%)、ケイ皮アルデヒド(9%)、そして**ヒドロキシシトロネラール(3.8%)**になる。
補足しておく。皮膚科で使う「フレグランスミックス I/II」は、よくあるアレルゲンを数種混ぜたスクリーニング試薬で、一度の試験で大半を拾える。この研究が扱っているのは「大半」という言葉のほうだ。陽性者の 6 人に 1 人は混合物では出てこない。 個々の濃度が薄まっているか、その人が反応する物質がそもそも混合物に入っていないからになる。
調香する側にとっての実務的な帰結はこうなる。顧客が「香料アレルギーはない」と言っても、それは安心材料にならない。正しいものを試験されたことがないだけかもしれない。
著者はタイでの研究であることも断っている。当地ではケイ皮アルコールとケイ皮アルデヒドが際立っており、この順位を他地域へそのまま持ち出すことはできない。
予想外の副業
同じ分子が 2021 年、まったく別の実験に登場している。Andrade らは BioMed Research International で、スイスマウスにヒドロキシシトロネラール 12.5、25、50 mg/kg を腹腔内投与し、ロータロッド、高架式十字迷路、オープンフィールドの試験を行った。
ロータロッドでは運動機能の低下が見られず、これらの用量で筋弛緩や鎮静の作用がないことを示す。一方、高架式十字迷路では三用量とも、オープンアームへの進入割合(34.8%、33.8%、38.6%)と滞在時間(49.9%、56.1%、57.0%)が有意に上昇した。著者は in vivo と in silico の両面から、この抗不安様作用を GABA-A 受容体の関与に帰している。
これは動物実験であり、腹腔内投与であり、用量も香水を嗅ぐ量とは桁が違う。この香料に抗不安作用があると主張する根拠にはならない。 ここに入れたのは別のことを示すためになる。香料分子は体内でしばしば第二の仕事を持っており、その仕事は匂いの印象とは無関係だ。オイゲノールが TRPV3 を開くのも同じ型の例になる。
嗅ぐときに
- 10% から始めて、いったん離れる。 最初の 10 分はほとんど情報をくれない。翌日その紙に戻ると、正体が見えてくる。
- シトロネラールかシトロネロールと並べる。 同じ炭素骨格で、ヒドロキシ基一つの差。片方は明るいローズシトラス、もう片方は甘く粘るリリーになる。「小さな部品一つがすべてを変える」ことの、最も安上がりな実演になる。
- 一度ミュゲを組んでみる。 少量のこれにリナロールとシトロネロール、そこへ酢酸ベンジルを少し。緑がかった白い形が現れる。単体では読めず、組むと読める。
- ワキシーさに注意する。 濃度を上げると、甘さの後ろにあるワックス感が他をすべて覆い始め、処方が鈍くなる。
買い方と保管
供給元 53 社で、入手しやすい材料になる。名前の異形は少なく、hydroxycitronellal と系統名の 3,7-dimethyl-7-hydroxyoctanal くらいだ。注意したいのはアセタール誘導体のほうで、hydroxycitronellal dimethyl acetal(CAS 141-92-4)と diethyl acetal(CAS 7779-94-4)は別の材料、別の CAS であり、香りも規格も違う。発注前に 107-75-5 を照合する。
アルデヒドなので、保管中にゆっくり酸化する。密閉、遮光、冷所。開封したら小瓶に分けて日付を書く。引火点 124 °C なので、保管に特別な防火措置は要らない。
データベースの製品使用量は 0.5% から 5%。この数字はコーパスの「配合量の中央値 8%」とは基準が違う。前者は完成品中の濃度、後者は香料原液の中の比率になる。 加香率 1% のシャンプーに、ヒドロキシシトロネラール 8% の香料を使えば、完成品では 0.08% になる。どちらの数字も正しく、測っているものが違う。
法規と安全
GHS の三つはいずれも留意点になる。H315 皮膚刺激、H317 アレルギー性皮膚反応を起こすおそれ、H319 重篤な眼刺激。 急性毒性の数字は寛容で、ラット経口 LD50 は 5,000 mg/kg 超、ウサギ経皮 LD50 は 2,000 mg/kg 超。ただし急性毒性と感作性は別の問いになる。
EU が化粧品の成分表への名指し表示を義務づける 26 種の一つでもあり、使えば表示義務が生じる。parfum の一語に隠すことはできない。RIFM は 2022 年に完全な安全性評価を発表している(Food and Chemical Toxicology 163 Suppl 1: 112983)。
実際の使用上限は現行の IFRA Standards を見る。製品カテゴリーごとに値が異なり、改訂もされる。香料としての収載(FEMA 2583、JECFA)と皮膚安全性は別の問いで、どちらも他方を保証しない。
→ データベースのヒドロキシシトロネラール:物性の全項目、供給元 53 社、推奨ブレンド。 → 香調で検索:「スズラン フローラル 甘い」と入力。
参考文献
P. Vejanurug ほか, Fragrance allergy could be missed without patch testing with 26 individual fragrance allergens, Contact Dermatitis, 74(4), 230–235 (2016). PMID 26948414. doi:10.1111/cod.12522
J. C. Andrade ほか, Involvement of GABAA Receptors in the Anxiolytic-Like Effect of Hydroxycitronellal, BioMed Research International, 2021, 9929805 (2021). PMID 34222487. doi:10.1155/2021/9929805
A. M. Api ほか, RIFM fragrance ingredient safety assessment, hydroxycitronellal, CAS Registry Number 107-75-5, Food and Chemical Toxicology, 163 Suppl 1, 112983 (2022). PMID 35381319. doi:10.1016/j.fct.2022.112983