はじめての調香 · 107
はじめての調香 #107:それぞれの材料はふつう何%使うのか——954件の処方から測った答え
· 10 分
954件の公開デモ処方のうち20回以上登場する187の材料について、処方に占める割合の中央値を1つずつ算出した。分布は予想より狭かった。全体の中央値は2.11%、最高はヘキシルシンナムアルデヒドの16.16%、最低はアンブロキサンの0.20%で、全域はわずか81倍。そしてデータベースの強度ランクはこの数字を確かに予測する(ρ = −0.592)。評価濃度はさらによく予測する(ρ = 0.679)。ただし先に潰しておくべき誤読が1つある。評価濃度が100%から1%へ落ちるのは100倍だが、実際の使用量は3.88%から0.75%へ、5.2倍しか落ちない。評価濃度は順位であって、投与量表ではない。
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要点だけ
- 954件の処方に 20回以上登場する材料は 187 あり、それぞれ処方に占める割合の中央値を算出した
- 全体の中央値は 2.11%。最高 16.16%(ヘキシルシンナムアルデヒド)、最低 0.20%(アンブロキサン)、差は 81倍
- **53(28%)**が5%以上、**39(21%)**が1%未満、0.5%未満はわずか 6
- データベースの強度ランクは使用量を予測する。ランク1 → 8.07%、ランク2 → 2.69%、ランク3 → 0.76%、ρ = −0.592
- 評価濃度はさらによく予測する。ρ = 0.679
- ただし評価濃度が 100倍落ちても、実際の使用量は 5.2倍しか落ちない。あれは順位であって投与量表ではない
初心者が最もよく訊く質問に、データベースは答えない
「これ、何%入れればいいの?」
データベースの欄はどれも別の質問に答えている。CASは「それが誰か」、 残香は「どれだけ保つか」、強度は「どれだけ強いか」に答える。 **「3%入れなさい」と書いた欄は1つもない。**あなたが何を作っているかで変わるからだ。
しかしコーパスなら近づける。手元に954件の公開デモ処方があり、 成分レコードは17,481件ある。どれも分量が完全に入っているので、 各材料がその処方で何%を占めるかは直接計算できる。
計算の手順
- 各処方について、全成分の量を合計して分母とする
- 各材料がその処方の中で占める割合を出す
- 20件以上に登場する材料だけを残す(20件未満は中央値が揺れすぎる)
- 各材料について、登場した全処方における割合の中央値を取る
手順3で 187 が残った。手順4で平均ではなく中央値を使うのは、分布が右に裾を引くからだ。 同じ材料が、ある処方では主役として60%まで入ることがあり、その1件が平均を歪める。
分布は予想より狭かった
4桁の開きが出ると思っていた。実際は違った。
| 区間 | 材料数 | 割合 |
|---|---|---|
| 10%以上 | 11 | 6% |
| 5–10% | 42 | 22% |
| 1–5% | 95 | 51% |
| 0.5–1% | 33 | 18% |
| 0.5%未満 | 6 | 3% |
**半数が1%から5%の間に入る。**全域は81倍であって、想像していた千倍ではなかった。
これ自体が使える。処方に0.05%や30%と書いたなら、 187の材料の誰も立っていない位置に立っているということだ。 それが間違いという意味ではないが、一度立ち止まって確認する価値はある。
高いほうに並ぶもの
| 使用量の中央値 | n | 材料 |
|---|---|---|
| 16.16% | 33 | hexylcinnamic aldehyde(ヘキシルシンナムアルデヒド) |
| 15.00% | 26 | dextro-limonene(d-リモネン) |
| 15.00% | 49 | phenylethyl alcohol(フェニルエチルアルコール) |
| 15.00% | 32 | dipropylene glycol(DPG、溶剤) |
| 12.67% | 28 | bergamot oil replacer(ベルガモット代替物) |
| 12.00% | 21 | madrox |
| 10.50% | 44 | benzyl benzoate(安息香酸ベンジル、溶剤兼保留剤) |
| 10.00% | 274 | phenethyl alcohol(同じものの別綴り) |
3種類しかない。溶剤(DPG、安息香酸ベンジル)、安価なボリューム用フローラル (フェニルエチルアルコール、ヘキシルシンナムアルデヒド)、 天然油の代替配合物(ベルガモット代替物)。共通するのは体積を支えることで、個性を与えることではない。
低いほうに並ぶもの
| 使用量の中央値 | n | 最高 | 材料 |
|---|---|---|---|
| 0.20% | 31 | 17.0% | ambroxan |
| 0.25% | 23 | 5.0% | prenyl acetate |
