原料図鑑 · 72
原料図鑑:フェニルアセトアルデヒド —— 保存期間3か月、そして単体で野外の罠に蛾を集めた
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CAS 122-78-1。サプライヤー31社、954件の処方のうち57件に登場する。保存期間はこのシリーズで最短の3か月で、多くの素材は24か月になる。9つのジャンルにまたがるが、フローラルが登場の66.1%を占める。処方群の基準線35.4%に対して、最も集中した専門家の1つになる。2005年の研究は2種のテガタチドリから44と45の揮発成分を同定し、生理活性を示したのは7つと3つだけだった。そしてフェニルアセトアルデヒド単体で野外の罠を張ると、そのランの花粉塊をつけた蛾が捕れた。
まず数字を1つ。このシリーズでは外れ値になる。
保存期間:3か月。
ここで扱ってきた素材の多くは24か月からだ。フェネチルアルコールもveramossもイソオイゲノールもそうになる。短いほうのヘキシルシンナマールとジメチルスルフィドで12か月。
これは3か月になる。
先に結論
- 保存期間3か月で、このシリーズ最短になる。 アルデヒドで酸化するうえ、自分で重合もする。
- サプライヤー31社、954件中57件、使用量の中央値1.00%。
- 処方群で最も集中した専門家の1つになる。 9ジャンルにまたがるが、**フローラルが66.1%**を占める。処方群のフローラル基準線35.4%に対して1.87倍だ。
- フェネチルアルコールの酸化状態であり、バラの生合成経路ではその1段手前になる。処方群でのフェネチルアルコールとの共起リフトは2.57で、あの表の2位になる。
- 2005年のラン研究は、これを単体で野外の罠に置き、そのランの花粉塊をつけた蛾を捕らえた。 同じ研究は、そのランが夜間に放出量を有意に増やすことも見つけている。
- 食べ物のなかに遍在する理由は化学的で、フェニルアラニンのStreckerアルデヒドにあたる。
読了8分ほど。
3か月の意味
アルデヒドが酸化して酸になることはこのシリーズで書いてきた。フェニルアセトアルデヒドにはもう1本の道がある。自分で重合する。
原体のフェニルアセトアルデヒドは時間とともに粘り、樹脂状のオリゴマーになる。しかもそれが室温で起きる。供給元がアセタールや希釈品を売ることが多いのも、データベースが3か月と書くのもそのためになる。
実務では:
- 少量で買う。 中央値1.00%の使用量で、3か月に100 gは使い切れない。
- 届いたら小分けし、不活性ガスを吹くか、少なくとも瓶の口まで満たす。 保存と酸化の回に書いたことが、この素材では二重に効く。
- 古い瓶は使う前に嗅ぎ直す。 半年経ったフェニルアセトアルデヒドは、買ったときの素材ではない。
引火点87 °Cはジメチルスルフィドの−36.7 °Cよりはるかに穏やかで、それでもこのシリーズの多くより低い。
専門家であり、それには理由がある
954件の処方でジャンル横断を測ったばかりだ。処方をタイトルから14ジャンルに分け、各素材がいくつに届くかを数えている。
| フェニルアセトアルデヒド | 参考:Hedione | |
|---|---|---|
| 登場件数 | 57 | 165 |
| ジャンル | 9/14 | 14/14 |
| 最大ジャンル | 66.1% フローラル | 35.4% フローラル |
| 処方群の基準線 | 35.4% | 35.4% |
フローラル比率は基準線の1.87倍になる。
そしてこの集中には具体的な理由がある。ヒヤシンスだ。
データベースの香調はグリーン、スイート、フローラル、ヒヤシンス、クローバー、ハニー、カカオ、ローズ、パウダリー、発酵、チョコレート、アーシー。収録された評のひとつはもっと直接的で、「非常に強い、グリーン、フローラル、スイート、ヒヤシンス型」と書いている。
ある花の中核そのものである素材は、当然その花の処方にしか出てこない。 それは欠点ではない。汎用の素材はパレットの使い勝手を決め、専門家は何を作れるかを決める。
フェネチルアルコールとは1段違い
