原料図鑑 · 151
原料図鑑:ナツメグ油 —— メース油と同じ木で、ヒトの中毒記録は別のほうに載っている
· 9 分
CAS 8008-45-5、サプライヤー117社。以前書いたメース油と同じ木(Myristica fragrans)の2つの組織から採れる。ナツメグは種仁、メースは種子を包む赤い仮種皮だ。2つの記録を並べたとき最も重要な違いは香調ではなく毒性欄にある。ナツメグ油にはラット経口LD50 2,620 mg/kgしかない。メース油にはラットの3,640 mg/kgに加えてヒトのデータがある。経口TDLo 400 mg/kg、症状は幻覚、知覚の歪み、中毒性精神病、不整脈。有名な中毒例はナツメグのほうなのに、ヒトのデータはサプライヤー34社のメースに載っていて、117社のナツメグには載っていない。さらに両方の occurrence 欄が nutmeg seed と書いているが、メースの定義欄自身が種子を包む外側の層だと述べている。同じ記録の中で2つの欄が食い違っている。旋光度は+8から+30と登録されており、産地の指紋として使えるほど幅が広い。
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要点だけ
- 名称:nutmeg oil(ナツメグ油)、CAS 8008-45-5、サプライヤー117社
- Myristica fragrans の成熟種子の乾燥種仁から蒸留される
- 香調型 spicy。香調はスパイシー、ウッディ、ナツメグ、パウダリー、テルペン、パイン、古木、レジナス
- 強度は中(ランク2)、残香52時間。FEMA 2793、法規はFEMA GRASのみ
- 954件の処方のうち 20件に登場、使用量の中央値 1.05%(四分位 0.80–2.00%)
- **ヒトの中毒記録はこの材料には載っていない。**メース油のほうに載っている
- 両方の
occurrence欄がnutmeg seedと書いているが、片方は種子ではない
同じ木、2つの組織、2つの記録
メース油は以前書いた。この材料はその双子で、 データベースは2つをまったく独立した記録として持っている。
| ナツメグ油 #27772 | メース油 #23088 | |
|---|---|---|
| CAS | 8008-45-5 | 8007-12-3 |
| サプライヤー | 117社 | 34社 |
| 部位 | 成熟種子の乾燥種仁 | 種子を包む乾燥した赤い仮種皮 |
| 残香 | 52時間 | 64時間 |
| FEMA | 2793 | 2653 |
| 屈折率 @20 °C | 1.47500–1.48800 | 1.47400–1.48800 |
| コーパス出現 | 20件 | 1件 |
**屈折率はほぼ同じだ。**2つの組織、同じ木、物理定数が重なりすぎて屈折率では区別できない。
香調欄のほうは分かれる。ナツメグ油には pine(パイン)と resinous(レジナス)があり、
メース油には mastic(マスチック)と incense(インセンス)がある。
2022年に Ashokkumar らが Nat Prod Res で、同じ木の葉、仮種皮、種仁、種子の4種の精油組成を
直接比較している(PMID 32515616)。部位差は実在するが、屈折率には現れない。
ヒトの中毒記録が別のほうに載っている
今回いちばん伝えたいのがこれだ。
ナツメグ油の毒性欄。
ラット経口LD50 2,620 mg/kg。行動:傾眠(全般的活動低下)。
メース油の毒性欄。
ラット経口LD50 3,640 mg/kg。行動:傾眠。
ヒト経口TDLo 400 mg/kg。行動:幻覚、知覚の歪み。行動:中毒性精神病。心臓:不整脈。
このヒトのデータはメースの記録にしか現れない。
そして**有名な中毒例はナツメグのほうだ。**2024年に Ichibayashi らが Cureus で 電解質異常を伴うナツメグ中毒の症例報告を出している(PMID 39559662)。 原因となる成分(ミリスチシン)は両方の部位にある。
サプライヤー117社のほうを調べているなら、この記述は目に入らない。
