原料図鑑 · 179
原料図鑑:ブラックペッパー油 —— 香気欄に触覚の語が二つあり、本当に辛い分子は油に入っていない
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CAS 8006-82-4、サプライヤー92社。香気欄には「ウォーム、スパイシー、テルペン、ハーブ、ペッパー、ウッディ、パンジェント」とあり、このうちウォームとパンジェントは嗅覚ではなく触覚になる。香気欄を持つ6,913件のうち pungent を含むのは109件、warm は124件、cooling は96件、sharp は58件で、burning・tingling・numbing・irritating は一件もない。面白いのは分布が直感と合わないことだ。pungent の109件でサプライヤーが最も多いのはリーフアルコール(120社)、cooling の96件で最も多いのは酢酸ゲラニル(130社)。片方は青草、片方はバラの匂いになる。pungent と cooling を同時に持つのは全体で一件だけだ。そしてブラックペッパーの辛さはピペリンに由来し、データベースには四件の記録があるが、香気欄が入っているのは (E,E)-piperine の22社だけで、この分子は不揮発なので蒸留では捕まらない。2019年の構造研究はピペリンがカプサイシンと同じ結合ポケットに、しかし異なる姿勢で入ると示した。2004年の論文は黒・緑・白コショウ油の組成差を測り、緑コショウでは乾燥方法だけで採油量が15倍違った。
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長い話を短く
- 名称:black pepper oil、正式名 black piper nigrum fruit oil、CAS 8006-82-4、サプライヤー92社
- 香調型 spicy。香気:ウォーム、スパイシー、テルペン、ハーブ、ペッパー、ウッディ、パンジェント
- 残香48時間、引火点50 °C、保存期間24か月、旋光度−1〜−23
- 法規欄は FEMA GRAS のみ。CoE すら入っていない
- GHS:H226 引火性、H315 皮膚刺激、H319 眼刺激、H335 気道刺激
- 備考欄:乾燥させ砕いた、まだ完熟していないコショウの果実から蒸留される
香気欄に触覚の語が二つある
まずその欄を見る。warm; spicy; terpenic; herbal; peppery; woody; pungent。
七語のうち「warm」(温かい)と「pungent」(刺激的)は匂いではなく、 三叉神経の感覚になる。嗅覚はそれが何かを教え、三叉神経はそれが粘膜に何をしたかを教える。 この欄は二種類のものを混ぜている。
全体を数える。香気欄を持つ6,913件のうち、
| 語 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| warm | 124 | 1.8% |
| pungent | 109 | 1.6% |
| cooling | 96 | 1.4% |
| sharp | 58 | 0.8% |
| burning | 0 | 0% |
| tingling | 0 | 0% |
| numbing | 0 | 0% |
| irritating | 0 | 0% |
この語彙は触覚の語を四つしか収めておらず、しかも使い方は控えめだ。 灼熱、ぴりぴり、痺れ、刺激性といったより明確な感覚語は一件もない。
**分布は直感と合わない。**pungent の109件でサプライヤーが多い順はこうなる。
| 材料 | サプライヤー | 香調型 |
|---|---|---|
| リーフアルコール | 120 | green |
| アセトアルデヒド | 94 | ethereal |
| フランキンセンス油 | 93 | terpenic |
| ブラックペッパー油 | 92 | spicy |
| 2-メチル酪酸 | 82 | acidic |
| 酢酸 | 82 | acidic |
一位はリーフアルコール、青草の匂いの材料だ。cooling の96件の一位は 酢酸ゲラニル(130社)で、バラの匂いの材料であり、 メントール(114社)より上に来る。
pungent と cooling を同時に持つ記録は、全体で一件しかない。
つまりこれらの触覚語は、このデータベースでは「辛い材料」「涼しい材料」の印ではない。 さまざまな香調型に散らばっていて、その材料が高濃度で鼻腔に何をするかを述べている。 ブラックペッパー油にこの二語があるのは、濃いと実際にむせるからであって、 舌が熱くなるからではない。
本当に辛い分子は油に入っていない
ブラックペッパーの辛さはピペリンに由来する。データベースには四件の記録がある。
| 名前 | CAS | サプライヤー | 香調型 | 香気 |
|---|---|---|---|---|
| (E,E)-piperine | 94-62-2 | 22 | spicy | ペッパー、アニマル |
| tetrahydropiperine | 23434-88-0 | 2 | (空) | (空) |