フェネチルアルコールを書いたときに気づいたことがある。それを使う274件のうち、共起リフトの2位がフェニルアセトアルデヒドだった(2.57、共起42件)。
酸化状態が1段違うからだ。
フェニルアセトアルデヒド(C₈H₈O、アルデヒド)→ 還元 → フェネチルアルコール(C₈H₁₀O、アルコール)
そしてその1段は、バラがフェネチルアルコールへ至る経路の最後の1段にあたる。 Hirataらが2016年に重水素標識で追った経路の中間体がこれになる。
調香師は生合成経路で隣り合う2分子を同じ処方に入れていて、たいていはその理由で入れてはいない。 そう嗅こえるから入れている。
使用量は大きく違う。 フェネチルアルコールの中央値10.00%に対して、こちらは1.00%。10倍だ。 アルデヒドは対応するアルコールよりずっと強い。このシリーズで繰り返し出てくる型になる。
あのランの実験
自然界でのこの素材の役割については、見事な研究がある。
Huberらは2005年に Oecologia で、近縁の2種のラン——Gymnadenia conopsea と G. odoratissima——を4つの個体群で、昼と夜に、花香組成と送粉者の両面から比較した。
方法が徹底している。 捕虫網で実際の送粉者を採集し、ヘッドスペース吸着で花の匂いを採り、GC-MSで化合物を同定し、触角電位検出で送粉者に生理活性を示す化合物を特定し、最後にその活性化合物を野外へ持ち出して誘引実験を行っている。
最初の結果からして覚えておく価値がある。
| ラン | 同定された揮発成分 | 生理活性を示したもの |
|---|---|---|
| G. conopsea | 45 | 3(酢酸ベンジル、オイゲノール、安息香酸ベンジル) |
| G. odoratissima | 44 | 7(ベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、酢酸ベンジル、酢酸フェネチル、オイゲノールなど) |
40いくつの揮発成分のうち、送粉者の触角に反応を起こすのは3つから7つだけになる。
花が放つものの大部分は、引き寄せたい相手に対して何もしていない。 ジャスミンアブソリュートに121化合物あるのと同じ種類の事実になる。量と作用は別のことだ。
そして誘引実験。
野外の生物検定で、G. odoratissima の活性化合物の混合物、およびフェニルアセトアルデヒド単体を用いて、合計25頭の蛾を捕獲した。そのうち何頭かはGymnadeniaの花粉塊をつけていた。
1分子が、野外の罠のなかで、そのランの花粉をつけた蛾を捕らえた。
逆向きの対照も行われている。G. conopsea の活性揮発成分の混合物を G. odoratissima の個体群に置いたところ、送粉者は1頭も引き寄せられなかった。
もう1つ。2種は昼と夜で香りの組成が異なり、G. odoratissima のほうが差が大きく、フェニルアセトアルデヒドは夜に有意に増えた。
あのランは、蛾が出てくる時間にこの分子を上げている。
なぜ食べ物に遍在するのか
産出欄は長い。加熱したリンゴ、アンズ、アスパラガス、黒豆の茎油、ビルベリー、ブラックベリー、白パン、ゴボウの根、キャベツ、セロリの葉、サクランボ、カカオ……
理由は化学的で、フェニルアラニンのStreckerアルデヒドにあたる。
Strecker分解は、アミノ酸がジカルボニル化合物(あるいは他の酸化生成物)と反応し、炭素を1つ失ってアルデヒドを生じる過程になる。フェニルアラニンがこの道を通るとフェニルアセトアルデヒドになる。
Hidalgoらは2005年に Journal of Agricultural and Food Chemistry で、その具体的な一例を測っている。酸化ストレス生成物である4-ヒドロキシ-2-ノネナールをアセトニトリル−水中でフェニルアラニンと反応させ、4-ヒドロキシ-2-アルケナールが4,5-エポキシ-2-アルケナールと同様にアミノ酸を分解するかを調べた。
結果は、**当該ヒドロキシアルケナールもフェニルアラニンをフェニルアセトアルデヒドへ分解し、反応収率は17%**というものになる。
