はじめての調香 · 35
「嗅こえない」——5つの理由、うち2つは算数で、1つは遺伝子に書いてある
· 17 分
TEC中10%のオリスバターを買った人が、それが厚ぼったく、30分後には嗅こえなくなることに気づいた。ネットにはベースノートと書いてある。21件の返信は5通りの説明を出した。見た目の問いには明確な答えがある。オリスバターの融点は40〜46 °Cで、室温では固体だ。嗅こえない問いは算数になる。手元にあるのは10%製品で、それを1%に薄めているから、実際のオリスバターは0.1%。スレッドでいちばん丁寧に計算した人が10倍以上外している。データベースはオリスバターの強さをlowとする。そして同じスレッドの2人がβ-イオノンについて正反対の経験を報告していて、それはまさに単一の遺伝的変異が差の96%超を説明する事例になる。
r/DIYfragranceに写真つきの直球の質問が投稿された。
「TEC中10%のオリスバターって、こういう見た目でいいんですか?」
補足によれば、見るのも嗅ぐのも初めて。いま手元の素材を時間間隔ごとに評価していて、これはベース素材として挙げられているのに30分後には嗅こえなくなった。しかもすでに10%に希釈されたものにしては厚ぼったく見えるという。
21件の返信が5通りの説明を出した。そのうち2つは算数で、1つは遺伝子に書いてある。
先に結論
- 見た目の問いには明確な答えがある。 オリスバター(Iris pallida 根茎コンクリート)の融点は 40〜46 °C。室温では固体で、体温を超えて初めて液体になる。 スレッド最初の返信が正しい。
- 嗅こえない最大の理由は算数になる。 手元にあるのは 10%製品で、それを 1% に薄めて評価している。実際のオリスバターは 0.1% だ。そしてオリスバター自体のイロン含量は、供給元が表示している 8〜15% になる。つまり嗅いでいたのはおよそ0.015%のイロン、150 ppmだ。
- スレッドでいちばん丁寧に計算した人が10倍以上外している。 その1%を原体バターの希釈と仮定していたが、実際は「10%製品」の1%だった。
- データベースはオリスバターの香りの強さを
lowとする。 それ自体が答えの一部になる。 - 厚ぼったさと弱さは同じ原因から来る。 2024年の研究はアイリス根茎でヘッドスペースと水蒸気蒸留を比べ、水蒸気蒸留物の主成分はドコサン(45.79%)と脂肪酸で、イロンはヘッドスペースの43.74〜45.76%から24.70%へ落ちることを示した。
- 同じスレッドの2人がβ-イオノンについて正反対の経験を報告している。 偶然ではない。2013年の研究は OR5A1のrs6591536が、β-イオノン感受性の差の96%超を説明することを示し、メンデル形質に似ているとした。
読了9分ほど。
見た目:融点が答えになる
最初の返信が良い。
「なぜ悪くなったと思うの?……これは完全に正常だ。オリスバターは室温で固体で、TECに希釈しても固体になる。 ポケットに入れておけばまた液体に戻る。オリスバターは『悪くなる』ものじゃない。むしろ年を経てよく熟成する」
データベースも同意する。
| 値 | |
|---|---|
| 名称 | orris rhizome concrete butter(Iris pallida) |
| CAS | 8002-73-1 |
| 融点 | 40〜46 °C |
| 外観 | 淡黄色〜黄色のペースト |
| 香りの強さ | low |
| サプライヤー | 40社 |
40〜46度、つまり体温より上になる。
白い粒の回で計算したとおり、サプライヤー20社以上かつ融点の記録がある460素材のうち、255(55.4%)が20 °C超で固体になる。オリスバターはその群のなかでも高いほうにいる。
「ポケットに入れておけ」は正しい助言になる。 白い粒の回の第2段階と同じことだ。体温近くまで温めて、溶けるかどうかを見る。
(投稿者は以前ブルジョナールが固まった話にも触れている。返信はそれも当てている。アルデヒドは、とくに原体では重合して固まりうる。 フェニルアセトアルデヒドの回に同じことを書いた。あの素材の保存期間が3か月なのはまさにこれが理由になる。)
嗅こえない問い:まず算数
ここがこの記事の中心になる。いちばん間違えられる段階だからだ。
投稿者はこう書いている。「すでに1%に希釈している。ほとんどの素材をその濃度で評価している」
そして買った製品は、もともと10%だった。
つまり:
| 段階 | 実際のオリスバター濃度 |
|---|---|
| 供給元の製品:TEC中10% | 10% |
| 評価のため1%に希釈 | 0.1% |
| バター中のイロン(供給元表示8〜15%) | 0.008%〜0.015% |
80〜150 ppmになる。
スレッドでいちばん丁寧に計算した返信はこうだ。
「あなたのオリスバターを例にとろう。イロンを20%含んでいる。素材を1%に希釈すれば、手元にあるのは0.2%のイロン溶液(プラス、ほかのすべて。そのうちいくつかは非常に微弱)で、実はそれほど多くない」
方向はまったく正しく、数字が10倍以上外れている。
