原料図鑑 · 113
原料図鑑:カストリウム・アブソリュート —— 1993年と1995年に成分分析をやり直したら、先行報告の24化合物のうち確認できたのは8つだった
· 10 分
CAS 8023-83-4、サプライヤー23社、関税番号0510の組で最多の1本。FEMA 番号は無く(FEMA を持つのは「カストリウム液」の 2262)、毒性3欄はすべて未測定。香調はレザー、スモーキー、アニマル、フェノリック、古材、焦げ。成分の履歴が面白い。Tang らは1993年と1995年の2本の論文で北米ビーバーのカストリウムを再分析し、フェノール類の論文では先行報告の15のうち5つしか確認できず新たに10を、中性化合物の論文では Lederer 1949 の9つのうち3つしか確認できず新たに13を報告した。合わせて24のうち8つが残り、23が新たに加わったことになる。
読了目安 5 分。
要点
- 名称:castoreum absolute(カストリウム・アブソリュート)、CAS 8023-83-4、EINECS 232-427-5
- 由来:
occurrence欄は「beaver」、TSCA 定義は「castor、castoridae(ビーバー科)から得られる」 - 香調タイプ:leathery——レザー、スモーキー、アニマル、フェノリック、古材、焦げ、レジナス
- 強度:高(10% 以下で評価推奨)、ランク3
- 残香:欄は「400 時間 @ DPG 中 10%」
- 外観:濃褐色の半固体から固体;保存期限24か月;熱と光を避ける
- サプライヤー:23社——関税番号0510の11件で最多
- FEMA 番号は無く、
regulatory欄は空 - 毒性3欄すべて「未測定」
同じ記録の中で、2つの欄が別の溶媒を使っている
この記録には見落としやすい細部がある。
odor_substantivity:「400 hour(s) at 10.00 % in dipropylene glycol」odor_descriptions:「at 10.00 % in diethyl phthalate. leathery smoky animal phenolic old wood burnt resinous」
**残香は DPG 中で測られ、匂いの記述はフタル酸ジエチル中で書かれている。**同じ記録、2つの違う基準だ。
そして solubility 欄が挙げているのはミリスチン酸イソプロピルと水で、アルコールも DPG も無い。
**3つの欄、3つの溶媒。**動物性抽出物ではよくあることだ——エタノールにあまり溶けないので、それぞれが手元の使いやすい溶媒でやり、欄がそのまま残る。
(残香欄の限定詞が数値欄で落ちる話は〈Ambroxan の「400時間」〉で分解した。この記録はまた別の書き方だ。Ambroxan「> 400 @ DPG中10%」、Javanol「400 @ 100%」、ムスクキシロール「400 @ DPG中20%」、これ「400 @ DPG中10%」。4件、4種類の測定、数値欄はどれも 400.0。)
成分の履歴:先行報告の3分の2は再現されなかった
カストリウムの化学組成は1940年代から調べられてきた。Tang、Webster、Müller-Schwarze は1993年と1995年に、北米ビーバー(Castor canadensis)を GC、GC-MS、NMR で再分析し、合成標準品のスペクトルと照合した。
2本の結果を並べる。
| 先行報告 | 今回確認 | 新規 | |
|---|---|---|---|
| フェノール類 | 15 | 5 | 10 |
| 中性化合物 | 9(Lederer 1949) | 3 | 13 |
| 合計 | 24 | 8 | 23 |
4分の3が確認されなかった。
論文自身の説明はこうだ。それらの化合物は「存在しないか、あるいは我々の方法で検出できるほど揮発性が高くない」。
**この一文で一度止まる価値がある。**2つの可能性を同時に含んでいる——先行研究が誤っていたか、今回の方法で検出できないか。論文は両者を分けていないし、分ける必要も無い。報告しているのは「この方法で、これが我々に見えたもの」だからだ。
(同じ理屈は〈天然原料はどれだけばらつくか〉でも出てきた。天然材料の成分表は事実に見えるが、実際は「ある年にあるチームがある方法で測ったもの」だ。)
