原料図鑑 · 105
原料図鑑:Helvetolide —— 名前に -olide が付くがラクトンではなく、データベースの二つの欄も矛盾している
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CAS 141773-73-1、供給元 14 社。データベース名は musk propanoate で、同義語先頭が helvetolide (Firmenich)。分子式 C17H32O3 は酸素が三つあるので、エステルではあっても環状エステルではない。あの -olide という接尾辞はこの一本に関しては誤解を招く。強度欄は「中」でランク 2、残香欄は「336 時間より大きい」。香りの記述欄には非常に正確な位置づけがある。アンブレットライドとエチレンブラシレートのあいだで、洋梨のフルーティな面を持つ、と。溶解性欄には実際の使用量も入っていて、ファインフレグランスで 0.5 から 5%。そして天然/合成の欄は「天然」、天然での存在の欄は「自然界では見つかっていない」になっている。
要点:「商品名が嘘をつく」の標準的な例で、しかも嘘のつき方が具体的になる。接尾辞はラクトンだと言い、分子式は違うと言う。
項目
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| CAS | 141773-73-1 |
| EINECS | 415-490-5 |
| 同義語先頭 | helvetolide (Firmenich) |
| 分子式 | C17H32O3、分子量 284.440 |
| データベース分類 | フレグランス成分 |
| 純度 | 95.00 〜 100.00 |
| 沸点 | 346〜347 °C @ 760 mmHg(推定) |
| 引火点 | 122.90 °C(推定) |
| logP | 4.50(推定) |
| 水溶解度 | 0.2975 mg/L @ 25 °C(推定) |
| 香調タイプ | ムスク |
| 香調 | ムスク、アンブレット、フルーティ、洋梨、ウッディ、フローラル |
| 強度 | 中(ランク 2) |
| 残香 | > 336 時間(100% 原液) |
| 使用量の目安 | ファインフレグランス 0.5〜5%;シャンプー 0.5〜2%;シャワージェル 0.5〜2%;柔軟剤 0.5〜2%;万能クリーナー 0.5〜2%;石鹸 微量〜0.5%;キャンドル 微量〜0.5% |
| 天然/合成 | 天然 |
| 天然での存在 | 自然界では見つかっていない |
| 供給元 | 14 社 |
| 毒性 | 経口・皮膚・吸入ともすべて「未測定」 |
接尾辞が嘘をつく
-olide という接尾辞は一般に環状エステル(ラクトン)を指す。この一本の分子式は C17H32O3。
酸素が三つ。
エステルには酸素が二つ要る。三つあるということは、エステルではありうるが単純な環状エステルではないということになる。**データベースが付けている名前がそのまま言っている。musk propanoate(ムスクプロパン酸エステル)。**鎖状のプロパン酸エステルだ。
(-olide 接尾辞の的中率は両方向で 44% と 8% になる。〈-olide で終わるものは何なのか〉で測った。この一本は接尾辞が化学と合わない代表例になる。)
同じ組で並べる。
| 分子式 | 酸素 | 環状エステルか | |
|---|---|---|---|
| Exaltolide | C15H28O2 | 2 | そう(名前に lactone とある) |
| isoambrettolide | C16H28O2 | 2 | そう |
| Helvetolide | C17H32O3 | 3 | 違う(鎖状エステル) |
| Galaxolide | C18H26O | 1 | エステルではありえない |
二つの欄が矛盾している
天然/合成の欄は natural。
天然での存在の欄は not found in nature(自然界では見つかっていない)。
これは 1990 年代に Firmenich が開発した合成ムスクなので、「自然界では見つかっていない」が正しく、「天然」の欄が誤りになる。
(単発の事故ではない。全庫に 306 件、一方の欄が「見つかっていない」でもう一方が「天然」になっている材料がある。〈合成対天然の論争は私のデータベースでは判定できない〉で計算した。この欄で絞り込みをしてはいけない。)
