原料図鑑 · 74
原料図鑑:アリルアミルグリコレート —— 溶剤を替えると無影響濃度が3分の1に落ちる
· 12 分
CAS 67634-00-8。サプライヤー46社、954件の処方のうち58件、使用量の中央値0.67%。2006年の129名を対象とした累積刺激試験は、めったに行われないことをしている。同じ素材を3種類の媒体で測ったのだ。フタル酸ジエチル中では無影響濃度0.33%、エタノール比の高い1:3の媒体では0.12%まで落ちた。同じ素材、同じ被験者で3倍近い差になる。そして香水の媒体はエタノールだ。この素材は論文を見つけるところから罠がある。RIFMの評価はallyl (3-methylbutoxy)acetateとして登録されている。
このシリーズでは「この素材の上限はいくつか」を何度も書いてきた。そしてほぼ毎回、その上限は1つの数字だった。
この素材は、その数字が何に溶かしたかで変わることを示す。
2006年の129名を対象とした試験は、同じ素材を3種類の媒体で測り、無影響濃度が0.33%から0.12%へ落ちることを見つけている。
落ちたのはエタノール比の高い媒体だった。
先に結論
- CAS 67634-00-8、サプライヤー46社、954件中58件、使用量の中央値 0.67%。
- 香調はフルーティ、グリーン、ガルバナム、パイナップル、フーゼル。強さはmedium、10%以下の溶液で嗅ぐことを推奨。残香は100%で84時間。
- これはアリルエステルになる。 アリルエステルはしばしば一定割合の遊離アリルアルコールを含み、それには遅発性の皮膚刺激の可能性が知られている。
- Politanoらは2006年、129名で累積刺激試験を行い、この素材を含む5種のアリルエステルを3種類の媒体に入れて測った。純DEP、3:1 DEP:エタノール、1:3 DEP:エタノールになる。
- この素材の無影響濃度は、DEP中で 0.33%、1:3 DEP:エタノール中で 0.12%。
- 論文のまとめ:媒体中のエタノール比が高いほど、刺激を引き起こす濃度の閾値が下がる傾向がみられた。
- この素材のRIFM安全性評価は
allyl (3-methylbutoxy)acetateとして登録されている。 名前はまったく一致せず、CASだけが一致する。
読了8分ほど。
媒体が答えを変える
まず研究から。この記事の背骨になる。
Politanoらは2006年に International Journal of Toxicology に発表している。問いは明確だ。アリルエステルは香料業界で頻繁に使われ、しばしば一定割合の遊離アリルアルコールを含む。アリルアルコールには遅発性の皮膚刺激の可能性が知られている。また最終製品には、用途に応じて選ばれた異なる溶剤系(媒体)が含まれる。媒体は皮膚刺激の可能性に影響するのか。
方法:
- アリルエステル5種:アリルアミルグリコレート、カプロン酸アリル、アリル(シクロヘキシルオキシ)アセテート、シクロヘキシルプロピオン酸アリル、フェノキシ酢酸アリル
- 媒体3種:フタル酸ジエチル(DEP)、3:1 DEP:エタノール、1:3 DEP:エタノール
- 濃度4段階:0.1%、0.5%、1.0%、2.0%(w/w)
- 129名のヒト被験者、改良型累積刺激試験
- 0.3 mLを背部に塗布し、Hill Topチャンバーで24時間閉塞
- 塗布後1、2、4、5日目に刺激を評価
結果:
累積刺激スコアは試験物質間でかなり異なった。遅発性刺激の観察はなかった。 すべての試験物質で最高の刺激スコアは2.0%濃度で観察された。
そして媒体の比較が要点になる。
アリルアミルグリコレート、アリル(シクロヘキシルオキシ)アセテート、フェノキシ酢酸アリルの刺激スコアは 1:3 フタル酸ジエチル:エタノール中で最も高く、その結果算出された無影響濃度はそれぞれ 0.12%、0.03%、0% となり、DEP媒体での 0.33%、0.26%、0.25% よりはるかに低かった。
これらのデータは、媒体中のエタノール比が高い場合に、刺激を誘発する濃度閾値が低くなる傾向を示した。
同じ素材、同じ129名、溶剤を替えるだけで閾値が2.75倍動く。
フェノキシ酢酸アリルはもっと極端で、0.25%から0%になる。
自作する人にとってとくに重要な理由
香水の媒体がエタノールだからになる。
試験された3つのうち、1:3 DEP:エタノールがいちばんエタノール比が高い。アルコール香水はそれよりさらに高い。
あなたの処方があの数字で問題を起こすという意味ではない。 あの試験は24時間の閉塞パッチで、手首に吹くのとは別の出来事になる。閉塞は吸収を大きく上げるし、香水は開放塗布で揮発する。
確立されたのは一般的な考え方になる。素材の安全な使用量は素材の性質ではなく、「素材+媒体」の性質だ。
これは規格表を読むときに落としやすい。 SDSや制限値の表は百分率を渡してくるが、その百分率の背後には想定された製品形態がある。 IFRAの制限値が製品カテゴリー別なのは、まさに同じ考え方を制度にしたものになる。
実務では:
- DPGで希釈して評価し、それをアルコール香水に入れるとき、媒体を替えている。
- 他人の処方から百分率を写すとき、媒体も替えているかもしれない。
- この素材の処方群での中央値は0.67%(コンセントレート中)になる。 20%の最終製品に希釈すれば 0.13% で、エタノール比の高い媒体で算出された0.12%とほぼ同じになる。
