調達 · 13
「何件の処方に出てくるかを調べてから買え」——方法としては正しい。ただし三つの罠がある
· 16 分
34 件の返信がついたスレッドが、初心者に一つの購買法を教えていた。その原料が実際に何件の処方に出てくるかを調べる、というものだ。重複を除いた 954 件の公開処方で実行し、2,381 原料の出現件数と配合量の範囲を得た。同時に、順位を歪める三つの罠にぶつかった。同一分子が二つの名前で並ぶこと、天然物が産地ごとに分かれること、そして一部の行が予備希釈品であること。ついでに、当サイト自身の入門リストの穴も見つかった。
r/DIYfragrance の 34 件の返信がついたスレッドが、一つの購買法を教えていた。供給元の推奨リストで買わず、その原料が実際に何件の処方に出てくるか、配合量がどの範囲に落ちるかを調べてから、注文するかどうかと量を決める、というものだ。投稿者は例を挙げていた。ある材料は 500 件超の処方に出てきて 10% を超える使い方も多く、別の材料は 1 件だけ、0.1% 未満だった。
方法そのものは正しい。実際にやってみて、スレッドの誰も触れていない罠に三つぶつかった。
まず要点
- 重複を除いた 954 件の公開処方に、2,381 種の原料が現れる。そのうち 44.7% は 1 件の処方にしか出てこない。
- 首位はリナロールで、処方の 35.4% に出てくる。ただし上位 10 本を合わせても、全体の枠のうち 13.3% しか埋まらない。82.4% に届かせるには 603 本が要る。万能のリストは存在しない。
- 三つの罠。同一分子が二つの名前で登録されていること、天然物が産地ごとに分かれること、一部の行が原液ではなく予備希釈品であること。どれも順位を歪める。
読了の目安は 10 分ほど。
順位表そのもの
コーパスは前稿と同じ。末尾の予備希釈表記を剥がしてから集計し、希釈剤の行は除いている。
| 順位 | 原料 | 出現処方数 | 全体比 | 配合量の中央値 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | リナロール | 338 | 35.4% | 5.93% |
| 2 | 酢酸ベンジル | 317 | 33.2% | 5.00% |
| 3 | フェニルエチルアルコール | 274 | 28.7% | 10.00% |
| 4 | クマリン | 225 | 23.6% | 2.34% |
| 5 | シトロネロール | 220 | 23.1% | 5.94% |
| 6 | 酢酸リナリル | 207 | 21.7% | 5.56% |
| 7 | ゲラニオール | 192 | 20.1% | 5.84% |
| 8 | ヘディオン | 165 | 17.3% | 7.00% |
| 9 | ヒドロキシシトロネラール | 161 | 16.9% | 8.00% |
| 10 | オイゲノール | 161 | 16.9% | 1.70% |
| 11 | サリチル酸ベンジル | 159 | 16.7% | 9.47% |
| 12 | α-ヘキシルシンナムアルデヒド | 157 | 16.5% | 8.00% |
| 13 | Lilial | 151 | 15.8% | 6.00% |
| 14 | ヘリオトロピン | 140 | 14.7% | 3.00% |
| 15 | ジヒドロミルセノール | 140 | 14.7% | 6.11% |
順位より配合量の列のほうが役に立つ。同じ上位 10 本でも、フェニルエチルアルコールの中央値は 10%、オイゲノールは 1.70%。前者は 50 g が 2 か月で底をつくこともあり、後者は 10 g が何年ももつ。
罠その一:同一分子、二つの名前
順位 8 位が hedione(165 件)、30 位が methyl dihydrojasmonate(84 件)。同じ分子で、前者は Firmenich の商品名になる。
合わせて 249 件。4 位のクマリンを抜き、8 位から 3 位に上がる。
順位表をそのまま読む人は、半分に見誤ることになる。原料の名前は人を欺くで扱った問題が、購買判断の場面に出てきた形だ。商品名と系統名が併存し、処方の書き手がどちらを使うかは習慣による。
論文を書く側も同じ地雷を踏んでいる。Kemicha らが 2026 年に Contact Dermatitis でチュニジア市場の保湿製品 300 点の成分表を分析したとき、方法の節にわざわざこう書いてある。対象とした 7 種のアレルゲンはいずれも、英語とフランス語の関連する同義語すべてで検索した、と。成分を数える人はこの手当てを知っている。購買判断をする人はよく忘れる。
罠その二:天然物は産地で名前が割れる
