原料図鑑 · 177
原料図鑑:グレープフルーツ油 —— 香気欄に「グレープフルーツ」という語がない
· 10 分
CAS 8016-20-4、サプライヤー95社。この油の香気欄に並ぶのはドライ、シトラス、ビター、アルデヒド、テルペン、フルーティ、トロピカル、オレンジの八語で、グレープフルーツは一つもない。一方で味覚欄はたった一語、grapefruit。理由は旋光度が語っている。+91から+96という値はリモネンの署名であり、この油の大部分がそれだということになる。実際にグレープフルーツらしさを与えている二つの微量成分は、データベースでは独立した品目として、しかも油より多く流通している。(+)-ヌートカトンはサプライヤー104社で油の95社を上回り、グレープフルーツメルカプタンは64社、強度欄は「high、0.10%以下で評価」とある。2001年のミュンヘンの論文は手搾りグレープフルーツ果汁の香気活性成分25種を安定同位体希釈法で定量し、あの硫黄感のあるグレープフルーツらしさは主に二つのチオールに由来すると結論した。2016年に同じ研究室が34の誘導体を合成して構造活性を調べ、うち18は文献初報告であり、1-p-メンテン-8-チオールの空気中閾値0.000034 ng/L は食品香気成分で報告された中でも最も低い部類だと記している。
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長い話を短く
- 名称:grapefruit oil、正式名 citrus paradisi peel oil、CAS 8016-20-4、サプライヤー95社
- 香調型 citrus。香気:ドライ、シトラス、ビター、アルデヒド、テルペン、フルーティ、トロピカル、オレンジ。「グレープフルーツ」はない
- 味覚欄はたった一語:grapefruit
- 旋光度 +91〜+96、比重0.848〜0.856
- 残香264時間、保存期間 12か月、引火点 43.89 °C
- GHS:H226 引火性、H315 皮膚刺激、H319 眼刺激、H335 気道刺激
- 法規欄は FEMA GRAS と CoE のみ
香気欄にその語がない
二つの欄を並べる。
- 香気欄(odor):
dry; citrus; bitter; aldehydic; terpenic; fruity; tropical; orange - 味覚欄(flavor):
grapefruit
八語に対して一語、そして八語のどれもグレープフルーツではない。最も近いのがオレンジだ。
バニラエキストラクトの記事では逆の形を見た。 香気欄が一語で味覚欄が七語だった。こちらは反転した版であり、しかも問いが立つ。 グレープフルーツ油はグレープフルーツの匂いがしないのか。
答えは次の欄にある。
旋光度+91〜+96が主成分を語っている
この油の旋光度は +91〜+96。非常に大きく、しかも右旋になる。
データベースの d-リモネンは強い右旋性のモノテルペン炭化水素で、柑橘果皮油の主成分だ。 油の旋光度が+90を超えるということは、その大部分がリモネンだと言っているに等しい。 比重0.848〜0.856も一致していて、モノテルペン炭化水素の桁になる。
ではリモネンはどんな匂いか。データベースが与える香調型は citrus、 香気欄の先頭に並ぶのはシトラス、オレンジ、フレッシュで、グレープフルーツではない。
だからあの八語は正直だということになる。この油の本体は「ドライ、シトラス、ビター、 オレンジ」であって、グレープフルーツらしさは本体には入っていない。
らしさを与える二つは、油より多く流通している
データベースのグレープフルーツ関連品目を並べる。
| 品目 | CAS | サプライヤー | 香調型 | 強度欄 | 残香 |
|---|---|---|---|---|---|
| (+)-ヌートカトン | 4674-50-4 | 104 | citrus | medium | 236時間 |
| grapefruit oil | 8016-20-4 | 95 | citrus | medium | 264時間 |
| grapefruit mercaptan | 71159-90-5 | 64 | citrus | high、0.10%以下 | 105時間 |
| grapefruit flavor | (なし) | 31 | (空) | (空) | (空) |
| grapefruit oil folded | 8016-20-4 | 27 | citrus | (空) | (空) |
| grapefruit acetal | 67674-46-8 | 27 | fruity | medium | 2時間 |
| ジヒドロヌートカトン | 20489-53-6 | 8 | citrus | (空) | (空) |
(+)-ヌートカトンのサプライヤーは油そのものより多い(104対95)。 グレープフルーツメルカプタンも64社あり、香気欄は「硫黄、芳香、グレープフルーツ」、 強度欄は 0.10%以下での評価を求めている。
