原料図鑑 · 109
原料図鑑:ムスクキシロール(musk xylol)—— データベースは「香料に使わない」と書き、同じ記録の別の欄は「香料」と書く
· 11 分
CAS 81-15-2、サプライヤー20社。category 欄には「参考情報のみ、香料・香精には使用しない」とあり、同じ記録の cosmetic_uses 欄には「香料;賦香剤」とある。全庫 42,225 件でこの2つが同時に立つのは2件だけで、もう1件は人工甘味料だ。GHS は「確認された発がん性」ではなく H351「発がんのおそれの疑い」を与えている。Lehman-McKeeman 1997 がその理由を説明している——遺伝毒性試験では一律に陰性なのに、マウスに肝腫瘍を作る。機構は酵素誘導という非遺伝毒性の経路だ。Müller 1996 はスイス人15人の脂肪組織から最大 288 ng/g 脂質を検出した。急性毒性はむしろ極めて低い。
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要点
- 名称:musk xylol(ムスクキシロール)、CAS 81-15-2
- 分子式 C12H15N3O6、分子量 297.27;ニトロ基が3つ
- 香調:ムスク型——ファッティ、ドライ、スイート、ソーピー、ムスク;強度は中、ランク2
- 残香:欄は「400 時間 @ 20% DPG 溶液」
- 外観:淡黄色結晶、融点 235.4 °C
- サプライヤー:20社
- GHS:H351 発がんのおそれの疑い、H410 長期継続的影響により水生生物に非常に強い毒性
- 急性毒性:経口ラット LD50 > 10000 mg/kg、経皮ウサギ > 15000 mg/kg
- **これは使わないこと。**以下はその理由と、なぜまだ買えるのかだ。
同じ記録の2つの欄が矛盾している
category と uses 欄はこう書いている。
参考情報のみ、香料・香精には使用しない(information only not used for fragrances or flavors)
同じ記録の cosmetic_uses 欄はこう書いている。
香料;賦香剤(fragrance; perfuming agents)
全庫 42,225 件のうち、この2つを同時に満たすのは2件だけだ。もう1件はシクラミン酸ナトリウム——人工甘味料である。
対照は隣にある。**ムスクアンブレット(83-66-9、サプライヤー18社)の cosmetic_uses は「もう使われていない」だ。**同じく引退したニトロムスク2本に、2つの違う答えが与えられている。
このこと自体が1本の記事になり、〈ある材料がもう引退しているとどう分かるか〉に書いた——このデータベースには引退表示が2つあり、重なるのは18件だけだ。
実務上の結論は単純だ。cosmetic_uses を可用性の判断に使わない。
なぜ GHS は「確認」ではなく「疑い」なのか
GHS 分類欄。
H351 — 発がんのおそれの疑い(Carcinogenicity Category 2) H410 — 長期継続的影響により水生生物に非常に強い毒性
「Category 2 疑い」と「Category 1 既知または推定」は別の等級で、これが Category 2 で止まっているのには理由がある。
Lehman-McKeeman らが1997年に《Molecular Carcinogenesis》でそれを明快に述べている。冒頭はこうだ。
ムスクキシレンは合成ニトロムスク香料成分であり、遺伝毒性試験では一律に陰性であるにもかかわらず、B6C3F1 マウスに肝腫瘍を生じさせる。
**2つが同時に成り立っている。**DNA を壊すことは検出されないのに、マウスに腫瘍ができる。
論文が追っているのは機構だ。フェノバルビタールに似た形でチトクロム P450 酵素を誘導しており、これはエピジェネティック(非遺伝毒性)な経路を示唆する。同時に、生体内で腸内細菌叢によりニトロ基が還元されて芳香族アミン代謝物が生じ、その代謝物自体が CYP2B10 を強く誘導する。
**これが「疑い」の出どころだ。**動物の腫瘍があり、遺伝毒性が無く、機構は酵素誘導——この組み合わせは種間外挿に余地を残すので、分類は Category 2 で止まる。
**これは安全という意味ではない。**次の段は別の評価項目の話だ。
急性毒性は極めて低く、そしてそれは論点ではない
経口ラット LD50 > 10000 mg/kg、経皮ウサギ LD50 > 15000 mg/kg(ともに1981年の《Bulletin of Environmental Contamination and Toxicology》より)。
きれいな数字だが、答えているのは間違った問いだ。
急性毒性は「一度に大量に摂ると死ぬか」を測る。ニトロムスクが退場した理由は蓄積のほうにある——親油性で、分解されにくく、脂肪に残る。
