はじめての調香 · 120
はじめての調香 #120:評価濃度は実のところ1つの二択にしか答えていない
· 9 分
このデータベースには濃度を書く欄が2つある。odor_strength の「N%以下で嗅ぐことを推奨」と、odor_descriptions の中の「at N %」だ。両方に値がある797件では94.1%が同じ数字である。しかし網羅範囲は大きく違う。前者は802件しかなく、後者は7,620件あり、前者は希釈が必要な材料にしかほぼ現れない。今回、コーパスに対応づけられる604件で評価濃度と実際の使用量の関係を計算し直した。評価100%の使用量中央値は2.50%、10%は1.00%、1%は0.86%、0.1%は0.85%。相関係数はρ = +0.438だが、評価100%の群を外すとρは+0.114まで落ちる。つまり予測力のほとんどすべてが「そのまま嗅げるか、希釈が要るか」という1つの二択から来ており、希釈側の階段は平らである。これは同時に、#107で発表したρ = 0.679を訂正する。あれは117件の数字で、604件で計算し直すと0.438になる。
読了目安 5 分。
要点だけ
- 濃度を書く欄は2つある。
odor_strength(推奨するN%以下)とodor_descriptions(評価時に実際に使ったN%) - 両方に値がある797件のうち 94.1%が同じ数字
- しかし網羅範囲が違う。
odor_strengthは 802件、odor_descriptionsは 7,620件 - コーパスに対応づけられる604件で計算し直した。
| 評価濃度 | 件数 | 使用量の中央値 |
|---|---|---|
| 100% | 377 | 2.50% |
| 10% | 151 | 1.00% |
| 1% | 65 | 0.86% |
| 0.1% | 6 | 0.85% |
- 相関係数は ρ = +0.438。100%の群を外すと+0.114まで落ちる
- これは#107で発表した0.679を訂正するものでもある
2つの欄が同じ数字を書いている
前回7-メチルクマリンを調べたとき、矛盾にぶつかった。 強度ランクは1(弱)なのに、同じ欄の推奨は「1%以下」だった。
追ってみて、このデータベースには濃度を書く場所が2つあるとわかった。
| 欄 | 内容 | 件数 |
|---|---|---|
odor_strength |
medium ,recommend smelling in a 10.00 % solution or less |
802 |
odor_descriptions |
at 100.00 %. sweet woody rose... |
7,620 |
1つめは推奨(どこまで薄めてから嗅ぐべきか)、2つめは記録(評価者が実際に使った濃度)。
両方に値がある797件のうち、750件(94.1%)が同じ数字だ。
しかし片方は希釈が必要なときにしか存在しない
違いは数値ではなく、どんなときに埋まるかにある。
2欄のクロス表(行=評価時に実際に使った濃度、列=推奨)。
| 実際 \ 推奨 | 0.01% | 0.1% | 1% | 10% | 50% |
|---|---|---|---|---|---|
| 0.1% | 3 | 38 | 2 | 1 | 0 |
| 1% | 0 | 5 | 188 | 1 | 0 |
| 10% | 0 | 0 | 5 | 504 | 0 |
| 50% | 0 | 0 | 0 | 0 | 11 |
| 100% | 1 | 1 | 5 | 21 | 1 |
対角線はきれいだ。しかし最下行に注目してほしい。評価時に100%を使ったのは29件しかない。
一方 odor_descriptions には全庫で7,620件の評価濃度があり、そのうち大量が100%である。
odor_strength という欄は、答えが「希釈が要る」ときにしかほぼ埋まらない。
値が何かよりも、値があるかどうかのほうが情報量が多い。
計算し直した使用量の階段
3回かけて作った名称解析器でコーパスをデータベースに戻し、 コーパスに3件以上現れ、かつ評価濃度を持つ 604件を得た。
