はじめての調香 · 34
残香を「優/良/不可」で格付けするのは、自然な切れ目のない分布に線を引くことになる
· 12 分
あるフレグランスのデータベースが、残香を時間だけ示さず優から不可で格付けし始めたのが悪い、という不満がフォーラムに出た。データは見られる。当サイトのデータベースには残香の記録が2,027件あり、異なる値は210個しかない。しかもそのうち12個の値で全体の55.4%を占める。厄介なのは、その値が4、8、12、24、400という切りのいい数字だということだ。だから8時間の線は集団のあいだの隙間には落ちない。ちょうど8.0に記録された92件を突っ切る。ラベルが回答を変えることは調査方法論が測ってきたが、あの研究が測ったのは回答者であって読者ではない。
「何が煩わしいか」のスレッドで28票を集めた返信は、名指しをしていた。
「あるフレグランスのデータベースのせいだ。時間をそのまま示して価値判断をしないのではなく、残香を『優れている』から『不可』で格付けし始めた。 煩わしい」
その下の同意。
「まさにそれ。あれ1つで、香りを知り始めた世代がまるごと影響を受けた。香水は『ビーストモード』でなければ嗅ぐ価値すらない、という誤った印象を受け取っている。」
これは評価尺度の設計についての不満で、2方向から確かめられる。データがどんな形をしているか、そしてラベルが判断を変えるかどうかだ。
先に結論
- 当サイトのデータベースには残香の記録が 2,027件あり、異なる値は210個しかない。
- 12個の値で55.4%を占める。 最大の山は 400時間で334件(16.5%)。
- その山は切りのいい数字に立っている。 4時間(8.4%)、12時間(4.9%)、8時間(4.5%)、24時間(4.1%)。
- だから「N時間未満は不可」という線はどれも、隙間ではなく山の上に落ちる。 8時間なら、ちょうど8.0に記録された92件を線が突っ切る。 どちら側に落ちるかは、規則が「≥8」か「>8」かだけで決まる。
- 全体では中央値72時間、四分位範囲12〜296時間、20.1%が8時間以下になる。
- 調査方法論はラベルの効果を測ってきた。回答カテゴリーに付された言語的・数値的ラベルは、与えられた回答形式のなかで回答者がどう選ぶかに実質的な影響を与えうる(BlaisとGrondin 2011)。ただしあの研究が測ったのは質問紙に記入する人であって、データベースを読む人ではない。
読了9分ほど。
分布の形
まずデータを広げる。残香の記録がある素材は 2,027件になる。
| 値 | |
|---|---|
| 中央値 | 72時間 |
| 第1四分位 | 12時間 |
| 第3四分位 | 296時間 |
| 最小 | 1時間 |
| 最大 | 901時間 |
| 異なる値 | 210個 |
2,000件を超える記録に、異なる数字は210個しかない。
そしてその210個のうち上位12個で半分以上を占める。
| 残香 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 400時間 | 334 | 16.5% |
| 4時間 | 170 | 8.4% |
| 12時間 | 99 | 4.9% |
| 8時間 | 92 | 4.5% |
| 24時間 | 83 | 4.1% |
| 1時間 | 65 | 3.2% |
| 16時間 | 62 | 3.1% |
| 48時間 | 62 | 3.1% |
| 168時間 | 53 | 2.6% |
| 20時間 | 40 | 2.0% |
| 28時間 | 35 | 1.7% |
| 336時間 | 27 | 1.3% |
| 合計 | 1,122 | 55.4% |
これは滑らかな曲線ではなく、柱の列になる。
柱の位置がやっかいな理由
切りのいい数字の上に立っているからだ。
4、8、12、16、20、24、28、48、168、336、400。これは人が記録するときに選ぶ数字であって、自然が生んだ数字ではない。ムエットの上で7時間40分持った素材は、8時間と書かれる。
そしてラベルの境界を引く人も、同じ切りのいい数字から選ぶ。
「8時間未満は不可」は中立な線に聞こえる。実際には8.0に記録された92件を突っ切る。
その92素材が「不可」に入るかどうかは、規則が「≤8」か「<8」かだけで決まる。 どちらも妥当で、そして出てくる名簿は違う。
線が9時間や7時間にあれば問題は起きない。 そこにはほとんど記録がないからだ。問題はまさに、使いやすい切りのいい境界と、データの山の位置が同じ数字の集合だという点にある。
累積で見るとどの線も急になる
| 境界 | 以下の件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 4時間以下 | 276 | 13.6% |
| 8時間以下 | 408 | 20.1% |
| 12時間以下 | 520 | 25.7% |
| 24時間以下 | 729 | 36.0% |
| 48時間以下 | 916 | 45.2% |
| 100時間以下 | 1,115 | 55.0% |
| 200時間以下 | 1,379 | 68.0% |
| 400時間以下 | 2,010 | 99.2% |
線を8時間から12時間へ動かすと、112素材(5.6ポイント)が新たに入る。 4時間の差は、官能的にはとても小さな一歩になる。
最後の行はとくに見る価値がある。 200時間から400時間のあいだで累積は68.0%から99.2%へ跳ぶ。あの400時間の柱のせいだ。
これについては書いた。400時間は多くの測定が打ち切られた点であって、測られた値ではない。 そこに334件が座っていて、その多くは「見るのをやめた時点でまだ消えていなかった」という意味になる。
だからラベルは尺度の上端でも壊れる。 向きが逆になるだけだ。「少なくとも400」という大きな集団が全部同じ等級になり、互いにどれだけ離れているかは分からない。
ラベルは判断を変えるのか
