はじめての調香 · 37
「スポーティさ」には何が入っているのか —— その語は42,225素材のなかに0回しか出てこない
· 15 分
香水に「スポーティさを足したい」と書いた人がいて、いちばん短い返信がいちばん鋭い問いを立てた。「スポーティさを足す? スポーティさには何が入っているんですか」。これは確かめられる。データベースの42,225素材すべての香調欄を走査すると、sportyは0回。sexyもluxuriousもconfidentも0回で、greenは1,616回、woodyは1,469回になる。香水のマーケティング語と素材の記述語は、ほとんど重ならない2つの語彙だ。そしてあのスレッドは自力で翻訳をやってのけた。ある人が「もっとスポーティに」を4つの具体的な操作に置き換えている。
r/DIYfragranceにこんな考えが投稿された。
「Terre d'Hermèsに近いけれどスポーティさがない、と評されているものを見かけた。だったらスポーティさは自分で足せばいいと思う。試したことのある人はいますか」
いちばん短い返信が、いちばん鋭い問いを立てた。
「『スポーティさ』を足す? スポーティさには何が入っているんですか。」
これは確かめられる。
先に結論
- データベースの42,225素材すべての香調欄を走査した。
sportyは0回。sexy、luxurious、confidentも0回になる。 - 同じデータで、
greenは1,616回(3.83%)、woodyは1,469回(3.48%)、citrusは546回、powderyは307回。 - 香水のマーケティング語と素材の記述語は、ほとんど重ならない2つの語彙になる。
masculineは香調欄で0回、長い注釈欄で18回。elegantは0と33。存在はするが、誰かの評のなかであって、素材の定義のなかではない。- これはこの分野の研究とも一致する。ZarzoとStantonは881素材を82記述語で profile したデータを分析し、17の匂いクラスに分類した。すべて匂いの語になる。
- そしてあのスレッドは自力で翻訳をやってのけた。 ある人が「もっとスポーティに」を4つの具体的な操作に置き換えている。ベルガモットを増やす、スズラン系素材を増やす、パチョリとアトラスシダーをごくわずかに減らす。
- スレッドでいちばん実用的な一言は素材ではなく方法についてになる。触る前に一部を取り分けておく。
読了9分ほど。
その語が何回出てくるか
まず数字を置く。 42,225素材すべての2つの欄に文字列照合をかけた。odor(香調のタグ、たいてい数語)と odor_descriptions(出典や評者を含む長い注釈)になる。
| 語 | 香調欄 | 割合 | 注釈欄 |
|---|---|---|---|
| green | 1,616 | 3.83% | 1,722 |
| woody | 1,469 | 3.48% | 1,485 |
| fresh | 665 | 1.57% | 1,065 |
| citrus | 546 | 1.29% | 672 |
| powdery | 307 | 0.73% | 321 |
| metallic | 155 | 0.37% | 175 |
| clean | 131 | 0.31% | 296 |
| marine | 47 | 0.11% | 64 |
| ozone | 43 | 0.10% | 53 |
| watery | 32 | 0.08% | 52 |
| elegant | 0 | — | 33 |
| masculine | 0 | — | 18 |
| aquatic | 0 | — | 5 |
| feminine | 0 | — | 4 |
| sporty | 0 | — | 0 |
| sexy | 0 | — | 0 |
| luxurious | 0 | — | 0 |
| confident | 0 | — | 0 |
この表は語を3つの山に分ける。
第1の山:匂いの語。 green、woody、citrus、powdery、metallic、marine。数百から千超の素材につき、香調欄の本体になる。
第2の山:蝶番の語。 fresh が665回、clean が131回。匂いの語でありマーケティングの語でもあり、データベースは実際に記述語として使っている。
第3の山:存在しない語。 sporty、sexy、luxurious、confident は両方の欄で0。masculine、feminine、elegant は長い注釈欄にしか出てこない。それは誰かの評であって、素材の性質ではない。
だからあのコメント主の問いには字義どおりの答えがある。このデータベースにおいて「スポーティさ」には何も入っていない。そう記述された素材が1つもないからだ。
これはデータベースの癖ではない
