原料図鑑 · 112
原料図鑑:シベトン(civetone)—— 「尿、糞」の分泌物から単離された分子で、香調欄の1語目は「クリーン」
· 10 分
CAS 542-46-1、データベースでは (Z)-civet decenone、サプライヤー10社。由来と並べると面白い。シベット・アブソリュートの香調欄はアニマル、尿、糞、ハニーで、評価は10%推奨。そこから単離されたこの分子は香調タイプが musk で、香調欄の1語目は「クリーン」、評価は1%推奨だ。同じデータベースで (E) 異性体はサプライヤー0社。2017年には9つのシベトン類似体がフッ素化して合成され、X線で環の配座が確認された——共通配座から外れたものはムスク香を失い、しかも不快になった。
読了目安 5 分。
要点
- 名称:civetone(シベトン)、データベースでは (Z)-civet decenone、別名 civettone (Firmenich)、CAS 542-46-1
- 分子式 C17H30O、分子量 250.43——17員環の大環状ケトン
- FEMA 3425、JECFA 1401、CoE 11744、構造クラス II
- 香調タイプ:musk;香調:クリーン、ムスク、ドライ、アニマル、スイート
- 強度:高(1.00% 以下で評価推奨)、ランク3;残香 400 時間
- 融点 37.5–38.5 °C——室温では固体
- サプライヤー:10社;
occurrence欄は「civet」 - 毒性3欄すべて「未測定」
由来と並べる
シベトンはシベットの分泌物から単離された。2つの記録を並べる。
| シベット・アブソリュート | シベトン | |
|---|---|---|
| CAS | 68916-26-7 | 542-46-1 |
| 香調タイプ | animal | musk |
| 香調欄 | アニマル、尿、ハニー、糞、バルサミック、パウダリー、ファッティ、レジナス | クリーン、ムスク、ドライ、アニマル、スイート |
| 強度 | 高(10% 以下で評価) | 高(1% 以下で評価) |
| 評価溶媒 | ミリスチン酸イソプロピル | ジプロピレングリコール |
| 残香 | 400 h | 400 h |
| サプライヤー | 17社 | 10社 |
同じ由来から、まったく違う2つの顔が出てくる。
アブソリュートの香調欄には「尿」と「糞」があり、そこから単離された主分子の1語目は**「クリーン」**だ。
**つまりシベットのアニマル感はシベトンが与えているのではない。**あれらの語は分泌物中の別のもの——インドールやパラクレゾールのような分子は動物の分泌物にありふれていて、濃ければ糞の匂いになる——から来ている。
(濃度が材料の性格を反転させる話はインドールの記事の主題だ。ここでの違いは濃度ではなく成分だ。)
評価濃度が10倍違うことも記しておく価値がある。アブソリュートは10%、単体は1%。しかも評価溶媒が違う——アブソリュートは IPM(溶解度欄にはミリスチン酸イソプロピルと水しかなく、アルコールが無い)、単体は DPG。2つの匂い記述は直接比較できない。基準が違うからだ。
(E) 異性体はサプライヤー0社
データベースのシベット関連は10件あり、そのうち3件は同じ骨格の別バージョンだ。
| 記録 | CAS | サプライヤー |
|---|---|---|
| (Z)-civet decenone(シベトン) | 542-46-1 | 10 |
| (E)-civet decenone | 1502-37-0 | 0 |
| ジヒドロシベトン | 3661-77-6 | 1 |
(Z) は10社、(E) は1社も無い。
17員環上のあの二重結合の、シスかトランスかだけが違いのすべてだ。これは Javanol を書いたときに引いたサンタロールの論文と同じ現象——異性体の配置が、その分子にその匂いがあるかどうかを決めうる。
そしてシベトンでは、それを最後までやった人がいる。
9つのフッ素化類似体
Callejo らが2017年に《Chemistry》でやったことは直接的だ。ジフルオロメチレン(CF2)基をムスク関連の大環状ケトンに導入し、シベトン類似体を9つ、ムスコン類似体を5つ合成した。
CF2 基には既知の傾向がある——脂肪族大環の中で「辺」より「角」に来たがる。だから環上の位置を変えることは、化学的に環の配座を捻じることになる。
そのうえで X 線回折で各類似体の環がどんな形かを確認し、プロの調香環境で評香させた。
結論。
CF2 の特定の配置によって共通配座から歪んだ構造は、ムスク香を失い、しかも快さが減った。
