原料図鑑 · 53
原料図鑑:ケイ皮アルコール(cinnamic alcohol)—— それ自体は感作しない。感作するものに変えるのは皮膚のほうになる
· 11 分
CAS 104-54-1。ヒヤシンス調の骨格で、供給元79社、ムエット371時間。フレグランスミックスIの構成成分であり、タイの312名の研究では26種の個別香料アレルゲンの首位(11.2%)に立った。面白いのは、この分子にタンパク質と反応する構造警告がないことだ。2015年の研究はヒト肝ミクロソームを用い、空気酸化か代謝による活性化を経て初めて感作物質になること、そしてその過程でこれまで観察されていなかった二つの強い感作性エポキシドが生じることを示した。
たいていの香料材料では、感作の性質はその分子自身のものになる。これは違う。
この分子には皮膚のタンパク質と反応できる構造がない。紙の上では誰も感作しないはずだ。それでもフレグランスミックスIの構成成分であり、あるタイのパッチテストでは26種の個別香料アレルゲンの首位に立った。
そのあいだで何が起きているのかを、2015年に突き止めた人たちがいる。
まず要点
- ヒヤシンス調の骨格になる。甘く、バルサミックで、スパイシー、パウダリー。コーパスではフェニルアセトアルデヒドとの lift が 4.09 で、この組み合わせがヒヤシンスになる。
- 固体であり、淡黄色。入門パレットでは数少ない固体の一つで、液体とは扱いが違う。
- ムエット 371時間、長い。保管の助言には窒素下も入る。
- Vejanurug らの2016年の研究では、26種の個別アレルゲンの首位、11.2% に立った。
基本データ
| CAS | 104-54-1 |
| 化学名 | 3-phenyl-2-propen-1-ol |
| 分子式 | C₉H₁₀O |
| 分子量 | 134.18 |
| 種別 | 天然に存在し、合成も行われる |
| 香調 | 甘い、バルサミック、ヒヤシンス、スパイシー、グリーン、パウダリー、シンナミル、シナモン、フローラル、発酵感 |
| 香調分類 | balsamic |
| 強度 | 中(10% 以下での評価を推奨) |
| 持続 | 371 時間(ムエット、原液 100%) |
| 外観 | 淡黄色の固体 |
| 沸点 | 250–258 °C @ 760 mmHg/169–170 °C @ 50 mmHg |
| 引火点 | 93.33 °C 超 |
| logP | 1.90(推定) |
| 天然での存在 | セイロンシナモン樹皮、カシア、八角、スチラックス、ペルーバルサム、チャンパカコンクリート 0.30%、イランイラン油 0.03% ほか |
| 保管 | 24か月以上。冷暗所、乾燥、密閉、熱と光を避け、窒素下で保管 |
| 法規収載 | FEMA 2294、JECFA、CoE、FLAVIS |
| IFRA 第12類の上限 | 51% |
| 供給元 | 79 社 |
| コーパス順位 | 26位(953件中98件、10.3%、配合量の中央値 4.00%) |
表の平易な読み方。logP 1.90 は低めで、多くの香料材料より水を受け入れる。沸点 250 °C 超と固体という外観は、ほとんど揮発しないことを意味する。371時間というムエットの記録はそこから来る。
皮膚が別のものに変える
Niklasson らが2015年に Chemical Research in Toxicology で行った研究は、一つの矛盾から始まる。
ケイ皮アルコールは頻度の高い接触アレルゲンであり、だからこそフレグランスミックスIにスクリーニング成分として入っている。ところが構造上、タンパク質反応性の構造警告を持たない。皮膚タンパク質と結合できることが感作の前提なのだから、反応できない分子にその能力はないはずになる。
答えは、先に活性化される必要がある、というものだった。空気酸化によるか、体内の代謝によるか。
著者らはヒト肝ミクロソームでインキュベーションを行い、起こりうる反応経路を密度汎関数法で計算し、そのうえでケイ皮アルコールとその代謝物のモデルヘキサペプチドへの反応性を調べた。
既知のケイ皮アルデヒドとケイ皮酸に加えて、ミクロソームのインキュベーションからは活性化の研究でこれまで観察されていなかった、二つの強い感作性エポキシドが検出された。さらに著者らは、エポキシケイ皮アルデヒドがエポキシケイ皮アルコール経由ではなくケイ皮アルデヒド経由で生じることを示している。根拠は二つ。ミクロソーム実験でエポキシケイ皮アルコールが生成後に消費されなかったこと、そしてその酸化の活性化エネルギーが計算上きわめて高いことになる。
平易に言えば、嗅いでいる分子と、害を与える分子は別のものになる。皮膚に届いてから、あるいは瓶の中で空気に触れてから、反応性のあるものへ作り替えられる。しかも作り替えの産物は一つではない。
リナロールとシトラールの酸化の物語にも似た版がある。ただしこの材料にはもう一層ある。瓶の中の空気酸化に加えて、体内での代謝活性化がある。 瓶を完璧に保管しても、その経路は閉じない。
26種の首位
Vejanurug らは2016年、Contact Dermatitis で 連続受診した312名に、ベースラインシリーズと EU が表示を義務づける26種の個別香料アレルゲンの両方を試験した。
