データの読み方 · 16
強度欄は閾値ではない:同じ high と書かれた354件で、推奨濃度は千倍の幅がある
· 9 分
データベースにサプライヤー数がほぼ同じ二本のエチルエステルがある。酪酸エチル102社、2-メチル酪酸エチル104社。ところが強度欄は両者を大きく分ける。前者は「high、1%以下での評価を推奨」、後者は「medium、10%以下」で、十倍の差になる。しかし文献は順序を逆にする。2016年の論文は安定同位体希釈法でマンゴーを定量し、2-メチル酪酸エチルを最も強い数本の一つに挙げた。同じ組の酪酸エチルの OAV は980である。2024年に中国の古い品種のリンゴを扱った論文は、2-メチル酪酸エチルの嗅覚閾値が極めて低いと直接書いている。矛盾ではなく、二つの欄が別の問いに答えている。強度欄を持つ2,451件を広げるとよく見える。うち1,649件は濃度をまったく与えず形容詞だけで、濃度を与えた high の354件は1%が163件、10%が145件、0.10%が37件、5%が4件、0.01%が3件と、同じ一語の下で千倍に広がる。本稿では強度欄が実際に何であるか、OAV とどう違うか、どう使えばよいかを扱う。
読了まで約4分。
長い話を短く
- データベースで強度欄を持つのは 2,451件。うち 1,649件は形容詞だけで濃度がない
- high と書かれた354件の推奨濃度は 1%、10%、0.10%、5%、0.01% の五種に分かれ、千倍の幅がある
- 酪酸エチルは「high、1%以下」、2-メチル酪酸エチルは「medium、10%以下」で十倍違う
- ところが文献はこの二本の強弱を逆の順序に置く
- 誰かが間違えたのではなく、推奨評価濃度は嗅覚閾値ではない。二つの数字は別の問いに答えている。評価濃度の欄は一つの是非しか答えていない
二本のエステル、強度欄は十倍違う
まずこの組を見る。どちらもフルーティなエステルで、サプライヤー数はほぼ同じ、残香はどちらも4時間。
| 酪酸エチル | 2-メチル酪酸エチル | |
|---|---|---|
| CAS | 105-54-4 | 7452-79-1 |
| 分子式 | C6H12O2 | C7H14O2 |
| サプライヤー | 102 | 104 |
| 香調型 | fruity | fruity |
| 香気 | フルーティ、ジューシー、パイナップル、コニャック、甘い | シャープ、甘い、グリーン、アップル、フルーティ、エステリー、ベリー |
| 強度欄 | high、1.00%以下を推奨 | medium、10.00%以下を推奨 |
| 残香 | 4時間 | 4時間 |
| 蒸気圧 | 12.8 mmHg | 7.853 mmHg(est) |
この欄だけを読むと、酪酸エチルは十倍薄めないと嗅げないのだから強い、という推論になる。 ごく自然な読み方だ。
文献は順序を逆にする
2016年、Munafo らが《J Agric Food Chem》で樹上完熟のマンゴー('Haden'種)を 定量している(PMID 27167034)。手法は安定同位体希釈法で、 香気抽出希釈分析で高い希釈係数を示した34成分を定量し、各成分の香気活性値(OAV)、 すなわち「マンゴー中の濃度をその水中嗅覚閾値で割った値」を算出した。
結果は、24成分の OAV が1を超えた。そして最も強い数本として著者が並べたのが、 2-メチル酪酸エチル、3-メチル酪酸エチル(フルーティ、OAV 1600)、 そして酪酸エチル(フルーティ、OAV 980)である。
つまりこの系では、2-メチル酪酸エチルは酪酸エチルと同じ最前列に立っており、 酪酸エチルの OAV 980 はその組で最高ではない。
2024年、Lu らが中国の古い品種のリンゴ「檳子」と「香果」を研究した論文 (PMID 39335800)は、もっと直接に書いている。 2-メチル酪酸エチルは嗅覚閾値が極めて低い。
文献側の順序は、強度欄が与える印象と逆になっている。
強度欄は実際には何なのか
全体を広げるとこの欄の形が見えてくる。
強度欄を持つのは 2,451件。形容詞の分布はこうなる。