| 評価濃度 | 件数 | 使用量の中央値 |
|---|---|---|
| 100% | 377 | 2.50% |
| 10% | 151 | 1.00% |
| 1% | 65 | 0.86% |
| 0.1% | 6 | 0.85% |
100%の枠が2.50%で、残り3枠はすべて0.85%から1.00%の間に詰まっている。
相関係数。
| 標本 | n | ρ |
|---|---|---|
| 全部 | 604 | +0.438 |
| 100%の群を除く | 227 | +0.114 |
| 10%以下のみ | 225 | +0.121 |
1つの群を外すだけで相関は崩れる。
つまりあの欄は二択にしか答えていない
4つの値(100%、10%、1%、0.1%)は4段の階段に見える。実際に答えているのは1つの問いだけだ。
この材料はそのまま嗅げるのか、先に希釈が要るのか。
そのまま嗅げるものは使用量の中央値2.50%。希釈が要るものは、10%でも1%でも0.1%でも、 使用量の中央値は0.85%から1.00%の間に収まる。
希釈倍率は100倍違うのに、実際の使用量は0.15ポイントしか違わない。
#107でこのことの半分には気づいていた。 あのとき「評価濃度が100倍落ちても、実際の使用量は5.2倍しか落ちない」と書いた。 今回の数字はもっと極端だ。5.2倍ではなく、ほとんど落ちない。
ついでに自分の数字を1つ訂正する
#107で発表した相関係数は ρ = 0.679 だった。今回の計算では 0.438 になる。
違いは標本にある。
| #107 | 今回 | |
|---|---|---|
| コーパスの閾値 | 20件以上 | 3件以上 |
| 名称の照合 | name + head_synonym |
3回で積み上げた完全な解析器 |
| 対応づけられた材料 | 117 | 604 |
どちらの数字もそれぞれの標本に対しては正しいが、604件のほうが信用できる。 117件の組は20件以上現れる材料しか含んでおらず、それ自体が常用材料に偏った選択である。
向きは変わらない(正の相関、評価濃度が高いほど使用量が多い)が、強さは3分の1ほど落ちた。 そしてより重要なのは、その相関のほとんどが階段ではなく1つの二択から来ているということだ。
これがあなたに何の役に立つか
- **
at 100.00 %を見たら、そのまま嗅げる材料だ。**処方でも重めに入る(中央値2.50%) - **100%未満の数字を見たら、先に希釈して嗅ぐ。**使用量は1%から試す
- **1%と10%の差から使用量を推論しないこと。**その2枠の中央値は0.14ポイントしか違わない
- **
odor_strength欄に値があること自体が信号だ。**あれば希釈が必要という意味である
(2025年に Wachowiak らが J Neurosci で、嗅覚研究の濃度域が自然界と噛み合っていないことを論じている(PMID 40044450)。 Cometto-Muñiz と Abraham は同族アルコールの濃度—反応曲線を測っている(PMID 18950650)。 あれらは鼻の話だ。ここで扱っているのは欄の埋め方である。)
この記事が示していないこと
- **604件の閾値は「コーパスに3件以上」だ。**閾値を上げれば標本は小さく、常用材料寄りになり、 相関係数はまた上がるかもしれない。それこそ#107で起きたことである。
- **0.1%の枠は6件しかない。**0.85%を安定した推定値と受け取らないこと。
- 「評価濃度も編者が適当に埋めた可能性がある」は扱っていない。 規格範囲の丸い端点は走査したが、 評価濃度に同じ検査はしていない。
- 94.1%一致は797件で算出したもので、それは両欄に値がある交差集合であって全庫ではない。
- 「使用量の中央値」はコーパスのものであって、市販製品のものではない。
- #107の数字を訂正することは、#107の結論が誤りだったという意味ではない。 あの記事の核(評価濃度は強度ランクより使用量をよく予測する)はこの標本でも成り立つ。 効果が当時報告したより小さく、由来が当時思っていたより単純だというだけだ。