84名(26.9%)が陽性を示し、最も多い個別アレルゲンの上位三つはこうなる。
| 順位 | アレルゲン | 陽性率 |
|---|---|---|
| 1 | ケイ皮アルコール | 11.2% |
| 2 | ケイ皮アルデヒド | 9% |
| 3 | ヒドロキシシトロネラール | 3.8% |
著者らは、ケイ皮アルコールとケイ皮アルデヒドがタイにおいて重要な香料アレルゲンであること、そしてこの順位を他の地域へそのまま持ち出せないことを明記している。ヨーロッパのデータでは上位に来る物質が異なる。
一位と二位の関係にも注意したい。ケイ皮アルデヒドは、ケイ皮アルコールを活性化した産物の一つになる。両者はパッチテスト上で強く相関しており、前節の機構を臨床の側から見たものになる。
ヒヤシンスのペア
ペアの分析では、ケイ皮アルコールとフェニルアセトアルデヒドが 24件の処方で同居し、lift は 4.09。コーパスでも結びつきの強いほうに入る。
理由は単純で、この二本を合わせるとヒヤシンスになる。ケイ皮アルコールが甘くバルサミックでパウダリーな身体を、フェニルアセトアルデヒドが鋭いグリーンと蜂蜜感の頭を担う。単体ではどちらもヒヤシンスに読めず、組むと成立する。
コーパスでは26位、出現率 10.3%、配合量の中央値 4.00%。中程度に重く、聞こえる位置になる。
固体の扱い方
実務でいちばん言っておきたい節になる。入門パレットの大半は液体で、これは違う。手順が変わる。
- 秤る前に固まっていないか確かめる。 湿気を吸ったり熱を受けたりした固体は硬い塊になり、塊を掘っても正確には秤れない。
- 10%母液を作ってそこから使う。 固体ではほぼ必須になる。そうしないと処方のたびに固体を扱うことになる。DPGでもアルコールでもよく、後で何を作るかで選ぶ(溶剤に比較がある)。
- 母液は液体だが原料は固体で、保管条件が違う。 原液は窒素と遮光、母液は作った日を書いて冷蔵する。
- 秤量にはボートを使い、ビーカーに直接入れない。 ガラス壁に付着し、小さな処方ではその損失を無視できない。
引火点が 93 °C 超なので保管に防火上の懸念はない。保存期間は24か月以上だが、窒素の一行は本気で受け取りたい。この材料は酸化し、その酸化産物こそが感作性のより強いものになる。
嗅ぐときに
- 10%から始める。 原液ではパウダリーでバルサミックな身体が支配する。グリーンなヒヤシンスが表に出てくるのは希釈してからになる。
- フェニルアセトアルデヒドとのペアを一度組む。 最も安上がりなヒヤシンスの実演で、どんな記述よりも明快になる。
- シナモンとの関係に注意する。 名前はシナモンを指し、香りにもいくらかある。ただしこれとシンナムアルデヒドは別の材料で、強度も方向も違う。一度並べれば覚えられる。
- 長く残る。 371時間は、ドライダウンでも再会するという意味になる。入れすぎると全体がパウダリーへ寄る。
買い方と保管
供給元79社で入手しやすい。名前は cinnamic alcohol と cinnamyl alcohol の二つが併存し、同じ材料、CAS は 104-54-1 になる。法規を調べるときは INCI 名の Cinnamyl Alcohol を使う。
EU が化粧品の成分表への名指し表示を義務づける26種の一つでもある。
法規と安全
GHS は四項目。H302 飲み込むと有害、H315 皮膚刺激、H317 アレルギー性皮膚反応を起こすおそれ、H319 重篤な眼刺激。
急性毒性はラット経口 LD50 が 2,000 mg/kg、モルモット 2,675 mg/kg、ウサギ経皮 LD50 が 5,000 mg/kg 超。
IFRA にはこの材料のスタンダードがあり、第12類(皮膚に触れない製品)の上限は 51% になる。皮膚に触れるカテゴリーの上限ははるかに低い。現行版を確認する。手順はこちら。
感作の機構を踏まえると、手袋を着ける理由は多くの材料より強い。問題は完成品中の濃度だけでなく、自分の手が原液に触れる回数のほうにもあるからだ。
→ データベースのケイ皮アルコール:物性の全項目、供給元79社、推奨ブレンド。 → 香調で検索:「ヒヤシンス バルサミック パウダリー」と入力。
参考文献
I. B. Niklasson ほか, Bioactivation of cinnamic alcohol forms several strong skin sensitizers, Chemical Research in Toxicology, 27(4), 568–575 (2015). PMID 24460212. doi:10.1021/tx400428f
P. Vejanurug ほか, Fragrance allergy could be missed without patch testing with 26 individual fragrance allergens, Contact Dermatitis, 74(4), 230–235 (2016). PMID 26948414. doi:10.1111/cod.12522