はじめての調香 · 67
「紫外線対策に benzophenone を入れる」——その語の下には2つの別物があり、あなたが買うほうには匂いがある
· 10 分
BHT の記事へのコメントで「では紫外線は? benzophenone を入れるべきか」と聞かれた。調べた。データベースで benzophenone という名の記録(CAS 119-61-9、サプライヤー41社)の分類は「香料」で、香調欄はバルサミック、ローズ、メタリック、パウダリー、ゼラニウム。強度は中、残香394時間。日焼け止めに使われるのは benzophenone-3(oxybenzone、131-57-7)の系列で、CAS も記録も別だ。紫外線吸収剤に分類される45本のうち、香調タイプを持つものは0本。さらに厄介なのはデータベース自身の備考欄で、benzophenone は光化学における典型的な光増感剤であり、三重項収率はほぼ100%、水素を引き抜いてラジカルを作る——「紫外線を吸って熱に変える」の逆の仕事だ。
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〈BHT を入れるべきか〉を書いたとき、スレッドで次のように聞かれた。酸化はわかった、では紫外線は? benzophenone を入れるべきなのか。
あのときは調べていないと明言した。調べたら、予想より込み入っていた。
その語の下には2つの別物がある
CAS と名前で引くと、benzophenone という文字列には一族の記録が対応する。
| 名称 | CAS | データベース分類 | サプライヤー |
|---|---|---|---|
| benzophenone | 119-61-9 | 香料(fragrance agents) | 41社 |
| oxybenzone(=benzophenone-3) | 131-57-7 | 化粧品紫外線吸収剤 | 12社 |
| benzophenone-4 | 4065-45-6 | 化粧品紫外線吸収剤 | 9社 |
| benzophenone-1 | 131-56-6 | 化粧品紫外線吸収剤 | 8社 |
| benzophenone-12 | 1843-05-6 | 化粧品紫外線吸収剤 | 7社 |
| benzophenone-2 | 131-55-5 | 化粧品紫外線吸収剤 | 6社 |
**日焼け止めの成分表に載っているのは番号付きの誘導体で、それぞれ別の CAS を持つ。**番号の付かないほう——つまり香料店で benzophenone と打ったときに届くほう——は香料だ。
しかもこの一族でサプライヤーが最も多い。41社で、残り全部を合わせたより多い。
買うほうには匂いがある
CAS 119-61-9 の欄はこうなっている。
| 欄 | 内容 |
|---|---|
| 香調タイプ | バルサミック |
| 香調 | バルサミック、ローズ、メタリック、パウダリー、ゼラニウム、ハーバル |
| 強度 | 中(10% 以下の溶液で評価推奨)、強度ランク 2 |
| 残香 | 394 時間 |
| 融点 | 47–51 °C(室温では白色結晶粉末) |
| 純度 | 98.00 から 100.00 |
| FEMA / JECFA / FLAVIS / CoE | 2134 / 831 / 07.032 / 166 |
残香394時間、強度は中、ローズとゼラニウムがある。「保護剤として入れておけばいい、どうせ無臭だから」という類のものではない。香料であり、しかも残るほうの香料だ。FEMA 番号があるので食品香料としても使われている。
サプライヤーの記述には「かすかな甘いローズ、ゼラニウムのようなハーバルなニュアンス」「非常にかすかなパウダリーでローズ・ゼラニウム様の匂い、わずかにメタリック」といった文がある。かすかは無ではないし、394時間のかすかはずっとそこにある。
対照として、uses 欄に「UV absorber」を含む材料を全部引くと 45本あり、香調タイプを持つものは0本だった。実際に紫外線吸収剤として使われるものは、匂いの欄が埋まってすらいない。
もっと厄介なのは光化学のほう
データベースの notes 欄にこう書いてある。
「Benzophenone は光化学において一般的な光増感剤である。S1 状態から三重項状態へほぼ 100% の収率で項間交差する。生じたジラジカルは適当な水素供与体から水素原子を引き抜き、ケチルラジカルを形成する。」
ここで一度止まる価値がある。
紫外線吸収剤と光増感剤は逆の仕事をしている。
- 吸収剤:紫外線のエネルギーを吸って、熱にして散らす。エネルギーはそこで止まる。
- 増感剤:エネルギーを吸って寿命の長い三重項に入り、それを隣の分子に渡すか、直接よそから水素を引き抜く。エネルギーはそこから先へ伝わっていく。
