原料図鑑 · 77
原料図鑑:ジヒドロ-β-イオノン —— 香調欄はウッディ、アンバー、シダー。残香は9時間
· 14 分
CAS 17283-81-7。サプライヤー30社。香調欄には14の記述語が並び、ウッディ、マホガニー、アンバー、シダーを含む。まるでベース素材に聞こえる。残香は100%で9時間、サプライヤー20社以上かつ残香記録のある800素材のなかで短いほうから181番目になる。ある人は最初の香水でこれを8%、ウッディの骨格として置いた。計画どおりにはいかない。そしてデータベースの産出欄は重要な由来を1つ落としている。2022年の論文は冒頭で、これがキンモクセイの特徴的香気化合物だと述べているが、産出欄にキンモクセイはない。
2つの欄を並べる。
香調欄:
アーシー、ウッディ、マホガニー、オリス、ドライ、アンバー、シダー、ベリー、シーディ、オイリー、ラズベリー、フローラル、ティー、リーフィ
残香欄:
100%で9時間
14の記述語のうち4つがベースノートに聞こえて、9時間で終わる。
先に結論
- CAS 17283-81-7、C₁₃H₂₂O、MW 194.32、サプライヤー30社。
- 残香は100%で9時間。 サプライヤー20社以上かつ残香記録のある800素材を数えると、短いほうから181番目。最も短い4分の1のなかにいる。
- 処方群には23件(2つの綴りの合計)に登場し、使用量の中央値は1.50%と5.31%。
- ある人は最初の香水でこれを8%、ウッディの骨格の一部として置いた。9時間の素材で骨格は支えられない。
- データベースの産出欄は重要な由来を1つ落としている。 欄にはボロニアアブソリュート、キンコウボクアブソリュート、桃、ラズベリー、バラ、スミレが並ぶ。そして2022年の論文はこう始まる。ジヒドロ-β-イオノンは Osmanthus fragrans(キンモクセイ)の特徴的香気化合物である。
- 化学的な出自はきれいだ。カロテノイドを切り、二重結合を還元する。 2003年の研究は2種の微生物がこの2段階を分担し、2022年の研究は精製酵素2つで1つの容器のなかで行った。
- GHSにはH401/H411、水生生物に有毒がある。 α-アミルシンナムアルデヒドと同じ等級になる。
読了8分ほど。
9時間とはどれくらいか
この素材についてまず知るべきことになる。
| 素材 | 残香 |
|---|---|
| カローン | 10%希釈で600時間超 |
| イソオイゲノール | 100%で400時間 |
| α-イロン | 100%で104時間 |
| p-アニスアルデヒド | 100%で44時間 |
| ジヒドロ-β-イオノン | 100%で9時間 |
| ジメチルスルフィド | 100%で4時間 |
イロンよりジメチルスルフィドに近い位置にいる。
そしてβ-イオノン自体は112時間になる。 同じ骨格で二重結合を1つ還元しただけで、残香は12倍違う。
(この表は読み方に注意がいる。 測定条件が揃っておらず、原液のものも希釈のものもある。9時間と112時間はどちらも100%なので、この対は比較できる。)
実務上の帰結は直接的だ。香調欄がどう読めても、これはベース素材ではない。
ある人は最初の香水でこれを8%にした。 処方で4番目に大きい成分で、ウッディの支えのつもりだったはずだ。処方群の中央値は1.50%になる。
性格としては「トップのウッディ」に近い。 最初の1〜2時間はマホガニーとドライウッドの印象を出し、そこで交代する。最後まで残るウッディが欲しいなら、別のものが担うことになる。
14の記述語
この素材の2つ目の特徴は、香調欄が異様に長いことになる。
アーシー、ウッディ、マホガニー、オリス、ドライ、アンバー、シダー、ベリー、シーディ、オイリー、ラズベリー、フローラル、ティー、リーフィ
14語が、ウッディ・フルーティ・フローラル・ティー・アースの5方向にまたがる。
データベースが手を抜いたのではない。 イオノン類にはこの性質がある。カロテノイドの分解生成物であり、カロテノイドは多くの果実・花・茶葉のなかで分解する。 だから同じ分子が、ラズベリーにも桃にも紅茶にもウッディ調にも、それぞれ筋が通る形で現れる。
産出欄がそれを裏づける。
ボロニアアブソリュート @ 1.30%、ボロニアの花、キンコウボクアブソリュート @ 1.40%、キンコウボクコンクリート @ 0.30%、桃、プラムコット、ラズベリー、Rosa hybrida、Viola odorata……
1つの分子が、花にも果実にも茶にも出てくる。
産出欄はキンモクセイを落としている
この節がこの記事でいちばん覚えておく価値がある。
Qiらの2022年の Bioprocess and Biosystems Engineering の論文は、こう始まる。
ジヒドロ-β-イオノンは Osmanthus fragrans(キンモクセイ)の特徴的香気化合物であり、フレーバー&フレグランス産業で広く用いられている。
そしてデータベースの産出欄にキンモクセイはない。
これは言い回しの問題ではなく実質的な欠落になる。 キンモクセイアブソリュートは香水における重要な天然物で、この分子を含む天然物を探している人は、最も関連の深い1つを取り逃がすことになる。
データベースの欄が誤っている例は書いた。 veramossの産出欄は「自然界では見つかっていない」だが、実際は地衣類の代謝産物だった。この記録の問題は種類が違う。誤りではなく、不完全だ。
2つの失敗の型には別の防ぎ方がいる。 誤りは相互照合で捕まえられる。不完全は、何を探すべきかをたまたま知っている場合にしか捕まらない。
実務上の助言は、産出欄を読んだあとで分子名でも文献を検索することになる。 p-アニスアルデヒドの回と同じ結論だ。香水の中だけを検索すると半分を取り逃がす。
どこから来るのか
この分子の出自はきれいで、2本の論文が逆方向から同じことをしている。
仕事は2段階になる。
- カロテノイドを切ってβ-イオノンを得る
- β-イオノンの二重結合を還元してジヒドロ-β-イオノンを得る
2003年:2種の微生物が分担する。
