原料図鑑 · 175
原料図鑑:2,3,5-トリメチルピラジン —— 0.01%以下での評価を勧める9件のうち、最も買いやすい一本
· 11 分
CAS 14667-55-1、サプライヤー99社。強度欄には「high、0.01%以下での評価を推奨」とあり、強度欄を持つ2,451件のうちこの段に落ちるのは9件しかない。その9件の多くはマイナーな品目だ。メープルフラノン67社、カラメルフラノン41社、プロピルメルカプタン24社、o-クレゾール13社、そして香気欄が空のままの苦味剤デナトニウムベンゾエートまで入っている。トリメチルピラジンの99社はこの名簿では異例になる。面白いのは同じ族の内部でも一致していないことだ。データベースには名前にピラジンを含む記録が236件あり、87件が香気を持つ。サプライヤー上位八件の推奨濃度は0.01%から10%まで並ぶ。さらに奇妙なのは、2-アセチルピラジンが「very high」で0.10%を勧め、この一本は「high」で0.01%を勧めること。形容詞と数字が逆を向いている。文献二つ。2013年の論文は安定同位体希釈法でコーヒー中の12種のアルキルピラジンを定量し、この一本は七番目、市販の挽き豆のアルキルピラジン総量は82.1〜211.6 mg/kg、デカフェは通常の0.3〜0.7倍だった。2025年の論文は18種のアミノ酸を160 °Cで1時間加熱し、還元糖がなくてもピラジンが生成することを示した。
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長い話を短く
- 名称:2,3,5-trimethyl pyrazine、CAS 14667-55-1、サプライヤー99社
- 香調型 nutty。香気:ナッツ、ナッツの皮、土、パウダリー、ココア、焼いたじゃがいも、ローストピーナッツ、ヘーゼルナッツ、カビ
- 強度欄:high、0.01%以下での評価を推奨。全体でこの段に落ちるのは 9件しかない
- 残香21時間、蒸気圧1.724 mmHg、沸点171〜172 °C、引火点54.44 °C
- 法規は四項目すべて収載:JECFA、FEMA GRAS、CoE、FLAVIS
- 天然の存在はすべて焼いたものか加熱したもの:ローストアーモンド、焙煎大麦、牛肉、小麦パン、エメンタールチーズ、ココア、コーヒー
0.01%を勧める段には9件しかない
前回の記事で強度欄の分布を測った。 強度欄を持つ2,451件のうち、推奨濃度に 0.01% を挙げているのは9件だけになる。
| 材料 | サプライヤー | 香調型 |
|---|---|---|
| 2,3,5-トリメチルピラジン | 99 | nutty |
| メープルフラノン | 67 | caramellic |
| カラメルフラノン | 41 | caramellic |
| (Z)-4-ヘプテナール | 28 | green |
| プロピルメルカプタン | 24 | alliaceous |
| イソプロピルメルカプタン | 16 | alliaceous |
| o-クレゾール | 13 | phenolic |
| デナトニウムベンゾエート | 9 | (空) |
| m-クレゾール | 8 | phenolic |
この名簿の形ははっきりしている。メルカプタン、フェノール類、フラノン、そしてピラジン一本。 トリメチルピラジンとメープルフラノンを除けば、サプライヤーはいずれも41社以下だ。
下から二番目のデナトニウムベンゾエートには触れておく価値がある。香気欄が丸ごと空なのは、 これが香料ではなく苦味剤だからだ。不凍液や洗剤に誤飲防止として入れられるあれである。 この表に載っているのは、強度欄が記録しているのが「嗅ぐときにどこまで薄めるか」であり、 カタログが香料と同じデータ構造にこれを入れているからになる。
**99社はこの表では異例だ。**他の八件は専門品目で、この一本は大口になる。
同じ族の内部で千倍に広がる
データベースには名前にピラジンを含む記録が 236件あり、うち 87件が香気を持つ。 サプライヤーの多い八件はこうなる。
| 材料 | サプライヤー | 香調型 | 強度欄 |
|---|---|---|---|
| 2,3,5-トリメチルピラジン | 99 | nutty | high、0.01%以下 |
| 2-アセチルピラジン | 80 | popcorn | very high、0.10%以下 |
| 2,3,5,6-テトラメチルピラジン | 75 | nutty | (空) |
| 2,5-ジメチルピラジン | 60 | chocolate | (空) |
| filbert pyrazine | 54 | nutty | (空) |
| 2,3-ジメチルピラジン | 52 | nutty | high、0.10%以下 |
| 2-イソブチル-3-メトキシピラジン | 49 | green | (空) |
| 2,6-ジメチルピラジン | 48 | chocolate | medium、10.00%以下 |
