原料図鑑 · 172
原料図鑑:スルフロール —— サプライヤー数で全体27位、そして調香の人は聞いたことがない
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CAS 137-00-8、サプライヤー105社。これより多いのは全体で26件しかない。ところが香気欄に並ぶのは脂、加熱、ビーフジュース、ミート、ブロス、ナッツ、酵母、パン、オイル、硫黄で、香調型は meaty。この材料は食品香料の世界に住んでいて、調香する人は一生出会わない。備考欄の一文がその正体を説明している。「チアミンのチアゾール部分」。ビタミンB1はピリミジンとチアゾールの二つの環からなり、そのチアゾール側を切り出してエタノール鎖をつけたものがこれになる。天然の存在欄も加熱されたものばかりだ。ローストビーフ、ビール、ブランデー、カカオ、コニャック、ロースト落花生、ワイン、備考欄はさらにポルチーニとモルトを加える。2003年のフロリダ大学の論文がこれを最も明快に示した。模擬オレンジジュースに0.024 mMのチアミンを入れ35 °Cで8週間置くと、13の香気活性成分が現れ、うち二つは数日で出て7日目には全香気活性の33%を占め、しかも機器より鼻のほうが先に見つけた。同じ化学が、牛肉では香りになり、果汁では劣化になる。
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長い話を短く
- 名称:sulfurol、正式名 4-methyl-5-thiazoleethanol、CAS 137-00-8、サプライヤー105社
- 全体で27位。これより多いのは26件しかない
- 香調型 meaty。香気:脂、加熱、ビーフジュース、ミート、ブロス、ナッツ、酵母、パン、オイル、硫黄
- 備考欄の一文:ビタミンB1(チアミン)のチアゾール部分
- 法規は四項目すべて収載:JECFA 1031、FEMA GRAS 3204、CoE 11621、FLAVIS 15.014、FCC 収載
- 比重 1.192〜1.210(水より重い)、蒸気圧0.003 mmHg、残香欄は空
- 供給元の匂いサンプルは 10%エタノール溶液と 10% PG 溶液で、原液ではない
27位、しかも調香の人は聞いたことがない
まず規模から。サプライヤー105社は、全体42,225件のうちこれより多いのが 26件しかない水準になる。 ゲラニオールや クローブバッド油と同じ桁の大口品目だ。
次に香気欄を見る。脂、加熱、ビーフジュース、ミート、ブロス、ナッツ、酵母、パン、オイル、硫黄。 香調型は meaty。どの香水にも入っていない種類のものになる。
データベースで odor_type が meaty のものは46件しかなく、サプライヤーの多い六件はこうなる。
| 材料 | サプライヤー | 香気の先頭 |
|---|---|---|
| sulfurol | 105 | 脂、加熱、ビーフジュース、ミート、ブロス |
| 2-methyl-3-tetrahydrofuran thiol | 61 | ローストビーフ、チキン、ミート、硫黄 |
| methionol | 44 | 硫黄、玉ねぎ、甘い、スープ、野菜 |
| bis(2-methyl-3-furyl) disulfide | 43 | ミート、ロースト、青ねぎ、玉ねぎ、硫黄 |
| sulfuryl acetate | 43 | ミート、ビーフジュース、ビーフ、ブラウン、ブロス |
| meaty dithiane | 27 | 豚、羊、鶏、セイボリー、ブイヨン、玉ねぎ |
塩味側の香調型をまとめて数えると(meaty、roasted、alliaceous、cheesy、onion、burnt、 nutty、vegetable、cabbage、fatty、sulfurous)593件。 調香でよく使う側(floral、woody、musk、citrus、fruity、green、herbal、balsamic、 amber、aldehydic)は 4,343件。香調型が入っている総数は7,001件になる。
だからこのデータベースの重心はたしかに調香側にある。ただしサプライヤー数の欄は違う。 そこが記録しているのは食品香料産業の実際の流通量で、その世界は香水より大きい。 酢酸エチルの記事で DPG の言及が222件しかないと 測ったのは、同じことの裏面になる。
ビタミンB1から切り出された半分
備考欄の一文目がすべて言っている。the thiazole portion of thiamine。
チアミン(ビタミンB1)は、ピリミジン環とチアゾール環がメチレン橋でつながった構造をしている。 そのチアゾール側だけを取り出し、環にメチル基とエタノール側鎖をつけたものが 4-methyl-5-thiazoleethanol、すなわちスルフロールになる。
天然の存在欄はこの出自と符合していて、並んでいるのは加熱されたものばかりだ。 ローストビーフ、焙焼ビーフ、ビール、ブランデー、カカオ、コニャック、ロースト落花生、 菜種、ワイン。備考欄はさらにポルチーニ(Boletus edulis)とモルトを加える。
生のものが一つもない。この手がかりは一つの機構を指している。 チアミンを含む食材が熱を受け、チアミンが開裂し、チアゾール側が匂い分子として出てくる。
オレンジジュースでは、同じ化学が劣化と呼ばれる
2003年、フロリダ大学柑橘研究センターの Dreher、Rouseff、Naim が きれいな実験をしている(PMID 12720398)。
設計はこうだ。模擬オレンジジュース溶液に 0.024 mM のチアミン塩酸塩を加え、 褐色ガラス容器で 35 °C、最長8週間保存する。 ガスクロマトグラフィーと嗅ぎ取り(GC-O)を主に、 水素炎イオン化検出器とパルス炎光光度検出器(PFPD)も併用した。