この表が言っているのは一つだ。この果実の特徴的な匂いは、市場では別売りになっている。 油が量を与え、二つの微量成分が識別性を与える。そして後者のほうがカタログ上は入手しやすい。
手搾り果汁の25成分、特徴は二つのチオールから
2001年、ミュンヘン工科大学の Buettner と Schieberle が定量研究を行っている (PMID 11312864)。
安定同位体希釈法で、新鮮な手搾りの White Marsh 種なしグレープフルーツ果汁から 25の香気活性成分を定量し、各成分の香気活性値(果汁中濃度を水中閾値で割った値)を算出した。
最も強かったのはフルーティなエステル類で、2-メチルプロパン酸エチル、酪酸エチル、 (S)-2-メチル酪酸エチル、甘いワインラクトン、草様の(Z)-3-ヘキセナール、 金属様の trans-4,5-エポキシ-(E)-2-デセナールが並ぶ。
肝心の一文は後にある。あの典型的な硫黄感のある、グレープフルーツらしい匂いの質は、 主にキャッティでカシス様の4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オンと、 グレープフルーツ様の匂いを持つ1-p-メンテン-8-チオールに由来する。 再構成実験でこの結論を確認している。
二点で立ち止まる価値がある。一つ、最も強かった成分(エステル類)は、 識別性を与えている成分ではない。OAV が高いことは、それが何の果実かを決めることではない。 二つ、4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オンは 3-メルカプトヘキシルアセタートの記事の表で 「1%溶液」として流通していたサプライヤー47社のあの一本になる。
0.000034 ng/L、そして一箇所変えると悪くなる
2016年、同じ研究室の Schoenauer と Schieberle が構造活性研究へ進んだ(PMID 27121638)。
冒頭にその数字がある。1-p-メンテン-8-チオールは数十年前にグレープフルーツ果汁の 鍵となる香気成分として発見され、空気中0.000034 ng/L という極めて低い閾値で 全体の匂いに寄与する。著者の言い方では、この値は食品香気成分について これまで報告された中で最も低い部類に入る。
そのうえで構造をいじる。34のメルカプト基を持つ p-メンタンおよび1-p-メンテン誘導体に、 芳香族および開鎖のメルカプトモノテルペンをいくつか加えて合成した。 うち 18は文献初報告で、それぞれの閾値、匂いの質、分析データが提供されている。
明快な規則が二つ出た。
- 二重結合を水素化すると閾値が明らかに上がる(鈍くなる)
- メルカプト基を側鎖から環上へ移すと、側鎖型より必ず閾値が高くなる
三級チオールはいずれも低い閾値を示したが、比較の結果、元の一本を置き換えられるものはなかった。
きれいな実演になっている。分子の一箇所を変えると、感覚の桁が変わる。 一つの分子式の下に217本は分子式が構造を捨てる話だったが、 この記事はその表側になる。構造の細部こそが全部だ。
買い方と保管
サプライヤー95社、入手は容易。注意すべきは物性と法規のほうになる。
- **保存期間は12か月、引火点は43.89 °C。**リモネン主体の柑橘果皮油はどれも短命で燃えやすく、 ジュニパーベリー油と同じ部類になる。 小分けし、日付を書き、遮光冷蔵する。
- 柑橘果皮油は光毒性に注意がいる。柑橘の光毒性で機構を扱った。 肌に乗せる処方では現行の IFRA 基準と各地の規則を確認すること。 データベースの法規欄は FEMA GRAS と CoE しかない。
- 「シトラス感」ではなく「グレープフルーツ感」が欲しいなら、油だけでは足りないかもしれない。 ヌートカトンとグレープフルーツメルカプタンは別売りで、後者の使用量は ppm 以下になる。
- 旋光度+91〜+96と比重0.848〜0.856は、受け取ってから自分で再確認できる二欄だ。
- GHS は四行:H226、H315、H319、H335。換気し、火源から離す。
→ データベースのグレープフルーツ油:物性一式、95社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「旋光度+91は主成分がリモネンであることを意味する」はモノテルペン炭化水素の性質からの推論で、 データベースはこの油の成分パーセントを与えていない。
- 香気欄に「グレープフルーツ」がないことを本体にその特徴がないと読んだが、 その欄を誰がどう埋めたかの説明はない。
- 2001年の論文が測ったのは手搾り果汁であって果皮油ではない。 果汁と冷圧搾果皮油では成分プロファイルが違い、結論の方向は借りられても数字は移せない。
- 0.000034 ng/L は空気中の閾値であって、水中でもアルコール中でもなく、この油の閾値でもない。
- 構造活性の二つの規則はその34の誘導体での結果であり、チオール一般の法則ではない。