はじめての調香 · 66
5人が同じ処方を診断して、いちばん大きい2本を誰も挙げなかった
· 12 分
14種類の処方を貼って「なぜ僕の香水は強くならないのか」と聞いた人がいた。5件の返信はどれも同じことを言っている——オリスが多すぎる、Javanol と Amber Xtreme が重い、トップが足りない、バランスが崩れて泥になる。計算してみた。10% 希釈2行が持ち込む溶剤を差し引くと、実際の香料は 3.161 g、仕上がり濃度 19.38%。重量順に並べると最大は Iso E Super で香料の 31.6%、次が Grojsman Plus の 19.8%——5人とも一言も触れていない。「100% これが原因」と名指しされたオリスは5位、8.6%。しかも上位3本のうち2本は、強度欄が「中」だ。
読了目安 6 分。
1時間前にこの処方が貼られ、「なぜ僕の香水は強くならないのか」という質問がついていた。
Iso E Super 0.999 g/Hedione 0.582 g/Javanol 0.300 g/Amber Xtreme 0.179 g/ Grojsman Plus 0.626 g/Orris Imperial 0.273 g/Dihydromyrcenol 10% 0.096 g/ エレミ 0.064 g/グリーンマンダリン 0.061 g/ファー 0.023 g/C-12 MNA 10% 0.022 g/ ローズ 0.019 g/ジャスミン 0.015 g/ベルガモット 0.008 g/調香用アルコール 13.042 g
返信は5件、診断はほぼ一致していた。
「オリスが大幅に過剰で、Javanol も AmberXtreme もかなりの量だ。それが調合全体を押しつぶしていると思う。トップノートも足りていないから、望んでいる拡散が出ない。全体としてかなりアンバランスで、たいていそれは『泥』になる。」(frioke)
「**Orris imperiale が 100% 原因だ。**orris givco で同じ問題に遭ったことがある。オリスを今の 10% くらいまで落としたバッチを作って、違いを比べてみるといい。」(Novel_Armadillo_6665)
誰も計算していない。
まず希釈液を戻す
2行に 10% と書いてある。ジヒドロミルセノール 0.096 g、C-12 MNA 0.022 g。実際の純物質は 0.010 g と 0.002 g で、残りの 0.106 g は希釈液が持ち込んだ溶剤だ。
| 重量 | |
|---|---|
| 香料の合計(紙の上) | 3.267 g |
| 実際の香料 | 3.161 g |
| 希釈液由来の溶剤 | 0.106 g |
| アルコール | 13.042 g |
| 総重量 | 16.309 g |
| 仕上がり濃度 | 19.38%(紙の上では 20.03%) |
19.38% はオードパルファンの濃度で、低くはない。つまり「強くない」のは薄すぎるからではない。
(分母の話は〈精油3滴は 10 mL の中で何 % か〉に書いた。ここでのずれは 0.65 ポイントしかない。希釈してある行が2つだけだからだ。)
重量で並べる
| 素材 | 実際 g | 香料比 | 製品比 |
|---|---|---|---|
| Iso E Super | 0.999 | 31.6% | 6.13% |
| Grojsman Plus | 0.626 | 19.8% | 3.84% |
| Hedione | 0.582 | 18.4% | 3.57% |
| Javanol | 0.300 | 9.5% | 1.84% |
| Orris Imperial | 0.273 | 8.6% | 1.67% |
| Amber Xtreme | 0.179 | 5.7% | 1.10% |
| エレミ | 0.064 | 2.0% | 0.39% |
| グリーンマンダリン | 0.061 | 1.9% | 0.37% |
| ファー | 0.023 | 0.7% | 0.14% |
| ローズ | 0.019 | 0.6% | 0.12% |
| ジャスミン | 0.015 | 0.5% | 0.09% |
| ジヒドロミルセノール | 0.010 | 0.3% | 0.06% |
| ベルガモット | 0.008 | 0.3% | 0.05% |
| C-12 MNA | 0.002 | 0.1% | 0.01% |
上位3本の合計は 69.8%。
そしてその3本——Iso E Super、Grojsman Plus、Hedione——は、5件の返信で1本も名前が出ていない。
「100% 原因」と名指しされた Orris Imperial は5位、8.6% だ。
上位3本のうち2本は強度欄が「中」
CAS でデータベースに突き合わせる。
| 素材 | データベース名 | 強度欄 | 残香 | 蒸気圧 |
|---|---|---|---|---|
| Iso E Super | patchouli ethanone | 中 | 172 h | 0.001 |
| Hedione | methyl dihydrojasmonate | 中 | 72 h | 0.001 |
| Javanol | sandal cyclopropane | 高(10% 以下で評価推奨) | 400 h | 0.001 |
| Amber Xtreme | musk indenofuran | 中 | 168 h | — |
| Dihydromyrcenol | dihydromyrcenol | 中 | 16 h | 0.166 |
| C-12 MNA | 2-メチルウンデカナール | 高(1.0% 以下で評価推奨) | 388 h | 1.428 |
(Grojsman Plus と Orris Imperial は調合ベースで、データベースには無い。商品名が引けない理由は〈引けないには4種類ある〉で数えた。)