つまりフェニルアラニンと脂質酸化生成物と熱があれば、この分子は現れる。 パン、カカオ、加熱したリンゴ、チーズ。どれも同じ反応の別の場面になる。
フェネチルアルコールの回ともつながる。2つの分子はどちらもフェニルアラニンから始まる。 バラは酵素で、オーブンは熱でそこへ着く。
物性
| 項目 | 値 |
|---|---|
| CAS | 122-78-1 |
| 分子式 | C₈H₈O、MW 120.15 |
| 外観 | 無色〜淡黄色の澄明な油状液体(推定) |
| 沸点 | 193〜195 °C |
| 融点 | −10 °C |
| 引火点 | 87 °C |
| logP | 1.80(推定) |
| 水溶解度 | 3,026 mg/L @ 25 °C(推定) |
| 保存期間 | 3か月以上 |
| 残香 | 100%で400時間 |
| 強さ | high、10%以下の溶液で嗅ぐことを推奨 |
| サプライヤー | 31社 |
| 規制収載 | JECFA、FEMA GRAS、CoE、FLAVIS |
| GHS | H227、H302、H315、H319、H335 |
残香100%で400時間と、保存期間3か月を並べると考えさせられる。 前者はムエットの上でどれだけ持つか、後者は瓶のなかでどれだけ持つかを言っている。別の問いであり、この素材はその差を最大まで開いている。
この記事が示していないこと
嗅いでいない。 全体はデータベースの欄、処方群、2本の論文の突き合わせになる。
「重合する」はこの種のアルデヒドについてのこちらの一般的な記述で、データベースや引用論文から来たものではない。 データベースは3か月という数字だけを与え、理由は書いていない。 その機構に出典は付けていない。
分類の方法と限界は主力の回にある。 ジャンルはタイトルへのキーワード照合で、外れるし、処方の21.2%はラベルがつかない。
「これはヒヤシンスだ」は香調欄からの推論になる。 あの欄は12の記述語を並べていて、ヒヤシンスはその1つにすぎない。収録された評にも「ヒヤシンス型」とあるので取り出したが、それも編集判断であって測定ではない。
Huberの研究はスイスの4つのラン個体群、2種を対象にしている。 25頭という数はあの野外実験の合計で、標本は大きくないし、フェニルアセトアルデヒド単体と混合物のそれぞれで何頭かは報告されていない。 論文の書き方をそのまま引いている。
「活性化合物は3つから7つだけ」は触角電位検出の結果になる。 EADが測るのは触角の電気的応答であって、行動ではない。EAD応答がない化合物が、その昆虫にとって無意味だということにはならない。
Hidalgoの論文はモデル系で、アセトニトリルと水、37〜80 °C になる。パンでもカカオでもなく、制御された反応試験だ。17%の収率はその系に属する。
「オーブンは熱でそこへ着く」はこちらによる背景の記述であって、あの論文の結論ではない。測っているのは特定の酸化生成物とフェニルアラニンの反応になる。
保存期間3か月はデータベースの記載で、「適切に保存すれば3か月以上」と書かれている。期限ではなく下限の言い方になる。
参考文献
F. K. Huber, R. Kaiser, W. Sauter, F. P. Schiestl, Floral scent emission and pollinator attraction in two species of Gymnadenia (Orchidaceae), Oecologia, 142(4), 564-575 (2005). PMID 15586296. doi:10.1007/s00442-004-1750-9
F. J. Hidalgo, E. Gallardo, R. Zamora, Strecker type degradation of phenylalanine by 4-hydroxy-2-nonenal in model systems, Journal of Agricultural and Food Chemistry, 53(26), 10254-10259 (2005). PMID 16366724. doi:10.1021/jf052240+