benzophenone は後者の教科書的な例だ。Marazzi らが2016年に《J Phys Chem Lett》でその三重項動力学を計算し直したとき、冒頭でそれを「光増感の範例的分子」と呼んでいる。Prentice らは2023年に、安価で使いやすい光増感剤としてキュバン類の光触媒合成に使っている。
広く使われている理由は、それが光のエネルギーを渡すのが上手いからだ。
Cuquerella らは2013年に《Accounts of Chemical Research》で〈Benzophenone 光増感による DNA 損傷〉という総説を書いている。選んだ理由は明記されていて、それが「古典的かつ範例的な発色団」だからだ。そしてその冒頭がなぜこれが重要かを説明している。
光増感剤は太陽スペクトルの「活性な」部分を UVA 領域やそれ以遠まで広げうる。つまり光増感剤は、日光を浴びたあとに皮膚癌を発症する確率を高める。
**この文の向きに注意してほしい。**benzophenone が紫外線からあなたを守るという話ではない。もともと無害だった波長を活性にするという話だ。
(はっきりさせておく。あの論文は DNA 損傷の機構であって、化粧品や香水のリスク評価ではない。あなたの香水が発癌するという話をしているのではない。「紫外線を防ぐために入れる」という推論の機構の向きが逆だ、という話をしている。)
GHS 欄
benzophenone の GHS 分類欄は空ではない。
H351 — 発がんのおそれの疑い H400 — 水生生物に非常に強い毒性 H410 — 長期継続的影響により水生生物に非常に強い毒性
先に背景を数えた。全庫 42,225 件のうち GHS が入っているのは 359 件(0.9%)、サプライヤー10社以上の 3,156 件では 337 件(10.7%)。つまり「GHS がある」こと自体が珍しい。
その入っているものの中で、H351 を持つのは4件——アセトアルデヒド、benzophenone、ムスクキシロール、シス-アコニット酸。
**4件だ。**このうちアセトアルデヒドはこの連載で書いた。ムスクキシロールはまだで、〈合成ムスクの4つの家族〉に出てくるだけだ。
この数字は慎重に読む必要がある。**「GHS が入っている記録の中に4件」であって、「世界に発がん疑いの香料が4種しかない」ではない。**欄のカバー率は 0.9% しかなく、入っていない 99.1% は安全を意味せず、データが無いことを意味する。この罠は〈引けないには4種類ある〉で書いた。
そして保存欄には「遮光」とある
同じ記録の storage 欄。
「冷暗所に、密閉容器で、熱と光を避けて保管。」
遮光保存を要求する材料を、光対策として入れることはしない。
では紫外線はどうするか
問いそのものは正しい。光は実際に香水の色と匂いを変える。ただし解決は瓶のほうにあって処方のほうにはない。
- **不透明か濃色のガラス瓶を使う。**紫外線を実際に外で止める唯一の方法だ。
- **冷暗所に置く。**浴室の窓辺や車の中は避ける。
- **柑橘類はもともと光に反応する。**それは別の話で、〈柑橘精油はなぜ光毒性を持つのか〉に書いた。
- 酸化と光照射はよく同時に起きるが同じことではない。〈開けたその瓶はもう同じ材料ではない〉で分けて書いた。
- **どうしても benzophenone を使いたいなら、香料として使う。**ローズ、ゼラニウム、パウダリー、バルサミック、394時間、10% 以下で評価。それは処方上の判断であって保護措置ではない。
この記事が立証していないこと
- **何も測定していない。**全文がデータベースの欄と全庫統計と論文3本でできている。
- **現行の EU 化粧品規制は確認していない。**データベースの
regulatory欄には JECFA、FEMA GRAS、CoE、FLAVIS しか無く、IFRA の項目は無い。それは制限が無いことを意味せず、この欄が収めていないことを意味する。使う前に最新の規制を自分で確認してほしい。 - **Cuquerella らの論文は DNA 損傷の機構であって香水のリスク評価ではない。**そこから取っているのは「光増感剤と吸収剤は機構の向きが逆」という点だけで、いかなる用量における健康上の結論でもない。
- 「45本の紫外線吸収剤に香調タイプが0本」はデータベースの記入状況であって、それらが本当に無臭だという意味ではない。空欄とゼロは別だ。
- **H351 の4件は 0.9% というカバー率に制約されている。**完全なリストとして読んではいけない。
- **benzophenone と benzophenone-3 の紫外線吸収スペクトルは比較していない。**書いたのは分類と備考であって、スペクトルデータではない。
- **最初に提案した人がどちらを指していたかは分からない。**日焼け止め用のほうを指していた可能性もある。この記事の要点は、まさにその語が十分に正確でないことだ。