| 0.30% | 25 | 10.0% | aldehyde c-9(ノナナール) |
| 0.30% | 27 | 2.3% | evernyl(ヴェラモス) |
| 0.37% | 26 | 3.6% | delta-damascone |
| 0.42% | 40 | 17.0% | damascenone |
| 0.50% | 68 | 3.3% | rose oxide(ローズオキサイド) |
| 0.50% | 80 | 8.3% | ethyl vanillin |
ダマスコン類が3席を占める。この組は高いほうの組と化学的な共通点を持たない。 唯一の共通点は、データベースでほぼ全てが強度ランク3に分類されていることだ。
強度ランクは本当に使用量を予測する
今回いちばん確かめたかったのがこれだ。187のうち 117 がデータベースに戻せて、強度ランクを持っていた。
| 強度ランク | n | 使用量の中央値 |
|---|---|---|
| 1(弱) | 4 | 8.07% |
| 2(中) | 89 | 2.69% |
| 3(強) | 24 | 0.76% |
**ρ = −0.592。**ランクが上がるほど使用量が下がり、しかも単調である。
私は多くの欄を検証してきたが、 ほとんどはこの種の検証に耐えない。強度ランクは耐えた。 誰かが実験室で嗅いで付けた主観的な等級が、別の誰かが処方で実際に入れた量を予測している。
(ランク1は4つしかない。あの8.07%を精密な値として受け取らないでほしい。 本当に耐えているのはランク2とランク3の対比のほうだ。)
評価濃度のほうがよく当たる。ただし真似してはいけない
評価濃度の欄(odor_descriptions 内の at N %)はさらに成績がよい。
| 評価濃度 | n | 使用量の中央値 |
|---|---|---|
| 100% | 75 | 3.88% |
| 10% | 30 | 0.85% |
| 1% | 11 | 0.75% |
ρ = 0.679 で、強度ランクより強い。
ここで例の誤読を潰しておく。「この材料は1%で評価すること」と読むと、 自然に「では1%入れよう」と思ってしまう。
評価濃度が100%から1%へ落ちるのは100倍。実際の使用量は3.88%から0.75%へ、5.2倍しか落ちない。
言い換えると、1%まで希釈しないと嗅げない材料が、実務で1%しか入っていないわけではない。 およそ0.75%入っており、10%まで希釈すれば嗅げる材料(0.85%)とほとんど変わらない。
評価濃度が答えているのは「その姿を捉えるにはどれだけ薄めるか」であって、 「処方に何%入れるか」ではない。2つは物理的に関係している(どちらも閾値に関わる)が、 目盛りがまったく違う。2025年に Wachowiak らが J Neurosci で論じたのも この尺度のずれだ。嗅覚研究で常用される濃度域は、自然界で実際に生じる濃度域と噛み合っていない(PMID 40044450)。
名前の罠
上の表で dipropylene glycol は32回、中央値15.00%。
一方 dipg は 445回、中央値9.88%。
**同じものである。**コーパスが2つの名前で書いており、片方だけを数えれば、 登場回数は14倍、使用量は5ポイント違ってしまう。
この問題の規模は測ったし、 スチラリルアセテートの回でも一度ぶつかった。 今回また出てきて、しかも影響したのは順位表の1位だった。
で、何%入れればいいのか
1行だけ持ち帰るなら。
- 強度の表示がなく、自分も不慣れな材料 → 2%から始める(全体の中央値2.11%)
- データベースが強度ランク3と言う → 0.5%から始める。まず10%希釈を作ってから量る
- 溶剤とボリューム材 → 10%以上がふつう。後ろめたく思う必要はない
この3行は出発点であって、答えではない。本当の答えは嗅いでから自分で決めるものだ。
この記事が示していないこと
- この954件はデモ処方であって、売れた製品の処方ではない。 デモ処方は分量をきれいに書きたがるので、商業処方の極端値を過小評価している可能性がある。
- **中央値は使い方の違いを覆い隠す。**同じ材料でも主役のときと背景のときで量は大きく違う。 最高値の列はそれを思い出させるために置いた(damascenone の最高は17%)。
- **相関は因果ではない。**強度ランクが使用量を予測するからといって、 調香師が強度ランクを見て量を決めているとは限らない。 どちらも同じ1つのこと、つまりその材料がどれだけ強いかを映しているだけだろう。
- **117の照合は名前に頼っている。**外れた70はランダムな欠落ではなく、 商品名や配合物である可能性が高い。その種類はもともと高用量に偏る。 表は全体の使用量をわずかに過小評価しているはずだ。
- **嗅覚閾値そのものは測っていない。**Cometto-Muñiz と Abraham は同族アルコールの 濃度—反応曲線を測り(PMID 18950650)、閾値が炭素鎖長に伴って系統的に変わることを示した。 ここで扱ったのは他人の処方の分量であり、調香師の判断が1枚挟まっている。