これは1つのデータベースの語り口の問題ではないか、という反論はありうる。
この分野の正式な研究も同じ種類の語を使っている。
ZarzoとStantonは2006年に Chemical Senses で、意味的な匂いプロファイルのデータベースに主成分分析をかけた。そのデータベースには881素材があり、それぞれ82の匂い記述語のプロファイルを持つ。
結論のうち2つを引く。
これらの包括的なデータベースの統計解析は、匂い空間の基礎構造が高次元であり、少数の原臭によって支配されていないことを明らかにしてきた。
そして:
記述語間に同定された関係は類似研究の報告と一致し、それらを17の匂いクラスに分類することを可能にした。
82の記述語、17のクラス、そしてすべてが匂いの語になる。
2009年に同じ2人がやったことの結果は、もっと面白い。
Attention, Perception & Psychophysics で、2つのデータベースにPCAをかけた。309化合物×30記述語と、119素材×66記述語になる。
1つ目の結果:
関連する成分に対応する負荷プロットは、P. Jellinek(1951)が提案した匂い効果図と驚くほど似ていた。後者は主に、調香師としての長年の経験に基づくものである。
1951年に経験から描かれた図が、半世紀後の主成分分析と一致した。
匂いの記述語が恣意的ではないということになる。構造があり、その構造は経験だけでも触れられるほど安定している。
そして「スポーティ」はそこに入っていない。
(あの論文の結論も慎重だ。標準的な感覚地図は可能だが、それは「どの匂い物質が特定の匂い品質を最もよく代表するかについて、まず合意に達すれば」という条件つきになる。匂いの語ですら、その対応はまだ定まっていない。)
それでもスレッドは翻訳した
ここがこの記事の転回で、しかも良い知らせになる。
Terre d'HermèsのGC-MS再構成処方を貼った人がいて、実際にその処方を作った別の人が具体的な助言を出した。
「この処方を作ったことがある。素材の20%ほどを別のものに置き換える必要があったが、結果はTerre d'Hermèsにかなり近く、良かった。もっとスポーティにしたいなら、ベルガモットを増やし、たぶんスズラン系の素材も増やして、パチョリとアトラスシダーをごくわずかに減らすと思う。」
4つの操作になる。
| 方向 | 操作 |
|---|---|
| 足す | ベルガモット |
| 足す | スズラン系素材 |
| 減らす | パチョリ |
| 減らす | アトラスシダー |
形に注目したい。2つ足して2つ減らし、足すのはシトラスとホワイトフローラル、減らすのはウッディとアーシーになる。
それは「スポーティさを足す」ではなく、「重心をウッディ・アーシーからシトラス・フローラルへ移す」ことになる。
これが翻訳だ。 「スポーティ」は素材のカテゴリーではなく、方向であり、方向は「何を足し何を減らすか」で言い表せる。
主力素材とジャンル横断について書いた。 パチョリ油は処方群で14ジャンル全部にまたがり、ベルガモットもそうだ。どちらも特定のジャンルに属さないので、その比率を動かすことが香水全体の重心を動かすことになる。
本当の問題は引き算になる
そして投稿者が想定していなかった困難がここにある。
4つの操作のうち2つは引き算だ。そして出来上がった香水から何かを引くことはできない。
スレッドに良い比喩があった。
「これはかなり古典的なコロンでだけ試すことを勧める。より厚みのある香水に足すのはうまくいきそうにない。空気力学的にするために車をハンマーで叩くようなものだ(理論上は可能だが、まずありえない)」
要点を捉えている。足すことしかできないのに、調整の多くは減らすことを要求する。
「もっとスポーティに」の半分が「パチョリを減らす」なら、全体を薄めて残りを足し戻すしかない。 そしてそれこそ、スレッドで最も中身のある返信がやっていることになる。
実際にやった人の方法
この1つは全文を記録する価値がある。スレッド唯一の実践記録だからだ。
「いくつかの香水で試した。いちばんうまくいったのはIngenious Gingerで、パウダリーなオリス(たぶん主にOrivone)と他のいくつかを足したら、本当に良くなった。友人に分けたら、彼女は元のより好きだと言った。
やり方は、まず**『ジンジャーのストレッチ』調を作った**。元のものの核となる部分についての自分の解釈に少し手を加えたもので、ただしとても薄く(たぶん10%以下のオイル濃度)作り、それを元のものと約1:1で合わせた。 狙いは、強すぎないようにして多く吹けるようにしつつ、少し違う性格を加えることだった」
これは引き算の問題を、巧みに解いている。
分解する。
- 元のものに素材を直接足してはいない。 まず独立した調を作っている。
- その調は10%以下に薄めてある。 つまり素材の濃度ではなく香水の濃度で、仕上がりと同じ桁になる。