Maldonado-Robledoらは Applied Microbiology and Biotechnology で、Bacillus 属と Geotrichum 属からなる混合培養が、カロテノイドのルテインからタバコ様の香気化合物を生じることを研究した。
そして分担を突き止めている。
両微生物ともルテインを添加した培地で独立に生育できるが、β-イオノンを生成するのは Geotrichum だけである。 この中間体は桿菌に取り込まれ、香気へ変換され、培地へ排出された。……ルテインのタバコ様香気産物への生物変換において、Geotrichum はカロテノイドの酸化によるβ-イオノンの生成に関与し、Bacillus はノルイソプレノイドの還元を担って7,8-ジヒドロ-β-イオノンと7,8-ジヒドロ-β-イオノールを生成すると結論する。
一方が切り、他方が還元する。
2022年:2つの酵素が1つの容器で。
Qiらは同じ2段階を精製酵素で行った。第1段階にペチュニア(Petunia hybrida)由来のカロテノイド開裂ジオキシゲナーゼ PhCCD1、第2段階にクソニンジン(Artemisia annua)由来のエノエート還元酵素 AaDBR1 を使っている。
PhCCD1の最適活性は pH 6.8、45 °C、pH 6.0〜8.0で安定、40 °C以下で良好な熱安定性を示した。NADPH再生系の導入で生産が1.5倍になり、最終的に約13.34 mg/Lのジヒドロ-β-イオノンを、モル変換率85.8%で得た。
そして論文は現状も述べる。
しかしながら、ジヒドロ-β-イオノンの代謝経路がいまだ不明であるため、主な焦点は化学合成にある。
だから買えるものはほぼ確実に合成品で、あの2本は別の経路を探っている。
13.34 mg/Lはとても小さい数字になる。 実験室規模のin vitro系であって、工業的な収量ではない。 論文自身、このin vitro経路を設計・構築したのは初めてだとしている。
物性
| 項目 | 値 |
|---|---|
| CAS | 17283-81-7 |
| 分子式 | C₁₃H₂₂O、MW 194.32 |
| 外観 | 無色〜淡黄色の澄明な液体(推定) |
| 沸点 | 261〜262 °C |
| 引火点 | > 100 °C |
| logP | 2.70(推定) |
| 水溶解度 | 48 mg/L @ 20 °C(実測) |
| 残香 | 100%で9時間 |
| 強さ | medium |
| 保存期間 | 24か月以上 |
| サプライヤー | 30社 |
| GHS | H315、H401/H411 水生生物に有毒 |
GHSの行では少し止まりたい。 H411「長期継続的影響により水生生物に有毒」はα-アミルシンナムアルデヒドと同じ等級で、あの回で見たとおり、この等級はIFRAの家庭用カテゴリーの制限値を1桁下げる。
保存期間24か月はアルデヒド類の12か月より長い。ケトンなのでアルデヒドより安定になる。
この記事が示していないこと
嗅いでいない。 全体はデータベースの欄、処方群、2本の論文の突き合わせになる。
「9時間」はデータベースの1件の記録で、残香の測定条件は全体として揃っていない。同じく100%と記された数字とだけ比べている。
「短いほうから181番目」は、サプライヤー20社以上かつ残香記録のある800素材を並べた結果になる。 絞り込みを変えれば順位は変わる。
「産出欄がキンモクセイを落としている」は、データベースの欄とQiの冒頭文を突き合わせて得たものになる。 あの論文はキンモクセイ中の含量を示していないので、キンモクセイアブソリュートのどれだけを占めるかは分からない。 言えるのは「あの論文が特徴的香気化合物と呼び、欄には載っていない」だけだ。
**Maldonado-Robledoの生成物は「タバコ様香気をもつ化合物」**で、7,8-ジヒドロ-β-イオノンはそのうちの1つになる。この香料素材の生産を目的とした工程ではなく、微生物の分担についての研究だ。
Qiの13.34 mg/Lはin vitro共役反応の収量になる。 実験室系であって工業工程の数字ではないし、論文自身が主流は化学合成のままだと書いている。
処方群の23件は2つの綴り(dihydro-beta-ionone と dihydro beta ionone)の合計になる。中央値が大きく違い(1.50%と5.31%)、どちらも標本が小さいので、まとめて1つの中央値にはしていない。
あの初心者の8%が正しいか誤りかは述べていない。 処方群の中央値より大きく上であることと、この素材の残香が9時間であることを指摘しているだけになる。その香水がいい匂いかどうかは分からない。
GHS分類はデータベースの記載であって、規制上の完全な判定ではない。実際に使うときは手元のロットのSDSと現行のIFRA基準に従ってほしい。
参考文献
Z. Qi, X. Tong, X. Zhang, H. Lin, S. Bu, L. Zhao, One-pot synthesis of dihydro-β-ionone from carotenoids using carotenoid cleavage dioxygenase and enoate reductase, Bioprocess and Biosystems Engineering, 45(5), 891-900 (2022). PMID 35244776. doi:10.1007/s00449-022-02707-x
G. Maldonado-Robledo, E. Rodriguez-Bustamante, A. Sanchez-Contreras, R. Rodriguez-Sanoja, S. Sanchez, Production of tobacco aroma from lutein. Specific role of the microorganisms involved in the process, Applied Microbiology and Biotechnology, 62(5-6), 484-488 (2003). PMID 12827317. doi:10.1007/s00253-003-1315-6