原料図鑑 · 154
原料図鑑:Verdox —— Vertenex とは環上の位置が1つ違うだけで、データベースの物理欄はすべて同じ
· 9 分
CAS 88-41-5、サプライヤー52社。データベースは green acetate と呼び、調香師は Verdox と書く。コーパスでは表記を合わせて75件の処方に現れ、使用量の中央値は5.00%。これは 2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテートだ。そしてパラ位の兄弟がいる。Vertenex、CAS 32210-23-4、4-tert-ブチルシクロヘキシルアセテートである。2つとも分子式はC12H22O2、分子量は198.31、25 °Cの蒸気圧は0.103 mmHg、残香は8時間、強度はランク2。物理欄で違うのは沸点221対228 °Cと logP 3.60対3.40だけだ。そして香調型は一方が fruity、もう一方が woody。Verdox は青リンゴで、Vertenex はシダーである。データベースで測れるものはすべて同じで、違うのはあなたがそれを買う理由だけだ。
読了目安 5 分。
要点だけ
- 名称:データベースは
green acetate、head_synonymはverdox (IFF)、CAS 88-41-5 - 2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート、C12H22O2、分子量198.31、サプライヤー52社
- 香調型 fruity。香調はフルーティ、ウッディ、青リンゴ、ハーバル
- 強度は中(ランク2)、残香 8時間、蒸気圧0.103 mmHg
- コーパスでは 75件(4通りの表記を統合)、使用量の中央値 5.00%
- Vertenex とは環上の置換位置が1つ違うだけで、データベースの物理欄はほぼすべて同じ
category欄にはsolventsも並んでいる。溶剤としても使われる
まず名前
統合後のランキングをちょうど作ったばかりだが、
この材料はあの表の3番目の移動者だ。データベースの正式名 green acetate で探すと16件だが、実際は 75件で 4.7倍ある。
コーパスの4通りの表記。
| コーパスの表記 | 回数 |
|---|---|
verdox |
49 |
green acetate |
16 |
verdox™ (iff) |
9 |
verdox (iff) |
1 |
head_synonym 欄には verdox (IFF) と書かれており、
あの括弧を剥げば3通りが一致する。
パラ位の兄弟がいる
この材料が本当に書くに値するのはここだ。データベースには woody acetate という材料が別にあり、
head_synonym は vertenex (IFF)。両者の関係は環上の置換位置が1つずれているだけである。
| Verdox | Vertenex | |
|---|---|---|
| データベース名 | green acetate | woody acetate |
| CAS | 88-41-5(2-、オルト) | 32210-23-4(4-、パラ) |
| 分子式 | C12H22O2 | C12H22O2 |
| 分子量 | 198.31 | 198.31 |
| 蒸気圧 @25 °C | 0.103 | 0.103 |
| 残香 | 8時間 | 8時間 |
| 強度ランク | 2 | 2 |
| 沸点 @760 | 221 °C | 228–230 °C |
| logP | 3.60 | 3.40 |
| サプライヤー | 52 | 57 |
| 香調型 | fruity | woody |
| 香調 | フルーティ、青リンゴ、ウッディ、ハーバル | ウッディ、シダー、フローラル、オイリー、バルサミック |
分子式が同じ、分子量が同じ、蒸気圧が同じ、残香が同じ、強度ランクが同じ。
物理欄で違うのは沸点の7 °Cと logP の0.2だけで、どちらも推定値の誤差の内側にある。
そして香調型は一方がフルーティ、もう一方がウッディ。Verdox は青リンゴ、Vertenex はシダーだ。
データベースで測れるものは、この違いを測れない
ここ数十回やってきたのは、データベースの数値欄を使って推論し、突き合わせ、関係を立てることだった。 蒸気圧は残香を予測する、 強度ランクは使用量を予測する、 2つの沸点は互いを検査できる。
この2材料はその方法論の境界にある。
数値欄はすべて同じものだと言い、鼻は違うと言う。
理由は難しくない。匂いは分子が受容体に結合した結果であり、それは形に依存する。分子量や蒸気圧ではない。 tert-ブチル基が環のオルト位にあるかパラ位にあるかは、分子の立体的な外形を変えるが、重さも揮発性も変えない。
2018年に de March らが Angew Chem で単一の嗅覚受容体の活性化ダイナミクスを測っており、 その種の研究はまさに形と活性化の対応を扱っている(PMID 29462498)。そしてこのデータベースに形の欄はない。
(ついでに。この対には3人目の兄弟がいる。2008年にRIFMは 3-tert-ブチルシクロヘキシルアセテートの 原料レビューも出しており、メタ位のものも香料である。)
互いの代替品ではない
これだけ似ているのだから処方ではどちらか一方だろうと思っていた。コーパスを調べた。
Verdox を含む75件のうち、15件が Vertenex も含んでいる(20%)。
5回に1回は両方入る。互いの代替品ではなく、別々の2つの材料である。 香調欄の分岐が本物であることを、実務の側から裏づけている。
使用量も違う。
| 件数 | 使用量の中央値 | 四分位 | |
|---|---|---|---|
| Verdox | 75 | 5.00% | 2.59–8.60% |
| Vertenex | 64 | 7.75% | 5.00–11.11% |
Vertenex のほうが重く入れられている。ウッディの土台材はたいていそうで、フルーティな修飾材は控えめになる。
安全評価は別々に行われている
CASが別なので、RIFMは別々に評価している。
- 2-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート(Verdox、88-41-5):2025年の評価(PMID 40582396)
- 4-tert-ブチルシクロヘキシルアセテート(Vertenex、32210-23-4):2008年のレビュー(PMID 18842248)
Verdox のほうは2025年に出たばかりで、パラ位のものより17年遅い。 同じ分子式の2材料で、安全データの更新時期が20年近く離れている。
欄の中の小さな2つ
notes 欄は2文しかない。
Very good blender. strawberry enhancer.(非常によい調和剤。イチゴの増強剤。)
「イチゴの増強剤」は前回書いた Aldehyde C-16に呼応する。 イチゴを作るのはあの2つのエステルだけではなく、こうしたフルーティ・ウッディの橋渡し材で広げてやる。
そして category 欄は fragrance agents, solvents だ。溶剤でもある。
残香8時間、蒸気圧0.103、使用量の中央値5%。この3つの数字を並べると、
処方の中でこの材料の仕事の一部が「自ら香ること」ではなく「他を薄めること」だとわかる。
この記事が示していないこと
- **この2つを嗅いだことはない。**フルーティとウッディの差は、データベースの香調欄と評価記述からの引用だ。
- **「形が匂いを決める」は一般論であって、この対の実測ではない。**de March らがやったのは受容体の活性化ダイナミクスで、 この2つの異性体の比較ではない。
- **蒸気圧も logP も
(est)が付いている。**2つの「完全に同じ」蒸気圧は、同じ推定式が同じ入力を受け取っただけかもしれず、 実測が一致したわけではない。そう考えるとこの一致はむしろ意味が薄い。 - 20%という同席率は75件から出したもので、標本は大きくない。
- **シスとトランスは扱っていない。**この2つにはそれぞれ環上のシス・トランス異性体があり、 市販品はたいてい混合物だが、データベースの欄は区別していない。