位置づけが精確に書かれている
香りの記述欄に、私が見た中でも最も精確な製品の位置づけがある。
「洗練されたモダンなムスクの調子で、洋梨のフルーティな面を持つ。嗅覚的には、Ambrettolide と エチレンブラシレート のあいだに位置する。」
形容詞ではなく座標になっている。両端はどちらも書いた。
| 供給元 | 残香 | 強度 | |
|---|---|---|---|
| isoambrettolide | 43 社 | 248 時間 | 中(ランク 2) |
| Helvetolide | 14 社 | > 336 時間 | 中(ランク 2) |
| エチレンブラシレート | 52 社 | 400 時間 | — |
**残香も真ん中に落ちる。**248 → 336 → 400。
(あの > は値ではなく下限なので、336 は「少なくとも」としか言えない。この記号の意味は残香の回に書いた。)
使用量の目安が実際の数字になっている
溶解性欄に応用の指針が混ざっていて、形容詞ではなく範囲を出している。
ファインフレグランス 0.5〜5%;シャンプー 0.5〜2%;シャワージェル 0.5〜2%;柔軟剤 0.5〜2%;万能クリーナー 0.5〜2%;石鹸 微量〜0.5%;キャンドル 微量〜0.5%
ファインフレグランスの上限が 5% で、多くのムスクより高い。石鹸とキャンドルは「微量〜0.5%」で、一桁違う。
同じ欄に「このムスクは液体アプリケーションで特に良く働く」という一文もある。水溶解度が 0.2975 mg/L しかないことと矛盾はしない。液体アプリケーションとはシャンプーやシャワージェルのような水を含む処方での安定性のことであって、水に溶けるという意味ではない。
毒性欄が全部空
経口、皮膚、吸入の三欄がすべて Not determined(未測定)。
規制欄も空で、FEMA も JECFA も CoE も FLAVIS の番号もない。
問題があるという意味ではなく、香料専用の分子で食品香料の登録手続きを通っていないという意味になる。(FEMA 番号を持つものの多くはフレーバーとしても使われる材料だ。)
実務上は、このデータベースでは安全性データが引けないので、供給元の SDS を見る必要があるということになる。
Habanolide との違い
フォーラムでこの二本を合わせて「クリーンなホワイトムスク」にしたいという人がいた。並べる。
| Helvetolide | Habanolide | |
|---|---|---|
| データベース名 | musk propanoate |
(E)-12-musk decenone |
| CAS | 141773-73-1 | 111879-80-2 |
| 分子式 | C17H32O3(酸素 3) | C15H26O2(酸素 2) |
| 構造 | 鎖状エステル | 大環状ラクトン |
| 供給元 | 14 社 | 14 社 |
| 香調で独自のもの | 洋梨、アンブレット | 洗濯した布、メタリック |
**一方は鎖状エステル、もう一方は大環状ラクトンになる。**そして受容体の層では、直鎖ムスクも大環状ラクトンもどちらも OR5A2 を通るので、同じ人にとって二本の嗅ぎ取りやすさは連動する。
(Habanolide の「洗濯した布」という記述語は〈ふわふわ、砂嵐、温かいあの匂いは何という材料か〉で使った。)
この記事が立証していないこと
- **私はこれを嗅いでいない。**全編がデータベースの項目による。
- **「酸素が三つだから単純な環状エステルではない」は否定にしか使えない。**構造の確認には構造式が要り、見ていない。
- 「1990 年代に Firmenich が開発」は head_synonym と EINECS 番号からの推測で、データベースは開発年を書いていない。
- **残香の
> 336 時間は下限。**実際にはずっと大きいかもしれず、しかも 100% 原液での測定なので、10% 希釈で測ったレコードとは比較できない。 - 使用量の目安は供給元のテキストであって独立の測定ではない。
- 「Ambrettolide とエチレンブラシレートのあいだ」はメーカーの位置づけで、残香の数字と向きが一致することは確認したが、それは一つの次元にすぎない。
- 毒性欄が空なのはこのレコードの状態であって、供給元がデータを持っていないという意味ではない。
- コーパスの統計は取っていない。