このコーパスでシダーウッドは 1 つの名前ではなく、5 つある。cedarwood oil virginia(29 件)、cedarwood oil atlas(5)、cedarwood oil white(4)、cedarwood oil texas(4)、cedarleaf oil(3)、ほかに端数がいくつか。合計 58 件だが、最大の名前は 29 としか読めない。
同じことが天然物の全体で起きている。
| 分類 | 名前の数 | 合計出現数 | 最大の単一名 |
|---|---|---|---|
| シダーウッド | 5 以上 | 58 | 29 |
| サンダルウッド(合成代替品を含む) | 5 以上 | 131 | 60 |
| ジャスミン(希釈グレードを含む) | 5 以上 | 109 | 23 |
| ベチバー(酢酸ベチベリルを含む) | 5 以上 | 84 | 34 |
| イオノン類 | 5 以上 | 402 | 107 |
合成単品はたいてい 1 つの名前で通る。天然物は産地、部位、抽出法で分かれる。だから順位をそのまま比べると、天然物を過小に、合成単品を過大に見積もることになる。
避けるには、正確な名前ではなく分類で検索し、産地違いを同一と見なすかどうかは自分で決める。ここに正解はない。ハイチとブルボンのベチバーは実際に違うものだ。
罠その三:予備希釈品の行がある
配合量の列は素直に見えるが、原液ではない行が混じっている。
| 原料 | 予備希釈として記載 | 割合 | 配合量の中央値 |
|---|---|---|---|
| α-イソメチルイオノン | 49/49 | 100% | 5.56% |
| アルデヒド C-11 ウンデシレン | 45/59 | 76.3% | 1.00% |
| フェニルアセトアルデヒド | 43/57 | 75.4% | 1.00% |
| インドール | 65/88 | 73.9% | 0.68% |
| オークモスアブソリュート | 24/37 | 64.9% | 2.87% |
| α-ダマスコン | 31/59 | 52.5% | 0.56% |
| ローズオキサイド | 29/68 | 42.6% | 0.50% |
インドールは 0.68% と読めるが、4 件に 3 件はその 0.68% が希釈液で、原液に換算すると 0.068% 以下になる。
この列は、今回の作業で最も実用的な信号だった。ほぼ常に希釈して使われる材料は、入手できる最小包装で買う。届いた日に 1% か 10% の母液を作る。インドールを 25 g 買うと、多くの人は一生使い切らないうえ、瓶の中でゆっくり色が濃くなっていく。
よく使われる ≠ それだけで足りる
上位 10 本が埋めるのは全体の枠の 13.3% にすぎない。
| 上位 N 本 | 埋まる枠 |
|---|---|
| 10 | 13.3% |
| 20 | 21.5% |
| 50 | 35.2% |
| 100 | 48.2% |
| 200 | 62.0% |
| 603 | 82.4% |
前稿の結論と並べると、少し直感に反する対になる。1 件の処方は中央値 10 本で重量の 9 割を支えるが、処方をまたいで見ると、その 10 本は毎回入れ替わる。
つまり「20 本あれば何でも作れる」という類のリストは存在しない。存在するのは「方向ごとに常連が数本ずついる」という状態になる。だから材料は方向で買うのであって、順位表を上から順になぞって買うものではない。
当サイトのリストも捕まった
この順位表を当サイトの入門パレット 47 本に当ててみると、あまり格好はつかない。上位 50 本のうち、こちらのリストに載っているのは 24 本だけだった。
抜けているもののうち、9 位のヒドロキシシトロネラールは処方の 16.9% に、中央値 8% で出てくる。まだ一本も書いていない。サリチル酸ベンジル(11 位)と α-ヘキシルシンナムアルデヒド(12 位)も同じ立場になる。
逆向きに見ると、こちらの選から数本はコーパスで周縁にいる。α-イロンが 12 件、メントールが名前の異形を合わせて 10 件、ミルラが 8 件。
どちらの側も間違いではない。入門リストは「よく教えられるもの」で選ぶ。α-イロンは熟成を説明するために、メントールは TRPM8 受容体を説明するために入っている。それでも、この差は書き留めておく価値がある。こちらのリストは教材としての価値で並んでおり、実務でどれだけ手が伸びるかでは並んでいない。 そこから買っていった読者に、その断りを入れていなかった。ヒドロキシシトロネラールは執筆待ちに入れた。
よく使われる ≠ 安全
ゲラニオールはこのコーパスで 7 位、配合量の中央値は 5.84% になる。
Jongeneel らが 2019 年に Environment International で行った健康影響評価は、複数の製品使用調査から模擬集団を構築している。現在の経皮曝露により、西欧と北欧では消費者 100 万人あたり年間 34 例のゲラニオール接触アレルギーが新規に発生し、その約 2 倍(100 万人あたり 60 人)が再曝露による臨床症状に悩まされると推計する。主な寄与は家庭用洗浄製品だった。ゲラニオール濃度を 0.01% 未満に制限すれば、新規感作も症状も目立って減るとしている。