結果。2-メチル-3-フランチオール(MFT)とその二量体 **bis(2-methyl-3-furyl) disulfide(MFT-MFT)**が同定され、 チアミンが熱劣化した柑橘果汁におけるこれら強力なオフフレーバーの前駆体になりうることが確認された。
数字はこうなる。香気活性成分は全部で 13 観察された。MFT と MFT-MFT は保存数日で現れ、 7日目には全香気活性の33%を占めた。しかもどちらも、 PFPD より先に嗅覚で検出された。
ほかの香気活性成分には4,5-ジメチルチアゾール(スカンク様、土様)、 3-チオフェンチオール(ミート、加熱)、2-ホルミル-5-メチルチオフェン(ミート)、 2-メチル-3-(メチルジチオ)フラン(ミート)が含まれる。
二点で立ち止まる価値がある。
**一つ目。MFT-MFT は上の表にいる。**サプライヤー43社、香調型 meaty。 ビーフフレーバー製品では原料であり、オレンジジュースでは欠陥になる。 分子は変わらず、変わるのはどこに現れるかだ。 酢酸エチルがカルヴァドスでフルーティから 除光液に変わるのと同じ構造になる。
**二つ目。鼻が機器に勝った。**GC-O の嗅ぎ取りポートが PFPD より先にその二つを捉えたのは、 閾値が機器の検出限界より低いからだ。匂いの閾値の 具体的な事例になる。
産業は肉を使わずに肉の味を作る
2020年、北京工商大学の Raza らがもう半分の物語をやっている(PMID 33026027)。 グルタチオンを富化した酵母エキス(GSH-YE)に、システインとリボースを部分的に加え、 メイラード反応でビーフ様の香りを模擬する。
中心複合計画(CCD)で反応条件を最適化し、HS-SPME-GCMS で主要な香気物質を同定した。 最適化後に生成したのは多数のピラジン、フラン、チアゾール、含硫・含窒素化合物で、 主要な香気物質は2,5-ジメチルフラン、2,5-ジメチルピラジン、チアゾール、 2-メチル-3-フランチオール、ジメチルトリスルフィド、3,5-ジエチル-2-メチルピラジン、 3,3'-ジチオビス[2-メチルフラン]、2-メチル-3-(メチルチオ)フランだった。
著者は製造条件への感度も記録している。初期 pH と加熱温度を個別に変えるだけで 揮発性プロファイル全体が大きく動き、温度が高いほどシステインほかのアミノ酸は速く消費される。
つまり現代のミートフレーバーは肉から来ているのではなく、 酵母とアミノ酸と糖のメイラード反応から来ている。そしてチアゾールは生成物リストの常連だ。 スルフロールはその一族の中で、買えて規格の安定した一本になる。
物性:重く、ほとんど揮発せず、残香欄がない
| 欄 | 値 |
|---|---|
| 比重 @25 °C | 1.192〜1.210(水より重い) |
| 屈折率 @20 °C | 1.548〜1.552 |
| 沸点 | 279〜281 °C @760 mmHg/135 °C @7 mmHg |
| 引火点 | > 110 °C |
| 蒸気圧 | 0.003 mmHg(est) |
| 水溶解度 | 9,081 mg/L(est) |
| 残香 | (空) |
蒸気圧0.003は非常に低い数字で、オイゲノールの0.010より さらに三倍低い。そして残香欄は空になっている。
この空白には注目する価値がある。このデータベースの残香欄は試香紙で嗅いで得た値であり、 ミート系の材料を試香紙で評価する人はいない。この材料の使用場面はスープやソースに入れ、 ppm 単位で使い、食べられることだ。残香欄に入れるものがないのはデータの欠落ではなく、 その測定法がこの材料に適用されないからになる。
もう一つ細部を。データベースが記録している供給元の匂いサンプルは 「10%エタノール溶液」と「10% PG 溶液」だ。カタログ上ですでに希釈形態で流通している。
買い方と保管
サプライヤー105社、供給に不安はない。ただし実務上の問題が香料材料とは違う。
- **まず自分の用途が許可範囲に入るかを確認する。**法規上の身分は食品香料であり (JECFA 1031、FEMA 3204、CoE 11621、FLAVIS 15.014、FCC 収載)、 化粧品用途欄には perfuming agents とあるものの、肌に乗せるなら現行規則を自分で見ること。
- **原液ではなく希釈液を買う。**カタログ上のサンプル形態が10%である。 使用量の桁を考えると、小ロット作業に原液は意味がない。
- **水より重い(1.192〜1.210)。**調香棚では少数派になる。秤量で体積換算をしないこと。
- 引火点 > 110 °C、蒸気圧0.003は、この連載でも最も揮発しにくい部類になる。 酢酸エチルの111.7 mmHg とは四万倍近い差がある。
- 構造クラス II(Cramer クラスII)、経口 LD50 はラット2,450 mg/kg。
→ データベースのスルフロール:物性一式、105社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「サプライヤー数が食品産業の量を反映している」はこの一本の順位と香調型からの推論で、 データベースは供給元がどの産業に属するかを記録していない。
- 593対4,343はこちらで選んだ香調型のグループ分けであり、 塩味側と調香側の境界に公式の定義はない。語を入れ替えれば別の数字になる。
- Dreher らが扱ったのは模擬オレンジジュースで、本物の果汁でも肉でもない。 証明されたのはチアミンがそれらのオフフレーバーの前駆体になりうることであって、 牛肉中の経路が同一だということではない。
- **その論文はスルフロール自体を検出していない。**検出されたのは同じくチアミン開裂由来の 別の生成物である。機構の説明に使っており、この材料を測ったとは言っていない。
- 残香欄が空である理由を測定法の不適用に帰しているが、データベースは説明していない。