こちらには間接的な証拠しか出せないので、先に限界を書く。
調査方法論はラベルが回答に与える影響を研究してきた。BlaisとGrondinの2011年の Journal of Applied Measurement の論文は、冒頭がまさにこれになる。
質問紙は社会科学の研究者の道具箱で最もよく使われるデータ収集技法の1つであり、多くの要因が回答者の項目への回答に影響し、データの妥当性に影響しうる。そうした要因のなかで、質問紙の回答カテゴリーに付された言語的・数値的ラベルが、与えられた回答形式のなかで回答者がどのように選択を行うかに実質的な影響を与えうることを示す研究が蓄積されてきた。
彼ら自身の仕事はもっと狭い。Andrichの評定尺度モデルを使い、極端なカテゴリーを標識または強調するために使われる副詞「完全に」が、回答者の回答にどのような影響を与えうるかを示している。
Krosnickの1999年の Annual Review of Psychology の調査研究のレビューも、近年の進展の1つとしてこれを挙げる。
評定尺度の各点に付された言語的ラベルの意外な効果が同定され、尺度の標識づけの最適な方法が示唆されている。
ここで限界を書く。重要だからだ。
あの研究が測ったのは「質問紙に記入する人がどのマスを選ぶか」で、フォーラムの不満は「読む人がどんな期待を形成するか」になる。 隣接しているが同じではない。
後者を直接測った研究は見つからなかった。 データベースのラベルが世代まるごとの期待を変えた、という主張は検証も反証もできない。 もっともらしく、そして現時点では発見ではなく観察になる。
できるのは、「ラベルは人が尺度をどう使うかに影響する」が方法論的に研究されてきたことを確認し、データの側をきちんとやることだけだ。
コメント主の代案
彼が言ったのは、時間をそのまま示して価値判断をしないことになる。
そしてそれは当サイトのデータベースがやっていることだ。 「DPG中10%で400時間」のような文字列を記録し、形容詞は付けない。
ただしその方法にも代償があり、それはこの記事の前半がすでに示している。
- 生の数字には山ができる。 読む人には、8時間という値が「8.0で測られた」ではなく「およそ8時間」だと知る手立てがない。
- 測定条件が揃っていない。 原液のもの、10%希釈のもの、不等号つきのものがある(残香の2つの測り方については書いた)。数字をそのまま並べ替えると順序を間違える。
- 400時間の柱は打ち切り点であって測定値ではない。
だから「ラベルなし」は「中立」と同じではない。 ラベルのない数値の欄も、読む人を「大きいほうが良い」へ押している。押していることを隠しているだけだ。
本当に正直なやり方は、測定条件を数字の隣に出すことになる。 そしてそれは、見た目よく作るのが難しい。
まとめると
- 線に自然な位置はない。 データは柱状で、柱は切りのいい数字に立ち、切りのいい数字は人が境界に使うものでもある。
- 8時間の線は92件を突っ切る。
- 上端のほうが問題は大きい。 400時間に334件あり、それは打ち切り点になる。
- ラベルが尺度の使われ方に影響することは研究されている。 世代の期待を変えたかどうかは確かめられなかった。
- ラベルを付けないことも中立ではない。 測定条件を持たない読者に価値判断を渡しているだけになる。
そして実際に作っている人にとって、いちばん実務的な一言は前回のあれのままになる。 時刻を書き留め、自分の肌で、数時間後に戻って嗅ぐ。自分の記録にラベルはいらない。どう測ったかを知っているからだ。
この記事が示していないこと
Fragranticaが現在または過去に残香をどう表示しているかは確認していない。 それはコメント主の記述で、サイトを見にも行っていないし、改訂の履歴も調べていない。 この記事が扱うのは連続量を等級化することの一般的な問題であって、特定のサイトのやり方ではない。
2,027件の残香記録は測定条件が揃っていない。 原液のもの、DPGや安息香酸ベンジル中10%や20%のものがある(別に書いた)。この分布はそれらをすべてまとめている。 値が切りのいい数字に山を作るという観察には影響しないが、中央値72時間が意味のある物理量ではないことは意味する。
「異なる値210個」には小数も含まれる。 16.6や4.5のような値もそれぞれ1つと数えている。山の集中は、この数字が示すより強い。
400時間の334件のうち何件が不等号つきかは、この記事では数え直していない。 以前、全データベースで206件が不等号つきだと数えたが、範囲が違うので2つの数字を引き算することはできない。
BlaisとGrondinは要旨しか読んでいない。 彼ら自身の仕事は副詞「完全に」の効果で、引いたのは緒言における既存研究の概観であって、彼らの実験結果ではない。
Krosnickのレビューは1999年のもので、要旨しか読んでいない。
2本とも調査方法論で、測っているのは回答者の回答になる。 フォーラムが話しているのは読者の期待だ。本文で断ったうえで繰り返す。直接の証拠はない。
「ラベルなしも中立ではない」はこちらの論であって引用ではない。 この記事の前半のデータに乗っているのであって、どの研究にも乗っていない。
参考文献
J. G. Blais, J. Grondin, The influence of labels associated with anchor points of Likert-type response scales in survey questionnaires, Journal of Applied Measurement, 12(4), 370-386 (2011). PMID 22357158
J. A. Krosnick, Survey research, Annual Review of Psychology, 50, 537-567 (1999). PMID 15012463. doi:10.1146/annurev.psych.50.1.537