Müller らは1996年に《Chemosphere》で、スイス人の脂肪組織15検体をガスクロマトグラフィー/高分解能質量分析で分析し、ニトロムスク5種と多環ムスク3種を測った。ムスクキシレンは最大 288 ng/g 脂質が検出された。
Suter-Eichenberger らは1998年に同じ《Chemosphere》でラットの給餌実験を行い、結果は3層になっている。
- **脂肪組織に蓄積する。**他の臓器(卵巣、副腎)にも相当量がある。
- **胎盤を通過し、母乳を介して仔に移行する。**乳汁中の濃度は成体雌の脂肪組織と同程度だった。
- 雌の組織濃度は雄の3.7〜6.8倍で、この差は脂質含量と無関係であり、論文自身が「説明できない」と述べ、しかも仔には見られない。
3点目がいちばん興味深いところだ——説明のつかなかった性差が、そのまま論文に残されている。
(この線の残りは〈合成ムスクは同じ種類ではない〉と〈原料図鑑:ムスクケトン〉に書いた。ムスクケトンが生き残っているのは1つの規格——ムスクキシレン含量が 0.1% 未満であること——による。つまりこの1本の存在が、まだ使えるほうの1本の足を引っ張っている。)
溶解度欄が珍しく5つの数字をくれている
この記録の solubility 欄は形容詞ではなく数字だ。
| 溶媒 | 100 g あたり溶ける量 |
|---|---|
| 安息香酸ベンジル | 25.2 g |
| フタル酸ジメチル | 16.8 g |
| フタル酸ジエチル | 14.4 g |
| メチルカルビトール | 5.5 g |
| 95% エタノール | 0.88 g |
安息香酸ベンジルとエタノールで 28.6 倍の差がある。
融点 235.4 °C の結晶固体がエタノールにほとんど溶けない。これが当時どう使われていたかを説明している——安息香酸ベンジルに溶かして前溶液にするのだ。香り記述の欄にも痕跡が残っている。「安息香酸ベンジル中 10.00%:ファッティ、ドライ、スイート、ソーピー、ムスク」。
**この連載で、非アルコール溶媒を評価基準に使っている記録は珍しい。**たいていは「DPG 中 10%」だ。
残香欄のあの限定詞
残香欄の元の文字列はこうだ。
400 hour(s) at 20.00 % in dipropylene glycol
**DPG 中 20% であって、純物質ではない。**そして数値欄は限定詞を落として 400.0 だけを残す。
400 はこの欄の天井で(値のある 2,027 件のうち 334 件がちょうど 400)、限定詞が落ちる問題は〈Ambroxan の「400時間」〉で分解した。この記録はさらに別の書き方を足してくる。Ambroxan は「> 400 @ DPG 中10%」、Javanol は「400 @ 100%」、これは「400 @ DPG 中20%」。3つの異なる測定が、数値欄では同じ 400 になる。
どうすべきか
- **買わない、使わない。**category 欄が自分でそう言っている。
- **古いコンパウンドや古い処方が手元にあるなら調べる価値がある。**1980〜1990年代には広く使われていた。
- **ムスクケトンを使っているなら、その規格が「ムスクキシレン < 0.1%」であることに注意する。**自動的に成り立つものではなく、サプライヤーに確認すべき規格だ。
- **サプライヤーがまだ20社あることは、使えることを意味しない。**買えることと使えることは別だ。
この記事が立証していないこと
- **嗅いだことはないし、嗅ぐつもりもない。**全文が欄と全庫統計と論文3本でできている。
- **現行の規制条文は確認していない。**この記事はデータベースの欄と公表された毒性文献の話であって、いかなる管轄区の法的状態の話でもない。確認するには IFRA スタンダードと自分の地域の化粧品規制を見てほしい。
- Lehman-McKeeman らの論文はマウスと機構の話であって、ヒトのリスク評価ではない。そこから取っているのは GHS がなぜ「疑い」と書くかであって、いかなる暴露量における結論でもない。
- **Müller 1996 の検体数は15、スイス、1990年代半ば。**現在の暴露水準ではない。ニトロムスクはその後大きく退場した。
- **Suter-Eichenberger の3.7〜6.8倍の性差は、論文自身が説明できないと述べている。**後続の文献がそれを説明したかどうかは調べていない。
- 溶解度の5つの数字はデータベースが収めたサプライヤー情報で、測定条件と温度は記されていない。
- 急性毒性のデータは1981年と1990年の文献で、欄にそう記されている。
- サプライヤー20社はこのデータベースの収録状況であって、現在も供給しているかは分からない。