中性化合物の論文はさらに一歩進んでいる。構造同定と生物検定のために8つの化合物を合成した——6-メチル-1-ヘプタノール、4,6-ジメチル-1-ヘプタノール、イソピノカンホン、ピノカンホン、2つのリナロールオキシドとそのアセタート。
新たに見つかった中性化合物は大半が含酸素モノテルペンで、フェノール類とはまったく別の化学の族だ。
ビーバーはなぜこれを作るのか
2本の論文はどちらも冒頭で同じことを書いている。北米ビーバーはカストリウムで縄張りを標識し、自分の縄張りの中では、実験的に置かれた見知らぬカストリウム(あるいは選ばれた単一成分)に対して標識行動で応答する。
これは信号分子の系であって、人が嗅ぐためのものではない。「カストリウムの独特の匂いは、一部には大量のフェノール化合物による」——その文は2本とも抄録に入っている。
FEMA はあるが、この記録のものではない
Burdock の2007年の安全性評価が扱っているのはカストリウム抽出物(castoreum extract)、FEMA 2261 だ——カストル嚢を熱アルコールで直接抽出したもので、「少なくとも80年間、風味成分として食品に加えられてきた」、FEMA と FDA はともに GRAS とみなす。
だがこのデータベースでは、
| 記録 | サプライヤー | FEMA |
|---|---|---|
| カストリウム・アブソリュート(本稿) | 23 | 無し |
| カストリウム・アブソリュート代替品 | 19 | 無し |
| カストリウム・レジノイド | 8 | 無し |
| カストリウム液 | 4 | 2262 |
| カストリウム・チンキ | 2 | 無し |
| カストリウム・レジノイド代替品 | 1 | 無し |
| カストリウム抽出物 | 0 | 無し |
Burdock が論じている「カストリウム抽出物」は、このデータベースではサプライヤー0社で、しかも欄に FEMA 2261 が入っていない。
(前回〈データベースに残る本物の動物性香料は11件だけ〉を書いたとき、「カストリウム・アブソリュートにも FEMA がある」と書いたのは誤りで、訂正済みだ。FEMA を持つのは「カストリウム液」で、番号は 2262。)
**実務上の意味:1つの名前の下の商品が同じ規制上の身分を共有していると仮定しない。**同じ CAS の下の7件のうち、番号を持つのは1件だけだ。
そして「バニラアイスにカストリウム」という伝説が香調欄でどこまで確かめられるかは別記事に書いた——8件のカストリウム記録に vanilla という語は1度も出てこない。
使い方
- **10% 以下で評価する。**欄がそう勧めているし、強度ランクは3だ。
- **これはムスク型ではなくレザー型だ。**アニマル感が欲しいとき、これが出すのはレザー、スモーキー、焦げの系統で、シベトンの「クリーンなムスク」とは逆方向にある。
- **エタノールに溶けないことに注意する。**溶解度欄は IPM と水しか挙げていない。実務では先に DPG か DEP の希釈液を作る。
- 熱と光を避けて保存、保存期限は24か月。
- 濃褐色の半固体なので、完成品の色を考慮に入れる。
- 19社の代替品があるが、カストリウムは動物性材料の中で本家が代替品を上回っている数少ない例だ(23対19)。
この記事が立証していないこと
- **嗅いだことはない。**全文が欄と全庫統計と論文3本でできている。
- **Tang らの2本は北米ビーバー(Castor canadensis)の雄を扱っている。**ユーラシアビーバー(C. fiber)では組成が違う可能性があり、商業カストリウムの由来は調べていない。
- **「24のうち8つ」は2本の論文の数字を足したものだ。**2本の先行文献の範囲は違う(フェノール類の論文は「他所で報告された15」、中性の論文は Lederer 1949 を指す)。足し算をしたのは私で、論文はそう提示していない。
- **「確認されなかった」は「存在しない」ではない。**論文自身が、検出できるほど揮発性が高くない可能性にも触れている。
- Burdock の論文は抄録しか読めておらず、年間使用量や暴露量の推定は見ていない。本文にそれらの数字は無い。
- **毒性3欄はすべて未測定。**Burdock が論じているのは抽出物の安全性であってこのアブソリュートではなく、互いに代用できない。
- 3欄3溶媒は欄の文字から読み取ったもので、サプライヤーに理由を尋ねてはいない。
- この記録には物性値がまったく無い——融点も蒸気圧も logP も無く、外観欄は(推定)付きだ。