最後の比較は限界を書いておく。 0.67%はコンセントレート中の比率、0.13%は一般的な希釈率で換算した数字、0.12%は24時間閉塞パッチの無影響濃度になる。3つとも条件が違い、この「ほぼ同じ」は偶然の偶然だ。 書いたのは立ち止まって考えさせるからであって、何かを証明するからではない。
この素材は何か
| 項目 | 値 |
|---|---|
| CAS | 67634-00-8 |
| 分子式 | C₁₀H₁₈O₃、MW 186.25 |
| 外観 | 無色の澄明な液体(推定) |
| 沸点 | 201〜203 °C |
| 引火点 | > 93.3 °C |
| logP | 2.30(推定) |
| 水溶解度 | 510.7 mg/L @ 25 °C(推定) |
| 保存期間 | 24か月以上 |
| 残香 | 100%で84時間 |
| 強さ | medium、10%以下の溶液で嗅ぐことを推奨 |
| サプライヤー | 46社 |
| 産出 | 自然界では見つかっていない |
| 香調 | フルーティ、グリーン、ガルバナム、パイナップル、フーゼル |
| GHS | H315、H319、H335 |
「ガルバナム+パイナップル」はめずらしい組み合わせになる。
ガルバナムはグリーンのなかで最も鋭い一本で、パイナップルはトロピカルフルーツだ。この素材は両方を同時に出す。それが処方での役割になる。フルーツをグリーンへ引くか、グリーンを親しみやすいほうへ引くか。
残香84時間はこのシリーズでは短いほうで、フェニルアセトアルデヒドの400時間よりずっと短く、ジメチルスルフィドの4時間よりずっと長い。真ん中で働く素材になる。
中央値0.67%は目に留めておきたい。 強さのラベルと使用量の階段を作ったところ、mediumの素材の中央値は2.00%だった。これはその3分の1で、しかも強さの表示に「10%以下の溶液で嗅ぐことを推奨」が付いている。通常のmediumより注意が要ることをデータベースが示す書き方になる。
名前が一致しない
この素材は、とても実務的な問題を示す。名前では安全性評価が見つからない。
RIFMの成分安全性評価の表題はこうなる。
RIFM fragrance ingredient safety assessment,
allyl (3-methylbutoxy)acetate, CAS Registry Number 67634-00-8
「allyl amyl glycolate」の語は1つも出てこない。
- 商品名/慣用名:allyl amyl glycolate(AAGとも)
- IUPAC式の登録名:allyl (3-methylbutoxy)acetate
- CAS:67634-00-8 ← 一致する唯一のもの
ジャスミンの回の商品名の問題、アミルシンナマールの回のRIFM取り違えと同じことになる。名前ではなくCASを照合する。
そしてそのRIFM評価にはPubMed上に要旨がない。 存在とCASの一致は確認できたが、結論は一切引用していない。 参考文献に挙げているのは探す場所を示すためで、読んでいない内容を伝えるためではない。
この記事が示していないこと
嗅いでいない。 全体はデータベースの欄、処方群、1本の論文の突き合わせになる。
Politanoの試験は24時間の閉塞パッチで、刺激試験の標準的な設計であり、香水の実際の使われ方からは遠い。閉塞は吸収を上げ、24時間は通常の接触よりはるかに長く、香水は揮発する。あの無影響濃度を「香水中の安全上限」として読むことはできない。
あの研究はRIFM自身のものになる(著者はResearch Institute for Fragrance Materials所属)。対になる記事の環境研究と同じく、所属は読む人に知らせるために書いている。設計を疑うためではない。 3媒体の対照設計そのものはしっかりしている。
0.67%と0.12%の比較は、条件の違う3つの数字を並べている。 本文で断ったうえで繰り返す。あれは安全性評価ではない。
「遊離アリルアルコール」はあの論文の記述になる。 遊離アリルアルコールの含量は供給元やロットで変わるはずで、データベースにその欄はない。 この素材の刺激の可能性にロット差がありうるということで、それを定量する手立てはない。
2023年のRIFM評価については存在とCASだけを確認した。 PubMedに要旨がなく、読んでいない内容は伝えない。
GHS分類はデータベースの記載(H315、H319、H335)であって、規制上の完全な判定ではない。実際に使うときは手元のロットのSDSと現行のIFRA基準に従ってほしい。
参考文献
V. T. Politano, D. A. Isola, J. Lalko, A. M. Api, The effects of vehicles on the human dermal irritation potentials of allyl esters, International Journal of Toxicology, 25(3), 183-193 (2006). PMID 16717034. doi:10.1080/10915810600683275
A. M. Api, D. Belsito, D. Botelho, et al., RIFM fragrance ingredient safety assessment, allyl (3-methylbutoxy)acetate, CAS Registry Number 67634-00-8, Food and Chemical Toxicology, 182 Suppl 1, 114226 (2023). PMID 38012994. doi:10.1016/j.fct.2023.114226