| piperine | 7780-20-3 | 2 | (空) | (空) |
| isopiperine | 30511-76-3 | 0 | (空) | (空) |
四件のうち香気が入っているのは一件だけで、その名前は立体配置を伴っている。 「piperine」で引くとサプライヤー2社で中身が空の記録が返ってくる。 trans-2-ヘキセナールの記事の同名二件と同じ形になる。
そしてピペリンは不揮発なので、蒸留された油の中にはいない。 ジンジャールート油の記事で同じ分業を扱った。 辛い分子は釜に残り、香る分子が瓶に入る。ブラックペッパーは二例目になる。
2019年、浙江大学とカリフォルニア大学デービス校の Dong らが構造研究をしている (PMID 31213294)。ピペリンはブラックペッパーの主要な辛味化合物で、 カプサイシン受容体 TRPV1 イオンチャネルを活性化することは知られていたが、 チャネルタンパク質とどう相互作用するのかは不明のままだった。
彼らの結果はこうだ。**ピペリンはカプサイシンと同じリガンド結合ポケットに結合するが、 姿勢が異なる。**論文はさらに、カプサイシン結合に関与すると知られる二つの部位 (T551 と E571)を調べ、それらを変えてもピペリンには検出可能な不利益がなかったと述べている。
「コショウの辛さとトウガラシの辛さは同じ回路を通る」は正しいが、正しいのはポケットまでだ。 ジンゲロールの記事で引いた総説はジンゲロールも TRPV1 を活性化すると述べていた。三つの辛さが一つの受容体を共有し、 それぞれ違う座り方をしている。
黒・緑・白は同じ果実の三つの時点
備考欄にはこうある。ブラックペッパー精油は、乾燥させ砕いた、 まだ完熟していないコショウの蔓の果実から蒸留される。
「まだ完熟していない」は具体的な条件であり、2004年にエストニア・タリン工科大学の Orav らがその条件の帰結を測っている(PMID 15113161)。
同時蒸留抽出のマイクロ法で油を取り、GC/FID と GC/MS で 黒コショウ、緑コショウ、白コショウの精油組成を分析した。含量の高い化合物には (E)-β-カリオフィレン、テルピネン-4-オール(0〜13.2%)、hedycaryol(0〜9.1%)、 β-ユーデスモール(0〜9.7%)、カリオフィレンオキシド(0.1〜7.2%)が並ぶ。
「0〜」で始まる区間に注目する価値がある。同じ化合物が、ある試料ではゼロなのだ。 含量が低いのではなく、存在しない。
最も劇的な数字は乾燥方法にある。昇華乾燥で処理した緑コショウ粒は油を12.1 mg/g 与え、 モノテルペンが84.2%を占めた。風乾した緑コショウ粒は0.8 mg/g、モノテルペン26.8%。 採油量が15倍、モノテルペン比が三倍以上違い、しかも同じ果実、同じ成熟度になる。
保存の一段も記録しておく。ガラス容器で室温に一年置いたあと、 得られる油量は減り、テルペン類の含量は減り、含酸素テルペン類の量は増えた。 (緑コショウ粒は例外で、両方の乾燥法で油量が二倍以上になった。)
含酸素テルペン類の増加とは酸化のことだ。柑橘やコショウのような モノテルペン主体の油が遮光冷蔵を要する理由になる。
買い方と保管
サプライヤー92社、入手は容易。ただし訊くことは他の材料より多い。
- **成熟度と処理を訊く。**黒・緑・白は同じ果実の違う時点と違う処理であり、 油の組成が違う。見積書はふつう black pepper oil としか書かない。
- **旋光度欄を検品に使わない。**この材料は−1〜−23で、 141件中16番目に広い。 どの負の値も規格内になる。確認するなら比重(0.870〜0.890)のほうだ。
- **保存期間24か月は未開封の話。**モノテルペンは酸化して含酸素テルペンになる。 上の論文が一年後の変化を測っている。小分けし、遮光し、低温に置く。
- 引火点50 °C、H226 引火性液体 区分3。換気し、火源から離す。
- 法規欄は FEMA GRAS のみ。肌に乗せるなら現行の IFRA 基準を自分で確認すること。
→ データベースのブラックペッパー油:物性一式、92社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「warm と pungent は三叉神経の感覚」は標準的な感覚分類だが、 データベースはその二語がどの濃度で誰によって書かれたかを説明していない。
- リーフアルコールが pungent の一位である理由は説明していない。 分布が直感と合わないと指摘しただけになる。
- ピペリンが蒸留油にいないことは不揮発性からの推論で、ジンジャーの記事と同じ推理になる。 データベースはブラックペッパー油の成分パーセントを与えていない。
- Dong らの抄録は、こちらが取得した記録では T551 と E571 の段の途中で切れていた。 「同じポケット、違う姿勢」と、その二部位についての部分的な結果だけを引いている。
- Orav らの試料は特定の産地と年のもので、15倍の採油量差はその実験群の結果であり、 すべての緑コショウの通則ではない。