はじめての調香 · 33
「Iso E Superを足せば持つ」——あの素材の残香は172時間で、しかもすでに入っている可能性が高い
· 16 分
フォーラムにこんな不満があった。素性の分からない香料オイルに一般的な素材を数本足せば持続を作り変えられると信じる人が絶えない、そして「いつもiso e superかambroxanだ」と。データベースはIso E Superの残香を172時間、強さをmediumとする。ヘキシルシンナマールの400時間の半分以下になる。処方群では954件中104件(10.9%)に登場し、含む処方と含まない処方で長残香素材の重量比は14.2%対14.1%と差が見えない。ついでに、そのスレッドで誰も触れなかったことが1つある。この素材の環境評価には結論の逆な研究が2本あり、著者の所属が違う。
「何が煩わしいか」のスレッドに、とても具体的な不満がある。
「まわりで煽っている人が多すぎる。素性の分からない香料オイルに一般的な素材を数本足せば、持続を魔法のように作り変えられると思い込んでいる人がこれほどいるとは信じがたい。趣味の人にも経験のある調香師にも助言されてなお確信していて、こちらが『秘密』を隠していると思っている」
その下の返信が、その「一般的な素材」を名指しする。
「いつもiso e superかambroxanだ。 あの2本がすでに入っていないと思っているのだろう。実際にはどちらか、あるいは両方でいっぱいの可能性が高いのに」
これは確かめられる。
先に結論
- データベースは Iso E Super(登録名 patchouli ethanone、CAS 54464-57-2)の残香を100%で172時間、強さを medium とする。ヘキシルシンナマールは400時間、イソオイゲノールも400時間。とりわけ長く残る素材ではない。
- 処方群では 954件中104件(10.9%) に登場し、Ambroxanは31件(3.2%)、**どちらかを含むのは122件(12.8%)**になる。
- 関連は見つからない。 Iso E Superを含む処方で残香300時間以上の素材が占める(データのある)重量は 14.2%、含まない処方は 14.1%。ほぼ同じだ。
- 2本は同じものとして語られ、使用量は30倍違う。 処方群の中央値はIso E Super 6.00%、Ambroxan 0.20%。
- そしてスレッドで誰も触れなかったことが1つ。この素材の環境リスクには結論の逆な研究が2本ある。 一方は無影響濃度をはるかに下回り生態リスクなしとし、もう一方は受水域で暫定的な環境閾値の1.15倍を検出し、魚の筋肉と肝臓からも検出している。著者の所属が違う。
読了9分ほど。
あの素材の残香
まず数字を置く。
| Iso E Super | 参考 | |
|---|---|---|
| データベース上の名称 | patchouli ethanone | |
| CAS | 54464-57-2 | |
| 残香 | 100%で172時間 | ヘキシルシンナマール 100%で400時間 |
| 強さ | medium | |
| サプライヤー | 79社 | |
| 産出 | 自然界では見つかっていない | |
| 香調 | ウッディ、ドライ、アンバーグリス、シダー、古い木、ケトニック、フェノリック |
172時間。
7日あまりで長そうに聞こえる。ただしこれは原液をムエットで測った数字で、このシリーズが扱ってきた素材のなかでは上位に入らない。 カローンは10%希釈で600時間超、veramossは10%で400時間、サリチル酸ベンジルは100%で384時間になる。
強さの表示はmediumで、highではない。
だから「足せば持つ」は、あまり堅くない地面から始まっている。 まして瓶詰め済みのものに足すのは、足し算は安いが引き算がほぼできない。
(残香の2つの測り方については書いた。記録ごとに希釈条件が違うので大小の比較には注意がいる。ただし100%の172時間と100%の400時間は同条件なので、この比較は成り立つ。)
処方群に関連は見えない
ここは実際に測れる部分になる。
954件の公開処方をデータベースの残香欄と突き合わせ、重量の半分以上が記録に対応する処方だけを残すと594件になる。そこで問いはこうなる。
Iso E Superを含む処方と含まない処方で、残香300時間以上の素材が占める重量は違うのか。
| 件数 | 残香300時間以上の重量比(中央値) | |
|---|---|---|
| Iso E Superを含む | 58 | 14.2% |
| 含まない | 536 | 14.1% |
