原料図鑑 · 164
原料図鑑:ドデカナール(アルデヒド C-12 ラウリック)—— 蒸気圧は炭素鎖に沿ってきれいに並ぶのに、残香欄は暴れている
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CAS 112-54-9、サプライヤー53社、C12H24O。直鎖アルデヒドを C-8 から C-14 まで並べると、蒸気圧は一段ずつ単調に小さくなり、その幅は345倍。見事な階段だ。ところが残香欄は並ばない。7、276、224、72、368、400時間。C-11 は C-12 の5分の1しかない。調べると、きれいな方の欄は6件すべてが推定値で、暴れている方の欄こそ人が試香紙で嗅いだ記録だった。天然の存在も直感に反する。香調欄の最初の語は石鹸なのに、柑橘の果皮油には0.002〜0.055%しかなく、含有率が最も高い天然源はコリアンダーリーフ油の4.96〜10.30%。さらに二つ。データベースの notes 欄はこれと lilyall で清潔なアコードを組めと勧めているが、その相手は2022年からEUで禁止された。そして東大の研究チームはワオキツネザルの腕の腺の分泌物からこれを見つけた。繁殖期にテストステロン依存で増える。
読了まで約4分。
長い話を短く
- 名称:ドデカナール(dodecanal)、商用名アルデヒド C-12 ラウリック(ラウリンアルデヒド)、CAS 112-54-9
- C12H24O、分子量 184.32、サプライヤー53社。FEMA 2615、法規4項目すべて収載
- 香調型 aldehydic。香気:石鹸、ワックス、アルデヒド、柑橘、グリーン、フローラル、オレンジピール
- 残香 368時間 @100%、強度 high、評価は 10%以下の希釈を推奨
- 融点 3〜8 °C。寒い時期は固まる。保存期間の記載は 10か月と短めで、窒素充填・遮光
- 天然で含有率が最も高いのはコリアンダーリーフ油(4.96〜10.30%)。柑橘果皮油は 0.002〜0.055%
- GHS:H315 皮膚刺激、H411 水生毒性
直鎖アルデヒドの家系図は、片方の欄だけ整列する
データベースの直鎖脂肪族アルデヒドを C-8 から C-14 まで並べる。
| 材料 | 炭素数 | 蒸気圧 mmHg | 残香(時間 @100%) | サプライヤー |
|---|---|---|---|---|
| オクタナール(C-8) | 8 | 2.068 | 7 | 73 |
| ノナナール(C-9) | 9 | 0.532 | 276 | 63 |
| デカナール(C-10) | 10 | 0.207 | 224 | 92 |
| ウンデカナール(C-11) | 11 | 0.083 | 72 | 35 |
| ドデカナール(C-12) | 12 | 0.034 | 368 | 53 |
| テトラデカナール(C-14) | 14 | 0.006 | 400 | 13 |
蒸気圧の列は教科書のようだ。炭素が一つ増えるたびに一段小さくなり、 全体で 345倍の幅を、例外なしに降りていく。
残香の列はそうはいかない。C-9 が C-10 より長く、C-11 は突然 72時間に落ちる。 隣の C-12 の5分の1だ。6件とも「@100%」と同じ書式なのに、順序が出ない。
最初は「鎖が長いほど残る」と書くつもりだった。表を作って撤回した。
それから蒸気圧の元の欄を見に行った。6件すべてに (est) が付いている。沸点からの推定値だ。
同族体の沸点はもともと炭素数に沿って単調に上がる。そこから計算すれば、単調になるのは当然だ。
残香は各サプライヤーが試香紙で嗅いで申告した数字で、測り方はばらばら。
整列している列は計算の産物で、暴れている列こそ測定の記録だった。 est 記号が実際に語ること、 推定値どうしの一致が証拠にならない理由は 前の2本で書いた。この表は同じ話の3例目にあたる。
ついでに言うと C-12 は2本ある。直鎖のこれと、分枝の 2-メチルウンデカナール(MNA)。MNA の残香は388時間だが、 蒸気圧 1.428 は誤った沸点から推定された値だと当該記事で確認済みなので、表には入れていない。
石鹸の香りの柑橘アルデヒド、最大の天然源はコリアンダー