その1%を原体バターの希釈と仮定しているからだ。 投稿者の製品はすでに10%なので、実際の数字は 0.015%、0.2%ではない。およそ13倍の差になる。
あら探しではない。 この趣味でいちばん間違えられる算数で、間違えるときはたいていまるごと1桁になる。秤量と希釈については書いたが、ここがその最も実務的な例になる。
「1%に希釈した」という文は、出発点を知って初めて意味を持つ。
データベースは強さをlowとする
2つ目の確かめられる理由で、これは早い。
| 素材 | 強さ | 残香 |
|---|---|---|
| オリスバター | low | — |
| α-イロン | medium、10%以下を推奨 | 100%で104時間 |
| β-イオノン | medium、10%以下を推奨 | 100%で112時間 |
バターはlowで、純粋なイロンはmediumになる。
2つを重ねる。 もともとlowの素材が、自身の1000分の1に薄められている。30分で嗅こえなくなるのに、ほかの説明はいらない。
スレッドで「オリスバターなら30分くらいが妥当だ」と書いた人がいるが、これと整合する。
厚ぼったさと弱さが同じ原因である理由
ここがいちばん面白い部分になる。
Friščićらは2024年に Molecules で、クロアチア固有のアイリス3種の揮発成分を、ヘッドスペース固相マイクロ抽出と水蒸気蒸留の2法で比較した。
最も古く、イロンに富む Iris pseudopallida の試料では:
| 方法 | cis-α-イロン | 主成分 |
|---|---|---|
| ヘッドスペース(HS-SPME) | 43.74〜45.76% | イロン |
| 水蒸気蒸留(HD) | 24.70% | ドコサン 45.79% |
同じ根茎で、採取法を変えるとイロンが44%から25%へ落ち、主成分がC22のアルカンになる。
論文はさらに、水蒸気蒸留が主に脂肪酸を与えたとする。ミリスチン酸(全試料に共通、4.20〜97.01%)、リノール酸(40.69%)、パルミチン酸(35.48%)になる。
これは2つのことを説明する。
1つ目、なぜオリスバターが固体なのか。 ミリスチン酸の融点は54 °C、パルミチン酸は63 °Cになる。これは「蝋を含む香料」ではなく、欲しいものが中に入った脂肪酸のかたまりだ。 融点40〜46 °Cはその脂肪酸の融点になる。
2つ目、なぜ供給元が素材ではなく含量を売るのか。 データベースの欄にはメーカーの品名が載っている。「ORRIS BUTTER ABSOLUTE 15%」「Orris Concrete Nat 15% Irone」「Orris butter reinforced 8% Blend」。
オリスバターを買うとき、買っているのはその百分率になる。 同じ「オリスバター」でも、イロン含量が倍違いうる。
はっきりさせておく。 Friščićが測ったのはクロアチア固有の3種で、商用のオリスバターの原料である Iris pallida ではないし、ヘッドスペースも水蒸気蒸留もオリスバターの製法ではない。引いているのは「アイリス根茎の抽出物は主に脂肪酸で、イロンは少数派」という桁の話であって、製品規格ではない。
あのやりとりは遺伝子になる
スレッドのあるやりとりで手が止まった。
Mammoth-Trip-4522:
「自分にはβ-イオノンは嗅ぎ取りにくい。それでもウッディなベースやパチョリに、はっきりした通気の効果を与える」
投稿者の返信:
「β-イオノンは自分にはけっこう強い。でも、自分にとってのオリスが、あなたにとってのβ-イオノンと同じ状況なのかもしれませんね」
彼の推測は当たっていて、それにはとてもきれいな研究がある。
Jaegerらは2013年に Current Biology で β-イオノンを研究した。「極端な感受性の差を示す」からだ。
結果は:
ゲノムワイドおよびin vitroのアッセイは、rs6591536がβ-イオノンの嗅覚感受性の原因変異であることを示した。rs6591536は OR5A1の第2細胞外ループにおけるN183D置換をコードし、観察された表現型変異の96%超を説明し、単一遺伝子のメンデル形質に似ている。
96%超。 ヒトの感覚変異としては異例なほどきれいになる。
そして帰結は「嗅こえるかどうか」にとどまらない。
β-イオノン感受性の遺伝子型を持つ個体は、β-イオノンを添加した食品・飲料と、していないものをより容易に区別できる。感受性の高い個体はふつう、食品・飲料中のβ-イオノンを「芳しい」「フローラル」と表現するが、感受性の低い個体はこれらの刺激を別の仕方で表現する。
最後の節に注目したい。 感受性の低い人は、単に嗅ぎ取れていないのではない。同じものを違う言葉で表現している。
以前書いた命名の問題とつながる。 4人が1つの素材を4通りに表現するとき、言語の問題でもありうるし、本当に違うものを嗅いでいるのでもありうる。
投稿者の推測(自分のオリスは相手のβ-イオノンかもしれない)は妥当な仮説で、断っておくべきことがある。あの研究が測ったのはβ-イオノンであってイロンではない。 構造は近い。それでもイロンについての対応する研究は見つからなかった。 あの推測には、いまのところ支持する証拠も否定する証拠もない。