0.1ポイントの差になる。
これは足しても無駄だと証明するものではない。 介入実験ではなく観察的な関連だ。処方者がそれを入れると決めるとき、同時に多くの別の判断もしている。
取り除いたのは、あの主張がいちばん手に入れやすかった支えになる。 Iso E Superを入れることが処方の持続の構造を本当に変えるなら、104件のなかに影くらいは出るはずで、出ていない。
(Ambroxanの群はn=14で中央値9.6%。標本が小さすぎるので解釈はしない。)
12.8%の処方にはすでに入っている
あのコメント主は「そのオイルはどちらか、あるいは両方でいっぱいの可能性が高い」と書いた。処方群が言えるのは処方群のことだけになる。
| 件数 | 割合 | |
|---|---|---|
| Iso E Superを含む | 104 | 10.9% |
| Ambroxanを含む | 31 | 3.2% |
| 両方を含む | 13 | 1.4% |
| どちらかを含む | 122 | 12.8% |
公開処方の8件に1件にはすでに入っている。
しかも処方群の年代バイアスは、ここでは過小評価の方向に働く。 954件の74%は特許と公開された出どころから来ていて、Iso E Superのこの20年の使用量はあの文献が映すよりはるかに多い。現在の実際の割合は高くなる一方だ。
だからコメント主の方向は正しい。 足そうとしているものは、たいていすでに入っている。そしてすでに入っているなら、足しているのは「もっと」であって「新しいもの」ではない。
この2本はまったく別物になる
これは持続の話より実務に効く。
同じ種類の「増強剤」として語られ、処方群での使用量は30倍違う。
| Iso E Super | Ambroxan | |
|---|---|---|
| 処方群での登場 | 104件 | 31件 |
| 使用量の中央値 | 6.00% | 0.20% |
| 強さ | medium | high、1%以下で嗅ぐことを推奨 |
| 残香 | 100%で172時間 | 10%希釈で400時間超 |
| ジャンル横断 | 13/14、最大30.5% | 10/14、最大25.6% |
片方は中央値6%、もう片方は0.2%で入る。
「Iso E SuperかAmbroxanを少し足せ」と言われたとき、その「少し」は場合によって30倍違う。 Iso E Superの感覚でAmbroxanを入れれば、その瓶は台無しになる。
共通点はウッディアンバーと形容されることと、とても一般的なことだけになる。 他の欄はすべて違う。
ついでに:Molecule 01
同じスレッドの39票の一行。
「Molecule 01がiso e superを1本125ドルで売っている、笑」
その下がさらに良い。
「うちは hedione という超・限定的な原料を使っています」
この冗談が成り立つのは、まさにここまで書いてきたことによる。この素材は平凡で、安く、どこにでもある。 サプライヤー79社、処方群で13/14ジャンル。
ただし次の節は、あのスレッドで誰も触れなかったことになる。
この素材の環境評価には逆の答えが2つある
Iso E Superは環境の文献では OTNE という記号になる。追っていくと、結論の食い違う研究が2本出てくる。
1本目はリスクなしと言う。
McDonoughらは2017年に Chemosphere で、米国の44か所の下水処理場の放流水と汚泥中のOTNE濃度を測定した。放流水の平均は 0.69 ± 0.65 μg/L、汚泥は20.6 ± 33.8 mg/kg 乾重量。その分布から地表水、底質、陸域の濃度を推定している。
結論は:
OTNE濃度が水域および底質の予測無影響濃度(PNEC)を下回る確率は99%を超えた。陸域では、現行の米国の汚泥施用実態のもとで 97% だった。……米国の下水処理場の放流水と汚泥中のOTNE濃度は、水生・底生・陸生生物に対して生態リスクをもたらさない。
2本目は潜在的リスクありと言う。
Klaschkaらは2013年に Environmental Science and Pollution Research で、バイエルンの5か所の下水処理場とその受水域における16種の香料を調べた。
結果は:
受水域の地表水で整合的な濃度で検出されたのは OTNEとHHCB だけで、暫定的に導出された環境閾値をそれぞれ1.15倍と1.12倍上回り、潜在的リスクを示唆した。OTNEは地表水および浄化排水で涵養される池の魚の筋肉と肝臓からも、HHCBと同程度の濃度範囲で検出された。
結論は、香料化合物の環境中での挙動と潜在的影響はもっと注意を払われるべきだ、というものになる。