この二つの数字は直接引き算できない。基準が違うからだ。5.84% は香料原液の中の比率であり、0.01% は最終消費製品中の濃度を指す。 香水の原液は完成品のおよそ 15% から 20%、乳液や洗剤はふつう 1% 未満になる。ごく粗く換算すると、同じ香料を香水に使えばゲラニオールは完成品の 0.9% から 1.2% あたり、加香率 0.5% の乳液なら 0.03% あたりに落ちる。この計算は桁の目安で、実際の値はその香料の中身と加香率で決まる。
要点はこうなる。順位表は「みんながどれだけ手を伸ばすか」に答える。「その配合量があなたの製品で合法か、安全か」には答えない。後者は現行の IFRA Standards と、自分の市場の規則を見にいく仕事になる。
このコーパスは歴史資料である
13 位は Lilial(butylphenyl methylpropional)。処方の 15.8% に、中央値 6% で入っている。
EU ではもう使えない。Regulation (EU) 2021/1902 が、CMR 区分 1B の分類を理由に化粧品規則附属書 II の第 1666 項へ収載し、2022 年 3 月 1 日から適用されている。EU 市場に置かれるすべての化粧品が対象で、香水も含まれる。
同じ表にはムスクケトン(29 位)とオークモスアブソリュートも並ぶ。どちらにも IFRA の制限がある。
だからこの表はこう読む。歴史的に何がよく使われたかは分かる。今日何が使えるかは分からない。 買いたい材料を見つけたら、現在の法規状況を確かめてから注文する。
実際の使い方
三段階になる。
頻度を見る前に方向を決める。 シトラスフゼアを作るならその方向の常連を見るのであって、総合順位を上からなぞるのではない。総合の上位 10 本はローズ、ホワイトフローラル、ラベンダー、グルマンにまたがっている。まとめて買っても何にもならない。
注文量を決めるのは順位ではなく配合量の中央値になる。 中央値 8% の材料と 0.5% の材料は、同じ 10 g でも挙動がまるで違う。3 回分と 3 年分ほどの差になる。
包装サイズを決めるのは予備希釈の割合になる。 その列が半分を超えるものは最小包装で買い、先に母液を作る。
この記事が立証していないこと
コーパスの 74% は特許や出典の行を伴う。 特許の実施例は市販処方ではない。簡略化されていることも、範囲を広く取って実際より広く書かれていることもある。順位はこの公開デモ処方群の習慣を映したものになる。
時間の幅が不明である。 Lilial が 15.8% を占めることは、古い処方がかなりの割合で混じっている証拠になる。ただしページ自体に統一された日付がなく、年代の分布を計算することも、新旧に分けて比べることもできなかった。
名前の正規化は予備希釈表記を剥がしただけになる。 商品名と系統名、天然物の産地違いは、本文で個別に照合して名指しした。自動での統合はしていない。だから上の順位表には罠その一と罠その二の偏りが残っている。これは意図的に残した。示したかったのは「名前をそのまま読むと何が見えるか」のほうだからだ。
このコーパスに価格はない。 出現頻度と配合量は、いくら買うかを教えてくれる。買えるかどうかは供給元のページで見る別の問いになる。
参考文献
D. Kemicha ほか, Allergic Risk of Moisturising Cosmetic Products: A Study on the Composition of 300 Products Commercialised in Tunisia, Contact Dermatitis, 94(6), 645–651 (2026). PMID 41692689. doi:10.1111/cod.70096
W. P. Jongeneel ほか, Health impact assessment of a skin sensitizer: Analysis of potential policy measures aimed at reducing geraniol concentrations in personal care products and household cleaning products, Environment International, 118, 235–244 (2019). PMID 29890471. doi:10.1016/j.envint.2018.04.039
Regulation (EU) 2021/1902。Regulation (EC) No 1223/2009 附属書 II を改正し、butylphenyl methylpropional を第 1666 項に収載。2022 年 3 月 1 日から適用。