では評価は何%でやるべきか
スレッドにはこれについての議論があり、記録に値する。
投稿者のやり方:ほとんどの素材を1%、Iso E Super、ヘディオン、レモン油のような穏やかなものや大量に使うものは10%のまま。
もう一方(quodo1)の助言:
「ほとんどの素材は 10% で評価するのが良い。強いものは 1%、核兵器級のものは 0.1%」
どちらにも理屈があり、違いは何を知りたいかになる。
- 固定濃度(投稿者の1%)は素材間で強さを比較できる。
- 強さで調整(quodo1の3段階)はどの素材も聞き取れる範囲に置く。
そしてこのスレッドは固定濃度の失敗の型を見せている。 low とされ、しかもすでに10%製品として売られている素材は、1%では無に等しくなる。
折衷案は、データベースの強さのラベルを段階の基準に使うことになる。 強さのラベルが実際の使用量と一致することは示した。highの中央値0.80%、medium 2.00%、low 5.78%。あの階段はそのまま評価濃度の階段に使える。
まとめると
「嗅こえない」にはよくある理由が5つあり、それぞれ対処が違う。
| 理由 | 見分け方 | 対処 |
|---|---|---|
| 算数(希釈の希釈) | 製品表示を読み直す | 計算し直す |
| 素材がもともと弱い | 強さの欄を見る | 濃度を変えるか受け入れる |
| 嗅覚順応 | 部屋を出る、数時間あける | 待つ |
| 濃すぎて疲労 | もっと薄めて試す | 0.1%まで下げる |
| この1本が嗅こえない体質 | 他人は嗅げて自分は嗅げない | 受け入れ、他人の鼻を借りる |
最初の2つは発注前に計算できる。 残る3つは実験がいる。
そして投稿者が正しくやったのは、時刻を書き留めたことになる。
0000:柔らかく、アーシー、パウダリー、フローラル。生のジャガイモの皮を思わせる要素もある。 0005:アーシーさが減り、柔らかくパウダリーでフローラル。ジャガイモの皮は消えた。 0015:全体にかなり弱く、香りの輪郭は同様。 0030:もう嗅こえない。
あのノートはこの記事全体より役に立つ。 彼自身の鼻が、彼自身の濃度で生んだデータだからになる。評価ノートの取り方は書いた。
この記事が示していないこと
写真も見ていないし、どれも嗅いでいない。 すべては文章の記述、データベースの欄、2本の論文に対して書いている。
希釈の算数は2つの前提に乗っている。 第1に、「1%に希釈した」が10%製品を1%に薄めたという意味であること。別の意味の可能性もある。 第2に、イロン含量8〜15%はデータベースの欄にあるメーカー品名から読んだもので、彼の1本の規格ではない。 どちらかが違えば数字は変わる。
「あの返信は10倍以上外している」はあの返信の計算についてであって、その人の判断についてではない。 結論(濃度が低すぎる)は正しいし、スレッドで計算をしたのはその人だけだった。
Friščićが測ったのはクロアチア固有の3種(I. pseudopallida、I. illyrica、I. adriatica)で、商用オリスバターの原料である Iris pallida の栽培系統ではない。しかもヘッドスペースと水蒸気蒸留を使っていて、どちらもオリスバターの製法ではない。 あの百分率はあの試料の話で、オリスバターの規格としては読めない。
ミリスチン酸の4.20〜97.01%という幅は極端に広い。 3種と3法の差を反映している。引いているのは「水蒸気蒸留は主に脂肪酸を与える」という定性的な観察になる。
Jaegerが測ったのはβ-イオノンであってイロンではない。 本文で断ったうえで繰り返す。イロンへの一般化には証拠がない。
「表現型変異の96%超」は、あの研究集団での結果になる。 集団によって対立遺伝子頻度は違うので、その割合が他所でも成り立つとはかぎらない。
評価濃度の節に研究の裏づけはない。 2人のコメント主の実践に、強さの階段からのこちらの提案を足したもので、検証された方法ではない。
参考文献
S. R. Jaeger, J. F. McRae, C. M. Bava, et al., A Mendelian trait for olfactory sensitivity affects odor experience and food selection, Current Biology, 23(16), 1601-1605 (2013). PMID 23910657. doi:10.1016/j.cub.2013.07.030
M. Friščić, Ž. Maleš, I. Maleš, et al., Gas Chromatography-Mass Spectrometry Analysis of Volatile Organic Compounds from Three Endemic Iris Taxa: Headspace Solid-Phase Microextraction vs. Hydrodistillation, Molecules, 29(17), 4107 (2024). PMID 39274954. doi:10.3390/molecules29174107