同じ化学の族で、推奨濃度は **0.01%から10%**まで、千倍に広がる。
立ち止まる価値があるのは上の二行だ。**2-アセチルピラジンは very high で0.10%を勧め、
この一本は high で0.01%を勧める。**形容詞は前者のほうが強いと言い、
数字は後者を十倍薄めろと言う。二つの欄が逆を向いている。
データが間違っているのではなく、強度欄はもともと閾値ではない。 形容詞と推奨濃度は別の人が別のときに入れた二種類の判断で、互いに校正されていない。 本当に比べたいなら、語ではなく数字を見る。
コーヒーの中では七番目
2013年、ドイツ・カイザースラウテルン大学の Pickard らが安定同位体希釈分析 (SIDA-GC-MS)を開発し、市販コーヒー中の 12種のアルキルピラジンを定量した (PMID 23745606)。
方法面の副産物も記録しておく価値がある。抽出溶媒を比較したところ、 この定量には水がジクロロメタンより優れていた。
結果を原文の順に。異なる焙煎コーヒーのアルキルピラジンの分布パターンはかなり似ており、 どの試料でも最も豊富なのは2-メチルピラジン、続いて2,6-ジメチルピラジン、 2,5-ジメチルピラジン、2-エチルピラジン、2-エチル-6-メチルピラジン、 2-エチル-5-メチルピラジン、その次が 2,3,5-トリメチルピラジンだった。 最も少なかったのは2,3-ジメチルピラジンとエチル置換の三本になる。
桁について。市販の挽いたコーヒーで、アルキルピラジンの総濃度は82.1〜211.6 mg/kg。
最後の一文がこの論文でいちばん面白い。デカフェのコーヒーはアルキルピラジン量が 通常のコーヒーの0.3〜0.7倍しかなく、著者はカフェイン除去工程の結果かもしれないと述べている。
七番目という事実は強度欄と対照する価値がある。コーヒーの中で最も含量が高い一本ではないのに、 カタログ上では最も買いやすく、最も強く薄めろと言われている一本になる。 含量の順位と市場の順位は別物だ。
還元糖がなくてもピラジンは育つ
ピラジンの教科書的な経路はメイラード反応、つまり還元糖とアミノ酸を加熱することだ。 2025年、安徽農業大学の Li らが変数を分けた実験をしている(PMID 41267239)。
設計は、18種のタンパク質構成アミノ酸を160 °Cで1時間、低水分条件で加熱し、 揮発物の生成を、糖のあり・なしで比較するというもの。
結果は数層ある。アミノ酸側鎖の構造が揮発物プロファイルと反応経路を強く左右し、 セリンとフェニルアラニンが最も多くの揮発物を生んだ。
肝心の一文はこれになる。還元糖がない場合でも、側鎖に脂肪族水酸基を持つアミノ酸 (セリン、スレオニン)と、側鎖にアミド基を持つアミノ酸(グルタミン、アスパラギン)は ピラジンを生成した。
さらに、分岐鎖アミノ酸(アラニン、イソロイシン、ロイシン)とバリンは糖なしでも 明確なストレッカー分解アルデヒドを生じ、茶葉の組成を模したスクロース主体の糖混合物を 加えると揮発物プロファイルはフラン、アルデヒド、酸のほうへ移り、ピラジンの生成も調節された。 エピガロカテキンガレート(EGCG)には抑制作用があった。
調香にとっての意味はこうだ。ピラジンは「糖+アミノ酸」の組み合わせだけに現れるのではない。 適切な側鎖と十分な温度があれば、アミノ酸だけでもそこへ行き着く。 スルフロールの記事で扱ったメイラードのミート香は、 同じ化学の世界のもう半分になる。
買い方と保管
サプライヤー99社、入手も価格も問題にならない。注意すべきは操作のほうだ。
- **0.01%での評価という推奨は社交辞令ではない。**まず二段階希釈(1%からさらに1%)を作る。 原液から少量だけ取ろうとしない。秤量と希釈の手順が ここでは必要条件になる。
- **原液を一度嗅ぐと、そのあと三十分の鼻が使えなくなる。**この族は閾値が低く残留も長い。 嗅覚疲労が起きやすい場面になる。
- 残香21時間、蒸気圧1.724 mmHg。ベースノートではなく、存在感のあるミドルになる。
- 引火点54.44 °C は多くのエステルやテルペンより高く、輸送も保管も制約は緩い。
- GHS 欄も保存期間欄もデータがない。安全情報は供給元に SDS を求めること。
→ データベースの2,3,5-トリメチルピラジン:物性一式、99社の供給元、推奨ブレンド。
この記事が立証していないこと
- 「形容詞と数字が逆を向いている」ことを指摘しただけで、どちらが正しいかは判定していない。 この二つの欄を誰が入れたかの記録はない。
- コーヒーの論文が測ったのはアルキルピラジンの濃度であって、香りへの寄与ではない。 七番目は含量の順位で、OAV の順位ではない。
- デカフェの0.3〜0.7倍は著者の観察と推測(工程の結果かもしれない)であって、機構の証明ではない。
- 160 °C・1時間はモデル系の条件で、焙煎コーヒーやパンの実際の条件ではない。
- デナトニウムベンゾエートが0.01%の名簿にある件は「カタログが非香料品目を同じデータ構造に 入れている」という推論で、他の証拠はない。