香調欄の最初の語は soapy。その後にワックス、アルデヒド、柑橘、オレンジピールと続く。 occurrence 欄には柑橘がずらりと並ぶ。ベルガモット油 0.002〜0.055%、 ブラッドオレンジ油 0.03〜0.043%、グレープフルーツ油 0.02%。どれも千分の一以下の桁だ。
本当に多い場所は別にある。コリアンダーリーフ油 4.96〜10.30%、キンマ葉油 4.23%。 柑橘果皮油より2桁高い。「パクチーは石鹸の味がする」という有名な論争があり、 その葉の精油の主要成分のひとつが、香調欄の最初の語に石鹸と書かれている。 並べると考えたくなるが、因果関係は調べていない。文末のリストに置いた。
東大がワオキツネザルの手首で見つけた
2020年、東京大学の東原研究室が Current Biology にワオキツネザルの研究を出した (Shirasu ら、PMID 32302584)。オスは手首の腺の分泌物を尻尾に塗り、メスに向かって振る。 GC-MS で追跡すると、C12 と C14 のアルデヒド3本が繁殖期に有意に増え、 テストステロン依存だった。ドデカナール、12-メチルトリデカナール、テトラデカナール。
行動実験の結果は原文どおりに書く。単独で嗅がせて有意だったのは後の2本。 ドデカナールは3本の混合物にしたときの誘引成分のひとつだ。著者らの表現は 「putative」(推定の)フェロモンで、断定していない。
表の最下段のテトラデカナールがまさにこの1本で、データベースには13社の取扱いがある。 残香400時間。キツネザルの使う材料は、あなたにも買える。
紀州みかんにあって、温州みかんにない
もう1本は長谷川香料の研究所による2010年の仕事だ(Miyazawa ら、PMID 20378969)。 香気抽出希釈分析(AEDA)で日本在来の紀州みかんと主流の温州みかんを比較した。 両者に共通する鍵化合物はデカナールやリナロールなど。 紀州みかんだけで有意に寄与した化合物が7本あり、ドデカナールはその1本。 同じグループにオクタナール、ゲラニオール、チモールが並ぶ。
同じ柑橘でも、アルデヒド1本の差で香りの輪郭が分かれる。 調香の柑橘アコードにわざわざ C-12 を足し戻す理由もここにある。 果皮油に元々入っているが、量が足りないのだ。
notes 欄が勧める相棒は、もう禁止されている
データベースの notes 欄にこうある。
clean fresh accord - aldehyde C-12 10% and lilyall
C-12 の10%と lilyall で清潔で新鮮なアコードを、という勧めだ。問題は lilyall すなわち Lilial が CMR(生殖毒性)分類で、 2022年3月からEUの化粧品で禁止されていること。この一文が書かれた当時は合法な処方だった。 いま従えば、EUでは店頭に並べられないものができあがる。
カタログデータの年齢は見えない。法規欄は更新されるが、notes 欄に埋まった処方の勧めは残り続ける。
買い方と保管
53社。入手性に問題はない。実務上の注意は三つ。
- 保存期間の記載は10か月で、このシリーズでは短い部類(多くは24か月)。 窒素充填・遮光の指定つき。脂肪族アルデヒドが酸化して酸になる経路は ベンズアルデヒドの回で書いたのと同じ話だ。
- 融点 3〜8 °C。冬に固まって届くのは物理現象で、常温に戻せばよい。
- 強度は high、評価希釈は10%以下。同シリーズの C-10 と C-11 は1%以下の指定で、 同じ形容詞の下に10倍の開きが隠れている。評価前に見るべきは形容詞ではなく数字だ。
公開デモ処方へのリンクは4件。コーパスでの出番は少ない。
この記事が確立していないこと
- **「パクチーの石鹸感はドデカナール由来」は調べていない。**並べたのは二つのデータベース事実だけ。 コリアンダーリーフ油に4.96〜10.30%含まれること、香調欄の最初の語が石鹸であること。 間の因果には官能研究が要る。
- **キツネザルの論文はドデカナール単独の誘引力を示していない。**単独で有意なのは他の2本で、 これは混合物の一員。著者も「推定」としか言っていない。
- 残香欄の乱れには一つの説明方向しか示していない(各社ばらばらの測定)。 実際に非単調である可能性は排除していない。
- **蒸気圧6件はすべて推定値。**345倍の幅は推定式の出力であって、6回の測定ではない。