| 形容詞 | 件数 |
|---|---|
| medium | 1,513 |
| high | 354 |
| none | 318 |
| low | 253 |
| very(very high など) | 13 |
**うち1,649件は濃度をまったく与えていない。**形容詞が一つあるだけだ。 濃度を与えた802件では、10%が527回、1%が204回、0.10%が45回、50%が12回、0.01%が9回現れる。
問題を最もよく示すのはここになる。同じ high と書かれた354件の推奨濃度は五種類に分かれる。
| 推奨濃度 | 件数 |
|---|---|
| 1.00% | 163 |
| 10.00% | 145 |
| 0.10% | 37 |
| 5.00% | 4 |
| 0.01% | 3 |
0.01%から10%まで、千倍の幅がすべて high と呼ばれている。
medium はもっと緩い。1,082件が濃度なし、与えたもののうち10%が378件、1%が38件、 そして11件は 50% と書かれている。「中程度の強度」と札を貼りながら、 半分の濃度で嗅げと勧めている材料だ。
同じラベルの下で千倍に広がる欄は、測定値ではない。それは操作上の助言である。
OAV と推奨希釈度は別の問いに答えている
二つの数字の定義を並べれば明快になる。
OAV = ある食品中でのその材料の濃度 ÷ 水中でのその材料の嗅覚閾値。 答えているのは、「この成分はそのマンゴーの匂いに寄与しているか、どれだけか」。 分子は実試料の定量値、分母はヒトの検知限界になる。
推奨評価濃度が答えているのは、 「調香師が試香紙でこれを嗅ぐとき、どこまで薄めると使いやすいか」。 これは次のいくつかに左右され、そのうち閾値に関わるのは一つだけだ。
- 原液のままだと刺激が強すぎて細部が取れないか
- 揮発がどれだけ速いか(速すぎるものは薄めると捕まえられない)
- 供給元とカタログ作成者の評価習慣
- 閾値
1が4を上回ることは珍しくない。酪酸エチルの原液はかなり強いエステル臭で、 1%を勧めるのは「パイナップル」を聞き取れるようにするためだ。 2-メチル酪酸エチルは閾値がより低いが、原液の輪郭が嗅ぎやすく、10%でも作業になる。
どの濃度で嗅ぐべきかは操作の話、 匂いの閾値は測定の話になる。この欄は前者に属する。
ではこの欄をどう使うか
- **開始希釈度として使い、強弱のランキングとして使わない。**どこから嗅ぎ始めるかは教えるが、 処方の中で誰が誰を覆うかは教えない。
- **材料をまたいで比べる前に、濃度が書かれているかを見る。**1,649件は形容詞だけで、 「medium」と「high」を直接比べるのは校正されていない二つのラベルを比べることになる。
- **同じ形容詞の中では濃度を見る。**どちらも high で、片方が0.01%、片方が10%なら、 そこにある差は千倍だ。
- 処方内の実際の寄与を判断したいなら、必要なのは OAV か閾値であって、この欄ではない。 そしてデータベースに閾値の欄はない。
- **0.10%以下の45件は個別に覚えておく価値がある。**このデータベースで最も厳しい一段で、 3-メルカプトヘキシルアセタートもその一つになる。
→ 香調で検索:42,225件の原料。強度も残香も物性も引けます。
この記事が立証していないこと
- 「酪酸エチルは原液が強いから1%を勧めている」はこちらの解釈であって、 カタログの説明ではない。この欄がどう決められたかの記録はない。
- Munafo らの抄録は、こちらが取得した記録では2-メチル酪酸エチルの OAV の数値部分が欠けていた。 最も強い数本の一つとして挙げられていることと、他の二本に明示された1600と980だけを引いている。
- **OAV は系に依存する。**マンゴーでの順位がリンゴや香水や試香紙にそのまま移るわけではない。
- 二つの文献はいずれも食品マトリクスであって、アルコール処方でも皮膚でもない。
- 強度欄の分布統計はその欄が埋まっている2,451件だけを対象にしており、 全体42,225件ではない。