彼らは Bersuker らの歴史的なムスク配座モデルも検証し、「おおむね成立する」と述べている。
この意味はこうだ。ムスク香は「大環があること」で決まるのではなく、その環が実際にどんな形を取るかで決まる。
(ある分子にその匂いがあるかどうかが、成分表ではなく形で決まる——これは Helvetolide の「名前に -olide が付くがラクトンではない」と逆方向の同じ話だ。あちらは名前が騙し、こちらは分子式が騙す。)
受容体の側
Shirasu らは2014年に《Neuron》でマウス嗅球のムスク経路を追い、ムスコンが活性化する少数の糸球体が大環状ケトンに高度に特異的であること、ニトロ・多環・エステル系の合成ムスクは別の、しかし近接した糸球体を活性化することを見つけた。マウス受容体 MOR215-1 とヒト受容体 OR5AN1 も同定している。
Ahmed らは2018年に《PNAS》で OR5AN1 の分子機構に進んだ。この受容体はムスクケトンにナノモル濃度で応答し、大環状スルホキシドやフッ素置換の大環状ケトンにも強く応答する。一方別の受容体 OR1A1 はニトロムスクにしか応答しない。OR5AN1 が (S)- より (R)-ムスコンを好むことも確認された。
シベトンは大環状ケトンだから、前者の経路を通る。
処方への実際的な意味は限られる——これらは受容体と嗅球の実験であって処方の指針ではない。ただし合成ムスクの家族が互いにそのまま入れ替えられない理由の説明にはなる。鼻の中で通る線が同じではないのだ。
固体で、しかも使用量は痕跡量
融点 37.5–38.5 °C、室温では無色から白色の結晶固体。外観欄は「無色から白色の液体から結晶固体」——また状態の境界にかかった材料で、ただしこちらの境界は室温ではなく体温付近だ。
そして solubility 欄が珍しく使用量の幅を直接くれている。
ファインフレグランス:痕跡量 – 0.1%;シャンプー:痕跡量 – 0.1%;シャワージェル:痕跡量 – 0.1%;石けん:痕跡量 – 0.1%
**4つの品目がすべて同じ幅で、上限は 0.1% だ。**この欄は多くの材料で空か溶媒しか無く、パーセントを直接くれるのは珍しい(エチルマルトールがもう1つの例)。
「1% 以下で評価推奨」という欄と合わせると方向は揃っている。これは痕跡量で働く材料だ。
使い方
- **まず 1% かそれより薄い溶液を作る。**欄がそう勧めているし、強度ランクは3だ。
- **完成品では 0.1% を上限として考える。**溶解度欄自身がその数字をくれている。
- **シベット・アブソリュートのようなアニマル感を期待しない。**香調タイプは musk で、1語目はクリーンだ。あの尿と糞の感じは別の分子から来る。
- **重量で測り、先に溶液にする。**融点 37.5 °C の固体は滴では量れない。
- **商品名に注意する。**Firmenich の civettone とデータベースの (Z)-civet decenone は同じもので、カタログには両方の書き方がありうる。
この記事が立証していないこと
- **嗅いだことはないし、シベット・アブソリュートも嗅いでいない。**全文が欄と全庫統計と論文3本でできている。
- **アブソリュートと単体の匂い記述は直接比較できない。**評価濃度が10倍違い(10% 対 1%)、溶媒も違う(IPM 対 DPG)。これがこの記事の最大の方法上の限界だ。
- 「アニマル感はシベトンが与えているのではない」は2つの香調欄からの推論で、シベット分泌物の成分分析データは持っていないし、どの分子があの語に寄与しているかも調べていない。
- (E) 異性体のサプライヤー0社は収録状況で、無臭であることも合成できないことも意味しない。その匂いのデータは調べていない。
- **Callejo らが評香したのはフッ素化類似体であってシベトンそのものではない。**あの論文が立てたのは「環の配座がムスク香を決める」ことで、シベトンのいかなる性質でもない。
- **Shirasu と Ahmed の2本はシベトンを測っていない。**測っているのはムスコンと他のムスク化合物だ。シベトンを大環状ケトンに分類したのはその構造によるもので、あの2本のデータによるものではない。
- **毒性3欄はすべて未測定。**それはサプライヤーの多い材料の47.7%に当てはまる常態で、この1本に特有のことではない。
- 溶解度欄のパーセントはサプライヤーの推奨使用量であって規制上の制限値ではない。IFRA スタンダードは別に確認すること。