処方でいちばん大きい単体素材2本は、どちらも強度欄が「中」で、合計は香料の 50.0% を占める。
Iso E Super も Hedione も「透明で出しゃばらない」ことで知られる素材だ。それは欠点ではなく、まさにその理由で使われている。ただし、香料重量の半分を「他を押しのけない」ことが特徴の2本に置いたなら、出てくる結果は圧の強さではない。
上位6本で強度「高」は Javanol だけで、9.5%。frioke は Javanol の量が「かなり」だと言った——強度でいえば確かにその6本で最も強いが、重量では4位だ。
トップの数字
frioke は「トップノートが足りない」と言った。それは数にできる。
| 合計 | 香料比 | |
|---|---|---|
| ウッディ/アンバー/ベースの5本 | 2.377 g | 75.2% |
| トップ側の5本(グリーンマンダリン、ベルガモット、ファー、エレミ、ジヒドロミルセノール) | 0.166 g | 5.2% |
比は 14.4 : 1。
蒸気圧の欄はもっと直接的だ。この処方でいちばん揮発しやすい2本は、
- C-12 MNA:1.428 mmHg
- ジヒドロミルセノール:0.166 mmHg
Iso E Super、Hedione、Javanol はいずれも 0.001 mmHg。
C-12 MNA の揮発度は Iso E Super の 1,428 倍にあたる。
そしてその2本こそ、彼が 10% 希釈にした唯一の2本だ。
実重量に直すと、C-12 MNA は 0.002 g、香料の 0.1%、ボトル全体の 0.01%。強度欄には「高、1.0% 以下の溶液で評価すること」と書かれている。
処方の中で唯一「強くて揮発する」素材が、1万分の1しか入っていない。
(0.1% のものが嗅ぎ取れるかは使用量ではなく閾値で決まる。それは〈なぜ 0.1% が 30% を覆うのか〉の話だ。ただしここでの方向ははっきりしている——いちばん先に出てくる素材を痕跡量まで下げている。)
「強くない」はどちらの意味か
正しい問いを立てた人がいた。
「『強い』というのはどういう意味? 投射? それとも持続?」(whitenette)
質問者は答えていない。そしてこの2つは処方が逆になる。
- 投射が足りない:トップと中盤が薄い。この処方はその記述に合う(5.2% 対 75.2%)。
- 持続が足りない:ベースが薄い。この処方は合わない——Javanol の残香 400 時間、Iso E Super 172 時間、Amber Xtreme 168 時間で、ベースは厚い。
投射が欲しいなら診断は正しく、持続が欲しいならその処方はもともと不足していない。
(紙の上で強いことと2歩下がって届くことの違いは〈紙の上では強いのに、2歩下がると消える〉に書いた。)
その算数について
スレッドでは2人が質問者の一文に反応していた。彼はこう書いていた。
「注:処方は AI が生成したものではありません。ただ素材の記録には便利です。保存してくれるし、計算も全部やってくれる 😎」
返信。
「LLM は数学が苦手だ。だから AI 処方を貼る人の合計が 100% にならないのを見かける。コンピュータが唯一得意なことを苦手とするコンピュータプログラムを、我々はついに作った。」(berael)
その批判の方向は正しく、しかもこの記事が何をしているかをちょうど言い当てている。上の数字はすべてスクリプトで計算していて、どの一歩も再実行できる。
処方の算数は、この仕事の中でいちばん検証しやすい部分だ——合計、希釈の換算、並べ替え。いちばん検証しやすい部分は、検証できないものに任せてはいけない部分でもある。
(スレッドには ChatGPT の素数判定の正答率低下に関する2023年の研究を引いた人がいた。私はその論文を確認していないので、数字はここでは引用しない。)
実際にどうするか
- **診断の前に実重量で並べる。**目は「強そうな名前」に引かれ、重量には引かれない。
- **10% 希釈は純物質に戻してから並べる。**この処方で最小の行は戻すと 0.002 g だった。
- 強度欄を引く。「中」の2本が重量の半分を占めているのは偶然ではなく選択だ。
- **トップとベースの重量比を出す。**14.4 : 1 は話せる数字で、「アンバランス」はそうではない。
- **「強くない」が投射か持続かを先に確かめる。**診断は逆になる。
- 蒸気圧が 1,428 倍違う2本を、同じ桁の使用量で考えない。
- **算数は自分でやる。**この仕事で唯一、正解のある部分だ。
この記事が立証していないこと
- **この処方を嗅いでいないし、作ってもいない。**全文が重量の算数とデータベースの欄だけでできている。
- **Grojsman Plus と Orris Imperial は調合ベースで、データベースに無い。**合計で香料の 28.4% を占める——**つまりこの処方の3割近くについて私は何も知らない。**これがこの記事の最大の限界だ。
- 「トップ側5本」と「ベース側5本」の分け方は私が香調タイプと蒸気圧で決めたもので、データベースの分類ではない。エレミとファーをどちらに置くかは議論の余地がある。
- 強度欄はデータベースの判断であって私の測定ではないし、使用量と換算する関係にもない。
- **「中強度 × 重量50% = 強くない」は推論であって計算ではない。**強度欄に掛け算できる単位はない。
- 蒸気圧には(推定)付きのものがあり、Amber Xtreme の欄は空だ。
- **C-12 MNA が 0.01% で効いているかは閾値次第で、私は調べていない。**低用量は無効を意味しない。
- 「強くない」の定義に質問者は答えていないので、2つの診断を並べるところまでしか書けない。
- その2023年の素数の研究は確認していないので、数字は引用していない。