なぜ2本が逆になるのか。
少なくとも4点が違う。
- 国と標本数。 米国44か所に対してドイツ5か所。
- 推定か、受水域の実測か。 前者は分布から地表水濃度を推定し、後者は受水域を直接採水している。
- 閾値が違う。 前者はPNEC、後者は「暫定的に導出された環境閾値」で、1.15倍という数字は閾値の選び方に非常に敏感になる。
- 著者の所属が違う。 McDonough側の共著者は Procter & Gamble、IFF、RIFM。Klaschka側は ウルム応用科学大学とバイエルン州環境庁。
4点目を書くのは、誰かを告発するためではない。 産業が資金を出した研究も良質でありうるし、McDonough側の測定規模(44か所)はKlaschka側よりはるかに大きい。書くのは、読む人に知る権利があるからであり、どちらの論文もそれを隠していないからになる。
安全性研究の読み方は書いたが、この2本はきれいな実演になる。 どちらも本物の研究で、どちらも実測データがあり、結論が逆になる。やるべきなのは片方を選ぶことではなく、両方の条件を書き出すことだ。
まとめると
- 「1本足せば持つ」は処方群に支持がなく、当の素材は172時間・強さmediumになる。
- すでに入っている可能性が高い。 公開処方の8件に1件。
- Iso E SuperとAmbroxanは同義語ではない。 使用量が30倍違う。
- 持続を変えたいなら、上位3本の比率を変える。 8本目を足すことではない。
- そしてこの素材で本当に面白いのは値段ではなく、環境の記録に逆の答えが2つあることになる。
この記事が示していないこと
処方群の分析は観察的であって実験ではない。 14.2%対14.1%が言うのは「含む処方と含まない処方で長残香の重量構造に明確な差がない」であって、「足しても何も変わらない」ではない。 後者に答えるには同じ処方の入り・なしの対照が要り、それは処方群にない。
使えたのは594件だけで(残りは素材が残香記録に対応しない)、Iso E Superの群は58件になる。58対536は偏りが大きく、小さい群の中央値は不安定だ。
残香値そのものの測定条件が揃っていない。 原液のものも10%希釈のものもある(別に書いた)。本文では同条件(100%対100%)の比較だけを行った。
市販の香料オイルに何が入っているかは分からない。 処方群の12.8%は公開処方の割合で、販売されている製品の割合ではない。コメント主が話していたのは販売されている製品になる。
Ambroxanの群はn=14で、解釈していない。 あの9.6%は引用されるべきではない。
McDonough側のPNECがどう導出されたかは、全文を読んでいない。 要旨は結論しか与えない。2本が逆になる理由は主に閾値の導出にあるかもしれず、要旨からは判断できない。
Klaschka側の1.15倍は1にとても近い。 結論が閾値にも採水時点にも敏感だということで、論文自身も「リスク」ではなく「潜在的リスク」と書いている。
どちらも10年前後の研究になる。 使用量も処理技術も変わるし、現在の状況は調べていない。
Iso E SuperもMolecule 01も嗅いでいない。 あの冗談は伝えているだけになる。
参考文献
K. McDonough, K. Casteel, A. Zoller, et al., Probabilistic determination of the ecological risk from OTNE in aquatic and terrestrial compartments based on US-wide monitoring data, Chemosphere, 167, 255-261 (2017). PMID 27728884. doi:10.1016/j.chemosphere.2016.10.006
U. Klaschka, P. C. von der Ohe, A. Bschorer, S. Krezmer, M. Sengl, M. Letzel, Occurrences and potential risks of 16 fragrances in five German sewage treatment plants and their receiving waters, Environmental Science and Pollution Research International, 20(4), 2456-2471 (2013). PMID 22945655. doi:10.1007/s11356-012-1120-9