- 1:1で合わせる。 これは元のものを半分に薄めると同時に、もう半分に自分のものを入れることになる。
- 元の各素材の濃度が半分になった。 それが引き算だ。
全体の希釈によって相対的な減量を達成する。 完成品を分解できない状況で、できる唯一の引き算になる。
代償は香水全体が薄くなることだ。 そして彼はその代償を目的に変えた。「強すぎないようにして多く吹けるように」。
(希釈の算数は前回書いた。ここで注意したいのは、1:1で合わせたあと元のものは半分の濃度になり、彼の調の寄与も自分の濃度の半分になることだ。10%の調なら混合後は5%になる。)
いちばん実用的な一言
スレッドで最も短く、最も重要な助言になる。
「一部を取り分けて、そちらでいじること。 変更後には必ず気に入らなくなるからだ」
これは対照サンプルの回の別の言い方になる。元を残しておく。
1本しかなくて直接手を入れれば、対照も引き返す道も失う。
まとめると
- 「スポーティ」は42,225素材の香調欄に0回しか出てこない。 素材の性質ではない。
- それでも方向には翻訳できる。 シトラスとホワイトフローラルを足し、ウッディとアーシーを減らす。
- 翻訳が先に来る。 素材は匂いの語にしか応じないからだ。
- そして実行では足すことしかできない。 相対的な引き算は全体の希釈から来る。
- 始める前に一部を取り分けておく。
一般化するとこうなる。人を形容する語で香水を形容されたら、まずその語がどの匂いの語に対応するかを聞き、次にその匂いの語がどの素材に対応するかを聞く。 途中の一段を飛ばせば、素材の存在しない空間で素材を探すことになる。
この記事が示していないこと
文字列照合は粗い。 部分文字列で検索したので、sport は transport のような語にも当たる(sport が注釈欄で2件、sporty が0件なのはそのためになる)。逆に、別の綴りや同義語は取り逃がしうる。 データベースが athletic や energetic を使っていても、そこは検索していない。
「0回」はこのデータベースの0になる。 別のデータベースや別の供給元はこれらの語を使うかもしれない。言えるのは、この42,225件のなかにそう記述された素材がない、ということだけだ。
fresh と clean は両側に現れるので、中間の山に置いた。 その分類はこちらの判断で、データベースの分類ではない。
Zarzoの2本はPCAの方法論的研究になる。 2006年の論文の第2著者は当時Procter & Gamble所属で、読む人に知らせるために書いておく。 2本とも記述語間の統計的構造を扱っていて、マーケティングの語に意味があるかどうかは問うていない。
「82の記述語がすべて匂いの語」は要旨から受けた印象になる。 要旨はその82語を列挙していないので、1つずつ確認してはいない。
Jellinekの1951年の図は現物を見ていない。 ZarzoとStantonによる記述を引いている。
Terre d'HermèsのGC-MS再構成処方は見ていない。 PDFを貼った人がいたが、ダウンロードも検証もしていない。 しかも「この処方を作った」人は素材の20%ほどを置き換えたと書いているので、彼の成果物もあの処方とは別物になる。
「ベルガモットを増やしパチョリを減らせばスポーティになる」はそのコメント主の判断で、こちらが検証したものではない。 引いたのは翻訳という動作を示すためであって、その処方助言を保証するためではない。
Ingenious Gingerの事例は1人の1回の経験になる。 対照も盲検もなく、「元のより好き」は1人の評価だ。
参考文献
M. Zarzo, D. T. Stanton, Identification of latent variables in a semantic odor profile database using principal component analysis, Chemical Senses, 31(8), 713-724 (2006). PMID 16855062. doi:10.1093/chemse/bjl013
M. Zarzo, D. T. Stanton, Understanding the underlying dimensions in perfumers' odor perception space as a basis for developing meaningful odor maps, Attention, Perception & Psychophysics, 71(2), 225-247 (2009). PMID 19304614. doi:10.3758/APP.71.2.225
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