元データがなぜこう分かれているのかはわからない。ただし実務上の意味は明快だ。 この2つの安全情報は合わせて読むべきで、手元の材料の欄だけを見てはいけない。
(TDLo は「知られている最低中毒量」であって、安全上限でも致死量でもない。
しかもその数字は精油に対するもので、挽いた香辛料に対するものではない。台所の分量に換算しないこと。)
同じ記録の中で2つの欄が食い違う
両方の occurrence 欄に同じ1行が入っている。
nutmeg seed(ナツメグの種子)
ナツメグ油のほうは正しい。メース油のほうは正しくない。その記録自身の定義欄にこう書かれている。
ナツメグの成熟種子を包む乾燥した赤い外皮から水蒸気蒸留された精油。
種子を包む外側の組織であって、種子ではない。
ここ数回、同じ記録の2つの欄を互いに検査する練習を続けており、 前回までは沸点と融点を使っていた。今回はテキストの欄で、しかも計算が一切要らない。 定義欄は仮種皮だと言い、産出欄は種子だと言っている。
原因はおそらく、産出欄が親材料(ナツメグ)に合わせて記入され、部位に合わせて直されなかったことだろう。
旋光度は産地の指紋
optical_rotation 欄には +8.00 から +30.00 と書かれている。
この幅は異常に広い。単一化合物の旋光度の範囲はふつう数度だが、ここは22度にわたる。
理由は、これが天然精油であって単一分子ではないからだ。旋光度はすべてのキラル成分の加重和であり、 東インド産と西インド産のナツメグでは組成が大きく違う。この欄は規格ではなく、産地とロットの信号である。
実務では、手元のロットが+9で別のロットが+28なら、どちらも規格内だが香りは違う。 比重(0.88–0.91)と屈折率(1.475–1.488)は範囲がずっと狭く、この違いを拾えない。
製法が notes 欄に書かれている
多くの材料の notes 欄は1文か None found だ。この材料には実際の工程が書かれている。
ナツメグ油は、新鮮に粉砕した乾燥ナツメグを水蒸気蒸留、または水蒸気と水で共蒸留して得られる。 蒸留前に固定油の大部分を除いておくことが望ましい。固定油はアルコールで抽出でき……
**「蒸留前に固定油を除く」**は実務的な細部だ。ナツメグの種仁は脂肪(ナツメグバター)を大量に含み、 先に除かないと蒸留効率と製品に影響する。この種の記述がデータベースの欄に載ることは少ない。
使用量と共起
20件の処方で。
| 使用量 | |
|---|---|
| 中央値 | 1.05% |
| 四分位 | 0.80% – 2.00% |
| 最高 | 5.7% |
私が測った全体の中央値は2.11%で、この材料は明らかに低い。 スパイス系の精油はたいていこうなる。他のものを簡単に覆い隠してしまうからだ。
最もよく同席するもの。geranyl acetate(10)、clove bud oil(9)、hedione(8)、 ベルガプテン除去ベルガモット油(8)、coumarin(8)、iso e super(8)。 クローブバッド油が2位に入るのは、オーデコロンとスパイシーオリエンタルの組み合わせだ。
この記事が示していないこと
- **2つの油の化学組成を比較してはいない。**部位差については Ashokkumar らの論文を引いており、 私自身の測定でも、このデータベースの欄でもない(どちらの記録にも成分表はない)。
- **ヒトのTDLoは原典に当たっていない。**欄が引いているのは1964年の Food and Cosmetics Toxicology で、私が引いているのは欄のほうだ。
- 「2つの安全情報を合わせて読む」のは私の助言であって法規上の要求ではない。 IFRAや各国の規制がこの2つをどう扱うかは、それぞれの文書を見ること。
- **旋光度の説明(産地差)は一般論であって、この材料の実測ではない。**欄は範囲しか示しておらず、産地との対応はない。
- **20件の名称統合は4通りの表記しか覆っていない。**コーパスには
nutmeg essenceとnutmeg oil terpenelessが1件ずつあるが、それらは別のものなので数えていない。